『シャーク・テイル』:2004、アメリカ

海の底に広がる大都会のリーフシティーは魚の気配が無く、ひっそりと静まり返っていた。だが、リポーターのケイティー・クリックが鮫警報の解除を伝えた途端、そこに暮らす魚たちは一斉に街へ飛び出した。鮫さえ現れなければ、リーフシティーは活気に溢れた賑やかな街だ。しかし世論調査では鮫への恐怖が過去最高を記録しており、ケイティーは「ヒーローは現れないのでしょうか」と口にする。
ホンソメワケベラのオスカーは、洗鯨場“ホエール・ウォッシュ”で働いている。彼は高級ペントハウスでの暮らしに憧れているが、現実は大違いだ。事務員のアンジーはオスカーに恋をしており、彼のためにタイムカードを押してあげたりする。しかしオスカーは親友として考えていないし、アンジーも思いを打ち明けていない。お調子者のオスカーは金儲けのアイデアを何度も思い付いているが、どれもロクな内容ではない。
ホエール・ウォッシュのオーナーを務めるサイクスは、鮫の親分であるドン・リノを訪ねていた。これまでサイクスと組んで何度も仕事をしていたリノは、「今日からは、息子のフランキーとレニーがお前のボスだ」と言う。しかしレニーは気が優しすぎる奴なので、サイクスは冗談だと思って笑う。しかしリノは本気で、「あいつは頭がいい」と言う。さらに彼は「あいつは立派な殺し屋だ」と告げるが、レニーは思わず吹き出した。腹を立てたリノは「お前はクビだ。今日から、みかじめ料を払え」と凄んだ。
ただし、レニーが殺し屋とは到底呼べない鮫であることは事実だった。何しろ、釣り糸に繋がれていたミミズを解放してやるぐらいであり、彼はベジタリアンなのだ。オスカーはクラゲのアーニーとバーニーに呼び出され、サイクスの元へ連れて行かれる。オスカーはサイクスから前借りしている5000シェルについて指摘されるが、軽い調子で受け流す。するとサイクスは、自分ではなくリノに金を支払うよう要求した。オスカーが「待ってくれ」と懇願すると、サイクスは24時間の猶予を与えて「明日、競馬場に持って来い」と告げた。
オスカーから借金のことを聞かされたアンジーは、「どうしてそんな借金作っちゃったのよ」と尋ねる。オスカーは「男が生きて行くのは大変なんだよ。俺はただの男じゃなく、リーフの頂点に立ちたい。リッチなナンバーワンになりたいのに、実際はここから抜け出せない」と言う。さらに彼は、父が死ぬまでホエール・ウォッシュで働いていたこと、掃除の腕前はずっと1番だったことを語る。オスカーにとって、ホエール・ウォッシュで働くことは、カッコイイことだった。しかし学校の発表会で父の仕事を嘲笑され、考えがガラリと変わったのだった。
5000シェルを工面する当ての無いオスカーが困っていると、アンジーが祖母の形見であるピンク・パールを差し出した。一方、リノはレニーに魚を捕食するよう諭し、目の前でエビを食べるよう要求した。しかしエビが哀れな身の上話を始めると、レニーは同情してしまう。リノが早く食べるよう迫ると、レニーは彼からエビを奪い取って逃がしてしまった。フランキーは自分だけでシマを仕切ることを提案するが、リノは「これはファミリーの仕事だ。レニーを教育しろ」と命じた。
オスカーはピンク・パールを売って工面した5000シェルを抱えて、競馬場へ赴いた。しかし「このレースは八百長だ。絶対に外しようが無い」と魚たちが話すのを耳にしたオスカーは、彼らが言っていたタツノオトシゴに全額を賭ける。そんな様子を見ていたミノカサゴのローラは、彼に色目を使って誘惑した。しかしサイクスが来てオスカーが激しく責められる様子を見たローラは、「私の間違いだったわ。貴方はナンバーワンじゃない」と告げて立ち去った。
オスカーが賭けたタツノオトシゴはゴール直前で転倒し、負けてしまう。アーニーとバーニーは、オスカーを拘束して連行した。一方、フランキーはレニーを狩りの練習に連れ出し、縛られているオスカーを見つけて襲うよう指示した。レニーはオスカーに近付き、食べるフリをしている間に逃げるよう囁く。しかしバカなオスカーが逃げ出さなかったので、フランキーが襲い掛かる。逃げるオスカーを追ったフランキーは、海上から降って来た碇に脳天を直撃されて死んでしまった。
レニーは責任を感じ、泣きながらその場を去った。アーニーとバーニーは、オスカーがフランキーを退治したと思い込んだ。オスカーは調子に乗り、仲間たちの前で鮫退治を自慢した。彼はケイティーの取材を受け、リーフのヒーロー扱いされるようになった。サイクスが「俺がマネージャーになる。借金はチャラだ」と言うので、オスカーは五分五分の取り分で了解した。「シャーク・キラー」という呼び名も決まり、オスカーは有頂天になった。
フランキーを亡くしたリノの元には、仲間のフェインバーグたちが弔問に訪れた。側近であるタコのルカを従えたリノは、フランキーの死だけでなくレニーが戻らないことにも心を痛めていた。フェインバーグはリノに、「シャーク・キラー」と名乗る魚がフランキーを殺したという情報を教える。リノはルカに、サイクスを呼んでシャーク・キラーの情報を聞き出すよう命じた。一方、富と名声を手に入れたオスカーは夢見ていた高級ペントハウスで盛大なパーティーを開き、リッチな生活を満喫していた。
アンジーがペントハウスを訪れると、オスカーは「長く待たせて悪かった」と告げて宝石箱を取り出した。婚約指輪だと思い込んだ彼女は喜ぶが、中身はピンク・パールだった。そこへローラが来ると、オスカーはアンジーを放っておいて彼女と出掛けようとする。その時、鮫がリーフシティーに迫っているという知らせが届いた。うろたえるオスカーだが、他の魚たちの手前、「待っててくれ。退治してくる」と告げて出掛けざるを得なかった。
リーフ・シティーに迫っていた2匹の鮫は、レニーを捜索していた。身を隠して様子を見ていたオスカーの前に、レニーが現れた。レニーは「一人にしないで」と泣き付くが、オスカーは無視して立ち去ろうとする。しかしレニーはオスカーがシャーク・キラーを名乗っていると知り、「僕が誰かにシャーク・キラーの真実を話したら、どうなるかな?」と告げる。オスカーは他の魚に見られないように忠告した上で、以前に暮らしていたガレージへレニーを案内した。友達になることを承諾したオスカーに、レニーは自分がベジタリアンであること、父親がマフィアのボスであることを打ち明けた。
オスカーはサイクスの元に駆け込み、「もう終わりだ。俺が殺したのはドン・リノの息子だ」と慌てた様子で語る。しかしサイクスは呑気な様子で「今、そのレノと喋ってる」と言い、リノには「隣にシャーク・キラーがいる」と教えた。サイクスはリノを挑発し、オスカーに電話を代わる。リノは激昂し、「見つけたらヒレを一枚ずつむしり取ってやる」と声を荒らげた。ローラは引退を口にしたオスカーに、「やっとナンバーワンになったんじゃないの。また一番下に落ちるのは嫌でしょ?」と問い掛ける。さらに彼女は、「どっちが上なのか分からせるのよ。そうすれば鮫も手を出して来ないわ」と助言した。
オスカーがガレージに行くと、アンジーの姿があった。慌てて誤魔化そうとしたオスカーだが、既にアンジーはレニーから全てを聞いた後だった。アンジーは嘘をついたことを非難し、真実を告白するよう求めた。しかしオスカーは無視し、思い付いた計画をレニーに語った。それは、レニーの体に赤いペンキを塗って仲間たちの元へ行き、シャーク・キラーの恐ろしさを訴えるという内容だ。するとレニーは「それだと中途半端だ。君は鮫を殺したい。僕は姿を消したい。これで分かるだろ?」と告げた。
翌朝、レニーはリーフ・シティーに姿を現し、魚たちを追い掛け回した。そこにオスカーが登場し、堂々とした振る舞いでレニーに戦いを挑む。もちろん、それは2人で示し合わせた芝居だ。レニーは恐ろしい鮫として振る舞い、オスカーは勇ましいヒーローとして戦う。彼はレニーを投げ飛ばし、その様子を見ていたルカに向かって「お前らのボスに言っておけ。このリーフに二度と来るなって」と告げた。仲間の喝采を浴びたオスカーも、上手く姿を消すことが出来たレニーも、どちらも満足できる結果のはずだったが…。

監督はヴィッキー・ジェンソン&ビボ・バージェロン&ロブ・レターマン、脚本はマイケル・J・ウィルソン&ロブ・レターマン、製作はビル・ダマスキ&ジャネット・ヒーリー&アリソン・リオン・セーガン、製作協力はマーク・スウィフト、製作総指揮はジェフリー・カッツェンバーグ、プロダクション・デザイナーはダン・セント・ピエール、アート・ディレクターはサミュエル・ミクラップ&セス・エングストロム、視覚効果監修はダグ・クーパー、編集監修はニック・フレッチャー、編集はジョン・ヴェンゾン、音楽はハンス・ジマー、音楽監修はダーレン・ヒグマン&ローラ・ワッサーマン。
声の出演はウィル・スミス、ロバート・デ・ニーロ、レネー・ゼルウィガー、ジャック・ブラック、アンジェリーナ・ジョリー、マーティン・スコセッシ、ジギー・マーリー、ダグ・E・ダグ、マイケル・インペリオリ、ヴィンセント・パストーレ、ピーター・フォーク、ケイティー・クリック他。


ドリームワークス・アニメーションが『シュレック2』と同じ2004年に公開したCGアニメーション映画。
オスカーの声をウィル・スミス、リノをロバート・デ・ニーロ、アンジーをレネー・ゼルウィガー、レニーをジャック・ブラック、ローラをアンジェリーナ・ジョリー、サイクスをマーティン・スコセッシが担当している。
他に、アーニーの声をジギー・マーリー、バーニーをダグ・E・ダグ、フランキーをマイケル・インペリオリ、ルカをヴィンセント・パストーレ、フェインバーグをピーター・フォーク、ケイティーをケイティー・クリックが担当している。

ドリームワークス・アニメーションの作品は『シュレック』シリーズに代表されるように、パロディーの要素が強いというのが特徴だ。
パロディーを持ち込むのは一向に構わない。
ただ、この映画の場合、パロディーっていうか、「魚のキャラクターを使って『ゴッドファーザー』の名場面を模倣しているだけ」という印象を受ける。
「ロバート・デ・ニーロに『ゴッドファーザー』のセルフ・パロディーをやらせてみました」というところで、ほぼ思考がストップしている作品である。

まず最初に気になったのは、「底魚であるホンソメワケベラが主人公で、貧しい若者が金持ちに成り上がろうという野心を抱いて行動するという物語を描く」という構造だ。
それって、かなり使い古されたプロットである。
ただし、それは言い換えれば「何度も使われるほど、映画では普遍的な価値を持っているプロットという意味でもあるから、その時点では全否定すべきことではない。
しかし、それを何の捻りも無く、何の飾りも付けず、ものすごくペラッペラの状態で見せてしまっているので、「使い古された凡庸な話」という部分だけが際立つ結果となってしまっている。

次に気になったのは、「鮫が悪党」という設定。
前述したように、ドリームワークス・アニメーションはパロディーを積極的に取り入れる作風でやっているのに、そこはものすごく単純なのね。
しかも、「鮫だから悪党に決まってるでしょ」という凝り固まったステレオタイプに全面的に頼っているせいで、序盤から物語に乗り切れなくなっている。
というのも、オスカーを襲ったフランキーが事故死し、それを利用したオスカーが「シャーク・キラー」を名乗って英雄視されるという展開があるからだ。

もちろん、「悪党を殺した」と名乗れば、それでヒーロー扱いされるのは当然の成り行きと言えよう。
だけど冷静に考えてほしいんだが、鮫がホンソメワケベラを襲うのって、そんなに悪いことなのか。それは食物連鎖の法則として、当たり前の行為ではないのか。
例えば、人間が食料として魚を捕獲したとして、それを「悪い奴」と言っているようなモンでしょ。
もちろん、鮫は他の魚からすれば「自分たちを餌にする敵」ってことになるだろうけど、どうにも引っ掛かってしまう。
フランキーって「鮫である」ということを考えれば、決して間違った行動は取っていない。
それなのに、彼の死が「喜ばしい出来事」になっているのが、どうにも腑に落ちない。

野菜しか食べない鮫ってのは、鮫としては真っ当ではない。
それなのにレニーが「ベジタリアンだから」というだけで善玉扱いされるというのは、違和感を禁じ得ない。
ある意味、そこは誤魔化さないとダメなのに、誤魔化し切れていない。「鮫だから悪党」という決め付けに頼り切っているからだ。
っていうか、根本的な問題として、そんなことが気にならないぐらいキャラクターが魅力的だったり、物語が面白かったりすればいいんだろうけど、そこが全く足りていないんだよな。

レニーを「ベジタリアンである」というだけで勧善懲悪の図式における善玉に配置するのではなくて、肉食ではないことに悩む内容にして、最終的に「他の連中と一緒じゃなくてもいいんだよ」という答えに着地する物語にでもすればいいんじゃないかと思うんだよね。
っていうか、実を言うと、一応はそういう話をやろうとしているんだよな。
ただ、あまりにも色んなことをやろうとしたせいか、あるいは単純に余計なモノが多すぎるせいなのか、その物語が薄っぺらくて、ちゃんとテーマを表現できていない。

もっとマズいのは、オスカーとレニーが、ちっとも好感の持てない連中になっていること。
本来なら、この2匹に感情移入したり、応援したい気持ちが沸いたりすることが必要だと思うんだけど、とにかく魅力を感じないんだな。それどころかオスカーに関しては、むしろ不愉快な奴らにさえ思える始末。
まず、キャラクター紹介をしている序盤の段階で、「騒がしい奴だなあ」と感じる。
もちろん、「お喋りでお調子者の軽い奴」という性格設定にしていることは分かるんだけど、それが「ウザい奴」という印象に繋がっている。借金の返済を求められてヘラヘラと軽く受け流す態度も、ただ単に不愉快。

そもそもオスカーが多額の借金を抱えたのは、「リッチなナンバーワンになりたい」ということが動機らしい。具体的に何をどうして借金が膨らんだのかはサッパり教えてくれないが、オスカーが愚かで浅はかな奴だということだけは理解できる。
で、そんなオスカーの愚かさは、そこに留まらない。
アンジーが借金返済のために形見のピンク・パールをくれたのに、競馬に全額を突っ込んで失う。
もちろん、それを喜劇として描写していることは分かるが、笑えんよ。繰り返しになるけど、ただ単に不愉快なだけだよ。

そうやってオスカーを徹底的に「愚かで浅はかな奴」として描いているのは、後半に「自分を顧みて改心する」という展開があるからだ。そのために、前半ではオスカーをダメ人間として描いているのだ。
そういうベタ中のベタな展開が待ち受けていることは、序盤の段階で容易に想像が付く。
だからホントは、「そういう展開のためのネタ振りなんだから」ということで納得し、受け入れるべきなんだろう。
しかし、そういう構造であることが分かっているにも関わらず、それでも受け入れ難いほど不愉快なんだよな、オスカーって。

目の前で兄貴のフランキーが死んでショックを受け、責任を感じて落ち込んでいたレニーだが、オスカーの前に現れた時には軽妙な調子でセリフを喋り、ガレージに案内されると浮かれた様子を見せている。
お前さ、兄貴の死で悲嘆に暮れていたんじゃなかったのかよ。責任を感じていたんじゃなかったのかよ。その気持ち、どこへ行ったんだよ。
そういう軽薄な態度を示すことで、レニーにも不快感を覚えてしまう。
ただし、それはフランキーの事故死が無ければ大して気にならなかっただろう。
フランキーの死という要素を安易に持ち込んで、それを軽薄に扱っていることが問題なのだ。
例えば、「鮫は死んでおらず気絶しただけなのに、死んだように見えたので、アーニーたちはオスカーが退治したと思い込む」という形にでもしておけば、もう少し何とかなったんじゃないか。

オスカーがリノの一味に命を狙われるのは、全面的に自業自得であり、そこに同情の余地はゼロだ。
だから、リノに襲われた彼が勇ましく戦って退治しても、まるで高揚感が無い。
だって、そもそも悪いのはオスカーなんだから。息子を殺されたと思い込んでいるリノが復讐に燃えるのは、ものすごく気持ちが分かるぞ。
あと、そこに来て急にオスカーが「本気で勇ましく鮫に立ち向かう」という行動を取れる奴になっているのは、どういうことなのか良く分からんぞ。

リノはオスカーに襲い掛かる前に、アンジーを誘拐して会合にオスカーを呼び寄せている。
だから、その段階でオスカーには「惚れた女のために勇気を振り絞って立ち向かう」というマトモな奴になるチャンスが与えられている。
ところが、そこでオスカーは「鮫たちが自分を恐れている」ということを利用し、タカビーな態度で相手を脅かすという作戦を取っているので、ちっとも応援できない。
喜劇としてやっているんだろうけど、笑えないし。

その前にオスカーはアンジーから「以前は愛していたけど、今の貴方は偽者」と言われ、ローラに「付き合えない」と告げて、アンジーに愛を伝えようとしている(その直後にアンジーが誘拐されている)。
だけど、その改心は「すげえ簡単だな」と感じる。
そもそも、女に対する気持ちの部分が変化しているだけであり、嘘をついたことや愚かな成り上がり精神を反省しているわけではないんだよな。
リノを退治した後で真実を告白するけど、そこの流れが上手く作られていない。

リノはオスカーに「レニーは海藻が好きで、俺たち雑魚と仲良しで、イルカのコスプレが好きかもしれないけど、だから何?みんなは、そんなレニーが好きなんだ。アンタもだろ?大事な物は失ってから大事だと気付く。俺もそうだった」と言われると、フランキーを強く抱き締める。
さらには、「これでリーフは安全だろ」と言われると、「それでいい」と受け入れてしまう。
つまり、リノはリーフの魚たちを襲わない約束をしてしまうのだ。
いやいや、鮫が鮫であることを放棄してどうすんのさ。

って言うか冷静に考えると、それは「リーフの魚たちは襲わないけど、他の場所にいる魚たちは食べる」ってことだよな。
つまり魚サイドに立って考えると、「オスカーはリーフの仲間たちを守ったけど、他の奴らは知らね」ということなので、実は何も解決していないんじゃないかと。
それに、他の鮫は「リーフの魚を襲わない」ってのに納得したわけじゃないし。
何となく「全て丸く収まってハッピーエンド」に見せているけど、「普通の鮫は魚を餌にする」というのは変えられない事実なんだし、何も解決しちゃいないよな。
まあホントなら、そういうことをマジに考えずに頭をカラッポにして、細かいことを気にしないで楽しめればいいんだろうけど、そういうことが気になってしまうような仕上がりってことだろう。

(観賞日:2014年4月30日)

 

*ポンコツ映画愛護協会