『サーフズ・アップ』:2007、アメリカ

南極に住むイワトビペンギンのコディーは、ドキュメンタリー映画の撮影クルーから取材を受けていた。コディーはサーフィンに対する考えを問われ、「この世に波が生まれた時からサーフィンは存在する。でも世間にサーフィンを知らしめたのはビッグZだ。子供の頃、彼が南極を訪れた。他にも子供たちがいる中で、ビッグZは僕にペンダントをプレゼントし、『諦めずに道を探せ。それが勝者だ』と述べた。いつか彼のようになりたいと思い、サーフィンに没頭した」と語った。
コディーは撮影クルーに、「俺は南極で一番のサーファーだ。シヴァープールの町で生まれ育ったが、成功して外に出たい」と話す。彼は母のエドナを安心させるため、魚の仕分け場で働いている。父のボブは既に死んでいる。体の大きな兄のグレンはコディーを見下しており、周囲の仲間たちも「ろくでなしで役立たずだ」とバカにしている。エドナも、サーフィンに没頭するコディーを心配している。
撮影クルーは、サーフ・プロモーターのレジーにもインタビューする。クルーはビッグZのことを聞き出そうとするが、レジーは自分のことばかり喋りたがった。スポーツ専門テレビ局SPENでは、サーフィンの都と呼ばれるペングー島で開催される第10回ビッグZ記念杯を番組で取り上げた。プロのサーファーであるケリー・スレイターとロブ・マチャドが、島から大会前の様子をリポートした。大会では壊し屋の異名を持つタンクが9連勝中で、圧倒的な強さを誇っている。
取材を受けたレジーは「世界中で優秀なサーファーを見つけるためのリクルーティング・ツアーを行っている」と自慢げに言うが、実際はタレント・スカウトのマイキーに全て任せていた。マイキーは各地を巡り、南極も訪れた。コディーの噂を聞いたマイキーは、腕前を披露するよう促した。喜んで海へ向かったコディーだが、いい波が来ない。マイキーがクジラに乗って去ろうとすると、コディーは泳いで追う。ミシガン出身のチキン・ジョーが彼を引っ張り上げ、一緒にペングー島へ行くことになった。
島に到着したコディーは、ライフガードのラニに一目惚れする。コディーはビッグZ神殿を見つけて感動した。かつてビッグZはタンクと対戦中、大波に飲まれて死んだ。その時に彼を悼んで作られたのが、その神殿だ。タンクが神殿に石を投げ、ビッグZを侮蔑したので、コディーは激怒した。コディーは殴り掛かるが、タンクには全く効かなかった。コディーが「いつでもやってやる」と言うと、レジーが仲裁に入って「だったら、今すぐにサーフィンで勝負しろ」と促した。
タンクとのサーフィン対決に挑んだコディーだが、あっけなくボードから落下し、大波に飲まれて意識を失った。ラニはコディーを救助し、ジャングルの奥地に住むギークの元へ運び込んだ。コディーは毒ウニを踏んでいた。一度は目を覚ましたコディーだが、ギークが毒を抜くと、痛みで再び失神した。ラニはコディーのことをギークに任せてジャングルを後にした。自分の実力の無さに失望したコディーは、ビーチに戻ろうとしなかった。
コディーが「大会には出ない」と口にすると、ギークは「サーフィンの魅力は勝敗だけじゃない」と言い、ボードを作るよう持ち掛けた。「いいよ」とコディーは拒否するが、ギークは半ば強引に材木運びを手伝わせる。滑落した材木を追い掛けたコディーは、誰もいないビーチを見つけた。ビーチに行ってみると、そこには古いボード小屋があった。近付いたコディーは、そこでビッグZのボードを発見した。コディーは「ここはビッグZのボード小屋だ。ここに住んでボードを作っていたんだ」と興奮した。
コディーはボード小屋に歩み寄ったギークを見て、彼がビッグZだと気付いた。コディーは質問攻めにするが、ビッグZは「何も話したくない」と口をつぐんだ。コディーは、ビッグZにコーチしてもらえれば大会に勝てると考えた。そんな彼に、ビッグZは「正しい乗り方を知りたければ、自分の板を作るんだ」と促した。コディーはビッグZと一緒に、ボードを作り始めた。細かく指示するビッグZに苛立ったコディーは、「助言は要らない、一人でやる」と反発した。
コディーは一人で作業を始めるが、完成したのは酷いボードで、海に入った途端に壊れてしまった。「過程を楽しまなきゃ」とビッグZが言うと、コディーは「大会まで3日しか無いんだ、そんな余裕は無い」と怒鳴った。ビーチを去ってジャングルに入ったコディーは、ラニと遭遇した。コディーが「ギークの正体はビッグZだった」と話すと、ラニは「知ってるわ。何故それを?」と問い掛ける。コディーが「ビーチで」と口にすると、彼女は「10年間も家から出なかった彼を1日でビーチへ連れ出したの?凄いわ」と感心した。
ラニが「よっぽど貴方が可愛いのね」と告げると、コディーは「どうかな。生意気だし、いちいち反抗するし」と謙遜する。「だったら素直になれば?」と促すラニに、コディーは「どうして彼の心配を?」と尋ねる。ラニは「叔父なの。唯一の家族よ」と答えた。コディーはビーチに戻り、徹夜でボードを完成させた。今度のボードは、ビッグZが上で飛び跳ねても大丈夫なぐらい頑丈に仕上がった。
ビッグZは大波を指差し、コディーに「見ろよ。チューブの中は天国だ。優勝もトロフィーも敵わない。チューブ・ライディングは、他に無い感覚だ」と述べた。「チューブ・ライディングの採点は何ポイントなの?」とコディーが質問すると、彼は「その言い方、レジーにそっくりだな」と口にした。コディーが「ボードは出来た。次は?」と訊くと、ビッグZは「じゃあ、そろそろ練習を始めるか」と言う。コディーとビッグZがサーフィンをやっているところへ現れたラニは、それを見て喜んだ。
その夜、コディーから「大会を見に来てほしい」と求められたビッグZは、「行かない」と告げる。「何があったの?」とコディーが質問すると、彼は「あの日、俺はタンクに勝つことに捉われ過ぎていた。だが、試合が始まるとタンクが凄い技を披露し、とても真似できないと思った。ファンに負け姿をさらしたくなかった俺は、波に飲まれたように見せ掛けて姿を消したんだ」と打ち明けた。「諦めずに道を探すんじゃなかったの?」とコディーが言うと、彼は「俺は諦める道を選んだ。お前は自分の道を探せ」と口にした…。

監督はアッシュ・ブラノン&クリス・バック、原案はクリストファー・ジェンキンス&クリスチャン・ダーレン、脚本はドン・ライマー&アッシュ・ブラノン&クリス・バック&クリストファー・ジェンキンス、製作はクリストファー・ジェンキンス、共同製作はリディア・ボッテゴーニ、編集はアイヴァン・ビランシオ、プロダクション・デザイナーはポール・ラセイン、キャラクター・デザイナーはシルヴァン・ドゥボワシー、シニア・アニメーション・スーパーバイザーはデヴィッド・シャウブ、音楽はマイケル・ダナ、音楽監修はリザ・リチャードソン。
声の出演はシャイア・ラブーフ、ジェフ・ブリッジス、ゾーイ・デシャネル、ジョン・ヘダー、ジェームズ・ウッズ、ディードリック・ベーダー、マリオ・カントーネ、ケリー・スレイター、ロブ・マチャド、サル・マサケラ、アッシュ・ブラノン、クリス・バック、ブライアン・ポセーン、デイナ・L・ベルベン、リード・バック、リース・エロウ、ジャック・P・ランジョー、マット・テイラー他。


ソニー・ピクチャーズ・イメージワークスが『オープン・シーズン』に続いて製作したフルCGアニメーション映画の第2弾。
コディーの声をシャイア・ラブーフ、ビッグZをジェフ・ブリッジス、ラニをゾーイ・デシャネル、チキン・ジョーをジョン・ヘダー、レジーをジェームズ・ウッズ、タンクをディードリック・ベーダー、マイキーをマリオ・カントーネ、グレンをブライアン・ポセーン、エドナをデイナ・L・ベルベンが担当している。
他に、スポーツ・コメンテーターのサル・マサケラがSPENのアナウンサーの声を、プロサーファーのケリー・スレイター&ロブ・マチャドが本人を模したペンギンの声を担当している。
日本語吹き替え版では、コディーの声を小栗旬、ラニを山田優、ビッグZをマイク眞木、エドナを清水ミチコが担当している。 監督は『トイ・ストーリー2』で共同監督の1人だったアッシュ・ブラノンと、『ターザン』のクリス・バックが務めている。

「ドキュメンタリー映画の撮影が行われている」という体裁を取っているのだが、これが全く効果的ではなく、むしろマイナスに作用している部分が目立つ。
冒頭、インタビューを受けたコディーがビッグZのことを語るのだが、「幼い頃にビッグZが来て、多くの子供たちの中からコディーだけ選んでペンダントをプレゼントし、言葉を掛けた」というのは、ナレーション・ベースで簡単に片付けるよりも、回想ドラマとして描いた方が、その時のコディーの感動が絶対に伝わって来るはずだ。
で、最初にコディーのインタビューから入るので、そのままドキュメンタリー映画のクルーが彼を追っていく構成になるのかと思いきや、レジーの取材シーンが入ったり、SPENのニュース映像が入ったり、マイキーがスカウトで各地を巡っている様子が描かれたりして、なんか散らばってるし、無駄にゴチャゴチャしてるなあと。
だったら、普通に「幼い頃からビッグZに憧れてサーフィンを続けてきたコディーが、大会に出るためにペングー島へ向かう」とか、そういう流れをドラマとして描いた方がスッキリするんじゃないかと。

何のために「ドキュメンタリー映画のクルーが撮影している」という体裁にしたのか、その狙いが良く分からない。
その仕掛けを活かそうという意識が感じられない。
どこまでは撮影クルーが帯同していて、どこからはクルーがいない場所での出来事なのか、それもボンヤリしているし。
コディーのドキュメンタリーなのか、サーフィンのドキュメンタリーなのか、クルーが何をテーマにして撮影しているのかもボンヤリしているし。

マイキーの様子が写ると、「ストレスが溜まっている」とウンザリした態度を示す。
各地を巡ってもロクなサーファーがいないからウンザリしているのかと思ったら、何人かは連れて来ている。
だったら、何のストレスなのか良く分からん。
で、南極に来たマイキーはコディーをスカウトするが、すぐにクジラで去ろうとする。
それはコディーの技術が未熟だったり、ヘマをやらかしたりしたからではなく、いい波が来ずにコディーが腕前を披露できなかったからなのだが、それは描き方として違和感がある。
タレント・スカウトなのに、技術を全く見ずに去るってのは奇妙だ。
そこは「コディーがミスしたから、才能が無いと踏んで去る」という形にしておくべきだ。

ラニはコディーからビッグZがビーチに出たことを知り、「10年間も家から出なかったのに、たった1日でビーチへ連れ出すなんて凄い」と感心する。
だけど、それが凄いことには思えない。
なぜなら、ビッグZは普通にジャングルへ出て来て、普通にビーチへ行っている。
外へ出るのを拒んでいる様子は皆無だし、ビーチへ行く時も迷いやためらいは全く見られない。
これまでの10年間、彼が苦悩を抱えて家に閉じ篭もっていたようには全く見えないのだ。

撮影クルーの取材にしても、ビッグZはボード小屋のシーンの際に嫌がる様子も見せているが、基本的には、強い態度で排除しようという素振りは示していない。
コディーがビッグZだと気付いているのだし、それを撮影しているわけだから、素性を隠して隠遁生活を送っていた身としては、撮られたくないはず。なのに普通に撮影を許しているのは、何なのかと。
サーフィンから距離を置いていたはずなのに、コディーを教える際にはあっさりと海に入って波に乗っているってのも違和感があるし。
そこには何の人間ドラマも感じられない(まあ人間ではないけど)。とても薄っぺらいキャラクターになっている。

コディーにしたって、やはり薄っぺらい。彼は何も成長したように見えない。
大会に出場したコディーは優勝よりもチキン・ジョーを救うことを優先するけど、それはビッグZやラニと出会わなくても、同じことをやっていたんじゃないかと思うし。
それまでのコディーの行動を見ていても、他人を押し退けてでも優勝を選ぶほど傲慢な性格には見えなかったし。
あと、そもそも憧れの相手であるビッグZに対して生意気な態度を取るのが、すげえ違和感なんだよな。
だったら、まだビッグZとは知らずに接している設定にすればいいのに。
っていうか、ギークの正体って、あっけなくバレちゃうんだよな。

本来なら、「未熟だったコディーがビッグZと出会い、精神的にも技術的にも成長する。世間から逃げていたビッグZは、コディーとの交流を通じて前に踏み出そうと決意する」という風に、互いが相乗効果で前向きに変化していくというドラマが見えて来るべき話なのよね。
それなのに、そこに何のドラマも感じられない。
それは「厚みが無い」とか「掘り下げが不足している」ということじゃなくて、最初から何も用意されていないのだ。
肉付けすべき骨格が見当たらないのだ。

ボードを完成させたコディーが海に入って練習を始めようとすると、ビッグZは砂浜で目隠しをしたまま立たせたり、人形を使ったイメージ・トレーニングをさせたりする。辟易したコディーが寝ているビッグZをボードに乗せて海に引きずり込むと、彼は頭から大波を浴びる。それを見てコディーが笑うと、ビッグZは「楽しそうだな。合格だ。海に入れ」とサーフィンの実践練習を始めさせる。
砂浜での練習に何の意味があったのかはサッパリ分からない。砂浜での練習シーンって1分程度だし、それが伏線になっているわけでもないし。
「楽しむ心が大切」ということを表現したかったのかもしれないが、ビッグZに悪戯して笑うのは「サーフィンを楽しむ」ってのとは全く別物だからね。
その悪戯が成功して喜んだところで、それは「サーフィンを楽しむ気持ちに目覚めた」ってわけじゃないからね。

ペンギンの生態や特徴を活かしたネタを幾つも盛り込んでいるわけではないし、それを使ったストーリーを描こうという意識も無い。
また、アニメーションとしての優位性を意識したような映像表現も乏しい。
コディーたちがサーフィンでやる技は、人間のサーファーたちがやれるレベルの技ばかりだ。
そこはサーフィンな対するリスペクトってことなのか、妙に生真面目に描かれており、動きを誇張したり、人間では不可能な超絶技巧を見せたりということは無い。

この映画は、普通に人間の俳優を使って実写でやれるような内容を、動物のキャラクターを使ったアニメーションに置き換えているだけにしか感じられない。
実写でやったら浅薄で凡庸な映画を、可愛い動物キャラクターを使い、アニメーションで描くことによって、面白く見せ掛けているだけに過ぎない。
そりゃあ、可愛い動物キャラを使ったアニメで作れば、少しは食い付きが良くなることだろう。
しかし食い付かせたところで、ここまで中身がつまらなかったら、結局はダメでしょ。

(観賞日:2013年8月11日)

 

*ポンコツ映画愛護協会