『ショート・カッツ』:1993、アメリカ

ロサンゼルスではメドフライと呼ばれる害虫が発生しており、駆除のためにヘリコプターで空中から殺虫剤が散布されることになった。そのニュースが伝えられるテレビを見ながら、アール・ピゴットは客を乗せてハイヤーを運転している。ニュースを読んでいるキャスターのハワード・フィネガンは、妻アンと自宅の寝室で自分の番組を見ている。
チェロ奏者ゾエ・トレイナーのコンサート会場では、ラルフとマリアンのワイマン夫妻とスチュアートとクレアのケイン夫妻が客席にいる。プール清掃業のジェリー・カイザーが自宅に戻ると、妻のロイスがテレフォン・セックスの仕事をしている。アールはハイヤーを止めてコーヒーショップに入り、ウェイトレスをしている妻ドリーンに声を掛ける。
テス・トレイナーが歌っているジャズ・クラブでは、ビルとハニーのブッシュ夫妻が話している。ジーン・シェパードは妻シェリーと殺虫剤散布の話から言い争いとなり、家を飛び出す。殺虫剤を散布するヘリのパイロットをしているストーミー・ウェザースは、妻ベティに電話を掛ける。そのベティは、ジーンと不倫関係にある。
フィネガン夫妻の家のプール清掃をしていたジェリーは、隣に住むテスからも清掃を頼まれる。スチュアートは友人2人と釣りに行く途中、ドリーンの店で朝食を済ませる。その横には、アールが座っている。ブッシュ夫妻はジャズ・クラブで会った夫婦から、留守中のアパートの管理を任される。シェリーは姉のマリアンに電話を掛ける。
車を運転していたドリーンは、フィネガン夫妻の息子ケイシーをはねてしまう。大丈夫だと告げて立ち去ったケイシーだが、家に帰ってから様子が急変する。フィネガン夫妻はケイシーを入院させ、医師のラルフが担当することになる。
釣りをしていたスチュワートは、川で女の死体を発見する。女ピエロのクレアは、警官のジーンに車を停止させられる。ゾエは母テスの食器を洗っている時、手にケガをする。ケイシーが入院する病院には、ハワードの父ポールが訪れる。ドリーンの家には、娘のハニーが訪れる。自宅にいるアンは、ケーキ屋からの電話に不安を抱く…。

監督はロバート・アルトマン、原作はレイモンド・カーヴァー、脚本はロバート・アルトマン&フランク・バーハイト、製作はケアリー・ブロコウ、製作総指揮はスコット・ブッシュネル、撮影はウォルト・ロイド、編集はジェラルディン・ペローニ、美術はスティーヴン・アルトマン、衣装はジョン・ヘイ、音楽はマーク・アイシャム、音楽製作はハル・ウィルナー
出演はアンディ・マクダウェル、ブルース・デヴィソン、ジュリアン・ムーア、マシュー・モディン、アン・アーチャー、フレッド・ウォード、ジェニファー・ジェイソン・リー、クリス・ペン、リリ・テイラー、ロバート・ダウニーJr.、マデリーン・ストウ、ティム・ロビンス、リリー・トムリン、トム・ウェイツ、フランシス・マクドーマンド、ピーター・ギャラガー、アニー・ロス、ロリ・シンガー、ジャック・レモン、レーン・キャシディ、バック・ヘンリー、ヒューイ・ルイス、ライル・ラヴェット他。


レイモンド・カーヴァーの9つの短編と1篇の詩を基に、ロスに暮らす数組のカップルの生活風景を綴った群像劇。ヴェネチア国際映画祭ではロバート・アルトマン監督が金獅子賞を受賞し、さらに主要キャスト22名に特別賞が授与された。
主要キャストだけでも9組18人のカップル、それにハワードの父ポール、スチュアートの釣り仲間ゴードンとヴァーンを合わせると22人もいる(ケーキ屋も含めると23人)。それらの人物が様々な接点によって繋がりを持っており、それぞれの関係が複雑に絡み合いながら、幾つものストーリーが並行して進んで行く。

主要登場人物の関係を綴ると、ハイヤー運転手アールとウェイトレスのドリーンが夫婦で、その娘がハニー。ドリーンが車ではねたのが、ニュースキャスターのハワードとアンの息子。ハニーと夫ビルは、プール清掃業ジェリー&テレフォン・セックスの妻ロイスと友人。ジャズ歌手のテスとチェロ奏者のゾエは母娘で、隣人がハワード&アン。
釣り好きのスチュアートと女ピエロの妻クレアは、医師ラルフと画家マリアン夫妻に自宅に招かれる。ラルフはケイシーの担当医で、マリアンにはシェリーという妹がいる。シェリーの夫で警官のジーンは、ヘリのパイロットをしているストーミーの妻ベティと浮気中。
他にも色々と接点はあるが、全て挙げると膨大になるのでこの辺で止めておく。

バラバラのカップル達に接点を持たせ、まるで収拾が付かなくなるような状態を交通整理し、危ういところでまとめてみせる。大勢の登場人物を巧みにさばいていくロバート・アルトマン監督の手腕は、さすがに群像劇を得意としているだけのことはある。
で、この映画を見終って最初に頭に浮かんだのは、「だから?」という言葉だった。
確かにアルトマン監督の手腕は素晴らしいかもしれない。
それだけ大勢の人物を登場させて、それを整理して、群像劇としてまとめあげたのは立派かもしれない。約3時間も費やして、そのことは充分にアピールされている。
で、だから?

アルトマンが大勢の人物の群像劇をまとめるのが上手いことは分かった。
しかし、彼はこれまでも幾つも群像劇を手掛けて来ているのだし、そんなことは既に分かっている。それぞれの物語に込められた何かがあるのかもしれないが、正直なところ、全てのキャラクターの関係を把握することで脳味噌が限界になり、それ以上の理解は困難だ。
大体、そのキャラクターの理解にしても、全ての人物が有名な俳優によって演じられているという部分に、かなり頼っているのではないだろうか。もしも全て無名キャストだったとしたら、果たして各人物について、どれほど見分けられたのかと思ってしまう。

 

*ポンコツ映画愛護協会