『チキ・チキ・バン・バン』:1968、イギリス

そのレーシング・カーは、1907年のイギリスGP、1908年のフランスGPとドイツGPで優勝した。しかし1909年のイギリスGP、犬を捕まえるために飛び出してきた少女を避けるために、ドライバーは慌ててハンドルを切った。柵を突き破って坂の下に落ちた車は、炎上してしまった。現在、それはコギンズのガレージに放置され、幼いジェマイマとジェレミーの遊び道具になっている。しかし何の役にも立たないため、コギンズは鉄クズ屋に30シリングで売却することにした。
ジェマイマとジェレミーは「酷いよ」と抗議するが、鉄クズ屋は水曜日に引き取りに来ることを告げる。鉄クズ屋が「車はペシャンコにしてドロドロの鉄に溶かす」と意地悪な態度で言ったので、ジェマイマとジェレミーはコギンズに「あんな人には売らないで。パパが買い取ってくれる」と告げた。戻るまで売らないことを約束してもらい、子供たちはコギンズの元を飛び出す。車で走って来たトゥルーリーという女性は、慌ててハンドルを切った。子供たちは謝罪し、彼女と車を褒めた。
子供たちは、トゥルーリーの車で家まで送ってもらうことになった。2人は「家は丘の上にあるお城」「パパはアルフレッド王のお城だと言ってる」などとトゥルーリーに話す。その日も学校があるはずだが、子供たちは行っていない。そのことをトゥルーリーが指摘すると、子供たちは「パパは何も言わない。忙しいから」と告げた。子供たちと父親のカラクタカス・ポッツが住んでいるのは城ではなく、普通の家である。ただし、ポッツは普通の父親ではなかった。発明家で夢想家の彼は、トゥルーリーたちが着いた時も発明品のロケットで空を飛ぼうとしていた。実験は失敗に終わり、子供たちは大笑いした。
子供たちが学校に行っていないことを聞かされても、ポッツは全く気にしなかった。一緒に暮らしているポッツの祖父も変わり者で、家から出て来るとトゥルーリーに「インドの王様と茶を飲む約束がある」と告げた。子供たちに躾を教えるようトゥルーリーに言われたポッツは、「鎖で縛りましょう。それで満足ですか」と軽く言う。トゥルーリーが腹を立てると、彼は「私の子供だ、貴方には関係ない」と告げ、立ち去るよう促した。
トゥルーリーが去った後、子供たちはコギンズの車のことをポッツに話す。ポッツは「何とかしよう」と約束するが、「コギンズさんは30シリングで売ってくれる。明日の朝でいいんだ」と子供たちに言われて困ってしまう。「何とかなるだろう」と安請け合いしたポッツだが、稼ぎが無い上に入って来る金は発明に注ぎ込むため、一銭も持っていなかった。子供たちを寝かせた後、ポッツは父から「私がお前ぐらいの年頃は良く働いたものだ」と説教される。その夜は嵐になったが、ポッツが雨漏りしている屋根の修理をしていないため、父は傘を差して寝る羽目になった。
飼い犬のエジソンが床に落ちていた笛を吹いたことで、ポッツは呼び笛キャンディーのアイデアを思い付いた。翌朝、スクランプシャス製菓工場を訪れたポッツは、そのアイデアを売り込もうとする。彼が「社長に会うには予約が必要です」と受付係に言われているところへ、トゥルーリーが現れた。彼女はスクランプシャス社長の娘だったのだ。トゥルーリーに不快感を抱いているポッツは、子供たちを連れて立ち去ろうとする。しかしトゥルーリーは呼び笛キャンディーを気に入り、父との面会を仲介した。
社長室に入ったポッツは、せっかちなスクランプシャスにキャンディーを見せた。スクランプシャスが「味見の時間だ」と告げて社長室を出て行くと、トゥルーリーはポッツに追い掛けるよう促した。ポッツはトゥルーリーの協力でキャンディーを売り込み、スクランプシャスに気に入ってもらえた。だが、笛を鳴らしていると、その音に呼び寄せられた何匹もの犬が工場に乗り込んできてしまった。ポッツはスクランプシャスに責任を追及され、子供たちを連れて工場を後にした。
ポッツは子供たちに、「車を買い取るのは難しい。財布は空っぽだ」と話す。すると子供たちは、自分たちが収集していた宝物を差し出し、それを売って金を工面するよう告げた。しかも「車は要らないよ。発明に使って」と子供たちは言う。だが、それは子供たちにとっては宝物でも、一銭にもならないガラクタばかりだった。カーニバルが来たことを知った彼は、会場で全自動散髪機を展示して稼ごうと試みる。ある男が夫人に勧められて機械に座るが、頭が禿げ上がってしまった。
ポッツは激怒した男に追われ、慌てて逃げ出した。バンブー・ダンスのショーが開催される小屋に飛び込んだポッツは、男から逃れるために参加する羽目となった。しかしショーは喝采を浴び、観客から投げ銭が飛んで来たので、それでポッツは車を買い取る金を工面することが出来た。オンボロ車を家に運び込んだポッツは、様々な部品を使って修理した。すっかり見違えた車を見て、子供たちは喜んだ。早く乗りたがる子供たちに、ポッツは「ピクニックに行こう」と提案した。
車が走り出すと、子供たちは「変な音がするね」と口にした。ポッツは「エンジンが喋ってる。こう言ってるんだ。チキチキ、チキチキ、バンバン」と語り、一緒に歌った。ポッツが脇見をしていたので、向こうから来たトゥルーリーの車とぶつかりそうになった。慌てて衝突を回避したトゥルーリーに、ポッツは謝りもせず「ホーンを鳴らしたらどうです?」と注意した。車が沼に入ってしまったトゥルーリーは、助け出すよう要求した。
ポッツがトゥルーリーを沼から連れ出すと、子供たちは一緒に海岸へピクニックに行かないかと誘った。一度は断ったトゥルーリーだが、結局は誘いに乗った。「変わった車ね」とトゥルーリーが言うと、子供たちは「名前はチキチキバンバン」と告げた。4人は浜辺に到着し、楽しい時間を過ごす。子供たちはトゥルーリーに、「大人が2人いると楽しいよ」と言う。ジェマイマとジェレミーは、ポッツと彼女が結婚することを密かに期待した。
ジェレミーが海を観察して「海賊を見張ってる」と言うと、ジェマイマは「海賊なんていないわ」と口にする。子供たちはポッツに、海賊の話をしてほしいとせがんだ。ジェレミーが船を見つけると、ポッツは「ただの船じゃないぞ。悪名高きボンバースト男爵の船だ。彼がヴァルガリアからイギリスに来た目的は、私が完成させた新車の噂を耳にしたからだ。それを盗んで国に持ち帰ろうとしているのだ」と語る。トゥルーリーも子供たちも笑顔で耳を傾ける中、ポッツの空想物語が幕を開けた。
ボンバーストは車を発見すると、上陸と大砲の準備を部下に命じた。子供たちが「早く逃げて」と言うと、ポッツは既に潮が満ちて車が海中にあることを指摘した。ボンバーストと部下たちは「溺れ死ぬのを待つとしよう」と笑い、トゥルーリーと子供たちは焦った。しかし船から放たれた砲弾が命中すると、車の下からエアクッションが現れて膨らみ、ボートに変身した。4人がエアボートで逃亡すると、すぐにボンバーストの船が追跡してきた。ポッツは砲撃をかわして陸に戻り、船の追跡を撒いた。ボンバーストは2名のスパイに、車を奪う任務を命じた。
ポッツに家まで送ってもらったトゥルーリーは、彼に深い愛情を抱くようになっていた。スパイたちはチキチキバンバン号を待ち伏せて橋を爆破しようとするが、自分たちのいる場所を爆破してしまった。今度は偽のトンネルで騙そうとするが、チキチキバンバン号の後ろから来たスクランプシャスの車が退けろと怒鳴ったので、ポッツはトンネルを回避することにした。スクランプシャスの車は馬車の荷台に飛び込み、スパイたちはチキチキバンバン号だと思い込んで喜んだ。しばらく走ってから、彼らは間違いを知った。
スパイたちはイギリス紳士と運転手に変装し、ポッツの家を訪れた。ポッツの祖父が出て来ると、彼らはポッツ本人だと思い込んだ。2人は応援を要請し、ボンバーストと部下たちが気球で駆け付けた。一味は祖父の入った小屋を気球で持ち上げ、そのまま拉致しようとする。気球を見つけたポッツは、チキチキバンバン号で後を追った。車が崖から落ちた時、翼が開いて飛行機に変形した。ポッツは気球を見失うが、車が勝手に飛び続けるので自動操縦に全て任せた。
気球がヴァルガリアに到着して城に降り立つと、ボンバーストはポッツの祖父をポッツ本人として歓迎した。別人であることを明かすと首を斬られそうだったので、祖父は本人に成り済ますことにした。ボンバーストは彼を発明室へ案内し、自分の車を24時間で水陸両用に改造するよう要求した。「失敗したらお前の頭にキャベツを詰めてやる」と脅して、彼は立ち去った。発明室にいる男たちは、「あれは冗談ではない。我々は何年も閉じ込められている。酷い拷問をされる」とポッツの祖父に話した。
ポッツとトゥルーリーと子供たちはバルガリアの城を発見し、近くの村に着陸した。ボンバースト男爵夫人は子供たちが乗っているのに気付き、チャイルド・キャッチャーを呼び寄せた。車を降りたポッツたちが村に入ると、人々は奇妙な視線を向けた。トゥルーリーは、村に子供が一人もいないことに気付いた。ラッパが鳴り響くと、村人たちは慌てて家の中に隠れた。村人のトイメイカーはポッツに手招きし、「子供たちを早く隠すんだ。兵隊に見つかる。子供を持つことは禁じられているんだ」と告げた…。

監督はケン・ヒューズ、原作はイアン・フレミング、脚本はロアルド・ダール&ケン・ヒューズ、追加台詞はリチャード・メイボーム、製作はアルバート・R・ブロッコリ、製作協力はスタンリー・ソーペル、撮影はクリストファー・チャリス、編集はジョン・シャーリー、美術はケン・アダム、特殊効果はジョン・ステアーズ、作曲&作詞はリチャード・M・シャーマン&ロバート・B・シャーマン、音楽監修&指揮はアーウィン・コスタル、ミュージカル演出はマーク・ブロー&ディー・ディー・ウッド。
出演はディック・ヴァン・ダイク、サリー・アン・ハウズ、ライオネル・ジェフリーズ、ゲルト・フレーベ、アンナ・クエイル、ベニー・ヒル、ジェームズ・ロバートソン・ジャスティス、ロバート・ヘルプマン、ヘザー・リプリー、アドリアン・ホール、バーバラ・ウィンドソー、デイヴィー・ケイ、アレクサンダー・ドア、バーナード・スピア、スタンリー・アンウィン、ピーター・アーン、デスモンド・リュウェリン、ヴィクター・マダーン、アーサー・ムラード、ロス・パーカー、ジェラルド・カンピオン、フェリックス・フェルトン、モンティー・デ・ライル、トッティー・トルーマン・テイラー、ラリー・テイラー他。


007シリーズで有名なイアン・フレミングの執筆した唯一の童話を基にしたファミリー・ミュージカル映画。
監督は『人間の絆』『結婚詐欺』のケン・ヒューズで、脚本は彼と作家のロアルド・ダールが執筆。
ポッツをディック・ヴァン・ダイク、トゥルーリーをサリー・アン・ハウズ、ポッツの祖父をライオネル・ジェフリーズ、ボンバースト男爵をゲルト・フレーベ、男爵夫人をアンナ・クエイル、トイメイカーをベニー・ヒル、スクランプシャス卿をジェームズ・ロバートソン・ジャスティス、チャイルド・キャッチャーをロバート・ヘルプマン、ジェマイマをヘザー・リプリー、ジェレミーをアドリアン・ホールが演じている。アンクレジットだが、ヴァルガリアに住む少年の役で、子役時代のフィル・コリンズがエキストラとして出演している。

この映画は、ディズニーの実写ミュージカル映画『メリー・ポピンズ』が大ヒットしたことを受けて作られている。
まあ二匹目のドジョウを狙ったと言っても間違いじゃないだろう。
製作したのはディズニーではなくユナイテッド・アーティスツだが、主演のディック・ヴァン・ダイク、作詞&作曲のシャーマン兄弟、振り付けのマルク・ブローとディー・ディー・ウッドは、『メリー・ポピンズ』と同じキャスト&スタッフだ。
サリー・アン・ハウズの起用も、ジュリー・アンドリュースっぽさを意識してのことだろう。

映画を見たことが無くても、主題歌のメロディーを聞いたことがあるという人は結構いるんじゃないだろうか。岩谷時子が訳詞した「Oh、Oh.、私たちはチキチキバンバン大好き」という日本語版もあり、山本リンダやGO-BANG'Sが歌っていた。
ちなみに、その日本語版の歌を我々が歌えるのは、ある意味では故・水野晴郎先生のおかげだ。
日本では原作の童話が『チティ・チティ・バン・バン』という邦題で発行されていたが、当時はユナイテッド・アーティスツ日本法人の宣伝部長だった水野先生が本作品の邦題を『チキ・チキ・バン・バン』と付けたことで、後に発行された物は『チキチキバンバン』となった。そして、歌の題名や歌詞でも「チキチキバンバン」になったのだ。
これが「チティチティバンバン」だったら、歌いにくくてしょうがないぞ。

まず何よりも言えることは、そして言いたいことは、「長いよ、ものすごく長いよ」ってことだ。144分という上映時間は、長すぎるわ。
まず、冒頭に描かれるレースのシーンは要らない。
その車が数々のレースで優勝を飾って来たとか、少女を避けるために炎上したとか、そういう説明って、そんなに丁寧にやる必要も無い。
その後に「その車が復活し、またレースに使われることに」という展開があるのならレースの描写は必須と言っていいけど、そうじゃなくて別の用途で使われるんだから、いきなりポッツたちの物語から始めても支障は無い。
車の由来については、台詞で軽く説明する程度でも充分だ。

その車をポッツが買い取り、修理して使えるようにするのが、開始から51分ほど経過した頃。
それは時間が掛かりすぎだわ。せめて、手に入れるまでの時間を早めるべき。この映画だと開始から47分頃に入手しているが、30分程度に縮めるべきだ。
それと、手に入れた後、修理する行程が「ポッツが納屋に入り、家にある道具を集めてトンテンカンテンやってます」というのを短く示すだけで、あっという間に終了してしまうってのは雑。車を手に入れるタイミングを早くして、修理の過程で失敗したり、意外な部品を使ってみたりというところに時間を使って物語を構築しても面白かったんじゃないか。
修理を短く済ませるにしても、そこをミュージカルにすればいいのに。
そこが勿体無い処理になっていると感じるんだよな。

開始から1時間ほど経過した頃、ピクニックへ出掛けたポッツは子供たちからお話をせがまれる。ポッツが語り出すと、空想の世界での大冒険が描かれることになる。
でも、そこまでにポッツが空想物語を子供たちに聞かせたことは一度も無いんだよな。
そこで初めて空想の物語が描かれるのなら、そのタイミングが開始から1時間以上経ってからってのは遅すぎる。
もっと早めるべきで、144分という上映時間を受け入れるにしても、開始から40分以内には冒険物語に突入したい。
この映画において、その部分がメインのはずなんだし。

ポッツがトゥルーリーを家まで送った後、シーンが切り替わってスパイたちが橋の爆破を企んでいる様子が写し出されると、そこに走って来たチキチキバンバン号にはポッツと子供たちだけでなくトゥルーリーも乗っている。
ひょっとすると別の日という設定なのかもしれないけど、そこは引っ掛かるなあ。
だったら、トゥルーリーを家で降ろす手順を省くべきだわ。そこに「トゥルーリーを一人にして愛の歌を歌わせたい」という事情があるのは分かるけど、それは何かしらの策を用意するか、歌を省くか、どっちかにすべき。
ミュージカル映画とは言え、歌を歌わせるために、スムーズな物語進行をそこまで犠牲にするのは望ましくない。

ポッツがトイメイカーの案内で城へ向かった後、トゥルーリーは食料を手に入れるため、子供たちに「絶対に外へ出ない」と約束させて外出する。
ところがチャイルド・キャッチャーが「美味しいお菓子が無料だよ。チェリー・パイにクリーム・パフェ、アイスクリームにハニー・ケーキ」と呼び掛けると、子供たちは外へ出て捕まってしまう。
そりゃあ「子供だから仕方が無い」ってことではあるんだけど、そこまで可愛く思えていた子供たちの好感度が一気に下がってしまうんだよなあ。

さて、ミュージカル・シーンについて順番に触れて行こう。
まず、トゥルーリーが去った後、ポッツ&子供たちが食事の用意をしながら歌う『You Two』のシーンでは、周囲に発明品や調度品が色々とあるのだが、それを音楽に合わせて使うとか、ダンスの小道具として使うとか、そういうことが見られない。
歌のラスト近くでリズムに合わせてフォークとナイフの柄を使ってテーブルを鳴らす動きはあるけど、それぐらいなんだよな。
そもそも、ほぼ踊ってないし。

お菓子工場でポッツとトゥルーリーが『Toot Sweets』を歌うシーンは、最初は「工場の中を移動しながら歌っているけど、舞台装置や道具の有効活用がイマイチだなあ」と思っていた。
だが、大勢の従業員がダンスに参加することで一気に華やかさと面白さが増した。
ここはセットの奥行きも充分に見せているし、ダンスの調和も悪くない。
欲を言えば、もっとバックダンサーの動きをピッタリと綺麗に揃えて欲しかったけど、それは要求が高すぎるかな。

子供たちを眠らせる子守唄としてポッツが歌う『Hushabye Mountain』は、2分にも満たない短いバラードだ。ダンスは無いけど、子守唄だから当然であり、そのことに対する不満は無い。
ただ、特に不満は無いけど、これといった感想も無い。
バンブー・ダンスのショーでポッツとバックコーラスが歌う『Me Ol' Bamboo』は、まず楽曲がウキウキさせてくれるし、ハットと竹の棒を使った集団ダンスも軽快だ。
ただ、何となくだが、ディック・ヴァン・ダイクのダンスのキレが今一つという気も。

車を修理してピクニックに出掛ける時にポッツと子供たちが歌い、トゥルーリーが加わってから再び歌う『Chitty Chitty Bang Bang』は、あの有名な主題歌だし、自然に体を揺らしたくなる。
これはもう「聴き慣れた曲だから、単純に楽しくなる」というパブロフの犬チックなモノだろうけど、もちろん素直に楽しいよ。
個人的に、ミュージカル・シーンってのはダンスの有無によって査定が大きく変わって来るんだけど、『Chitty Chitty Bang Bang』に関しては歌だけでも充分。
あと、絵としての力を考えると、車を走らせながらみんなで歌っているってのは、意外に大きいかもしれない。

浜辺で子供たちがトゥルーリーに歌う『Truly Scrumptious』は、ほぼ子供たちの可愛さで持って行く感じだが、歌っている姿も歌声もホントに可愛いから許す。
ただ、2番でトゥルーリーが歌い出すと、「アンタじゃねえわ」と言いたくなる。
そんなトゥルーリーが家まで送ってもらった後で歌う『Lovely Lonely Man』は、特に可も不可もなくといった感じ。
ただ、それはポッツへの愛を歌う内容なのだが、そこに引っ掛かってしまうんだよな。
ミュージカル・シーンの質とは別問題になっちゃうんだけど、この映画、ポッツとトゥルーリーの恋愛劇には大いに無理を感じる。その段階で反感が好感に代わるのはともかく、恋愛感情が芽生えるほどの魅力をポッツが発揮していたようには到底思えないぞ。

ポッツの祖父が気球で吊り下げられている小屋の中で『Posh!』を歌うシーンは、「アンタも歌うのね。しかも、このタイミングで」という意外性はあるものの、ミュージカル・シーンとしのて面白味はイマイチ。
吊り下げられている小屋の中なので、動きが極度に制限されてしまうってのが痛い。
途中で気球の高度が下がり、小屋が海に沈みそうになるという意味での動きはあるけど、そうじゃなくて本人が舞台装置を動き回るという形にしてほしいんだよな。

バルガリアの発明室にいる人々が歌い始めてポッツの祖父が加わる『The Roses of Success』は、「アンタらも歌うんかい」とツッコミを入れたくなったが、それは別にいいとして、ダンスが冴えないってことの方がマイナスだわ。
「見た目はジジイだけどダンスはキレてる」というところで面白味を出した方がいいと思うんだけどなあ。
それと、発明室自体はそれなりに大きいはずなのに、そのミュージカル・シーンでは、ごく一部しか使っていないのも勿体無いと感じる。

トイメイカーが地下に匿っている子供たちの元へポッツとトゥルーリーを案内すると、2人は子供たちを励ますために歌う。
その時の歌、ポッツがジェマイマとジェレミーを眠らせる時に歌った『Hushabye Mountain』。
で、トゥルーリーはポッツとデュエットしたのに、トイメイカーが「言えるのはそれだけか?」と責めるように言うと、ポッツに対して「美しい夢だけど、ここでは役に立たないわ」と歌の内容を全否定する。
すげえ心変わりの早い奴だな。

誕生日を迎えたボンバーストと夫人が歌う『Chu-Chi Face』は、ボンバーストが落とし穴に落下させた夫人がドアから入って来るという仕掛けはあるものの、もっと舞台装置を活用してほしいと感じる。
あと、ダンスがユルすぎるのも、しょうがないんだろうけど、もう少し何とかならなかったかなあとは思う。
パーティーが始まるとトイメイカーがバンバーストへの贈り物として人形に変装させたトゥルーリーを献上し、彼女が人形の動きをしながら『Doll On a Music Box』を歌う。続いて人形に扮したポッツが登場し、今度はトゥルーリーが『Doll On a Music Box』、ポッツが『Truly Scrumptious』を同時に歌う。
ここは細工を凝らした演出になっているものの、最後に用意されているミュージカル・シーンとしては盛り上がりに欠ける。
その後に「ヴァルガリアの子供たちがバンバースト一味をやっつける」という派手な動きがあるので、映画としてはそれで成立するけど、ミュージカルとしては、ちょっと物足りない。

さて、ポッツが空想の冒険物語を語り終えると、子供たちは「そしてパパたちは結婚しました」と付け加える。
しかしトゥルーリーが笑顔で「それが結末なの?」と問い掛けると、ポッツはそれには反応せずに「もう遅い、帰ろう」と告げる。
彼はトゥルーリーを家まで送り、「私たちが結婚するなんて子供たちの冗談だ、気にしないでくれ。だって君は豪邸住まいで父親は社長。住む世界が違う」と告げる。
で、そうなると、最終的には「身分違いを気にするよりも、愛する心が大切」という答えに辿り着くのが王道じゃないかとは思うが、そこまでの物語とは全く関連性が無いゴールになってしまう。

そこで本作品がとういう結末を用意したかというと、帰宅したポッツがスクランプシャスから「君が考案したキャンディーが犬にバカ受けしている。君は大金持ちになる」と契約書を渡され、すぐにトゥルーリーの元へ行って求婚するという内容だ。
それって、「大金持ちになって住む世界が同じになったから、トゥルーリーと結婚できました」という着地になっているけど、ものすごく違和感が強いなあ。住む世界が違うという問題は、結局は金持ちにならないと解決されないのかよ。
しかも、ポッツは「夢は大切だが、ボンヤリと追っているだけではいけない。現実に役立てないと」と言うけど、あのキャンディーも「たまたま犬を呼び寄せた」というだけで、そのために役立てようとして発明したわけじゃないでしょうに。
そこの着地は、ちっとも軽やかじゃないわ。

(観賞日:2014年6月14日)

 

*ポンコツ映画愛護協会