『SUPER 8/スーパーエイト』:2011、アメリカ

1979年、オハイオ州。14歳のジョー・ラムは、リリアン鉄鋼で勤務していた母を鉄骨の落下事故で亡くした。同僚のルイス・デイナードが家に来ると、ジョーの父である保安官代理のジャクソンは苛立った様子で拒絶した。4ヶ月後、中学校は夏休みに入った。ジョーは親友のチャールズから、スーパー8で撮影するゾンビ映画の脚本を見せられる。チャールズは主人公である探偵の妻役として、同級生のアリスを起用する考えを話す。アリスはルイスの娘だった。既にチャールズは、クライマックスの1シーンを撮影していた。
ジョーとチャールズは映画仲間であるマーティン、ケイリー、プレストンたちと合流し、アリスも車で現れた。彼女は無免許運転だったが、ジョーは内緒にすることを約束した。一行は撮影場所である駅に移動し、撮影準備に入った。ジョーはメイク係で、マーティンが主人公のハサウェイ、プレストンは爆薬担当だ。リハーサルでアリスが泣くシーンを演じると、ジョーとチャールズは上手さに圧倒された。列車が走って来るのに気付いたチャールズは、そちらにカメラを向けた。
本番がスタートした時、ジョーはトラックが迫っているのを目にした。トラックはスピードを落とさず線路に侵入し、列車と衝突する。列車は転覆事故を起こし、ジョーたちは慌てて避難する。少し落ち着いてから一行が現場を見ると、金属のキューブが幾つも散乱していた。トラックに近付いたジョーたちは、運転手が理科教師のウッドワードだと知る。アリスが地図とメモを拾うと、生きていたウッドワードが彼女の腕を掴んだ。ウッドワードは拳銃を取り出し、「誰にも言うな。殺されるぞ」と警告した。
ジョーたちが逃げ出した後、現場に到着した空軍のネレク大佐たちは8ミリフィルムの箱を発見した。ジョーたちは目撃したことを秘密にしようと誓い合い、家に戻った。アリスはジョーに、現場で拾ったキューブを渡した。次の朝、ジョーがテレビのニュースを見ると、昨夜の出来事はウッドワードの居眠り運転と報じられていた。ニュースアンカーはウッドワードについて、空軍の医師が治療中だとコメントした。チャールズは事故現場を映画に取り込もうと思い付き、新しいシーンを追加撮影することにした。
チャールズはカメラ屋へ出掛け、フィルムの現像を依頼した。ジョーはアリスに電話を掛けるが、出なかったのでデイナード家へ行った。するとルイスが現れ、荒っぽい口調でジョーを追い払った。ジョーたちは映画の撮影を続行し、事故現場の様子もカメラに収める。カメラを覗いたジョーは、事故を起こしたのが空軍の列車であること、ウッドワードがわざと事故を起こしたことに気付いた。ジャクソンは空軍がキューブを回収している現場を訪れ、事故処理の手伝いを申し入れた。ネレクは「必要ない」と告げ、列車に積んであったのが危険物ではなく航空部品だと説明した。
ジャクソンはネレクの説明に不審を抱き、プルイット保安官に調査を要請する。しかしプルイットは却下し、休暇を取るよう勧めた。その後、煙草を買いにガソリンスタンドへ出掛けた彼は何者かに襲われ、店員のブリーンと共に姿を消した。翌朝、ジョーたちは3度目の停電を体験した。ジャクソンはプルイットたちの失踪現場へ赴き、多くの市民から「電話が通じない」「犬がいなくなった」など様々な陳情を受けた。空軍のトラックが通過するのを見たジャクソンは、只ならぬことが起きていると感じた。
ジョーは愛犬のルーシーがいなくなったため、何枚もの貼り紙がある掲示板にチラシを貼った。彼が自宅に戻ると、ジャクソンが仲間の保安官代理たちと会議を開いていた。会話を盗み聞きしたジョーは、軍が自分たちを捜していると察知した。電気修理工のルーニーは電線を修繕に赴くが、怪物に襲われた。次の日、緊急の市民集会が開かれ、ジャクソンは大勢の人々から訴えを受ける。軍の無線が入って困るという老人の訴えを聞いたジャクソンは、周波数を教えてもらった。
ジャクソンは保安官事務所の無線を老人から聞いた周波数に合わせ、空軍が「ウォーキング・ディスタンス」と呼ぶ作戦を展開していることを知った。彼はネレクの元へ乗り込み、街で起きている出来事を教えなければ「ウォーキング・ディスタンス」のことを本部に問い合わせると告げた。ネレクは真実を教えると約束し、飛行場へ来るよう指示した。ネレクはウッドワードを尋問するが、有益な情報を何も話そうとしないので抹殺した。ジャクソンは飛行場を訪れるが、ネレクの部下たちによって監禁された。
ジョーは訪ねて来たアリスと話している最中、キューブが壁を突き破るのを目撃した。帰宅したアリスは、悪酔いしたルイスから罵られた。「出て行け」と怒鳴られたアリスは、家を飛び出した。我に返ったルイスは慌てて後を追うが、アリスは目の前で怪物に連れ去られた。空軍は火炎放射器を使用し、森を焼き払った。ジョーはチャールズと会い、アリスのことで言い争いになった。すぐに和解した後、2人は事故現場を撮影した映像に不可解な生物が写っていることに気付いた。
空軍はリリアンの住民に避難命令を出し、街を封鎖して全員を基地に集めた。怪我を負ったルイスを見つけたジョーは、アリスの居場所を尋ねた。するとルイスは、アリスが怪物にさらわれたこと、誰も信じてくれないことを話した。ジョーはチャールズたちに、街へ戻ってアリスを助け出そうと訴える。チャールズは姉のジェンに頼み、彼女に惚れているカメラ屋のドニーを誘ってもらう。ドニーが車を出し、プレストン以外の子供たちが街へ戻る。ジョーたちは怪物について情報を得るため、学校へ侵入してウッドワードの資料を調べる…。

脚本&監督はJ・J・エイブラムス、製作はスティーヴン・スピルバーグ&J・J・エイブラムス&ブライアン・バーク 製作総指揮はガイ・リーデル、共同製作はトミー・ゴームリー、製作協力はウディ・ネディヴィ&ミシェル・レイワン&ベン・ローゼンブラット、撮影はラリー・フォン、美術はマーティン・ホイスト、編集はメリーアン・ブランドン&メアリー・ジョー・マーキー、衣装はハ・ニューエン、視覚効果監修はキム・リブレリ&デニス・ミューレン&ラッセル・アール、視覚効果プロデューサーはシャンタル・フェガーリ、クリーチャー・デザインはネヴィル・ペイジ、音楽はマイケル・ジアッキノ、音楽監修はジョージ・ドレイコリアス。
出演はカイル・チャンドラー、エル・ファニング、ジョエル・コートニー、ガブリエル・バッソ、ノア・エメリッヒ、ロン・エルダード、ライリー・グリフィス、ライアン・リー、ザック・ミルズ、ブルース・グリーンウッド、AJ・ミシェルカ、デヴィッド・ギャラガー、グリン・ターマン、リチャード・T・ジョーンズ、ベン・ギャビン、ジェイ・スカリー、マイケル・ヒッチコック、ジェームズ・ヒーバート、マイケル・ジアッチーノ、ブレット・ライス、トーマス・F・ダフィー、ボー・ナップ、ダン・カステラネタ、ジェシカ・タック、ジョエル・マッキノン・ミラー、デイル・ディッキー、ジャック・アクセルロッド、テリ・クラーク・リンデン、トム・クイン、ブリット・フラトモ、ジェイド・グリフィス、アンドリュー・ミラー、ジェイコブ・ミラー他。


『M:i:III』『スター・トレック』のJ・J・エイブラムスが監督&脚本&製作を務めた作品。
ジャクソンをカイル・チャンドラー、アリスをエル・ファニング、ジョーをジョエル・コートニー、マーティンをガブリエル・バッソ、ネレクをノア・エメリッヒ、ルイスをロン・エルダード、チャールズをライリー・グリフィス、ケアリーをライアン・リー、プレストンをザック・ミルズが演じている。
他に、怪物のクーパーをブルース・グリーンウッド、ウッドワードをグリン・ターマン、ジェンをAJ・ミシェルカ(アマンダ・ミシェルカ)、ドニーをデヴィッド・ギャラガーが演じている。

「J・J・エイブラムスはTVドラマのプロデューサーとしては優秀かもしれないが、映画監督としては過大評価されている」ってのが私の考えだ。
本作品を観賞して、その考えが正しいと確信できた。
この映画は、J・J・エイブラムスがスティーヴン・スピルバーグに愛を捧げた作品だ。だから彼がJ・J・エイブラムスがスピルバーグ作品で育って来たこと、強い愛着があることはハッキリと伝わって来る。
でも、だからって単なるファン・ムービーでは困るのよ。

この映画はスティーヴン・スピルバーグへのリスペクトを感じるが、宇宙への憧れや異星人への愛は全く感じない。
だから、おのずと「閉じられた映画」になっている。
また、最終的に「父親との和解」とか「母親の死を受け入れる」という着地が用意されているのだが、そこに説得力を持たせるドラマが致命的に欠如している。
「怪物騒ぎを体験したから、父親と和解して母親の死を受け入れました」という、ものすごくボンヤリした形になっているのだ。
それで納得するのは無理だわ。

この映画が『E.T.』を模倣していることは、誰の目にも明らかだろう。
過去の名作やヒット作を模倣することは、決して悪いことではない。
ただし、自主制作映画やインディーズの低予算映画じゃないんだから、単に「大好きな映画を真似して満足」では困るのだ。
この映画はオマージュとかトリビュートとか、そういうモノではない。ただ好きな監督の好きな映画を真似して、喜んでいるだけに留まっている。
まさに「仏作って魂入れず」という状態なのだ。

この映画をプロデュースした顔触れの中には、J・J・エイブラムスが愛を捧げた相手であるスティーヴン・スピルバーグも含まれている。
それならば、J・J・エイブラムスが「好きな映画を真似して満足」という状態になった時に、その辺りを彼が修正したり適切な助言を与えたりすべきだったのだ。
それが出来る立場にあるわけなんだから。自分の手掛けた作品に対する溢れんばかりの愛をアピールされて、喜んでいる場合ではないのだ。

もちろんJ・J・エイブラムスはド素人ではないので、何から何まで『E.T.』をなぞっただけで終わらせているわけではない。一応は、彼なりに他の要素をプラスして、捻りを加えようとしている。
ところが困ったことに、その付け加えた要素がマイナスにしか作用していない。
単なる模倣では困るのだが、そっちの方がマシだったんじゃないかと思うぐらい残念な結果を招いている。
こんなことになるぐらいなら、いっそ普通に『E.T.』をリメイクした方がマシだったんじゃないかと思うぞ。

この『E.T.』モドキな映画にJ・J・エイブラムスが付け加えた要素は、ザックリ言っちゃうと『クローバーフィールド/HAKAISHA』だ。
あえて真逆な所から要素を引っ張って来たのかもしれないが、「いや何それ」と言いたくなる。
水と油なら、石鹸水を使えば混ざり合うようになる。しかし、『E.T.』と『クローバーフィールド/HAKAISHA』ってのは無理だろう。
それは塩素系洗浄剤に酸性タイプの洗浄剤を混ぜようとするようなモンだ。
だから有害な塩素ガスは出なかったが、駄作の悪臭が放たれてしまった。

ただし、やり方さえ工夫すれば、『E.T.』と『クローバーフィールド/HAKAISHA』の要素を組み合わせることは不可能ではない。
例えば、「子供たちが友好的なエイリアンと出会い、仲良くなる。そのエイリアンを狙う怪物が出現する。子供たちはエイリアンを守るため、一緒に逃げたり怪物と戦ったりする」という内容にでもすれば、何の問題も無く成立させられるだろう。軍や大人たちの絡ませ方が少々難しくなるかもしれないが、その辺りは何とでもなるはずだし。
ところがJ・J・エイブラムスは何をトチ狂ったか、『E.T.』におけるE.T.のポジションに、人間を捕食する恐ろしい怪物のクーパーを配置してしまったのである。
その時点で、もはや『E.T.』は絶対に成立しなくなってしまうでしょ。そんなことは、誰だって容易に分かるはずだ。少なくともプロの映画監督なら分かるはず。
そんな愚かしい作業を施したせいで、本来なら示されるべき「ジュブナイルとしての筋道」も見えなくなってしまった。

本当なら、目的を果たすための子供たちの行動を見ることで、観客の気持ちが盛り上がっていくはずだ。
『E.T.』であれば、E.T.を守ろうとする子供たちの行動に、観客は分かりやすく感情移入できるようになっていた。
だが、この映画の場合、子供たちの目的が怪物には向けられていない。そもそもジョーたちが怪物の存在を明確に認識するのは、終盤に入ってからだ。
一方で空軍の連中は最初から怪物の存在を知っており、そちらを向いた行動を展開している。怪物は怪物で、人間を捕食して故郷の星へ帰ることだけを考えている。
つまり、そこがバラバラのままで終盤まで進んでしまうのだ。

前半から街には空軍が来て計画を進め、怪物の逃走を受けて様々な異変が発生している。ジャクソンと仲間たちは異変を調査し、怪物は次々に人間を襲っている。
そんな中で、ジョーやチャールズたちは軍の動きや街の異変には強い関心を示さず、後半に入るまでは映画撮影を続けているだけだ。
せめて何らかの形で怪物と絡んでいれば、物語としては機能したかもしれない。
しかし、何しろ怪物は人を捕まえて捕食しちゃうような奴なので、そう簡単に接触させることも出来ないのだ。

一応は「映画を撮影する」ってのがジョーたちの目的になっているが、それは映画を引っ張る力を発揮する類のモノではない。
怪物が逃走しているのに、それと全く関係の無い方面で目的を設定されても困るのだ。
アリスが怪物に連れ去られ、ようやくジョーたちには「アリスを助け出す」というハッキリとした目的が生じる。しかし、その段階では、まだ犯人については「謎の生物」という程度の認識しか無い。
しかも、軍に捕まったり、怪物に襲われたりすることで、「アリスの救出」という目的から外れた時間帯が発生してしまう。

そもそも、「アリスを救出する」という目的が設定されたんだから、そこに向けて真っ直ぐに突き進んだ方がいいのは当然のことだ。だが、「アリスを救い出すには怪物のことを詳しく知る必要がある」ってことで、学校に侵入してウッドワードの資料を調べる展開に入ってしまう。
もう映画は終盤に突入しているので、それはモタモタしているようにしか感じない。「まだそんな段階なのか」と。
そうではなく、アリスが拉致される前には「ジョーたちは異変が気になって調査し、怪物の存在を確信する」という段階まで到達させておいた方がいい(いっそ怪物を目撃させるのもいいだろう)。
そしてアリスが拉致された段階では、もう怪物の居場所も心当たりがあるぐらいの状態にしておいた方がいい。

それまで怪物が人々を襲って恐怖を与え、それどころか捕食までしている様子をさんざん描いておいて、最後の最後で「ジョーとの交信で説得を受け入れてくれたんだから、いい奴だよね」ってことで済ませるってのは、メチャクチャだ。
それで大勢を殺したり捕食したりした罪を全てチャラにするのかよ。アリスだって捕食されそうになっていたのに、それもジョーたちは許しちゃうのかよ。アリスは「怪物はずっと帰りたがっていた。テレパシーで分かった」と擁護するようなことを言うけど、それで全てチャラにするのかよ。
怪物が自分を拷問した空軍の連中だけを襲っているならともかく、無差別殺人&捕食なんだぞ。
もしかして、これって「大いなる赦し」がテーマだったりするのか。
だとしても、まるで甘受できないけど。

(観賞日:2016年6月18日)


2011年度 HIHOはくさいアワード:第1位

 

*ポンコツ映画愛護協会