『ステッピング・アウト』:1991、アメリカ&カナダ
かつてコーラスダンサーだったメイヴィスは、現在はニューヨーク州バッファローでタップダンス教室を開いている。彼女にはパトリックというギタリストの恋人がいるが、プライドの高い彼は勝手にナイトクラブの仕事を休んだりする。
タップダンス教室にはメイヴィスと専属ピアニストのミセス・フレイザーの他、ジェフリー、アンディ、シルヴィア、リン、マキシーン、ドロシー、ローズという7人の生徒がいる。さらに、英国人のヴェラも生徒の1人に加わった。
唯一の男性であるジェフリーは妻と離婚しており、アンディに惹かれ始めている。一方、不幸せな結婚生活を送っているアンディも、彼に惹かれるようになっていく。だが、気の弱いジェフリーは上手くアンディに気持ちを伝えられない。
町で子供達のための慈善イベントが行われることになり、メイヴィス達も参加することになった。だが、メイヴィスはロスで仕事を始めようとするパトリックから一緒に行こうと誘われる。しかも、メイヴィスは妊娠していたのだった…。監督&製作はルイス・ギルバート、原作&脚本はリチャード・ハリス、共同製作はジョン・ダーク、製作総指揮はビル・ケンライト、撮影はアラン・ヒューム、編集はハンフリー・ディクソン、美術はピーター・マリンズ、衣装はキャンディス・パターソン、振付はダニー・ダニエルズ、音楽はピーター・マッツ。
出演はライザ・ミネリ、ビル・アーウィン、シーラ・マッカーシー、シェリー・ウィンタース、ロビン・ステヴァン、ジェーン・クラコウスキー、エレン・グリーン、アンドレア・マーティン、ジュリー・ウォルターズ、キャロル・ウッズ、ルーク・ライリー、ノーラ・ダン、ユージーン・ロバート・グレイザー、ジーザ・コヴァックス、レイモンド・リックマン他。
リチャード・ハリスの書いた舞台劇を彼自身が脚本化した作品。
舞台でも主演したライザ・ミネリがメイヴィスを演じ、他にジェフリーをビル・アーウィン、アンディをシーラ・マッカーシー、フレイザーをシェリー・ウィンタースが演じている。舞台版は大好評だったらしいのだが、その形跡は映画版には全くと言っていいほど見られない。生徒達のタップダンスに対する愛があまり見えてこないため、タップダンスが人間ドラマを描くための味付け程度にしかなっていない印象だ。
本来ならば「タップダンスを通じて人間的に成長する」という形になるべきなのだろうが、彼らの精神的な変化とタップダンスが上手く結び付いていない。
では人間ドラマが素晴らしいのかといえば、そうでもない。
薄っぺらいし、めぼしいエピソードが全く用意されていないキャラクターもいる。ジェフリーとアンディの関係が、最も大きな軸だと思われる。
しかし、アンディの冷徹な夫が後半にならないと登場しないとか、夫の暴力をリンのセリフだけで済ましてしまうとか、マズいシナリオ展開で軸をガタガタにしてしまっている。
メイヴィスがイライラを貯め込んでいく様子があまり描かれていないのに怒りを爆発させたり、何の前振りも無く急に妊娠していることを明かしたりと、見せ場を見せ場として演出するための前振り描写も上手くない。ライザ・ミネリが1人で踊るシーンが途中に1度だけあって、その部分と終盤の部分だけはミュージカル映画になっている。ライザが1人で踊るシーンは文句無しに魅力的ではあるのだが、それが物語の中に上手くハマっていない。
練習を積んでダンスが上手くなっていくという様子が、ほとんど描写されていない。練習するシーンはあるのだが、そこで描かれるのは例えば「メイヴィスが振り付けを教えている」といった状況だけであり、生徒達が成長していく様子は見えてこない。ダンスが上達していく様子が描かれないのだから、上手く踊れた時の喜びがあまり伝わらないだろうなあと思っていた。
すると、なんとクライマックスとなるべき慈善イベントの舞台で、彼らは何度もミスを連発してしまう。
そりゃあ、素人が短期間しか練習していないのだから、そうなるのが当然かもしれない。
しかし、そこは上手くダンスを踊らせるべきではないのか。
予定調和でいいのではないか。
盛り上がるべき場面で、わざわざ盛り下げている。そのグダグダのダンスシーンの後、1年後に再び舞台に立った彼らの姿が描かれており、そこでは全員が上手く踊っている。
だが、その場面は後日談のような扱いであり、クライマックスとしては成立していないのだ。