『シャレード'79』:1978、アメリカ
ジェリー・グリーンは自作の童話に登場するキャラクターの名前を考えながら、仕事へ向かう。彼は童話作家志望だが、現在はメーシーズ・デパートの玩具売り場で働いている。ブツブツし独り言を呟く彼は奇異に見られることもあるが、同僚のヘレンは好意を抱いている。彼女から食事に誘われてジェリーは承諾し、仕事をしながら童話の構想を続ける。レコーダーにアイデアを吹き込んでいた彼は、1歳半の息子ベンジャミンを連れているジェニー・ムーアという女性客に目を留めた。彼女が誤って商品を落としたので、すぐにジェリーは駆け寄って拾うのを手伝った。
ジェリーはジェニーに話し掛け、幼児が遊べる場所を教える。忘れ物を届けた彼は、ジェニーをセントラル・パークでのランチに誘った。ジェリーは彼女に、これまで29作の童話を執筆したが1冊も出版には至っていないことを話した。ジェニーが絵を描いてプレゼントすると、ジェリーはサインを求めた。ジェリーは彼女と楽しく会話を交わし、仕事に戻る。ジェリーはレストランでヘレンと夕食を取り、「条件次第で結婚するわ」と言われる。結婚の意志が無いことを告げたジェリーは、ジェニーが夫のプレストンと共に店へ入って来たのに気付く。その視線に気付いたヘレンは、忠告した上で店を立ち去った。
プレストンが仕事の話をしても、ジェニーは興味が無い様子を示す。プレストンが新しい秘書が来たことを告げ、「男だよ」と付け加えた。ジェニーは「気分が悪くなったので早く帰りたい」と言い、席を立った。ジェリーは後を追い、店を出た彼女に声を掛けた。ジェリーは彼女と一緒に歩きながら積極的に話し、キスをした。ジェニーの隣人であるアーネストが現れ、彼女に声を掛けて立ち去った。ジェリーは焦るが、ジェニーは落ち着き払っていた。ジェリーが「君を愛してる」と言うと、ジェニーは日曜日の博物館デートに誘った。
日曜日、ジェリーから夫のことを訊かれたジェニーは、仕事に出掛けていることを話す。2人は映画を観賞した後、ジェニーのアパートへ赴いた。メイドのフローラがベンジャミンの面倒を見ていたが、「遅くても7時までに帰る」という約束を破ったので不機嫌そうだった。ジェニーはジェリーから夫婦関係について問われ、決して良好とは言えないことを明かした。ジェリーが熱烈に愛していることを語ると、ジェニーは「私もよ」と口にした。
「今すぐ君と結婚したい」というジェリーの言葉に、ジェニーは「私もよ」と答えた。誰かと話しているプレストンの声が聞こえたので、ジェニーは自分が引き留めている間に裏口から逃げるようジェリーに促す。しかし「ホントに彼と別れるなら、一緒に話した方がいい」とジェリーは言い、2人で彼の元へ行こうと提案する。来客が立ち去った音が聞こえたので、ジェリーとジェニーは階段を下りた。すると台所には、背中をナイフで刺されたプレストンの死体があった。
ジェリーはジェニーに、内線電話を使ってドアマンに「夫と一緒に来た客は、まだタクシーを待っているか」と訊くよう指示した。するとドアマンは、プレストンが1人だったと告げた。ジェニーは警察に連絡すべきだと主張するが、ジェリーは「駄目だ、僕らが疑われる」と反対した。彼はジェニーに「警察に話しても信じてもらえない。我々で犯人を見つけ出すんだ」と告げ、冷凍庫に死体を隠蔽した。
翌朝、ジェニーはプレストンの勤める保険会社に電話を掛け、秘書のハーバート・リトルに「夫は風邪で熱があるので休みます」と嘘をついた。ジェリーはフローラの朝食がアイスクリームだとジェニーに聞かされ、1週間の休暇を与えるよう指示した。フローラが来たので、ジェニーは「これから家族でフランスへ旅行に行く」と嘘をついた。
ジェリーは仕事を早く終わらせ、ジェニーのアパートへ戻った。ジェニーはジェリーの指示に従い、プレストンの手帳や書類を取りに会社へ向かう。留守を預かったジェリーはベンジャミンの面倒を見ながら、保険会社の仕事に関わる人物が犯人ではないかと考える。刑事のフランク・ダンジガーが巡回訪問に来たので、ジェリーはドアを開けた。フランクはジェリーに、裏窓が割られる事件が続いているので確かめさせてくれと告げた。ジェリーは饒舌に喋りながら屋内を案内し、フランクが立ち去ったので安堵した。
ベンジャミンを抱き上げようと机の下に潜ったジェリーは、そこに盗聴器が取り付けられているのを見つけた。ジェニーはプレストンの手帳や書類をハーバートから受け取り、アパートへ戻った。ジェリーはスケッチブックに文字を書き、盗聴されていることを彼女に教えた。彼はジェニーを公園へ連れ出し、手帳を確認した。そこへアーネストとオードリーのヴァン・サンテン夫妻が現れ、ジェニーに話し掛けた。ジェニーはジェリーを2人に紹介し、旧友だと説明した。
ヴァン・サンテン夫妻から昼食に誘われ、ジェリーとジェニーは2人の部屋へ赴いた。アーネストが大音量で音楽を掛けていたので、ジェリーは音を小さくしてもらった。アーネストはジェリーとジェニーに、「心配するな、私は誰にも喋らない」と小声で告げた。「袖が濡れたので浴室で拭く」と理由を付けてリビングを出たジェリーは、他の部屋にレコーダーがあるのを発見した。ジェリーはジェニーの部屋に戻り、夫妻が盗聴していることを教えた。ジェリーは夫妻の留守中に盗聴器を仕掛け、情報を探ろうと考えた。しかしジェリーが部屋へ忍び込むと、暗闇の中に夫妻の死体が転がっていた…。監督はラモント・ジョンソン、脚本はレジナルド・ローズ、製作はマーティン・ポール、製作協力はウィリアム・クレイヴァー、撮影はアンドリュー・ラズロ&ラルフ・D・ボード、編集はバリー・マルキン、美術はテッド・ハワース、衣装はジョセフ・G・オーリシ、音楽はアレックス・ノース、主題歌はニール・セダカ。
出演はファラ・フォーセット=メジャース、ジェフ・ブリッジス、ジョン・ウッド、タミー・グライムズ、ジョン・グローヴァー、パトリシア・エリオット、メアリー・マッカーティー、ローレンス・ギタード、ヴィンセント・ロバート・サンタ・ルシア、ビーソン・キャロル、エディー・ローレンス、アーサー・ライリス、ジャン=ピエール・スチュワート、テリー・デュハイム、サンズ・ホール、ジョセフ・カリトン、デイヴ・ジョンソン、メリッサ・フェリス、ジェレマイア・サリヴァン、スローン・シェルトン他。
1976年から1977年までTVドラマ『地上最強の美女たち!/チャーリーズ・エンジェル』に出演し(作品自体は彼女の降板後も続いた)、一気に人気スターとなったファラ・フォーセットが映画初主演を務めた作品(この映画に出演するために『チャーリーズ・エンジェル』を降板した)。当時はリー・メジャースと結婚していたので、「ファラ・フォーセット=メジャース」の名前で出演している。
ファラの相手役を務めたのは、『ラスト・アメリカン・ヒーロー』『キングコング』で主演を務めたジェフ・ブリッジス。
既に映画界で主演スターの地位を確立していたジェフ・ブリッジスを相手役に起用するんだから、いかに当時のファラが高い人気を誇り、そして映画会社から期待されていたかってことだ。
アーネストをジョン・ウッド、オードリーをタミー・グライムズ、ハーバートをジョン・グローヴァー、ヘレネをパトリシア・エリオット、フローラをメアリー・マッカーティー、プレストンをローレンス・ギタード、ベンジャミンをヴィンセント・ロバート・サンタ・ルシア、ダンジガーをビーソン・キャロルが演じている。
監督は『リップスティック』『ワン・オン・ワン』のラモント・ジョンソン、脚本は『十二人の怒れる男』『ワイルド・ギース』のレジナルド・ローズ。邦題は『シャレード'79』だが、原題は「Somebody Killed Her Husband」で、スタンリー・ドーネンが1963年に撮った『シャレード』とは何の関係も無い。
配給した日本ヘラルドが、ケイリー・グラントとオードリー・ヘプバーンの共演した有名作品に便乗しようとして勝手な邦題を付けただけだ。
「監督が同じ」とか「原作者が同じ」といった共通点も無い。
「夫を殺されたヒロインが事件に巻き込まれる中で、恋愛劇も描かれる」という部分が『シャレード』と一緒なので、「だったら便乗しちゃえ」ってことだね。『シャレード』に便乗するってことは、つまりファラ・フォーセットをオードリー・ヘプバーンに重ね合わせるってことになる。
しかも本作品、日本では1978年の12月16日に封切られた。映画会社としては稼ぎ時に当たる年末年始に公開されたわけだ。
それぐらい、当時のファラ・フォーセットは「客の呼べる人気スター」という位置付けだったってことよね。
しかし出演作を選ぶセンスが低かったのか、良いエージェントが付いていなかったのか、本作品以降も『サンバーン』や『スペース・サタン』といったポンコツ映画の出演が続いたため、映画界でトップスターの座を勝ち取ることは出来なかった。冒頭、ジェリーは童話の構想に没頭しており、ヘレンから食事に誘われても最初は「そんな暇は無いんだ」と断っている。
そのように「今は童話のことで頭が一杯で、恋愛なんて考えられない」といった感じで登場したジェリーだが、ジェニーを見た途端、目を奪われている。つまり彼がジェニーに惹かれるのは、彼女の内面を知るためのきっかけがあったわけではない。いわゆる一目惚れってやつだ。
もちろん実社会で一目惚れが無いのかというと、たくさんあるだろう。ただ、映画で「一目惚れした」という形にすると、恋愛劇としての説得力を欠いたり、その関係性が薄っぺらくなったりする恐れもある。
しかし本作品は、「ジェリーはジェニーを見た途端に惚れました」という形でも、説得力が生じる。
その理由は簡単で、「だってファラ・フォーセットだぜ」ってことだ。
当時のファラ・フォーセットなら、「男なら見た途端に必ず惚れるでしょ」ということで納得させられるほどのパワーを持っていたのだ。ご丁寧なことに、惚れたことを示すために、ジェリーがジェニーに気付いた途端、いかにもな雰囲気を煽るためのピアノ曲が流れ出す。
彼女と話して別れたジェリーは浮かれている様子をハッキリと表現し、それを強調するためのBGMも流れる。
ものすごく分かりやすい。悪い言い方をすれば、かなり安っぽい。
あと、相手が結婚していると知りながら、そのことが何のブレーキにもならず突っ走るってのは、あまり好感の持てるモノではない。
ジェニーも惚れてるから成立してるけど、どう見てもストーカー気質なんだよな。ジェリーがジェニーに一目惚れするのは分かるとしても、「僕は公園でランチを食べるんです。アンチョビのサンドイッチが得意なんです。差し上げますよ」と彼が誘った時、なぜジェニーが簡単に承諾するのかはサッパリ分からない。
そこの説得力は皆無だ。
「だってジェフ・ブリッジスだぜ」というトコの説得力なんて、これっぽっちも無いしね。
むしろ、会ったばかりなのにランチに誘われて、なぜ警戒心を全く抱かないのかと。ノンビリした性格ってことなのか。結婚しているのにランチの誘いをホイホイと受けて、おまけにレストランを出た直後にはキスまでしちゃうので、ジェニーが尻軽女にしか見えないんだよな。
これで「かつて付き合っていた」とか、せめて「学生時代の同級生だった」とか、そういう過去に関わりがあった関係だったら、「初対面から急激に燃え上がり、翌日にはキスに至る」というトコの違和感は解消されると思うんだけどね。
まだ3回しか会っていないのに、もう結婚の約束を交わして「プレストンに真実を打ち明けよう」と思うぐらい気持ちが盛り上がっているのは、あまりにも拙速でしょ。
まだ性的関係も持っていないし、デートも1回だけなんだぜ。ジェリーはプレストンが殺されても警察に連絡せず、死体を隠して犯人を捜し始める。
「プレストンは1人だったとドアマンが証言しており、自分とジェニーが一緒にいる現場を複数の人間に目撃されている。だから自分たちが彼を殺したと疑われるのは確実で、警察も証言を信じないだろう」ってのが彼の考えだ。
ただ、気持ちは分からんでもないけど、愚かしい行動に思えてしまう。
もっと問題なのは、死体を見た直後から「死体を隠して自分たちで犯人を見つけよう」と言い出す男に、あまり好感が持てないってことだよ。ジェリーは最初から警察に連絡せず、まずジェニーに指示してドアマンに「夫の客はまだ車を待っているか」と質問させる。プレストンの会った相手に関する情報を得ようとして、手帳が無いかどうか死体のポケットを調べる。冷凍庫を開けて、そこに死体を隠す。ジェニーに指示してプレストンの会社に電話を掛けさせ、「夫は風邪で休む」と嘘をつかせる。
そのように、いちいち冷静で頭のキレる行動を取る。
そのことが、彼の好感度を下げることに繋がっている。
探偵や刑事ならともかく、ただの玩具売場の店員にしては、やけに「死体を発見したけた時の対処法」が利口なんだよな。フランクが巡回に来て家の中をウロウロするシーンは、どう考えたって緊張感を煽るべきポイントのはずだ。
だが、そこに流れて来るのはチューバをフィーチャーしたBGMで、むしろノンビリした雰囲気を作り出している。
ひょっとすると、サスペンス・コメディーを意識しているんだろうか。オロオロするジェリーの様子も、どことなく喜劇っぽいもんな。
ただし、そういう狙いがあったとしても、そこに来て急にコメディーの色を持ち込んだら、そりゃあ違和感が生じるのも当然でしょ。そこまではコメディーの雰囲気なんて皆無だったし。
しかも、それ以降の展開でも、やっぱりコメディー色は無いんだぜ。つまり、そこだけがコメディー・タッチとして完全に浮いているので、そういう狙いだったとしても間違いでしょ。本来はミステリーとしての面白味が何よりも重視されなきゃいけないはずだが、そこへの意識は全く感じられない。
犯人の正体や動機が判明していないんだから、そこを探る展開でミステリーを盛り上げるってのが基本だろう。だが、そういう筋書きが遅々として進まない。
そもそも容疑者候補が少なくて、ヴァン・サンテン夫妻ぐらいしか見当たらない。
しかも、この2人が容疑者としての存在をアピールした時点で、もう映画は半分をとっくに過ぎている。そこまでに登場する主要キャストの内、被害者のプレストンを覗くメンツはヘレン、フローラ、ハーバート、ベンジャミン、ダンジガーの4人だ。
まだ1歳半のベンジャミンは、「実は悪魔に憑依された彼の仕業」というトンデモ展開でも待ち受けていない限り、犯人ってことは有り得ないから除外。
ダンジガーに関しては、ジェリーは「偽者の刑事だ」と言うが、バッジは本物だから「本物なのにジェリーが偽物だと思い込んでいるんじゃないか」と思ってしまう。実際は泥棒一味なのでジェリーの推理が当たっているんだけど、ミスリードとしては上手く機能していない。
残るは3人だが、いずれも「こいつが怪しい」と思わせる要素が無いし、動機も見当たらない。後半になってから容疑者としてのアピールを始めるヴァン・サンテンをミスリードに使い、真犯人を隠そうというのが一応の趣向になっている。
だが、「いかにも怪しい奴は犯人じゃない」ってのがミステリーの鉄則なので、2人が犯人じゃないことも容易に分かってしまう。
しかも、疑いを持たせた直後に殺してしまうから、ミスリードとしての役割を果たす時間は短い。
じゃあ他のトコでミステリーの面白味を出しているのかというと、特に何も見当たらない。ジェリーはヴァン・テンテン夫妻の死体を目撃した後、トイレで宝石を発見する。それはプレストンの証書に書いてあった宝石で、そのことを知ったジェニーは「プレストンが言ってた。秘密の取引で盗品を客に返したことがあると。保険額の半分を犯人に支払って契約し、警察には知らせず会社が得をする」と話す。するとジェリーは、「プレストンがアーネストに客の宝石のありかを教え、それを盗ませて取引を決めていたんだ」と話す。
この段階ではダンジガーが犯人だとジェリーは思い込んでいるけど、それは置いておくとして、その推理は以前から観客に与えておいたヒントを組み合わせて導き出したモノではない。宝石が発見された時に大半の情報が提示されるので、こっちは説明を淡々と聞かされているだけになる。
それだけでもマズいのに、なぜか穏やかな雰囲気になっているのも「なんでやねん」と言いたくなる。
3人もの死人が出て、おまけに自分たちが犯人だと疑われかねない状況は続いているのに、「ダンジガーが犯人だ」と確信できただけで、なんで穏やかに笑い合えるのかと。
それはコメディー調ってわけじゃなくて、ただユルいだけだからね。終盤にはダンジガーまで殺されてしまい、ジェリーはメモを使って犯人を閉店後のデパートに誘い出す。
結局のところ、犯人はハーバートなんだけど、それが明らかになった時に「ああ、なるほど」「そういうことだったのか」という心地良さは全く無い。
それまでの存在感が薄かったし、後になって「あの時のアレは彼が犯人であることを意味していたのだと」思わせるような伏線も皆無だったからだ。ミステリーとしての味わいに深みや厚みが無いのなら、他の部分でリカバリーすべきだろうに、それ以外の面白味も無い。
恋愛劇は前述したような問題があるから、そこだけで満足できるというレベルには到底達していないし。
前述したように急に用意された喜劇チックなシーンが浮いているんだけど、むしろ全体をコメディー調にして、そっち方面で頑張った方が、まだ何とかなったんじゃないか。
「ファラ・フォーセットが綺麗」というだけで満足してくれる観客は、そう多くないと思うぞ。(観賞日:2015年5月24日)
1978年スティンカーズ最悪映画賞
受賞:【最悪の主演女優】部門[ファラ・フォーセット=メジャース]
ノミネート:【最悪の歌曲・歌唱】部門「Love Keeps Getting Stronger Every Day」(ニール・セダカ)