『スパングリッシュ 太陽の国から来たママのこと』:2004、アメリカ

プリンストン大学の入学事務局には、大勢の学生たちから小論文が送られてくる。尊敬する人物から学んだことについて書かれた小論文を、事務局の面々は1つずつチェックしていく。クリスティーナ・モレノという生徒の小論文には、尊敬する人物は母親だと記されていた。クリスティーナがメキシコに住んでいた12年前、父親が家を出て行った。母のフロールは心配させないようにと考え、クリスティーナの前では決して涙を見せなかった。ずっと気丈に笑顔を浮かべ、娘に隠れて涙をこぼした。クリスティーナは母が泣いていると分かっており、気付かないフリをした。
フロールは娘にラテン的なアイデンティティーが確立するまではと考え、ずっとメキシコに留まっていた。しかし人生を変える時が来たと感じ、アメリカへの移住を決意した。フロールはクリスティーナをちゃんと育てるには出来るだけラテン的な環境が良いと考え、人口の約48%がヒスパニックのロサンゼルスへ向かった。彼女は従妹のモニカを訪ね、面倒を見てもらう。それから6年間、フロールは2つの仕事を掛け持ちし、週給450ドルを稼いだ。
思春期を迎えたクリスティーナが初めてダンスを踊った時、相手の男子が尻に手を伸ばした。それを見たフロールは「娘から目を離してはいけない」と気付き、夜の仕事を辞めた。数日後、フロールはモニカに付き添われ、面接を受けるために初めてヒスパニック街を出た。2人は富裕層の住む地域に入り、クラスキー家の豪邸を訪れた。まだ英語がほとんど話せないフロールのために、モニカが通訳を担当した。邸宅には一家の妻であるデボラ、娘のバーニー、デボラの母のエヴェリンがいた。デボラは落ち着きの無い様子で、夫のジョンがトップクラスのシェフであること、ジョージという9歳の息子もいることを話す。フロールはデボラに気に入られ、週6日の勤務で週給650ドルという条件で雇われることになった。
翌朝、フロールはクラスキー家へ行き、仕事を始める。ジョンはジョージから「僕のしたこと、怒ってる?」と問われ、「怒ってないよ」と優しく告げる。しかしデボラはジョージに怒っていたため、ジョンに対して「夫婦は同じ態度で子育てに臨まなきゃいけないのよ」と苛立つ。彼女が「私は悪者」と泣き出したので、ジョンは「そんなことないよ」と言う。デボラは彼の態度に怒りを増長させて喚き散らし、ジョンは困り果てた。
総料理長を務めるレストランへ赴いたジョンは、ニューヨーク・タイムズの料理評論家が来ることを接客主任のヴィクターから知らされる。かつてニューヨークの4つ星レストランで働いていたジョンは、必死で抑えながら緊張を料理を作った。エヴェリンはバーニーに、有名なグラミー歌手が自分のファンだと言ってくれたことを話す。エヴェリンは若い頃に歌手として活動し、ヒット曲も出していた。デボラはセールに出掛け、バーニーのために大量の服を購入して帰宅した。バーニーは喜ぶが、どれもサイズが小さくて入らなかった。
デボラは「少し体重を落とせばいいだけよ」と言うが、バーニーは落ち込んで部屋に閉じ篭もった。ジョンはバーニーを慰めようとするが、デボラは「お医者さんが言っていた痩せさせる方法よ」と言って自分に歩調を合わせるよう求めた。ジョンは納得できず、フロールをバス停まで乗せて行くと告げて家を出る。彼はフロールを助手席に乗せて運転しながら、「もうウンザリだ。バーニーは明日が期末試験なのに」とデボラへの怒りを吐露してから泣き出した。
それまでフロールは「クラスキー家の人々とは一線を画す」と決めていたが、ルールを破ることにした。帰宅した彼女はクリスティーナに頼み、「ちょっと着てみて」という英語を習って練習した。フロールはデボラが買った服を仕立て直し、バーニーに合うように変えた。次の朝、彼女はバーニーに服を渡し、「ちょっと着てみて」と言う。彼女が何度も同じ言葉を繰り返したので、バーニーは困惑しながら承諾する。すると小さかったはずの服が着られるようになっていたので、彼女は喜んだ。フロールが仕立て直してくれたと気付き、バーニーは感謝して抱き付いた。
ジョンは不安を抱きながらニューヨーク・タイムズを開き、4つ星の評価を知った。バーニーも同じコラムを読んで大喜びし、ジョンにキスをした。デボラも記事を読んで興奮し、寝室にいたジョンに飛び付いて熱烈なキスをする。デボラはジョンの服を脱がせて、ベッドに押し倒す。彼女が一人で盛り上がって急に泣き出してしまったので、ジョンは嘆息した。レストランに赴いたジョンは、助手のグウェンやピーターたちに拍手で迎えられた。ピーターから「記事を読んで、自分の店を持たないかという話が何件も来て」と言われたジョンは「君がいないと困る」と述べ、彼を引き留めるために店の権利の20%を譲ることを約束した。帰宅したジョンから話を聞いたデボラは、何の相談も無かったことに腹を立てた。
デボラは夏に借りる別荘を決めるため、不動産業者のマイクと車で出掛けた。彼女はマリブのビーチに面した別荘に決めて、フロールとエヴェリンを連れて行く。デボラは住み込みで働くことをフロールに話さないまま、彼女の部屋を勝手に決めていた。彼女は近所に住むマヌエルという男に通訳を頼み、フロールに「バスでは通えないから住み込みで働いて」と持ち掛けた。フロールが「娘がいるから無理」と断ると、デボラは「娘が一緒でもいいから。夏の間だけよ」と食い下がった。フロールは悩むが、結局は承諾した。
初めてマリブを訪れたクリスティーナは、そこで3ヶ月も暮らせると知って喜んだ。フロールはクリスティーナを連れて別荘へ向かい、クラスキー家の人々に娘を紹介した。ジョンはバーニー、ジョージ、そしてクリスティーナを集め、浜辺に落ちている綺麗な石を見つけてほしいと持ち掛けた。どんな物でも50セント、自分が持っている物より大きければ1ドル、茶色や緑や透明でなければ5ドルを渡すと彼は説明した。バーニーとジョージは興味を示さずボール遊びに興じるが、クリスティーナは日が暮れても熱心に石を探した。
早朝、浜辺に座っているクリスティーナを見つけたデボラはフロールに「娘さんを借りるわ」とメモを残し、彼女を連れて街に出掛けた。目を覚ましたフロールが腹を立てるので、ジョンは妻の勝手な行動を謝罪した。デボラとクリスティーナは帰りの車中で、髪を染めていた。クリスティーナは蚤の市に連れて行ってくれたことに礼を言い、「私が会った白人女性の中で最高です」と告げた。帰宅したデボラはフロールの怒りを見ても全く悪びれず、「あんな扱いにくい人間にはなりたくないわね」とバーニーの前で口にした。
フロールは「私の許可無しに娘を連れ出さないで」とクリスティーナに英語のメモを書いてもらい、デボラに差し出した。しかしデボラは「冷静になれば考えも変わるわ。一晩経ってから受け取るわ」と言い、受け取りを拒否した。デボラはジョンやエヴェリンに注意されるが、まるで耳を貸さずに反発した。フロールは翌朝になってから、彼女にメモを渡した。ジョンはクリスティーナが拾い集めた石の総額が640ドルになったことを知って動揺するが、「何とか都合を付けるよ」と約束した。
夜になってから、彼は金を入れた封筒を用意した。寝室に戻ったクリスティーナが紙幣を確認していると、気付いたフロールは険しい顔になる。事情を知った彼女はジョンの元へ行き、怒りをぶちまける。ジョンは「二度としない」と約束するが、怒りの収まらないフロールは娘への干渉に対する反発を続ける。黙って聞いていたジョンだが我慢できなくなり、「君だってバーニーの服を直しただろ。僕のやったことと何が違う?」と言い返した。
フロールが「違わない」と即座に認めると、ジョンは拍子抜けして「すぐに認めるなんて大したもんだ」と漏らす。フロールは「いつでも出て行きます」と言うが、ジョンは「ここで辞めたら、クリスティーナが自分のせいだと負い目を感じ続ける」と引き留めた。フロールは英語を覚える必要性を感じ、ローンで教材を購入した。彼女は仕事をしながら、暇を惜しまず熱心に勉強した。ジョンは4ヶ月先まで店の予約が入っていることをヴィクターに知らされ、「気軽に立ち寄れる店でありたいんだ」と話す。彼は今までと同じように店を営業したいと考えるが、ヴィクターに「不可能だよ」と告げられた。
デボラはマイクから電話を受けて夜遅くに外出し、ジョンは悪酔いして帰宅した。デボラはクリスティーナの賢さを知り、バーニーと同じ私立学校に通わせようと考える。彼女はクリスティーナを学校へ連れて行き、理事のアーリーンに紹介して校内を案内してもらう。デボラの策略通りにクリスティーナは学校を気に入り、フロールは苦悩する。ジョンはフロールから相談され、「子供の心配をするのは親として当然のことだ」と告げた。
フロールは「気持ちを分かってくれる男の人は初めて」と言い、ジョンは「出来れば君の力になりたいと思う」と述べた。クリスティーナが初めて学校へ行く日、デボラは彼女にネックレスをプレゼントした。クリスティーナは「学校に行かせてくれてありがとう」と礼を言い、近くにいるフロールには視線も向けないままスクールバスに乗り込んだ。モニカが母をメキシコから呼び寄せてパーティーを開いた日、デボラはクリスティーナの友人を家に招いた。クリスティーナはクラスキー家に泊まることを希望し、デボラは娘を待っていたフロールに電話して「どうするか決めたら連絡して」と告げる…。

脚本&監督はジェームズ・L・ブルックス、製作はジェームズ・L・ブルックス&リチャード・サカイ&ジュリー・アンセル、製作総指揮はクリスティー・ハウベッガー&ジョーン・ブラッドショー、共同製作はアルドリック・ラオリ・ポーター&フランシーヌ・マイスラー&リチャード・マークス、製作協力はマリア・カヴァノー、撮影はジョン・シール、美術はアイダ・ランダム、編集はリチャード・マークス、衣装はシェイ・カンリフ&ルイーズ・ミンゲンバック、音楽はハンス・ジマー。
主演はアダム・サンドラー、共演はティア・レオーニ、パス・ヴェガ、クロリス・リーチマン、シェルビー・ブルース、サラ・スティール、イアン・ハイランド、ヴィクトリア・ルナ、トーマス・ヘイデン・チャーチ、フィル・ローゼンタール、アンジェラ・ゴーサルズ、ショーン・スミス、セシリア・スアレス、ニコール・ニース、リズ・ケアリー、フレディー・ソト、ジョナサン・ヘルナンデス、リカルド・モリーナ、ブレンダ・カネラ、エディー・マーティン、ジェイミー・ケイラー、ジェームズ・ランカスター、ウェンディー・ブラウン、ニコール・ヒルツ、エリック・シェーファー他。


『ハリウッド・トラブル』『恋愛小説家』のジェームズ・L・ブルックスが脚本&監督を務めた作品。
ジョンをアダム・サンドラー、デボラをティア・レオーニ、フロールをパス・ヴェガ、エヴェリンをクロリス・リーチマン、クリスティーナをシェルビー・ブルース、バーニーをサラ・スティール、ジョージーをイアン・ハイランド、6歳のクリスティーナをヴィクトリア・ルナが演じている。マイク役でトーマス・ヘイデン・チャーチが出演している。
ピーター役のフィル・ローゼンタールは、シットコム『HEY!レイモンド』のクリエーター。グウェン役のアンジェラ・ゴーサルズは、『ホーム・アローン』でマカリスター家の長女を演じていた女優。

「クリスティーナが小論文でフロールについて書いている」という導入で映画が始まるので、「フロールとクリスティーナの親子関係」か「クリスティーナから見たフロールの生き方」を描く話になるんだろうと思った。
ところが回想シーンに入ると、フロールがクラスキー家で働き始める展開になる。その展開に入ると、しばらくはクリスティーナの存在が消える。そして「クラスキー家の人々」を描く話が中心になるのだ。
ここで問題になるのは、シンプルに「クラスキー家の人々」を描く内容であっても、「フロールが見たクラスキー家の人々」という形で描くにしても、クリスティーナからは距離が遠いってことだ。
母について書いたクリスティーナの小論文から話を始めたのなら、絶対に「フローラの物語」でなくちゃいけない。そこを外したら、「構成として間違っている」と言わざるを得なくなる。
クラスキー家の人々を主要キャラをして登場させた上で、その条件を守ろうとした場合、「フロールがクラスキー家の人々に影響を与えて云々」という方向性しか思い付かない。そして実際、基本的にはそういう方向性で進めているのだ。

ただし問題は、「フロールが主人公の位置に立っていない」ってことだ。あくまでもメインとなるのはクラスキー家の人々(特にジョンとデボラ)であり、フロールは脇役として一家に影響を与える存在なのだ。
出演者表記でもアダム・サンドラーとティア・レオーニに続いて3番目がパス・ヴェガなので、そういう意味では間違っちゃいない。でも、クリスティーナの小論文から始めるのは手法として間違ってるでしょ。
フロール側から話を始めたことが、最大の過ちになっているのよ。
「クラスキー家にメキシコ人の家政婦がやって来る」という形で話を始めれば、ここまでに示した問題点は全て解消されるのだ。そして「クリスティーナの語りで話を始める」「フロール側から話を始める」という部分における利点は、ほとんど見当たらない。

原題は『Spanglish』(英語とスペイン語の混交語の意味)だし、たぶん本作品って「ヒスパニックがアメリカに来て生活する」ってのを描くことが軸の企画だったんじゃないかと思うんだよね。
それが白人一家を中心に据えた話になっているのは、「ヒスパニックが主人公では観客動員に不安がある」ってことだったんだろう。
そこに人種差別の意識を感じ取って批判することは簡単だけど、興行として考えた場合、「白人一家をメインに配置する」という判断を全面的に否定はしない。
ただ、それなら「クラスキー家の人々がヒスパニックの家政婦と交流して変化していく」という話を徹底すればいいのに、中途半端に「ヒスパニック側からの物語」としての方向性も残したせいで足元の定まらない仕上がりになっているんじゃないかと。

レストランが人気になったことでジョンが苦悩するとか、デボラがマイクとの浮気に走るとか、そういうのはフロールの存在と関係の無い所で進行する問題だ。なので、そのままだと「フロールの存在意義が無い」ってことになる。
そこで「ジョンやデボラがクリスティーナに干渉するので憤慨する」という形でフロールを使おうとしている。これは「フロールとクリスティーナの親子関係」を描くことにも繋がる要素だし、一石二鳥と言ってもいいだろう。
ただ、こういう要素を扱っている時のクリスティーナが、ほぼ記号と化しているのだ。
彼女の描写に奥行きが無いので、実質的には「フロールとクラスキー夫婦の問題」になっている。クリスティーナは語り手も担当しているのだが、それに見合うだけのドラマ描写は全く足りていない。

フロールはバーニーが服のサイズで落ち込んでいると知り、仕立て直して着られるようにしてあげる。
こういうエピソードが早い段階で用意されていることだし、「フロールのおかげでクラスキー家の問題が解決する」ってのを描いていく構成になるんじゃないかと思った。
しかし実際のところ、そんな展開は微塵も無いのだ。
それどころか、むしろフロールの存在が別の問題を招いている。
ジョンとフロールが互いに惹かれ合ったり、デボラがクリスティーナを自分の娘のように扱ってフロールと対立したりするのだ。

皮肉なことに、そうやってフロールが絡む形で問題が起きると、彼女が物語の中心に戻って来る。
でも、「だから結果オーライだよね」なんてことは、これっぽっちも思わないよ。
フロールを中心に据えるのは「本来の企画に伴った形」として賛成できるけど、やり方を大きく間違えている。特に不倫の要素なんて、全く要らない。
そもそも前述したベタなフォーマットを使おうとしていない時点で大いに疑問だが、そこに不倫の要素を持ち込むセンスは理解し難い。

バーニーはフロールに服を仕立て直してもらって感謝するが、それ以降は存在意義が皆無に等しい。
ジョージーに至っては、最初から最後までストーリー展開にほとんど絡んで来ない。
「ジョージーの教育方針を巡ってジョンとデボラが対立している」という設定が序盤で提示されるが、以降の展開には全く影響を及ぼさない。
ジョンはレストランとフロールのことで頭が一杯だし、デボラはクリスティーナと浮気に夢中になる。この夫婦がジョージーを気にするシーンなんて、1つも出て来ないのだ。

それにしても、どうしてデボラをあんなキャラクターに設定したんだろう。
やたらとヒステリックに喚き散らし、他人の意見には全く耳を貸さない。精神が著しく不安定で、自分の感情をコントロールできない。
他人の娘を自分の思い通りにコントロールしようと目論んだり、優しい夫を平気で裏切って浮気に走ったりする。
完全無欠のクソ女なのである。
「精神不安定になったり浮気に走ったりするのも分かる」というような、同情できる余地は微塵も無いのだ。

最終的にデボラはマイクとの関係を断ってジョンに謝罪し、ジョンもフロールとは深い関係にならないまま終わっている。
だけど、話が終わった時に「この夫婦の関係って、大きなヒビが入ったままだろ」と思っちゃうんだよね。
デボラに関しては、とりあえずカウンセラーにでも診てもらう必要性を感じるし。フロールのおかげで関係が修復されるどころか、彼女が去った後も溝は深まる一方なんじゃないかと。
ここは「色々あったけど修復されて」と区切りを付けるべきだろうに、無雑作に放り出したまま終わっちゃうんだよね。

クリスティーナがフロールについて書いた小論文から映画を始めたのだから、もちろん映画は「フロールとクリスティーナの関係」で着地させている。そこに向けたルートを順調に辿って来たとは到底言えないし、最後の最後で急にゴール近くへワープしたような印象を受ける。
そういう重大な問題をひとまず置いておくとしても、まだ「その結末はホントにいいのか」と言いたくなる。
フロールは家政婦の仕事を辞めて、クリスティーナに学校を辞めさせる。クリスティーナは泣いて抗議し、「ママと距離を置きたい」と言う。しかし「それが貴方の望みなの?ママとは違う人間になりたいの?」と問われると、フロールに抱き付く。
「何これ?」と、思わず口を突いて出てしまった。
見終わった時、「何を伝えたかったんだろうか」と首をかしげてしまう映画なのである。

(観賞日:2020年9月4日)


第27回スティンカーズ最悪映画賞(2004年)

ノミネート:【最悪の主演女優】部門[ティア・レオーニ]
ノミネート:【最悪のカップル】部門[アダム・サンドラー&ティア・レオーニ]

 

*ポンコツ映画愛護協会