『シリアナ』:2005、アメリカ

イランのテヘラン。CIA局員のボブ・バーンズは、武器商人のアミーリ兄弟に2基のスティンガーミサイルを売却した。1基を兄弟が建物の奥に運んだので、ボブは「どこへ持って行った?」と尋ねるが、「気にするな」と言われる。兄弟が残り1基を車に積み込んでいる間に、ボブは建物の奥を覗いた。するとイラン人ではない青い眼の男が銃を構えて脅し、扉の向こうへ消えた。ボブが立ち去った後、兄弟は仕掛けておいた爆破装置の作動によって爆死した。
ワシントンDC、ジョージタウン。アメリカ政財界のフィクサーである弁護士事務所代表のディーン・ホワイティングは部下のベネット・ホリデイを呼び、石油大手で顧客のコネックス社がペルシャ湾の天然ガス採掘権を中国に奪われたこと、小さな会社であるキリーン社がカザフスタンで未開発大油田の採掘権を得たこと、両社が合併すること、司法省がキリーン社を調べていることを語った。彼はベネットに、どうやってキリーン社が採掘権を得たか司法省より先に突き止めるよう命じた。
テキサス州ヒューストンのコネックス社では、会議が開かれた。出席したキリーン社のジミー・ポープ社長は、カザフスタンのテンギス油田を落としたこと、海外汚職行為防止法に注意していることを語る。コネックス社のトミー・バートン社長は、検事局がキリーン社とカザフスタンとの取引を調査しており、合併の承認は下りていないことを述べた。彼に呼ばれた顧問弁護士のシドニー・ヒューイットは、合併戦略を担当する部下のベネットに詳細な説明を任せた。
スイスのジュネーブ。デリバティブ取引の会社でアナリストをしているブライアン・ウッドマンは、妻のジュリー、長男のマックス、次男のライリーの4人で暮らしている。テレビの経済番組では、コネックス社とキリーン社の合併が報じられる。世界第5位の石油ガス会社となったコネックス・キリーン社について、番組に出演したブライアンは、コネックス社がペルシャ湾のガスを中国に奪われたためにキリーン社と合併したことを解説した。顧客である石油王のパーティーに出席するようボスから言われたブライアンは、息子の誕生日なので難色を示す。するとボスは、家族も連れていくことを許可した。
ペルシャ湾。パキスタンからの出稼ぎ労働者であるワシーム・カーンは、父と共にコネックス社の油田で働いていた。しかし採油権が中国企業に移って体制が変わったため、出稼ぎ労働者は全て解雇された。入国許可が切れたため、2週間以内に移民局で手続きをしないと強制送還されてしまう。ヴァージニア州ラングレーのCIA本部では、ミサイルの紛失を受けてボブが怯えていることを上司のフレッド・フランクスが本部長に報告していた。そこで本部長は、ボブを昇進させてデスクワークに就かせることにした。
会議に出席したボブは、イランの現状について報告する。すると議長のテリーは冷淡な口調で、「事務的な報告だけなら結構。必要なのは生の情報よ。知りたいのは彼らが経済制裁によって西寄りの交易国になるかどうかよ」と告げた。「可能だが、難しい」とボブが言うと、テリーは「もう結構よ」と軽くあしらった。ボブは苛立ち混じりに、「若者のデモがあれば翌日の新聞は発行停止だ。衛星放送でアメリカのテレビを見せられても、シーア派指導者の影響力は変わらない」と言う。その時、「イランの改革は我が国の大統領も望んでいる。石油の確保は最重要問題だ」と口を挟んだのは、CLI(イラン自由化委員会)の委員だった。
ニュージャージー州プリンスンで、ボブは高校生である息子のロビーと会う。ボブと妻のマーガレットがCIAで働いていることが影響し、親子関係は良好ではなかった。ブライアンは家族を連れてスペインのマルベラを訪れ、ハメド王のパーティーに出席する。ハメド王が中国からの来訪者とビジネスの話になったため、部下のファルークがブライアンと会う。マックスはプールで事故に遭い、命を落とす。ワシームは仕事を探すが、アラビア語が話せないこともネックになり、全く見つからなかった。
ベネットは司法省で検事のドナルドと会い、「キリーン社が賄賂も使わずに油田契約を締結することなど有り得ない。そう確信している」と告げられる。彼はシドニーに、「司法省は内通者を押さえているようです」と報告した。ブライアンはハメド王の長男であるナシーム王子に呼ばれ、中東へ赴いた。モスクを訪れたワシームや若者たちに、僧侶は「彼らは卑怯だ。信心深いイスラム教徒を過激派に仕立て上げる。宗教と国家は一つだ。現代社会の痛みは、自由主義では解決できない。西側は失敗したのだ」と説いた。
フランス、アンティーブ岬。ホワイティングはハメド王の次男であるメシャール王子と相談役であるレザに会う。ホワイティングはメシャールに協力を持ち掛け、兄を失脚させて次の王になるよう焚き付けた。ボブは本部長から、反米テロ組織に資金を提供しているナシールをベイルートで暗殺する任務を命じられた。それは副長官に話を通さず、本部長の指揮で決められた計画だった。ブライアンはナシームと会い、「油田の北6ブロックを君の会社に任せたい」と言われる。ブライアンは怒りを込めて辛辣な言葉を浴びせるが、申し出は受け入れた。するとナシームはブライアンに高額な報酬を提案し、経済アドバイザーになってほしいと持ち掛けた。ブライアンは、パイプラインを使って利益を倍額にする計画を示した。
ベネットはテキサス州ホンドーでポープと会い、コネックス社会長のリーランド・ジャヌスとホワイティング、油田契約を裏で支えたダニー・ドールトンがCLI名誉委員であることを明かした。ボブはメリーランド州ロックヴィルへ行き、コンサルタントとして働く元CIA局員のスタン・ゴフと会う。ボブがベイルートへ行くことを話して助言を求めると、彼は「ヒズボラを通せ」と告げた。
ボブはベイルート郊外のヒズボラ占領地区を訪れ、ヒズボラの指導者であるハシミ師と面会した。ボブは現地協力者のムサウィと仕事をすること、ヒズボラが標的ではないことを説明し、筋を通した。ワシームは青い眼のエジプト人、アジザと親しくなった。ボブはムサウィと会い、ナシームをホテルから拉致して車に乗せ、トラックを衝突させる計画を説明した。しかしムサウィが裏切ったため、ボブは捕まってしまう。ボブは拷問を受け、情報を吐くよう要求されるが、しかしハシミ師が手を回し、彼を救った。
アジザはワシームに、スティンガーミサイルを見せた。ムサウィがナシームの暗殺計画をマスコミに暴露したため、本部長とフレッドは副長官に会い、「ムサウィにボブの正体は知られていませんが、取引の写真は撮られました」と話す。「ムサウィはイラン側のスパイで、拷問とCIA暗殺説で金儲けを企んでいます」とフレッドが告げると、副長官は「ボブを休ませろ。単独行動が長すぎた。指揮系統を無視することが増えている。ボブは既に調査中だ。武器取引と王子暗殺を命じた人間を調べろ」と述べた。
ワシントンDCの病院に入院しているボブは、CIA調査部員の取り調べを受ける。彼らは「アミーリ兄弟がイランの情報局員だと知っていたのか。これは外交問題でもある」と言い、パスポートを取り上げた。ベネットはコネックス・キリーン社の会議に出席し、調査結果を報告する。キリーン社がドールトンのコンサルタント会社を通してカザフスタンの国土大臣が所有するペーパー会社を設立したこと、その問題が石油ガス産業会議で取り上げられていたこと、スイスの学校に通う国土大臣の2人の息子たちに授業料という名目で賄賂が送金されていたことを、ベネットは突き止めていた。外国の高官を買収することは違法行為だ。
米国から資金を写す際に契約違反があったということで、ハマド王の財産が凍結された。ナシールはブライアンの前で強い憤りを示し、メシャールが親しくしているホワイティングについて意見を求める。ブライアンは「彼らが考えているのは、石油のことだけだ。石油王を喜ばせ、全てを吸い尽くす」と話す。ナシールは彼に、「議会を作って女性に投票権を与え、司法制度を作りたい。中東に石油取引所を作って投機家を閉め出す。イラン経由で欧州に輸出し、その資金で国を再建する」と夢を語った。賛同するブライアンに、ナシールはアメリカが父の邪魔をしていること、ホワイティングが中国との取引で圧力を掛けていることを話す。
ブライアンは会いに来たジュリーに、中東の改革を目指すナシールに協力する意志を明かした。しかしジュリーは「死んだ息子で金儲けをするの?」と批判的な口調で言い、帰国することを告げた。ドールトンは検事局が起訴しようと目論んでいることに対し、ベネットの前で「買収が不正だと?そんなのは規制という名の政治介入だ。こっちも法律で対抗する。不正があるから勝利する」と声を荒らげた。
ベネットはドナルドから、「君の依頼人は中東で不正な取り引きに関与し、君はそれを隠匿しようとしている」と言われる。ベネットは「ドールトンがカザフスタン政府高官を買収していた。判決は7年だが、それを3年か2年半に。コネックス社もキリーン社も無関係ということで。法廷で争ってもいいが、時間が掛かりますよ。司法長官にも圧力を掛ける。結局はドールトンしか起訴できない」と脅しを掛けて取引を持ち掛けた。するとドナルドは、「残念だが、ドールトンだけでは不十分だ」と口にした。
ボブはCIAのコンピュータでムサウィやアギザについて調べようとするが、アクセスを拒否された。フレッドと会ったボブは、FBIが自分を調べていることを聞かされた。「暗殺命令を出したのは誰だ?なぜ俺が調べられる?」とボブは詰め寄るが、ブライアンは「君と話すだけでもマズいんだ」と冷たく突き放した。同じ頃、ワシームを含む貧困層の連中はレザの下で働きながら、すっかり過激派の原理主義に染められていた…。

脚本&監督はスティーヴン・ギャガン、原作はロバート・ベア、製作はジェニファー・フォックス&マイケル・ノジック&ジョージア・カカンデス、製作総指揮はジョージ・クルーニー&スティーヴン・ソダーバーグ&ベン・コスグローヴ&ジェフ・スコール、製作協力はサラ・ブラッドショー、撮影はロバート・エルスウィット、編集はティム・スクワイアズ、美術はダン・ヴェイル、衣装はルイーズ・フロッグリー、音楽はアレクサンドル・デプラ。
出演はジョージ・クルーニー、マット・デイモン、ジェフリー・ライト、クリス・クーパー、ウィリアム・ハート、マザール・ムニール、ティム・ブレイク・ネルソン、アマンダ・ピート、クリストファー・プラマー、アレクサンダー・シディグ、サイード・アマディス、ジェイン・アトキンソン、デヴィッド・クレノン、ソネル・ダドラル、ロバート・フォックスワース、ピーター・ゲレッティー、ニッキー・ヘンソン、アクバル・クルタ、トム・マッカーシー、マックス・ミンゲラ、ウィリアム・C・ミッチェル、ジェイミー・シェリダン、マーク・ストロング、アムール・ワケド他。


元CIA工作員のロバート・ベアによる告発本『CIAは何をしていた?』を基にした作品。
『英雄の条件』や『トラフィック』などの脚本家であるスティーヴン・ギャガンが、『ケイティ』続いて2本目の監督を務めている。
製作総指揮を担当し、ボブを演じたジョージ・クルーニーが、アカデミー賞とゴールデン・グローブ賞で助演男優賞を獲得している。彼は出演者表記でトップ・ビリングなので、本来なら助演じゃなくて主演のはずなんだけどね。
ジョージ・クルーニーに加えて、ブライアン役のマット・デイモン、ベネット役のジェフリー・ライトの3人がメインとして表記される。
ポープをクリス・クーパー、スタンをウィリアム・ハート、ワシームをマザール・ムニール、ドールトンをティム・ブレイク・ネルソン、ジュリーをアマンダ・ピート、ホワイティングをクリストファー・プラマー、ナシールをアレクサンダー・シディグが演じている。他に、レザをサイード・アマディス、本部長をジェイン・アトキンソン、ドナルドをデヴィッド・クレノン、ファルークをソネル・ダドラル、バートンをロバート・フォックスワース、ジャヌスをピーター・ゲレッティー、シドニーをニッキー・ヘンソン、メシャールをアクバル・クルタ、フレッドをトム・マッカーシー、ロビーをマックス・ミンゲラ、ベネットの父をウィリアム・C・ミッチェル、テリーをジェイミー・シェリダン、ムサウィをマーク・ストロング、アジザをアムール・ワケドが演じている。

何の予備知識も持たない状態で、たった1度の鑑賞で本作品のストーリーや人間関係を全て把握できた人は、かなり頭の切れる人物だと思う。
私のようにオツムがクルクルパーな人間が何を言っても説得力が無いのだが、とにかく本作品の致命的な欠点は「分かりにくい」ということにある。
そもそも内容量が2時間強の上映時間に対して多すぎる上に、何を残して何を削るかという取捨選択が出来ておらず、出来る限りスッキリと分かりやすく構成しようという意識も全く無いので、分かりにくさの極致である。
事前に予習してから観賞した方が理解しやすいだろうけど、そこまでして見る価値があるとは思えない。

冒頭シーンからして、そこに出て来る連中が何者で、何をしているのかが良く分からない。それを説明することも無いまま、別の場所で発生する出来事が描かれる。
粗筋では「CIA局員」とか、「武器商人と取引」とか書いたけど、それは後になってから分かることだ。
それはCIA本部のシーンが出て来ると分かるので、その程度は充分に許容範囲だ。ただ、ボブがミサイル紛失に関連して、具体的に何を恐れているのかが分かりにくい。
そもそも、怯えるぐらいなら、なぜ奪われた時点で取り返そうとしたり、奪った男の正体や居場所を突き止めようとしたりしなかったのかってのも引っ掛かるし。

冒頭シーンの次に描かれるシーンも、やはり内容が分かりにくい。
ホワイティングというジジイが小難しいビジネスのことを話すのだが、まるで頭に入って来ない。
いきなり「石油大手で顧客のコネックス社がペルシャ湾の天然ガス採掘権を中国に奪われた。小さな会社であるキリーン社がカザフスタンで未開発大油田の採掘権を得た。両社が合併する。司法省がキリーン社を調べている。どうやってキリーン社が採掘権を得たか司法省より先に突き止めろ」と言われて、すぐに飲み込めるほど知能の高い人は、決して多数派ではないと思うぞ。

1つ1つのシーンが断片的であり、あまり多くの情報を伝えようとしない。膨大で小難しい情報を手短に提示し、次々に場面を転換して異なる人物のエピソードを並行しながら描いて行く。
あるエピソードで示された断片的な情報を整理して状況を詳しく把握する暇も無い内に、新たなエピソードで別の断片的なエピソードが提示されるという状態が続いて行く。
劇中で誰かが人物名を口にした時に、「それは誰のことだっけ?」と考えなきゃいけない状況が多々ある。
たぶん石油版の『トラフィック』をやりたかったんだろうけど思うが、頭を必死に回転させるだけで精一杯で、ドラマを味わうとか、そんなことには全く神経が及ばない。

しかも、本筋だけでも明らかに処理能力を超過しているのに、ボブが仕事のせいで息子と上手く行っていないとか、ベネットが父親との間に確執を抱えているとか、ブライアンの長男が事故死するとか、ブライアンとジュリーの夫婦関係に亀裂が生じるとか、そういう家族のドラマも盛り込もうとする。
しかし、そこを掘り下げたり厚みを持たせたりする余裕など無いので、ただ持ち込んだだけで終わっている。
そんな中途半端な形で持ち込み、余計な所に神経を使わせるぐらいなら、バッサリと切ってしまった方がいい。

スティーヴン・ギャガンはインタビューで『ナルニア国物語/第1章:ライオンと魔女』を例に出して「ライオンやビーバーが喋る映画は作りたくない。僕は人間を描くのが好きだ」と語っている。
だが、この映画、確かに喋る動物は出て来ないしファンタジーの要素は全く無いけど、じゃあ人間を描くことが出来ているのかと考えると、引っ掛かるモノがあるぞ。
登場するのは全て人間だが、奥行きを充分に描写できているようには感じない。
ただテーマやメッセージを伝えるための道具と化していないか。

スティーヴン・ギャガンは、複雑で分かりにくい話を親切に噛み砕いて平易に描写するのではなく、むしろ余計に複雑で分かりにくい形に作り上げている。
取っ付き難くて複雑な内容であればあるほど、なるべく簡単に説明すべきだと思うのだが、その逆を行く。
そういう演出方針を取った裏に、どんな狙いがあったのかは分からない。だが、どういう意図があったにせよ、それが映画に取って有益な行為だったとは到底思えない。
もちろん、なんでもかんでも単純明快にすることが、どんな映画でも有効な手段だとは言わない。
しかし、ここまで小難しくする必要性が果たしてあったのかと考えると、それは無かったんじゃないかと。

この映画のタイトルから「尻穴」と連想してしまう人は、たぶん少なくないだろう。そして、そういう人は本作品を分かりにくいと感じる部類だろう。
そんな「尻穴」派の人を「愚かしい」と嘆いたり「不真面目だ」と批判したりするのは簡単だが、それは違うんじゃないかと思う。
むしろ、この映画の政治的なテーマや社会的なメッセージ性を考えると、その程度の人間にも分かりやすく伝えるように仕上げるべきだったのではないかと思うのだ。
この映画だと、見終わった時に「で、何が伝えたかっんだろう?」と思ってしまう人、頭の中にクエスチョン・マークしか浮かばない人も少なくないんじゃないかと。

最初から本作品で取り上げられている問題について詳しい知識を持っており、説明不足でも中身や主張が理解できるような人は、こんな映画を見なくても「最初から全て分かっている」はずだからだ。
分かっていない人に分かってもらうことに、本作品のような映画を作る大きな意味があるのではないかと思う。
だから、そういう人に分かってもらうように作るべきだったのではないかと感じるのだ。
「一部の高尚な知識人だけのために作った映画です。テメエのようなバカには分かってもらわなくて結構です」ということなら、「そりゃあ悪うござんした」と詫びるしかないけどね。

(観賞日:2014年3月28日)


第28回スティンカーズ最悪映画賞(2005年)

受賞:【最も過大評価の映画】部門

 

*ポンコツ映画愛護協会