『ダイアナ』:2013、イギリス&フランス&スウェーデン&ベルギー

1997年8月31日、元英国皇太子妃のダイアナはフランスのパリにいた。その2年前、チャールズ皇太子との別居から3年が経とうとしていた頃、ダイアナは慈善活動に力を入れていた。しかし押し掛けるマスコミが注目するのは、離婚するかどうかという問題ばかりだった。気の休まらない日々が続く中、彼女は親友である鍼灸師のウーナ・トッフォロから自分を解き放つよう助言される。子供たちとは5週間に1度しか会うことが許されず、ダイアナは苛立ちを募らせた。
ウーナの夫であるジョセフが心臓バイパス手術の影響で出血し、連絡を受けたダイアナは急いでケンジントン病院へ駆け付けた。担当医のハスナット・カーンはダイアナを紹介されると手短に挨拶し、ウーナに手術のことを説明した。ダイアナはハスナットに、病院に興味があって手伝いたいと考えていることを話す。ハスナットが「いつか、ご案内を」と言うので、ダイアナは自分の携帯番号を教えた。
ダイアナは秘書のパトリック・ジェフソンから、BBCのインタビューを受けたという噂について質問される。ダイアナは「インタビューは受けたけど、大丈夫だから心配しないで」と告げた。彼女は病院を訪れ、ハスナットに施設を案内してもらう。仮眠室は狭く、夜は食堂が閉まって食事も出来ないと知ったダイアナは、「家は隣よ。いつでも来て」と告げる。冗談として受け止めたハスナットが軽く笑うと、彼女は「本気よ。宮殿は遅くまで営業してるの」と述べた。
ダイアナはハスナットのために、メイドのソニアから健康的な料理を教わった。どこに惹かれたのか質問されたダイアナは、「私の身分を知らないような、自然な態度なの」と答えた。彼女はハスナットを宮殿に招き入れて、料理を振る舞う。ハスナットの食事が進まない様子に気付いたダイアナは、何が食べたいか尋ねた。ハスナットが「ハンバーガー」と答えたので、彼女はデリバリーを頼んだ。ハスナットは好きなジャズについて語り、テレビでサッカーを観戦した。それにダイアナは付き合った。
ハスナットが帰ろうとした時、ダイアナはチャールズのことを話題に出した。ハスナットが「彼のことを聞きたかった」と口にすると、ダイアナは「新聞を読めば?」と告げる。「ゴシップは読まない」とハスナットが言うので、ダイアナは「彼とは別居したの」と述べる。ハスナットが「じゃあ、会いに来ても?」と訊くと、彼女は「もちろんよ」と嬉しそうに告げた。ダイアナはハスナットの趣味に合わせるため、ソニアからジャズについて学び、CDを聴いて勉強した。
ダイアナはハスナットに会いたくなり、病院へ赴いた。しかし手術を終えたばかりのハスナットが帰るよう促したので、寂しそうな表情で病院を出た。すると雑誌のカメラマンが待ち受けており、写真を撮る。ダイアナは電話で編集長と話し、「重病患者の見舞いに来たのよ」と怒りをぶつける。その様子を見ていたハスナットは、カメラマンが去ってからダイアナの元へ行く。「僕の仕事は集中力が必要だ。君と出掛けると、行く先々で騒がれる。僕には耐えられない」と彼が話すので、ダイアナはカツラで変装してデートに出掛けた。
1995年11月20日、BBCはダイアナの独占インタビューを放送した。ダイアナはチャールズの不倫や自傷行為を語るが、世間は賛同の声ばかりではなかった。パトリックはダイアナの勝手な行動を責め、「私の立場がありません。辞表を提出します」と告げた。ダイアナはファーストフード店でハスナットと密会し、「周囲は私が馬鹿だったと言う。でも反撃したかった」と話す。「離婚を避けたいなら逆効果になってる」とハスナットが言うと、彼女は「両親が離婚したから、息子たちには同じ思いをさせたくないの」と述べた。
ハスナットが「やり方が大胆すぎる」と言うと、ダイアナは「息子たちのためよ。母親が幸せで前向きだと思わせたくて」と説明した。するとハスナットは、「それが馬鹿なのか?君は自由になった」と告げた。ダイアナはハスナットに毛布を被らせ、車の後部座席に隠して宮殿に戻った。ダイアナはバレていないつもりだったが、警備員はハスナットが隠れていると気付いた。ダイアナはハスナットと肉体関係を持ち、幸せな気分になった。
1年後、ダイアナはアンゴラへ行き、地雷の被害を受けた子供たちと会った。大勢のマスコミが付いて回り、ダイアナは自分の行動が大臣から批判されていることについて質問された。ハスナットと電話で話した彼女は、自分が非難を浴びていることを聞かされる。地雷で手足を吹き飛ばされた少女と撮った写真も、単なる慰問としか報道されていなかった。「どうしたら?」とダイアナが相談すると、ハスナットは「力で戦えよ。離婚したから、もう王室は関係ない」と告げた。
ダイアナは地雷原を自ら歩く様子をマスコミに取材させ、地雷の製造中止を訴えた。帰国した彼女は車のトランクに隠れてパパラッチの目を逃れ、ハスナットの家に赴いた。ハスナットはダイアナを病院へ連れて行き、自分が重病患者を手術する様子を近くで見せた。彼はダイアナに、シドニー時代の恩師であるヴィクター・チャンから聞いた言葉を説明する。チャンは6年前、路上強盗に遭い、財布を渡すことを拒否して銃殺されていた。
後日、ダイアナは執事であるポール・バレルの車を借り、ハスナットと共に高原へ出掛けた。彼女はハイナットに、「オーストラリアへ行く。ヴィクター・チャン心臓研究所の資金集めでスピーチをする」と語る。「それは僕のため?」と訊かれ、「私たちのためよ」と彼女は答えた。オーストラリアへ渡ったダイアナは、慈善舞踏会に出席した。しばらくして、ダイアナとハスナットの交際を報じる記事が新聞に出た。ハスナットは病院職員たちから好奇の目を向けられ、居心地の悪さを感じた。
ダイアナはポールから対応について問われ、「記事を否定するわ」と告げる。「バレますよ」とポールが言うと、「時間を稼げるわ」と彼女は告げる。交際を否定する記事が出ると、ハスナットはダイアナに「僕の立場は?ダイアナと寝てると皆に指を差され、噂は嘘だってことで済むのか」と怒りをぶつけた。ダイアナが「貴方を守ろうとしたの」と釈明すると、彼は「僕という人間が否定された気分だ」と批判した。ダイアナとハスナットは、言い争いになった。
ハスナットが「医者がパパラッチに狙われて、仕事が出来ると思うのか」と声を荒らげると、ダイアナは「私の忍耐に比べれば」と漏らす。ハスナットは「僕にその必要は無いし、する気もないと」と言い、「僕らに将来は無い。無理だ」と彼女を突き放した。ダイアナは彼の家を去り、夜中にソニアを呼び出した。「全て終わりよ」とダイアナが嘆くと、ソニアは「今までの苦労を無にするの?」と告げた。
ダイアナは病院に電話を掛けてハスナットと話そうとするが、用事を理由に出てもらえなかった。別の名前を使うとハスナットは電話を取ったが、ダイアナだと分かると無言で切った。ダイアナはハスナットの家へ押し掛けるが、ノックしても反応は無かった。ダイアナは道路から窓に向かって大声で呼び掛けるが、ハスナットは出て来なかった。ダイアナは合鍵を使い、ハスナットの留守中に部屋に侵入した。ダイアナは部屋を掃除し、自分の記事がスクラップしているのを見つけて嬉しくなった。
ダイアナはハスナットに、「貴方を守りたい気持ちと、誇りたい気持ちが混じって我慢できなかったの。でも、貴方が魅力的だから、そうなるのよ」と述べた。ハスナットはダイアナにキスし、ベッドを共にした。ハスナットはダイアナに、「実家から連絡があった。ゴシップを知って、彼女は大家族に溶け込めない、嫁は夫の一族と暮らすのがしきたりだと話していた」と語った。「貴方の気持ちはどうなの?私と結ばれたい?」と問われたハスナットは、「ああ、そう望んでる」と答えた。そこでダイアナは、彼の一族と会うことにした。
ハスナットと一緒に行けばパパラッチが付いて来ることは確実なので、ダイアナは一人でパキスタンのラホールへ赴いた。彼女は案内役の女性から、母親が実権を握っていることを聞かされる。ハスナットの母親はインド独立運動に伴う武力衝突で大勢の回教徒が殺されたことを語り、イギリス人への恨みを口にした。しかしダイアナはハスナットの一族でとクリケットに興じたり、子供たちと遊んだりして積極的に触れ合った。ハスナットの母親は、自分の発言を謝罪した。
帰国したダイアナは、ハスナットに「未来が見えたわ。外国で暮らす」と述べた。ハスナットが「僕の仕事や、君の子供たちは?」と質問すると、彼女は「分かってるけど、可能にするのよ」と告げた。イタリアのリミニで開かれた慈善パーティーに参加したダイアナは、高名な心臓外科医のクリスチャン・バーナードが来ていることを知った。彼女はバーナードに「心臓外科医と結婚したいのですが、彼は目立つことを望まず、とてもイギリスでは暮らせません」と語り、海外での仕事を斡旋してほしいと依頼した。
ダイアナとハスナットが知らない内にバーナードの推薦状がボストンの病院へ届き、ハスナットが転職する話が決まっていた。ハスナットから激怒されたダイアナは、「海外で暮らすために、私のコネが役に立てばと思って」と釈明する。ハスナットは「助けは要らない。苦労して築いたキャリアを勝手に変えないでくれ」と怒鳴り、ダイアナは部屋を後にする。ハスナットは宮殿へ行き、自分の態度を詫びて彼女の努力に感謝する言葉を口にした。ダイアナとハスナットは和解し、ベッドを共にした。
宮殿を出たハスナットは、一族のサムンダーと会った。サムンダーはハスナットに、「神は君に2つの宝を授けた。医者という天職と、素晴らしい女性だ。だが、その2つは両立するか?君は子供の頃から目立つことを嫌う。世間の目にさらされて、仕事が出来るのか」と話す。「母さんは何と言ってる?」とハスナットが訊くと、サムンダーは「離婚したキリスト教徒を、彼女が認めるわけがない。人生には必ず分かれ道がある。どちらかを選ぶのだ」と選択を迫った…。

監督はオリヴァー・ヒルシュビーゲル、原作はケイト・スネル、脚本はスティーヴン・ジェフリーズ、製作はロバート・バーンスタイン&ダグラス・レイ、共同製作はポール・リッチー&マット・デラージー&ジュネビエーヴ・ラマル&ジェームズ・セイナー&ジャン・ラバディー、製作協力はケイト・スネル、製作代表はティム・ハスラム&ザヴィエル・マーチャンド&マーク・ウーリー、撮影はライナー・クラウスマン、編集はハンス・フンク、美術はケイヴ・クイン、衣装はジュリアン・デイ、音楽はデヴィッド・ホームズ&キーファス・シアンシア。
出演はナオミ・ワッツ、ナヴィーン・アンドリュース、ダグラス・ホッジ、アート・マリク、マイケル・バーン、チャールズ・エドワーズ、ジェラルディン・ジェームズ、ジュリエット・スティーヴンソン、キャス・アンヴァー、ダニエル・ピリー、クリストファー・バーチ、ラファエロ・デグルットラ、リアンダ・レディー、ウーシャ・カーン、テッサ・ジュバー、ジョナサン・ケリガン、ローズ・オラフリン、ナサニエル・フェイシー、ラフィク・ヤジブヘイ、マイケル・ハドレー、プラサナ・プワナラジャー他。


ケイト・スネルのノンフィクション『ダイアナ 最後の恋』を基にした作品。
監督は『ヒトラー〜最期の12日間〜』『インベージョン』のオリヴァー・ヒルシュビーゲル、脚本は『リバティーン』のスティーヴン・ジェフリーズ。
ダイアナをナオミ・ワッツ、ハスナットをナヴィーン・アンドリュース、ポールをダグラス・ホッジ、サムンダーをアート・マリク、バーナードをマイケル・バーン、パトリックをチャールズ・エドワーズ、ウーナをジェラルディン・ジェームズ、ソニアをジュリエット・スティーヴンソンが演じている。

ダイアナ元英皇太子妃はイギリス国内のみならず、全世界で多くの人々から愛された人物だ。
そのように大勢の人々が愛したダイアナは、断じて本作品で描かれているような女性ではない。
高貴な立場にいる人物を「我々のような庶民と大して変わらない普通の人間なのだ」というアプローチで描くことによって、親近感を抱かせる効果が発揮されるケースもあるだろう。
しかしダイアナの場合、そもそも王室にいた頃から、親しみを感じさせる女性というイメージが強い。だから、丘の上から平地へ連れて来る作業など不要なのだ。
必要の無い作業をやったことによって生じたのは、「ダイアナの矮小化」という現象だ。

この映画は、ダイアナの恋愛に話を絞り込んでいる。
例えば、ダイアナが皇太子と恋に落ち、困難を乗り越えて結婚に至るとか、そういう純愛の物語であれば、ラブストーリーに絞り込んでも彼女を貶めることには繋がらなかっただろう。
しかし残念ながらチャールズ皇太子との関係は破綻し、その後のハスナットやドディーとの関係はパパラッチに追い回されてゴシップ記事となった。
だから、そういう恋愛に物語を絞り込んだことによって、これはゴシップ映画に仕上がっている。

しかもタチの悪いことに、「ドディーとの交際はダイアナにとって本気ではなく、ハスナットの気を惹くための当て馬に過ぎなかった」という内容になっている。
ドディーといる時にダイアナは死んだのに、つまり「最後の恋の相手」がドディーだったのに、それが当て馬に過ぎなかったという描写なのだ。
そりゃあ、ドディーは父親のモハメドも含めて、あまり良い噂が無かったことは確かだ。だから、その関係を「本気の恋」として描くと、それはそれで難しい部分もあっただろう。
でも、だからって当て馬扱いにしてしまうと、それはそれでダイアナがラブストーリーのヒロインとしても好感の持てない人物になってしまう。

どうやらダイアナはハスナットに出会った瞬間から、彼に好意を抱いたようだ。
そうなると「見た目だけで惚れたのか」と思ってしまうが、後でソニアに話す台詞からすると、「自分の身分を知らないような自然な態度」に惹かれたらしい。
つまり、ウーナがダイアナを紹介した時、軽く挨拶しただけで済ませ、すぐに手術の説明に入った態度で好きになったらしい。
だけど、そこで軽い挨拶だけしてウーナに手術の説明を始めるのって、特別なことには思えないぞ。医者だったら、ごく普通の行動じゃないかと。

それと、そこまでに「ダイアナに対する周囲の男性の態度」ってのが、ほとんど描かれていないのよね。登場する男性は、執事や警備員など宮殿の人間と、パパラッチぐらいだ。宮殿の面々はダイアナに仕える身だから、フランクに接するはずもない。パパラッチは下卑た態度で追い回すだけ。
そりゃあ、そういうメンツと比べたら、ハスナットが自然な態度に見えるのも当然だろう。
比較対象が違い過ぎて、ハスナットに「彼だけが特別だった」というスペシャリティーを感じられないのよ。
だから、ダイアナがハスナットに惚れるのは、「簡単な女だなあ」と思ってしまう。自ら積極的にアプローチし、宮殿に招待しているのも、軽い女に見えてしまう。
「恋をすると浮付いてしまうような、ごく普通の女性」として描きたかったのかもしれないけど、ダイアナを貶めているようにしか感じない。

ダイアナは自らハスナットにアプローチして宮殿に招くぐらいだから、チャールズとの離婚を決意しているのかと思いきや、「両親が離婚したから、息子たちには同じ思いをさせたくない」と言う。
ってことは、ハスナットとの関係を深めることは完全なる不貞行為だ。
ちなみに劇中では描かれないが、その前にもダイアナは浮気している。
「先に浮気したのは旦那だし」という言い訳はあるから、どっちもどっちではあるけど、そうなるとチャールズを責められない立場になってしまう。

ダイアナは離婚を避けたい理由として「息子たちのために」と言うが、その息子であるウィリアムとヘンリーは終盤になるまで登場しない。
序盤で電話を掛けているシーンはあるが、ダイアナが「ウィリアム」と言うだけで、向こうの声も聞こえない。
終盤の登場シーンも1度だけだし、しかも顔さえ良く見えないぐらいの引いた絵でチラッと出て来るだけだ。
だから、「息子たちの幸せを考えている母親」としてのダイアナは、まるで感じられない。

そこに限らず、ダイアナとイギリス王室との関係には、ほとんど言及していない。
王室との関係でダイアナが苦しんだり悩んだりして、それでも時には果敢に戦いを挑んで、そういうことが皇太子との破局や他の男とのロマンスに繋がっていったはずなのに、そこを描写しなかったら、彼女が薄っぺらい人間になってしまう。
王室の協力でケンジントン宮殿での撮影が可能になったこともあり、ダイアナと王室の関係を描くことが難しかったという事情はあるんだろう。
だけど、王室から協力を取り付けることよりも、王室との関係描写を優先すべきだったと思うんだよなあ。

ハスナットがこれっぽっちも魅力的な男に見えないってのは、かなりキツいぞ。
何の遠慮もせず煙草をプカプカさせるのも、ダイアナが作った料理に満足せずハンバーガーを美味しそうに食べるのも、自分が好きだからということでサッカー中継を見るのも、全て相手に対する思いやりに欠ける身勝手な行為にしか見えない。
「ゴシップは読まない」ってのは嘘くさいし、読まないとしても皇太子と別居していることぐらいは知ってるはずでしょ。
そうなると、自然な態度で振る舞ったのも、ポーズじゃないかと思ってしまう。

まだ実際にパパラッチから追い回されたわけでもないのに、ハスナットはダイアナに「僕の仕事は集中力が必要だ。君と出掛けると、行く先々で騒がれる。僕には耐えられない」と言い出す。
それを申し訳なさそうに言うわけではなく、偉そうな態度で言うのだ。ダイアナから宮殿に招かれた時にはテメエからキスしておいて、そんなことを言い出すのだ。
この男、いつまで経っても人間的魅力を感じさせない。
だから、そんな男に惚れたダイアナも、愚かな女にしか見えない。

申し訳なさそうな様子を全く見せずに「僕には耐えられない」と言っていたハスナットだが、結局はダイアナと深い関係になる。
ダイアナが変装していようと、いずれはバレることなんて簡単に予想できるはずだろうに、パパラッチされると激しく激怒する。その怒りを、彼はダイアナにぶつけるのだ。
でも、付き合った相手がダイアナなら、そうなることは目に見えているわけで。
それなのに、「こんなことになったのはテメエのせいだ」という感じでダイアナに怒鳴り散らすので、すんげえ身勝手な男だなあと感じる。

そんな魅力ゼロの男に冷たく突き放されたダイアナは、ソニアを呼び出して泣く。
愚かな男に惚れたのは間違いだけど、相手の器が小さいことが露呈したんだから、さっさと断ち切ってしまえばいいものを、まだ未練たらたらなので、ダイアナまで愚かな奴に見えてしまう。
しかも、たただ未練たらたらというだけでなく、執拗に電話を掛けたり、家まで押し掛けて道路から大声で叫んだり、留守中に部屋へ侵入したりする。
「恋に狂って変になる」という様子を見せることで、ダイアナを「普通の女」として描きたかったのかもしれないけど、ただ単に死者を辱めているだけにしか感じない。

ダイアナはストーカー行為を繰り返し、ハスナットに「貴方が魅力的だから、そうなるのよ」と言うのだが、ハスナットのどこが魅力的なのかサッパリ分からない。
でも、ダイアナはハスナットとヨリを戻す。
ってことは、ハスナットは「ダイアナと付き合ったら騒がれる」という状況を受け入れたのかというと、そうじゃないんだよね。また同じことになるのは確定しているのに、それでもヨリを戻して、でも騒がれることは嫌がるんだよな。
もうさ、どうしたいのかと。

ハスナットはボストンの病院への転職が勝手に決まったことでダイアナに怒りをぶつけ、激しく非難する。
後から宮殿へ行き、「僕には君が必要だが、障害が多すぎて、とても僕の力では解決できない」と言う。
だから、別れを切り出すのかと思いきや、ヨリを戻す。
ダイアナとハスナットって、「激しく言い争うけど、すぐにセックスして仲直り」ということを繰り返すので、バカップルに見えて来るぞ。

ダイアナが死んでから100年、150年が経過し、生前の彼女を知る人がいなくなった状況であれば、勝手な憶測を盛り込んで恋愛劇を作ったとしても、それほど批判されることは無かったかもしれない。しかしダイアナの場合、まだ死んでから十数年しか経過していない。
つまり、生前のダイアナを知っている人は大勢いるのだ。
そういう人々の記憶には、「みんなに愛されたダイアナ」のイメージが強く残っている。
だから、それを否定するようなダイアナ像を描いたら、そりゃあ批判されるのは当たり前だろう。
多くの人々が抱くイメージと異なる女性として描いても、それが魅力的であれば賛同してもらえたかもしれない。だけど、この映画のヒロインは、ダイアナと切り離しても全く好感が持てないのよね。

(観賞日:2015年4月18日)

 

*ポンコツ映画愛護協会