『スルース』:2007、イギリス&アメリカ

ロンドン郊外にある推理小説家アンドリュー・ワイクの邸宅に、失業中の若い俳優マイロ・ティンドルがやって来た。ティンドルはワイク の妻マギーと不倫関係にあり、離婚に同意してもらうために訪れたのだ。ワイクは落ち着いた様子で、マギーは金遣いが荒いこと、自分も 彼女と別れたがっていることを告げる。ワイクはティンドルに、100万ポンドの宝石を邸宅の金庫から盗むよう持ち掛けた。その宝石を 自分が知っている故売屋に売れば、80万ポンドになるという。
ワイクはティンドルに、宝石を売った金を持ってマギーと一緒に逃げるよう促した。ワイクは事業が上手く行っておらず、盗難による 保険金を手に入れたいのだという。ティンドルはワイクに、マギーと離婚することを条件提示した。ワイクは承諾し、ティンドルに自分の 考えた計画を説明した。ティンドルはワイクに言われた通り、梯子を使って屋上へ行った、彼は天窓を割り、そこから縄梯子でワイクの 待つ室内に下りた。
ワイクは拳銃を取り出し、自分がティンドルの役をやると言い出した。ワイクはティンドルを自分に見立てて拳銃を突き付け、「泥棒に 拳銃で脅された自分が金庫の場所も暗証番号も教えてしまう」というシナリオを説明した。扉の開いた金庫の中には、高価な宝石が入って いた。ティンドルが宝石を手にすると、ワイクは拳銃を構えたまま、彼を抹殺する意思を示した。ティンドルが動揺していると、ワイクは 壁に向けて発砲する。ティンドルは怯えながら許しを請うが、ワイクは彼に向けて拳銃の引き金を引いた。
別の日。ワイクが邸宅でくつろいでいると、ブラックと名乗る刑事がやって来た。彼は行方不明になったマイロ・ティンドルを捜索して いることを語る。ワイクは「知らない名前だ」と言うが、ブラックは「ティンドルはアンタに会いに行くと言い残して宿を出ている」と 語る。ブラックはマギーが浮気していること、その相手がティンドルであることを指摘した。ブラックはマギーにも会って来たという。 ブラックの追及を受けて、ワイクはティンドルが訪問したことを認めた。
ワイクは「ティンドルとはゲームをしただけだ」と説明するが、ブラックは納得しない。彼は壁の弾痕や血の付着したカーペットを指摘し 、邸宅に残されていたティンドルの服を見つけ出した。ワイクは「私は知らない」と弁明するが、ブラックは「死体はどこだ」と厳しく 問い詰めた。ワイクが震えていると、ブラックはカツラや髭を外してティンドルの姿になり、勝ち誇ったように笑った。
ワイクは「これで1対1だな」と誉めるが、ティンドルの考えは違っていた。彼は「第1セットはアンタの完勝。第2セットは3ゲームを 俺が先取しただけだ。俺は刑事に化けてビビらせた程度で、死の恐怖を体感させていない」と言う。拳銃の引き金をワイクが引いた時、 それは空砲だったが、ティンドルは気絶していた。ティンドルは拳銃を構えたまま、ワイクに宝石を着けさせた。ティンドルはワイクに 屈辱を与え、第2セットを取ったと感じた。ゲームは第3セットに入り、ワイクはティンドルに意外な提案を持ち掛けた…。

監督はケネス・ブラナー、原作戯曲はアンソニー・シェイファー、脚本はハロルド・ピンター、製作はジュード・ロウ&サイモン・ ハーフォン&トム・スターンバーグ&マリオン・ピロウスキー&ケネス・ブラナー&サイモン・モーズリー、共同製作はベン・ジャクソン 、 撮影はハリス・ザンバーラウコス、編集はニール・ファレル、美術はティム・ハーヴェイ、衣装はアレクサンドラ・バーン、 音楽はパトリック・ドイル。
出演はマイケル・ケイン、ジュード・ロウ、ハロルド・ピンター。


アンソニー・シェーファーの舞台劇を基にした1972年の映画『探偵スルース』をリメイクした作品。
オリジナル版でマイロを演じていたマイケル・ケインが今回はアンドリューを演じ、マイロ役はジュード・ロウが担当している。
監督は『恋の骨折り損』『魔笛』のケネス・ブラナー。
脚本を担当したのは2005年にノーベル文学賞を受賞した劇作家で詩人のハロルド・ピンター。映画脚本を手掛けるのは、1993年の 『トライアル/審判』以来のことだ。彼はオリジナル版からセリフを全て変更しているらしい。

冒頭から、邸宅へ入って来るティンドルと迎えるワイクを俯瞰で捉えたり、2人の胸から下だけをテーブル越しに写したりという風に、 かなり映像的に凝ったことをやろうという意識が窺える。
そこで舞台劇との差別化を図ろうという狙いがあるのかもしれない。
だが、そうやって映像に凝っている間も2人が喋り続けているのに、そこに意識が集中できないというマイナスの影響が出ている。

導入部を過ぎると、映像に凝ろうとする意識は、少し薄れる。
しかしカット割りは細かく、それも映画にはマイナスに作用していると感じる。
そりゃあ細かくカットを割る部分があってもいいけど、一方で長回しの部分があってもいいんじゃないかと。
あと、あまりにもサクサクと進みすぎるのも気になる。テンポの良さは悪いことじゃないんだけど、もう少しタメを作ったり、チェンジ・ オブ・ペースがあってもいいんじゃないかな。
良くも悪くも、引っ掛かりの無いツルツルした手触りになっている。

監視カメラの映像が何度か挿入されるのだが、これも意識を散漫にさせるだけ。
しかも、その監視カメラの映像が意味ありげに挿入されているので、何か意味があるのか、後に繋がる伏線なのかと思ったら、特に何も 無い。
その監視カメラだけでなく、ワイクの邸宅はリモコンで様々な仕掛けが動くハイテク仕様なのだが、それも効果的に用いられることは 無い。
それを双方がトリックに利用するとか、意外な形でハイテク設備が機能するとか、そんなことは全く見られない。

セリフ回しや間の取り方、芝居の付け方に問題があるのか、ワイクがティンドルに提案を持ち掛けた段階で、既に「ゲーム」という風に 見える。
だからワイクが拳銃を構えて「これからが本物のゲームだ」と言っても、「今までの様子も全てゲームにしか見えなかったんです けど」とツッコミを入れたくなる。
ティンドルを騙していたことを明かされても、ビフォーとの差がイマイチ伝わらない。

オリジナル版を見ていなくても、ブラックの正体がティンドルだということはバレバレだ。
だけど、たぶん、そのことを映画の傷として見てはいけないんだろうな。
ブラックがティンドルだということは分かった上で、「どうやってワイクに仕返しをするのか、どうやってビビらせるのか」というところ を楽しもうとすべきなんだろうな。
それは、いかにも舞台劇チックな楽しみ方と言える。

第3セットに入り、ワイクはティンドルに「ここで一緒に暮らそう」と持ち掛ける。
そのようなホモセクシャルな方向に物語が転がっていくのは、バカバカしさしか感じない。何の兆しも無かったわけではないが、それでも 違和感や唐突感は禁じ得ない。
それがワイクの真剣な気持ちじゃなく、ゲームだと分かっていても無理を感じる。
っていうか、それがマジじゃなくてゲームだとバレバレになっているのは、マズいんじゃないか。
仮にマジだったとしたら、あまりにも唐突だから、ますますダメだし。

完全ネタバレだが、ラストは邸宅を去ろうとしたティンドルをワイクが射殺する。
だけど、この映画の展開だと、なぜワイクがティンドルを射殺したのか、その理由が良く分からないんだよな。
オリジナル版と変更したハロルド・ピンターとケネス・ブラナーの中では、納得できる答えがあるのかもしれない。
だけど、それをシナリオや演出で伝えることが出来ているとは思えないんだよな。

ちょっとハロルド・ピンターについて調べてみたんだけど、どうやら彼の書いた戯曲では、登場人物の行動理由が分からないというのは、 良くあるケースらしい。
ハロルド・ピンターの戯曲では、登場人物の行動に対して明確な理由を求めちゃいけないようだ。
だけど、「ワイクがティンドルを殺した理由は不明瞭だけど、殺したんだから仕方が無いよね」ではマズいでしょ。
理解不能なドンデン返しには、ドンデン返しとしての面白さを感じることが出来ない。

(観賞日:2011年5月16日)

 

*ポンコツ映画愛護協会