『ソラリス』:2002、アメリカ

精神科医のクリス・ケルヴィンが自宅にいると、惑星ソラリスを探査中の宇宙ステーション“プロメテウス”を所有するDBAの社員2名 が訪ねてきた。彼らはクリスに、プロメテウスで働く友人の科学者ジバリアンから届いた映像を見せた。ジバリアンはクリスに向けて 「信頼できる人間は君しかいない。助けて欲しい。ソラリスに来て欲しい。こっちでも対処について意見が分かれている。君は来るべきだ 。意味は来れば分かる」というメッセージを発信していた。
DBAの社員たちは、そのメッセージに困惑していることを明かした。DBAはセキュリティー部隊を送ったが、ソラリスに接近している 最中に連絡が途絶えていた。プロメテウスのAIシステムはシャットダウンされており、民間人であるクリスに頼ることを決めたのだと いう。クリスがプロメテウスに到着すると、床や壁に血痕があった。その血痕を辿るとラボに続いており、そこにはジバリアンともう一人 の死体が収容されていた。
クリスが奥へ進むと、科学者のスノーがいた。スノーによれば、ジバリアンは自殺したらしい。他のクルーについて尋ねると、「リースは 失踪した。ゴードンは部屋にいるが、誰も中に入れてくれない」という答えが返ってきた。「ここで何が起きている?」と質問すると、 スノーは「話しても分からないと思うよ」と告げた。クリスがゴードンの部屋へ行くと、彼女はドアを少しだけ開けた。何が起きているか 尋ねると、「同じことが貴方に起きるまでは、話しても意味が無いわ」と彼女は述べた。
ステーション内を歩いていたクリスは少年の姿を目撃するが、追い掛けると見失った。スノーに少年のことを訊くと、「ジバリアンの息子 だ」という返答だった。だが、そんな場所にジバリアンの息子がいるはずは無い。ゴードンに話を聞くと、彼女はプロメテウスが払い下げ になる以前からNASAで働いていたこと、物理学が専門であること、データ収集中に鬱状態になったことを語った。
その夜、ベッドで眠りに就いたクリスは、死んだ妻レイアの夢を見た。目を覚ますと、ベッドにはレイアの姿があった。慌てて飛び起きた クリスは、2人で暮らしたアパートや初めて会った場所について質問するが、レイアは正解した。彼女は「会えて嬉しいわ。とても愛して いるのよ。もう愛してないの?」と語り掛けた。クリスはレイアを騙してポッドに閉じ込め、宇宙空間へと放出した。
クリスの元にスノーが現れ、「やっぱり現れたか」と告げた。スノーの場合は弟が現れたが、最近は姿を見せなくなったという。次の夜、 またクリスの前にレイアが現れた。彼女は「何も覚えてないの。覚えているのは貴方だけ。私、病気だったの?」と言う。「ある意味ね」 とクリスが告げると、レイアは「どのぐらい?」と尋ねた。「2、3年かな」と答えると、「私のこと、考えた?」と訊くので、「ああ」 とクリスは口にした。
レイアは、自分が殻に閉じ篭もっていたことや、クリスの友人たちに不快感を抱いて失礼な態度を取った時のことを思い出した。彼女は クリスに、「何が起きているのか分からないけど、分かったら、どうしていいか分からないと思う。記憶にある自分とは別人みたいなの。 色んなことを思い出すけど、そこにいた実感が無いの」と語った。クリスは「疲れているんだよ。スノーやゴードンと相談して、みんなで 地球で帰ろう」と優しく告げ、レイアを落ち着かせるために薬を飲ませた。
ゴードンとスノーが訪問者を消滅させる方法について話し合う中、クリスは「サンプルを持ち帰る」と告げた。ゴードンが「同じことが 地球で起きたら危険だとは思わないの?」と反対するが、クリスは「僕は彼女を連れて帰るぞ」と主張した。ゴードンは「ポッドの彼女も 連れ帰りましょうか。軌道を計算すれば可能よ」と攻撃的に告げる。「何のこと?」とレイアが訊くので、クリスは「君は前にも来た。 そして僕が宇宙空間に放出した」と打ち明けた。レイアは「酷いわ」と避難し、その場を立ち去った。
夜、クリスが眠っていると、ジバリアンが出現した。「君はジバリアンじゃない、操り人形だ」とクリスが言うと、ジバリアンは「では君 は誰だ?自分が人間だと思い込んでいる人形かも」と述べた。クリスが「ソラリスは我々に何を望んでいる?」と尋ねると、彼は「なぜ 何かを望んでいると思うんだ?早く地球へ帰れ。解決方法を探していたら、ここで死ぬぞ」と語る。クリスは「レイアを連れ帰る方法を 探す」と強い口調で言うが、ジバリアンは「分かってないな。答えは無いんだ。あるのは選択だけだ」と口にした。
ジバリアンが消えた後、クリスは浴室で液体酸素を吸って自害したレイアを発見した。しかし医務室に運ぶと、レイアは奇妙な動きを示し 、クリスの目の前で蘇生した。レイアは「私は貴方の奥さんのレプリカに過ぎない。本当の人格じゃない」と告げ、ゴードンが考えた方法 で消滅することを望んだ。しかしクリスは「もっと別の生き方が出来るはずだ」と主張して反対し、眠らずに過ごそうとする…。

監督&脚本はスティーヴン・ソダーバーグ、原作はスタニスワフ・レム、製作はジェームズ・キャメロン&ジョン・ランドー&レイ・ サンキーニ、共同製作はチャールズ・V・ベンダー&マイケル・ポレール、製作総指揮はグレゴリー・ジェイコブズ、撮影はピーター・ アンドリュース(スティーヴン・ソダーバーグの変名)、編集はメアリー・アン・バーナード、美術はフィリップ・メッシーナ、衣装は ミレーナ・カノネロ、音楽はクリフ・マルティネス。
出演はジョージ・クルーニー、ナターシャ・マッケルホーン、ヴィオラ・デイヴィス、ジェレミー・デイヴィース、ウルリッヒ・ トゥクール、ジョン・チョー、モーガン・ラスラー、シェーン・スケルトン、ドナ・キンボール、マイケル・エンサイン、エルピディア・ カリーロ、ケント・D・ファールコン、ローレン・M・コーン他。


スタニスワフ・レムのSF小説『ソラリスの陽のもとに』を基にした作品。
1972年にはアンドレイ・タルコフスキーが『惑星ソラリス』として映画化している。
ジェームズ・キャメロンは「タルコフスキー版のリメイクではなく、あくまでも原作の映画化だ」と主張しているが 、スティーヴン・ソダーバーグの脚本は『惑星ソラリス』をモチーフにした部分も多く、明らかにリメイクである。
クリスをジョージ・クルーニー、レイアをナターシャ・マッケルホーン、ゴードンをヴィオラ・デイヴィス、スノーをジェレミー・ デイヴィース、ジバリアンをウルリッヒ・トゥクールが演じている。

ナターシャ・マッケルホーンは、明らかにミスキャストだ。
何かを企んでいる悪女みたいだし、笑っても「不敵な笑み」に見えてしまう。
ベッドで目を覚ましたクリスに向かって微笑するシーンでも、なんかエイリアンみたいで不気味なんだよな。
それって、たぶん監督の狙いとは違うよな。
あと、すげえ筋肉質で、しっかりとしたガタイだし、精神を病んでいたようには見えないんだが。

滑り出しは、クリスの勤務先も自宅も未来を感じさせるような舞台装置が何一つ存在せず、それが未来の世界を舞台にしたSF映画だと いう印象は全く受けない。
完全に現代劇に見える。
宇宙ステーションに舞台が移ると、当たり前ではあるが、さすがに宇宙を舞台にしたSF映画だということは理解できる。
ただし、映像的な面白さ、幻想的な美しさ、そういったモノは全く無い。

スノーは全く精神をやられているようには見えないし、ゴードンは何を見て怯えているのか分からない。
ジバリアンは地球にいる息子のレプリカを見ただけなのに、それが自殺するのは良く分からない。
スノーによれば、ゴードンは部屋には誰も入れてくれず、閉じ篭もっているはずだったが、あっさりと外に出て来てクリスと話して いる。
クリスはベッドにいるレイアを見て激しく動揺しているが、すぐに同居していたアパートの様子や初めて会った場所を尋ねて本物かどうか 確認するという冷静さを見せている。

クリスとレイアが、2人で暮らしていた頃を回想するシーンに多くの時間を割いているが、そこに大きな意味を感じない。
本来なら、それはクリスの罪悪感やレイアの苦悩、夫婦生活がダメになった理由、レイアが自殺した経緯などを描くために必要な箇所の はずなのだが、そのように感じないのは、そういうことを追及するという目的を持って、そこへ向かって回想が進められているとは 思えないからだ。
ただ記憶の断片を無造作にに並べているだけに感じられてしまう。
もしも、深い意味を考え、細かい気配りを持って回想シーンを並べているとすれば、スティーヴン・ソダーバーグの表現したいことを 伝える能力が低いのか、私の理解力が乏しいのか、どっちかだろう。
大物監督のソダーバーグの能力が低いなんてことは有り得ないはずなので、私がバカだってことだろう。

レイアの気分がコロコロと変わっていたこと、彼女が自分の殻に閉じ篭もっていたこと、妊娠を隠していた彼女にクリスが激怒して家を 出たことなどは、回想シーンによって描かれている(前の2つに関してはクリスのセリフで説明されるだけだが)。
だが、なぜレイアはコロコロと気分が変わっていたのか。
なぜ殻に閉じ篭もっていたのか。
なぜ妊娠を隠していたのか。
それは全く分からない。

「ソラリスとは何なのか」「なぜソラリスは人間に訪問者の姿を見せようとするのか」ということに対して、クリスは疑問を抱くことも 無いし、調査したり考察したりすることも無い。
もっと言ってしまえば、ソラリスという存在に対して、クリスは何の関心も示していない。
クリスだけでなく、ゴードンやスノーがソラリスを探求しよう、ソラリスの意図を解読しようという意識も見えない。

この映画において、ソラリスが存在する必要性は全く無い。
いや、ソラリスどころか、それはマクガフィンとしての意味さえ果たしていないので、そこに何かが存在する必要性さえ無い。
そして、SFとしての体裁を取る必要性も皆無だ。
「主人公が死んだ妻への罪悪感を抱いており、そんな彼が妄想に浸っていると死んだはずの妻が出現し、贖罪の気持ちゆえに幻覚の世界に 捉われていき、最後は妻と幸せに暮らす妄想に取り込まれて死んでしまう」という大枠で成立してしまう。

(観賞日:2010年9月18日)

 

*ポンコツ映画愛護協会