『ドリームランド』:2019、アメリカ

かつてテキサス州のビズマークに来た入植者の中に、ジョン・ベイカーと妊娠している妻のオリヴィアがいた。彼らは期待を胸に移住したが、完全な荒れ地だった。人々は雨が降るのを信じて暮らし始めたが、ジョンは呪われた土地だと感じた。彼は酒に溺れ、息子のユージンが5歳の頃に家族を捨てた。ジョンからユージンに届いた届いた唯一のポストカードは、メキシコ湾沿岸の写真だった。ポストカードには、「世界一美しい楽園を見つけた」と書かれていた。
1年後、オリヴィアはユージンのことを考え、ジョージ・エヴァンスと再婚した。ジョージは保安官代理で農業を営んでいる男で、2人の間には娘のフィービーが産まれた。ユージンは実父を忘れず、楽園に魅了された。彼が17歳の時、1年で14回の砂嵐が発生した。多くの家族が作物を失い、状況を立て直そうにも銀行は冷たかった。ユージンは廃れた納屋に隠れ、パルプ・フィクションに描かれている無法者や冒険家のような人生を夢想した。
ユージンは親友のジョー・ガーザに協力してもらい、商店からパルプ・フィクションとリンゴを盗んだ。町では保安官のロスがアリソン・ウェルズの手配書を人々に配布し、「銀行を襲って9歳の少女を射殺し、さらに4人の命を奪った」と説明した。1万ドルの懸賞金が出ることを知ったユージンは、ジョーと2人でアリソンを見つけ出そうと考えた。ジョーは彼に、親がテキサスを諦め、カリフォルニアへ移ると決めたことを打ち明けた。
夜、納屋へ赴いたユージンは、怪我を負って隠れているアリソンを発見した。アリソンは「人は殺してない。助けてくれたら真実を話す」と告げ、ユージンは彼女の指示通りに傷口を消毒した。アリソンは彼に、「土地と両親を失い、人生を取り戻すために仕方なく無法者になった。今月に入って4件目の銀行を襲った時、歩行者がいるのに警官が発砲した流れ弾が少女に当たった」と語った。彼女は2万ドルでメキシコへ逃がしてほしいと持ち掛け、ユージンが「持ってるの?」と訊くと「また銀行を襲って払ってあげる」と述べた。アリソンは彼に、車を用意してほしいと要請した。
翌朝、ユージンは母の服を盗み、アリソンに渡して着替えるよう促した。彼が納屋の外から着替えを除いていると、フィービーが現れた。何をしているのか問われたユージンは、咄嗟に「犬が2匹、肉を抉られて死んでる」と嘘をついた。ユージンはジョーに、父親のトラックを譲ってくれないかと頼む。「メキシコに着いたら金を送る。ある女性に出会って、メキシコへ送り届けたら2万ドルが手に入る」と彼が説明すると、ジョーは事情を悟って「人殺しに手を貸すなんて危険すぎる」と忠告した。
夜、ユージンはアリソンを湖へ連れて行き、脚を洗うよう勧めて一緒に水浴びをする。そこへ土地の所有者であるハートウェルが来たため、2人は慌てて逃げ出した。ユージンはジョーの協力で、ジョージの上着から保安官事務所の鍵を盗み出した。事務所に侵入した彼は、強盗事件の書類を見た。そこにはアリソンの相棒のペリー・モントロイが少女を盾にして警官を撃ったこと、反撃の銃弾が少女に命中したことが記されていた。書類の棚には、証拠品として「永遠の愛を A」と刻まれた腕時計が入っていた。
事件の資料を盗もうとしたユージンは、保安官代理に見つかると「父に頼まれて。家で読みたいと言うので」と説明した。ユージンは資料を持ち出し、燃やして処分した。フィービーは納屋に女性がいたと気付くが、ユージンに「誰にも言わない」と約束した。彼女が「何を企んでるの?」と訊くと、ユージンは「色々と複雑なんだ」と告げた。翌朝、ジョージはロスに呼ばれて「息子に証拠品を盗ませたな」と言われ、クビを通告された。
ユージンはアリソンに「ペリー・モントロイって誰?」と質問し、腕時計を渡した。「何もかも嘘だったの?」と彼が言うと、アリソンは「辛くなるから、彼の話はしなかった」と釈明した。巨大な砂嵐が近付くのを見たユージンは、「ここは誰にとっても危険だ」と漏らす。アリソンは彼に、「車をくれたら出て行く」と告げた。帰宅したジョージはユージンに詰め寄り、「証拠品はどこだ?」と声を荒らげた。ユージンは「もう無い」と答え、アリソンは無人だと主張した。
ジョージが「お前は父親そっくりだ。ジョンみたいに死ぬぞ」と言うと、ユージンは「メキシコにいる。いつか会いに行く」と反抗した。アリソンは砂嵐が納屋に迫る中、ペリーのことを回想した。腹を撃たれて深手を負ったペリーは、車を降りた。彼は「逃げろ。メキシコで会おう」と告げて、アリソンを送り出した。オリヴィアはユージンに、「ジョージは解雇された。1ヶ月もせずに家を失うわ」と語った。ユージンが「父さんは死んだの?」と訊くと、彼女は認めた。オリヴィアは「たくさんのポストカードが届いたけど、全て燃やした。届く度に支離滅裂な内容になっていった。彼は酒に溺れて正気を失ってたの。その後、音信不通になったのは、死んだからよ」と説明するが、ユージンは父の死を信じようとしなかった。
ジョージは証拠品が納屋にあると睨んで調べようとするが、砂嵐で近づけなかった。ユージンは夜中に荷物をまとめ、フィービーに「出ていく。メキシコへ行く」と別れを告げた。翌朝、砂嵐が止むと、ユージンは姿を消していた。フィービーは両親に、彼がアリソンと逃げたことを教えた。ジョージは保安官より先にユージンを見つけるため、仲間のアンセルムとテイドに協力を要請した。アリソンはモーテルに宿泊し、ユージンを誘って肉体関係を持った…。

監督はマイルズ・ジョリス=ペイラフィット、脚本はニコラス・ズワルト、製作はブライアン・カヴァナー=ジョーンズ&リアン・ケイヒル&マーゴット・ロビー&ジョジー・マクナマラ&トム・アッカーリー&ブラッド・フェインスタイン、製作総指揮はジョセフ・F・イングラシア&クウェク・マンデラ&イムラン・シディック&フレッド・バーガー&ウィル・グリーンフィールド&ブラッドリー・ピルツ&デヴィッド・ジェンドロン&アリ・ジャザイェリ、共同製作はマイルズ・ジョリス=ペイラフィット、撮影はライル・ヴィンセント、編集はアビ・ユトコヴィッツ&ブレット・M・リード、追加編集はマイケル・ブレンバウム、衣装はレイチェル・ダイナー=ベスト、音楽はパトリック・ヒギンズ&マイルズ・ジョリス=ペイラフィット。
出演はフィン・コール、マーゴット・ロビー、トラヴィス・フィメル、ケリー・コンドン、ダービー・キャンプ、スティーヴン・ディン、ティム・D・ジャニス、パブ・シュウェンディマン、グレイソン・ベリー、ギャレット・ヘドランド、ハンス・クリストファー、アンディー・カステリック、ジョー・ベリーマン、ポール・ブロット、ジェイソン・ウェイラー、ジェーン・ウィルソン、クリストファー・ヘイゲン、スティーヴ・ヒックマン、ジンジャー・レックス、ジャイム・パトリック・パワーズ、エブ・プレストン・ロッティマー、ケント・カークパトリック他。
ナレーターはローラ・カーク。


主演のマーゴット・ロビーが脚本を気に入り、夫のトム・アッカーリーや仲間と共に設立したLuckyChap Entertainmentで製作した映画。
LuckyChap Entertainmentとしては、『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』『アニー・イン・ザ・ターミナル』に続く3本目の映画となる。
監督は2016年に23歳で撮った『As You Are』がサンダンス映画祭で注目を集めたマイルズ・ジョリス=ペイラフィットで、これが長編第2作。
脚本のニコラス・ズワルトは、これが初の長編映画。
ユージンをフィン・コール、アリソンをマーゴット・ロビー、ジョージをトラヴィス・フィメル、オリヴィアをケリー・コンドン、フィービーをダービー・キャンプが演じている。

一言で言うならば、「時代錯誤のアメリカン・ニューシネマ」である。
もしくは、「ニューシネマへの憧れが強すぎる出来損ないの映画」である。
「ニューシネマとは全く違うだろ」という意見もあるだろうと思うが、序盤でパッと受けた印象は、それだった。
ただ、そもそもアメリカン・ニューシネマというのは、1960年代後半から1970年代半ばという時代だからこそ成立した作品群だ。当時の世相や風潮を強く反映したからこそ、高い評価を受けたのだ。

当時はベトナム戦争が続く中で、政府への不信感が強まっていた。
反体制運動が広がっていた時代だからこそ、アンチ・ヒーローの物語には大きな意味があったのだ。
だから2019年という時代にアメリカン・ニューシネマを物語の部分だけ模倣しても、表層的な部分しか無い上っ面丸出しの作品になってしまう。
もちろん2019年のアメリカだって、ドナルド・トランプ政権が続く中で政治への不信感は渦巻いていたかもしれないけど、それは1970年代のカウンター・カルチャーとは全く意味合いが違う。

アメリカン・ニューシネマでは多くの無法者が描かれていたが、そこには「反体制」としての信念や哲学があった。あるいは、応援したくなるような背景を抱えていた。
少し話が逸れるかもしれないが、1970年代に東映や日活が製作していたスケバン映画や青春映画にも似たようなことが言える。
例えば東映の『女番長』シリーズとか、日活の『野良猫ロック』シリーズとかね。
そういった映画と比べて、この作品には主人公に共感させるための説得力が決定的に不足している。

ユージンの無法者に対する憧れや、犯罪への渇望には、まるで共感を誘われないし、擁護する気も起きない。
オープニングでは成長したフィービーの語りが入り、入植者が来てからの経緯をザッと説明しているが、そんなんじゃ全く足りていない。
「みんな事の発端は、ある女性だと思っている。でも始まりは入植者たちの失望だった」とナレーターに言わせているけど、それとユージンの犯罪を結び付けるのは、あまりにも飛躍した主張にしか聞こえないし、メチャクチャな弁護にしか思えない。

だから、「ユージンがアリソンの逃亡に手を貸し、自らも犯罪に手を染めるのは仕方が無いし理解できる」なんてことは、微塵も思わない。
それはアリソンにも同じようなことが言えて、「家と両親を失ったから仕方なく無法者になった」とかサラッと語るだけでは、擁護の余地なんて全く感じない。
ユージンはパルプ・フィクションへの憧れや年上の女性への思いから、バカなことをやらかしているだけだ。
ジョンのことを忘れていないとか、ジョージとの折り合いが悪いとか、その程度では同情させる要素として弱すぎる。

砂嵐で作物がダメになったとか、銀行が冷たくて状況改善が難しいとか、ユージンが暮らしている場所には、そういう事情がある。
だけど、そんなのはナレーションで説明しているだけで、実際にエヴァンス家の生活が困窮している様子は皆無だ。
田舎町ならではの閉塞感とか、未来への希望が見えないことへの焦りや苛立ちとか、そういうのも全く見えないし。
実際にその通りだから仕方が無いんだろうけど、ユージンは単に未熟で現実が分かっていないから、自分が信じる妄想を真実だと決め付け、歪んだ暴走を始めるだけなのだ。

ユージンの身勝手で愚かしい行動のせいで、エヴァンス家は父親が仕事を解雇され、家を失う羽目になる。しかしユージンは全く罪悪感を抱かず、自分のことしか考えていない。
ジョージとは折り合いが悪いから、彼に迷惑を掛けても屁とも思わないのは分からないでもない。
しかしユージンは、オリヴィアとフィービーにも迷惑を掛けているわけで。それなのに、まるで気にしちゃいないのだ。
自分は正しいと主張し、何も気にせず母と妹を捨てる。

そんな自己中心的な行動を「若さゆえの過ち」として温かい目で見られるかってのは、この映画を見る上で大きなポイントになっている。
だけど、やってることがドイヒーすぎて、温かい目で見るのは無理だよ。
しかもユージンは、反省も贖罪も皆無だからね。粗筋では触れていないけど、アリソンと逃亡した後には人殺しまでしているし。
せめて最終的に殺されてくれれば少しは「代償を払った」ってことになるだろうが(それでも足りないけど)、なんとユージンは無事に逃げ延びてしまうのだ。
最後にフィービーの語りを入れて「美しい物語」みたいに締め括っているけど、「ただのクズ野郎の話じゃねえか」と言いたくなるぞ。

(観賞日:2023年7月23日)

 

*ポンコツ映画愛護協会