『タイ・カップ』:1994、アメリカ

ベースボールは誕生した最初の頃、まるでサーカスのような見世物だった。しかし後に野球殿堂入り第一号となるタイ・カッブが、ゲームを戦争に変えた。彼は攻撃的プレーの元祖であり、乱闘騒ぎが絶えなかった。首位打者は12回、23年連続で打率3割以上、その内の5年は4割以上で生涯打率は3割6分7厘だった。1926年に八百長疑惑が持ち上がったが、コミッショナーは無実と裁定した。タイはタイガースからアスレチックスに移籍し、41歳で3割2分3厘を記録して引退した。
1960年、サンタバーバラ。5つの有名雑誌に記事が掲載されるスポーツ記者のアル・スタンプはザ・スポーツマン・ラウンジを訪れ、酒を飲んでいる仲間と会った。そこへタイから電話があり、アルは死ぬ前に伝記を書いてほしいと依頼された。現在のタイは大地主で、タホ湖の狩猟ロッジで暮らしている。タイは気難しい性格で、1シーズンで12人を病院送りにしたこともあった。しかしベーブ・ルースと並ぶスーパースターだったタイからの依頼をアルは喜び、ロッジへ向かった。
アルがロッジに着くと、ウィリーという黒人の使用人がタイから「クビだ、出て行け」と怒鳴られていた。「人種差別だ。言われなくても辞める」とウィリーは言い返し、家を出て来た。彼はアルがタイの仕事を引き受けたと知り、「振り回されるだけだ。あんなに横暴な男はいない」と告げて去った。アルが2階へ向かうと、タイは部屋から発砲した。「この仕事は遠慮します」とアルが退散しようとすると、彼は「入れ」と命じた。
タイは数週間後にニューヨークで開かれる野球殿堂のパーティー招待状をアルに見せ、「俺を連れて行け」と要求した。彼は「嘘を書かれ、誤解されて来た。君は真実を書ける幸運なライターだ」と語り、窓の外にいる鹿に視線をやった。タイは使用人のジェームソンを呼び、株取引に関する指示を出す。彼は「あれを仕留める」と言い、拳銃で鹿を撃った。鹿は逃走するが、彼は「命中だ」と喜ぶ。ジェームソンが落ち着き払って「命中です」と言うので、アルは呆れ果てた。
アルは「役に立てないので帰ります」と告げるが、タイは「お互いに必要だ。明朝から始めるぞ」と言って就寝した。翌朝、タイはアルに、自分を気高く偉大な男として書くよう命じた。彼は「多くの病気を抱えているが、病院には行かない」と吐き捨て、薬を壁に投げ付けて苛立ちを示した。さらに彼は、「2年前から勃たないが、俺は負けん」と口にした。タイが鎮静剤で休んでいる間に、アルは散歩に出た。吹雪の中で死んでいる鹿を見つけ、彼は驚いた。
アルがロッジに戻ると、タイは「今からリノで女を買うぞ。付いて来い」と元気に言い放った。彼は酒を飲んで車を運転し、スピードを上げた。危険な運転を続けた彼は、横転事故を起こした。タイはガラスに頭を突っ込んで血だらけになり、アルは自分の車に乗るよう促す。タイは「俺が運転する。キーを寄越せ」と言い、アルが断ると拳銃を向けた。アルが「脅しても怖くない。僕が必要だろ。殺せるか」と語るとタイは受け入れた様子を見せるが、結局はキーを奪い取った。
アルは車を運転しながら、子供時代の話を始めた。彼の故郷はジョージア州で、妹が住んでいる。子供の頃から野球は一番だったが、父のウィリアムがプロ入りに反対した。父は大学教授で、1900年には市長に就任し、その次は知事候補だった。街の中心人物で、教会の執事役も務めていた。母のアマンダは街で一番の美女で、12歳で結婚した。当時は、その年頃で結婚するのが普通だった。タイは洗礼を受けた後、友人たちと線路を歩いて家に向かった。列車が来ると、清いまま死にたいと思った彼は逃げずに立ち尽くした。彼はギリギリで川に飛び込み、その時から自分は無敵だと信じた。
タイが17歳でプロ入りする数日前、父は殺害された。犯人は捕まったが、裁判で無罪になった。プロ入りしたタイは二塁打と盗塁を決める賭けをして仲介人に金を渡した。彼は相手投手を挑発して外野にヒット放ち、二塁手を突き飛ばした。すぐに彼は盗塁し、三塁手に蹴りを浴びせて成功させた。彼はホームに突っ込み、捕手に飛び蹴りを食らわせて本盗を成功させた。彼は観客から大ブーイングを浴び、脅迫状も届くが、どれだけ憎まれても平気だった。
アルは吹雪の中で立ち尽くしているウィリーを発見し、車に乗るよう促した。タイが怒って拒もうとすると、アルは銃を向けて従わせた。タイはカーブが続く道でも構わずにスピードを上げ、車はスピンして路肩に突っ込んだ。ウィリーは「こんな奴とは縁を切るべきだ」とアルに言い、車を降りてホテルへ向かった。アルはホテルで2つ部屋を取り、「タイは誤解などされていない。彼は黒人を憎み、ユダヤ人を憎み、自分以外の全てを憎む。過去の栄光に固執する愚かな男だ」と記した。
翌朝、タイは勝手にアルの部屋に来て文章を読み、腹を立てた。「俺は伝説だぞ。お前に偉大さが分かるか」と彼が声を荒らげると、アルは「他のライターを雇え」と反発した。タイは「もう時間が無い。誰がお前の意見など求めるか。読者が求めるのはタイ・カッフだ。人間関係や女癖など興味が無い」と語るが、彼の意向通りに執筆することをアルは拒否した。タイは「お前も悪役カッブの謎を解きたいのか。だったら、俺が自己分析してやる」と言い、過去を語り出した。
ある日、ウィリアムはアマンダに出張だと嘘をついて外出し、密かに家へ戻った。彼は妻の浮気を疑っており、現場を押さえて浮気相手を捕まえようと目論んで部屋を覗いた。しかしアマンダは浮気などしておらず、侵入者と間違えてウィリアムを撃った。そこまで話したタイは、「いい分析ネタだろ。事件が人格形成に影響した。だが、俺は事件の前からカス野郎だし、事件の後もカス野郎だ」と言い放った。彼が「書くな。俺が認めない限りは書けない。編集権がある」と語ると、アルは「権利は僕にあるはずだ」と反論した。タイは「契約書について事務所に聞いてみろ」と要求し、弁護士に電話を掛けたアルは編集権を放棄していることを知らされた。
タイはアルを連れてキャバレー「パーラーズ・クラブ」へ行き、シガレット・ガールにラモーナを見て「あの女をモノにする」と宣言した。彼はラモーナに声を掛け、テーブルに呼んだ。ステージでバンドを従えて歌っていた歌手のルイ・プリマは、「今夜は大物が来てる」とタイを紹介した。タイはラモーナを誘い、演奏に合わせて踊った。タイはルイの質問に腹を立て、黒人やユダヤ人を侮蔑する言葉を吐いた。彼はマイクを奪い取り、野球について喋り始めた。
アルはバーカウンターへ移動し、ラモーナと2人きりになった。彼はラモーナを口説いて部屋へ行き、セックスしようとする。そこへタイが現れ、「俺の女を横取りしたな」と怒鳴ってアルを殴り倒した。彼は自分の部屋にラモーナを連れ込み、銃で脅して服を脱がせた。彼はラモーナに襲い掛かるが、勃起しなかった。彼はラモーナに金を見せ、「俺とのセックスは最高だったと広めろ」と命じて追い出した。部屋の外で話を聞いていたアルが入って来ると、タイは「最高のセックスだった」と嘘をついた。アルは最後までタイに付き合い、真実を書こうと決めた…。

監督はロン・シェルトン、原作はアル・スタンプ、脚本はロン・シェルトン、製作はデヴィッド・V・レスター、製作総指揮はアーノン・ミルチャン、製作協力はトム・トドロフ、共同製作協力はカリン・フロイト&ケリー・デイヴィス、撮影はラッセル・ボイド、美術はアーミン・ガンツ&スコット・リトナー、編集はポール・セイダー&キンバリー・レイ、衣装はルース・E・カーター、音楽はエリオット・ゴールデンサール。
出演はトミー・リー・ジョーンズ、ロバート・ウール、ロリータ・ダヴィドヴィッチ、ルー・マイヤーズ、ブラッドリー・ウィットフォード、スティーヴン・メンディロ、エロイ・カサドス、ウィリアム・ウテイ、J・ケネス・キャンベル、トミー・ブッシュ、ネッド・ベラミー、スコット・バークホルダー、アラン・マラマッド、ビル・キャプラン、ジェフ・フェレンザー、ダグ・クリコリアン、ギャヴィン・スミス、ローダ・グリフィス、タイラー・ローガン・コッブ、レヴェレンド・ゲイリー・モリス、ハリー・ハーサム、ジェイ・シュヴァリエ、ロジャー・クレメンス他。


数々の記録を打ち立てて最初にアメリカ野球殿堂入りしたメジャーリーグの選手、タイ・カッブを主人公に据えた伝記映画。
本人の名前は「Ty Cobb」だが、かつて日本では「タイ・カップ」と呼ばれており、そちらが邦題に使われている。
監督&脚本は『さよならゲーム』『ハード・プレイ』のロン・シェルトン。ちなみにマイナーリーグで6年間プレーしていた経験がある。
タイをトミー・リー・ジョーンズ、アルをロバート・ウール、ラモーナをロリータ・ダヴィドヴィッチ、ウィリーをルー・マイヤーズ、ルイをブラッドリー・ウィットフォード、ジェームソンをエロイ・カサドス、ウィリアムをJ・ケネス・キャンベルが演じている。

アルが仕事を受けて伝記を書き始めても、「タイが選手時代を語り始めて回想シーンに突入する」という展開には移らない。
ずっと現在のタイを描くだけかと思っていたら、車でリノへ向かう時に回想シーンが入る。
アルの車を運転するタイが「俺の哲学は、人生は短い。何をしようとも友なら気にしない。子供時代の話をしようか」と前置きして、昔語りを始める。
それって、何の流れも脈絡も無いでしょ。唐突なだけであり、「なんで急に子供時代の話をしようと思ったのか」と言いたくなる。

タイが「お前も悪役カッブの謎を解きたいのか。だったら、俺が自己分析してやる」と前置きして過去を語り出すのも、やっぱり強引な自分語りへの導入だと感じる。
しかも、どれだけタイが少年時代を回想したところで、「だから何なのか」ってことなのよね。
それで同情しろってことなのか。「そんな少年時代を過ごしたから、プロ入りした後に起こした色んな問題は容認しろ」ってことなのか。
でも、そこには何の関係性も見えないからね。

少年時代の出来事を色々と描いても、「それはそれとして、選手としては最低のクズ野郎だ」と感じるだけだ。そりゃあ大勢に嫌われても当然だと感じるだけだ。
広く知られているタイ・カッブのイメージが、この映画で大きく覆ることなど無い。
そもそもタイ・カッブの伝記映画という時点で厳しいんじゃないかとは思ったが、その通りの結果となっている。
たぶん「性格や言動に問題はあるけど、愛すべき男」として描こうとしているんだろうけど、幾らトミー・リー・ジョーンズが演じようとも、それだけじゃ救えないよ。

「俺は事件の前からカス野郎だし、事件の後もカス野郎だ」というタイの台詞は、「それは自分を偽る強がりの言葉で、本当は事件が彼の人格形成に影響している」と観客に思わせるために用意されている。
でも実際には、プロ入り後のタイの行動において、その事件が影響を及ぼしているなんて全く感じないのよね。
仮に人格形成に影響があったとしても、それでタイに同情したくなることは皆無だし。
「それはそれとして、タイは紛れも無くカス野郎だ」と言いたくなるだけだ。

カジノでラモーナとウィリーが一緒にいるのを見たタイは激高し、拳銃を向けて喚き散らす。モーテルに来た客が荷物を運び込もうとすると、「うるさい」と発砲する。
若い頃は酒浸りで、妻に激しい暴力を振るっている。野次を飛ばした客に怒って襲い掛かり、出場停止処分を受けている。
町で男に殴り掛かって殺害した出来事を自慢し、事件は揉み消されている。
過去の出来事に関してはタイなりの反論もあるようだが、ともかく「若い頃も年を取ってからも、ずっと問題行動ばかり起こしている奴」ってことが劇中では描かれている。

伝記映画ではあるが、現役時代の回想シーンは決して多くない。晩年を描くパートが、大半を占めている。
タイ・カッブの伝記映画なら、普通に考えれば「いかに選手として凄かったのか」を描きそうなモノだ。「性格や言動に問題はあったが、野球への情熱はあり、取り組む姿勢はプロフェッショナルだった」みたいな形で偉大さをアピールすることも出来なくはないだろう。
しかし、この映画は「多くの人がイメージする嫌われ者のタイ・カッブ」を改めて描く内容になっている。
「若い頃から問題行動の多かったタイは、年を取っても変わらずにカス野郎でした」ってのを描かれて、どこに面白さを感じ取ればいいのか困ってしまう。

終盤に入ると、「自分が正当に評価されていない」ってことを哀しんで泣くシーンがあったり、娘が「関わりたくない」ってことで面会を拒んだりするシーンがあったりする。
でも、それで「タイが可哀想だな」と思うことは皆無だ。何もかもが見事なぐらいの自業自得でしかないからだ。
終盤に入ると、父が殺された事件の説明は真っ赤な嘘。実は母が浮気相手を連れ込んでいて、その相手に銃を渡して父を射殺させた。タイは事実を知っていたが母を擁護し、裁判で母は無罪になった」ってことが明かされる。
だけど、その説明が真実でも嘘でも、どっちでもいいよ。それでタイの印象が大きく変化することは無いんだから。

アルは「タイに気に入られるための伝記」を表向きは執筆し、その裏で「真実を書き留めた文章」を執筆する。タイはアルが隠してあった文章を見つけて腹を立てるが、不摂生が祟って病院に搬送される。そして余命わずかとなったことを悟った彼は、真実を書くことを認める。
最終的にアルは、「偉大で立派な選手」としてタイの伝記を書くと決める。きっとタイの死を看取ったことで、すっかり同情心が沸いてしまったんだろう。
ただ、そんなアルも、「妻からの離婚書類を弁護士が届けると、激怒して銃を撃ちまくる」というヤバい奴だからね。
なので、これって「カス野郎がカス野郎に同情した」ってだけなんだよね。

(観賞日:2024年11月5日)

 

*ポンコツ映画愛護協会