『シンドバッド 7つの海の伝説』:2003、アメリカ
混沌の女神であるエリスは地球を眺め、破滅をもたらそうと目論んでいた。彼女は「お膳立ては完璧。気高き王子、かけがえのない宝、腹黒い盗賊。楽しいことになりそうだわ」と言い、怪物のシータスを地球へ差し向けた。海賊のシンバッドは手下のラットたちを率いてシラクーザの船へ乗り込み、兵士たちを次々に倒す。彼は旧友のプロテウス王子も制圧し、扉を壊して船室へ入る。魔法の書を見つけたシンバッドに、プロテウスは「これをシラクーザまで運ぶのが私の仕事だ」と言う。
「だったら、お前はクビになるな」とシンバッドが不敵な笑みを浮かべると、プロテウスは「10年ぶりに会った私から盗むのか。それに、盗んでどうする?都の市民を守るための本だぞ」と告げる。シンバッドは「だから取り戻すのに金は惜しまないだろ」と言い、プロテウスが思い留まるよう説得しても耳を貸さなかった。プロテウスは剣を抜き、「この本が欲しければ私を倒せ」とシンバットに戦いを挑んだ。そこへシータスが現れ、船に襲い掛かった。
シンバッドは海賊船へ逃げようとするが、シータスに邪魔される。彼はプロテウスと手を組んで、シータスを退治しようとする。しかしシータスに捕まって海中に引きずり込まれ、エリスと遭遇する。エリスは「気に入ったから生かしておいてあげるわ。ただし条件がある。魔法の書を取って来て」と取り引きを持ち掛ける。彼女は「私にくれたら、世界をあげるわ」と言い、女神が永遠に約束を守らなければいけないことを話した。
シンバッドが承諾すると、エリスは「手に入れたら、水平線の彼方の星を追い掛けなさい。自分の王国であるタルタロスに辿り着く」と口にする。エリスはシンバッドを海上へ戻すが、約束を守るつもりなど無かった。シンバッドは海賊船に救助され、プロテウスの船を追ってシラクーザへ向かった。シラクーザに戻ったプロテウスはダイマス王に魔法の書を届け、宴が催される。そこへシンバッドが子分たちを率いて乗り込むと、兵隊が立ちはだかった。
プロテウスはシンバッドを迎え入れ、婚約者のマリーナを紹介した。シンバッドはマリーナを見て黙り込み、早々に立ち去った。マリーナはプロテウスに、「船に乗って外の世界を見てみたい。それが昔からの夢」と話す。プロテウスは彼女に、「私たちの結婚は、ずっと昔に親同士が決めたことだ。だが、政略結婚なんて嫌だ。君にも義務で結婚してほしくない」と言う。エリスは城へ忍び込み、シンバッド化けて見張りを始末した。彼女は魔法の書を盗み出し、その場から去った。
シンバッドは犯人と誤解されて拘束され、プロテウスに責められて「エリスの仕業だ。本はタルタロスにある。国王に話してくれ」と言う。しかしプロテウスは、「父上の力では、どうにもならない。裁判は各都の大使たちが執り行う」と告げる。彼は裁判で反逆罪に問われて死刑を通告されるが、プロテウスはシンバッドを信じることにした。彼は身代わりを引き受け、シンバッドをタルタロスへ行かせて本を取り戻させるよう要請した。大使たちは承諾し、シンバッドは10日以内に本を持ち帰るよう命じられた。
解放されたシンバッドは船に戻り、手下のケイルに「フィジーへ遊びに行くぞ」と告げる。「プロテウスは友人だぞ」とケイルが口にすると、彼は「大丈夫だ。王様の息子を殺したりしない」と軽く言う。シンバッドは「もう盗みは辞めて引退する」と述べ、フィジーへ向かうよう指示した。しかしマリーナが密かに乗船しており、本を取り戻すのを見届けると告げる。シンバッドが「手漕ぎボートに放り込んでやるから、シラクーザへ帰れ。俺はフィジーへ行く」と語ると、彼女は親友を見殺しにするのかと指摘した。
シンバッドが「こうなったのは俺のせいじゃないる身代わりを頼んだ覚えも無い」と反発すると、マリーナは「だったら、貴方の好みに合わせるわ」と宝石を渡した。シンバッドは船に乗せることを承諾するが、マリーナを貯蔵庫へ放り込んだ。エリスはシンバッドの動きを知り、特別なプレゼントを用意することにした。マリーナが倉庫から脱出して甲板へ出ると、船は「ドラゴンの牙」と呼ばれる場所を通過しようとしていた。
セイレーンが歌いながら船の周りを泳ぐと、シンバッドと手下たちは魅了されて正気を失った。マリーナは必死で舵を取り、ドラゴンの牙を突破した。正気に戻ったシンバッドは礼も言わず、マリーナを罵って舵を交代した。手下たちから無言で批判されたシンバッドは、不快そうな態度でマリーナに感謝の言葉を告げた。ダイマスはプロテウスを城から連れ出し、逃がそうとする。しかしプロテウスはシンバッドを信じており、「彼は必ず戻ります」と口にした。
海賊船は島に停泊し、一行は小休憩を取ることになった。海賊たちはマリーナを受け入れ、彼女の作業を手伝う。シンバッドはマリーナを罵倒し、2人は喧嘩になった。島だと思っていたのが巨大な魚だと判明し、シンバッドたちは慌てて船へ戻った。シンバッドは星へ向かう巨大魚にロープを繋ぎ、海賊船を引っ張ってもらう。しかしスピードが出過ぎて全員が船酔いしたため、シンバッドはロープを切った。エリスは海賊船を氷漬けにして行く手を遮り、巨大鳥を差し向けて吹雪を降らせた。海賊のジェドが氷の海に落ちると、マリーナはロープを投げて助けようとする。そこへ巨大鳥が飛来し、マリーナを氷の塔へ連れ去った。
シンバッドは塔へ登ってマリーナの元へ行くが、船へ戻る方法は考えていなかった。鳥に見つかったシンバッドとマリーナは、盾をソリ代わりに使って船まで辿り着いた。氷が割れて海賊たちは喜び、シンバッドは船を動かす。シンバッドはマリーナに、「昔はプロテウスと一緒に海軍に入り、シラクーザを守ろうと話していた。だが大きくなると世界が変わった。あいつは王子、俺は海賊だ。ある朝、一隻のが、あいつの未来を運んできた。あんな美しい物は、今まで見たことが無い。それが君だ。俺はシラクーザを出て、二度と戻らないと心に決めた」と語る…。監督はパトリック・ギルモア&ティム・ジョンソン、脚本はジョン・ローガン、製作はミレーユ・ソリア&ジェフリー・カッツェンバーグ、製作協力はジル・ホッパー、編集はトム・フィナン、プロダクション・デザイナーはレイモンド・ジバック、ヘッド・オブ・ストーリーはジェニファー・ユー・ネルソン、ヘッド・オブ・レイアウトはデイモン・オバーン、アニメーション・スーパーバイザーはクリストフ・セランド、音楽はハリー・グレッグソン=ウィリアムズ。
声の出演はブラッド・ピット、キャサリン・ゼタ=ジョーンズ、ミシェル・ファイファー、ジョセフ・ファインズ、デニス・ヘイスバート、ティモシー・ウェスト、アドリアーノ・ジャンニーニ、ラマン・ホイ、チャン・チュン、ジム・カミングス、コンラッド・ヴァーノン、アンドリュー・バーチ、クリス・ミラー他。
『船乗りシンドバードの物語』をモチーフにした長編アニメーション映画。
ビデオゲームのプロデューサーであるパトリック・ギルモアと、『アンツ』のティム・ジョンソンが共同で監督を務めている。
脚本は『エニイ・ギブン・サンデー』『グラディエーター』のジョン・ローガン。
シンバッドの声をブラッド・ピット、マリーナをキャサリン・ゼタ=ジョーンズ、エリスをミシェル・ファイファー、プロテウスをジョセフ・ファインズ、ケイルをデニス・ヘイスバート、ダイマスをティモシー・ウェスト、ラットをアドリアーノ・ジャンニーニが担当している。これは全編をLinux OSで制作した、初めての長編アニメーション映画だ。
そしてドリームワークス・アニメーションが手掛けた、最後の手描きアニメーション映画でもある。ドリームワークスSKGのアニメーション部門だったドリームワークス・アニメーションだが、これを最後に分社化されている。
1億2500万ドルという映画史上で最大の赤字を出したことが、分社化の原因の1つとも言われている。
ただ、声優陣の顔触れは豪華だが、実写映画ではないのだ。巨大なセットを作ったわけでもないし、天候不順でロケーションが延びたわけでもない。
何をどうやったら、この映画で1億2500万ドルもの赤字が出せるんだろう。そのカラクリが不思議でしょうがないぞ。ただ、酷評を浴びて興行的に惨敗するのが納得できる映画であることは間違いない。
何しろ、シンバッドの物語の改変ぶりが、あまりにも酷すぎるのだ。
シンバッドの物語は、原作である『千夜一夜物語』の内容から大きく逸脱することが多い。だから、オリジナルの要素を盛り込むことは全く否定しない。それに何度も映画化されているから、新たなことをやろうとするのも全否定するつもりはない。
ただし、幾らオリジナル要素がOKとは言っても、さすがにシンバッドを腹黒い海賊に改変してしまったら、多くの観客からそっぽを向かれても仕方が無いだろう。この内容だと、もはや主人公がシンバッドである必要性を全く感じないんだよね。
シンバッド(シンドバッド)というキャラの知名度だけを都合良く利用して観客を呼び込み、「広く知られているシンドバッドの物語」とは何の関係も無い物語を用意しているんだから、ほぼ詐欺みたいな商法になっちゃってんのよ。
ここまで原形を留めない内容にするのなら、オリジナル作品にすりゃあいいじゃないかと。
どこにも主人公がシンバッドじゃなきゃいけない理由が見えないのよ。シンバッドはプロテウスのために、最初から真面目な態度でタルタロスへ向かうわけではない。最初は「フィジーへ行く」と言っており、マリーナが宝石を渡すとタルタロス行きを承諾している。
そうやって「シンバッドは正義のヒーローじゃなくて、財宝で動く奴ですよ」ということをアピールしているわけだ。
最初に提示したシンバッドのキャラ造形を考えれば、その動かし方は間違っちゃいない。
ただ、それはそれで、「そんな奴をシンバッドと呼びたくはないし、主人公としての魅力も感じない」ってことになる。シンバッドは宝石を貰って行き先をタルタロスへ変更した直後、ケイルに「「あくまでも金のためだぞ」と言う。つまり、「本音では宝石が無くてもプロテウスを助けるつもりだった」ってことをアピールしたいわけだ。
もうね、シンバッドを「素直じゃないし口や態度に問題はあるけど、男気に溢れた男」という風に見せたいことは、痛いほど分かるのよ。たぶん、アンチ・ヒーロー的なキャラを狙っていたんだろうとは思うのよ。
ただ、その表現に失敗して、単に好感度の低い奴になっちゃってんのよね。
こんなことになるなら、変に捻らずに「義侠心のある熱血キャラの主人公」として描いておけば良かったんじゃないかと。「プロテウスがシンバッドを信じて死刑囚の身代わりを引き受け、シンバッドが10日間の猶予を貰って魔法の書を取り戻しに向かう」という展開は、太宰治の『走れメロス』を思わせる。
『走れメロス』の王国があるのはシラクス、今のシラクサだ。つまり、この映画に出てくるシラクーザと同じだと考えていいだろう。
『走れメロス』の物語には太宰治のオリジナルではなく古代ギリシャの伝承がモチーフで、『千夜一夜物語』でも取り上げられている。
ジョン・ローガンは、その辺りから着想したのだろう。そもそも、冒頭で「巨大なエリスが地球を見下ろしている」という絵が登場した時点で、「なんか違うなあ」という印象を抱いてしまう。
エリスは神なので、そういう表現になるのが絶対に間違っているとは言えない。ただ、最初に提示する「作品のスケール」の見せ方として、それが果たして正解なのかなと。
そこで宇宙的な規模を感じさせた後に「船乗りのシンバッドが海を冒険する」という話を進めたら、「所詮は小さな規模で繰り広げている冒険」ってな感じでスケールの小ささを感じさせてしまわないかなと。
ただの杞憂かもしれないけど、のっけから引っ掛かっちゃうのよね。さらに問題なのは、始まった途端に野望を口にしたエリスの行動が支離滅裂ってことだ。
彼女はシンバッドを海に引きずり込み、魔法の書を取って来るよう持ち掛ける。ところがその舌の根も乾かない内に、彼女は城へ侵入して自らの手で魔法の書を盗み出すのだ。
だったら、シンバッドに取引を持ち掛けたのは何の意味があったのかと。
そもそも、城へ忍び込んで簡単に魔法の書を持ち去る特殊能力があるのなら、シンバッドに取引を持ち掛ける意味なんて何も無いでしょ。もっと言っちゃうと、エリスが魔法の書を盗み出す意味も無いんだよね。だって彼女は女神だから、そんな物が無くても様々な特殊能力を使うことが出来るのだ。
つまり彼女にとって魔法の書は混沌を引き起こすための道具でしかないのだが、だとしたら対象が魔法の書である必要性も無いのだ。
ようするに魔法の書は、ヒッチコックが言うところの「マクガフィン」だ。
「それがマクガフィンでしかない」という時点で問題はあるのだが、そこはひとまず置いておくとしても、「エリスがバカにしか見えない」ってのはマズい。前述したようにエリスの目的は「混沌」なのだが、「そのために本を盗む」ってのが、ものすごくチンケに見えてしまう。
それによって起きた混沌ってのは、「シンバッドが犯人と誤解され、プロテウスが身代わりを引き受ける」という事態だ。
エリスの目的は「プロテウスが死刑になり、正当な世継ぎを失ったシラクーザが混乱に陥る」ということなのだが、そこまで明らかになっても、やはり「なるほど」と納得できるわけではない。
いわゆる「神々の遊び」的なことなのかもしれないけど、ヴィランとしての魅力を感じないわ。
壮大な悪巧みをしているかのように登場しておいて、「一つの国の混乱を楽しむ」ってのは、バカバカしさが半端無いのよ。シンバッドはマリーナを見た時、何か含んだような表情を浮かべて早々に立ち去る。
どういう事情なのかと思っていたら、「プロテウスの結婚相手としてシラクーザにマリーナが来た時に一目惚れし、でも結婚できないから諦めるために国を出た」ってことを後になって語る。
マリーナが海賊船に同乗した時点で、「シンバッドと彼女で恋愛劇をやるつもりなんだな」ってのは見えていた。
他にヒロインがいないので、彼女が恋愛劇を引き受けるのは当然っちゃあ当然だ。
ただ、マリーナは政略結婚とは言え、プロテウスに本気で惚れていたはず。そしてプロテウスは立派な人物なので、マリーナがシンバッドを選んだら「シンプルに酷い女」にしか見えないだろう。マリーナはシンバッドがキスをしようとしても、それを受け入れていない。露骨にのあるような素振りを見せることもないし、シンバッドとプロテウスの間で心が揺れ動いているような様子も無い。
だけど、明らかに彼女はシンバッドへ心が傾いている。だから終盤に入ると、ハッキリと「貴方を愛してる」とまで言っちゃうのだ。
一方、シンバッドにしても、マリーナに惚れていたことを口にしちゃうし。
だから「プロテウスを裏切らなかった。逃げなかった」と言うけど、エリスが指摘するように「裏切ってるじゃない。彼の恋人に手を出してる」ってことになるのよね。終盤、エリスはシンバッドにゲームを持ち掛け、「正直に答えれば、本は貴方の物」と言う。
彼女が「本が手に入らなかったら、愛する女を連れて楽園へ行くか。シラクーザへ戻って死ぬか、2つの道がある。質問よ。本が手に入らなかったら、貴方はシラクーザに戻る?」と問われ、「戻る」と答える。しかし「嘘をついてる」と指摘され、エリスは魔法の書と共に姿を消す。
それでもシンバッドかシラクーザへ戻って処刑されそうになると、エリスが現れて彼を非難する。
シンバッドは「ここまでがゲームだったんだな」と気付き、商品を渡すよう要求する。エリスは憤慨しながらも魔法の書を渡し、姿を消す。
これで「一件落着」という形ではあるのだが、結局は「神の掌で人間たちが踊らされていた」というだけになっちゃうので、ちっともスッキリしないんだよな。もっとスッキリしないのは、恋愛劇の決着だ。
前述したように、シンバッドは平気でプロテウスの婚約者に愛を告白してキスを迫るし、マリーナも平気でシンバッドに愛を打ち明ける。
つまり、シンバッドを信じて身代わりを引き受けたプロテウスは、親友と婚約者の2人に裏切られているのだ。
シンバッドはシラクーザへ戻ったことで「裏切らなかった」ってわけじゃなくて、別の意味で裏切っているのだ。
それでもブロテウスは2人の気持ちに気付き、全く怒らずマリーナをシンバッドの元へ送り出す。
恋愛劇の方も「ハッピーエンド」として見せているけど、シンバッドとマリーナをこれっぽっちも応援できないぞ。(観賞日:2019年3月26日)