『シェイプ・オブ・ウォーター』:2017、アメリカ
1962年、アメリカ。映画館の上にあるアパートで暮らすイライザ・エスポジートは、首にある傷のせいで言葉が話せなかった。彼女は隣に住むゲイのジャイルズと、手話を使って意志疎通している。イライザは航空宇宙研究センターで、夜勤の清掃員として働いている。同僚のゼルダ・フラーは年配の既婚者で、イライザに親切にしてくれる。ある日、責任者のフレミングは職員たちに、新たに加わる研究者としてホフステトラー博士たちを紹介した。センターには大きなタンクが運び込まれ、警備担当のリチャード・ストリックランドたちが現れた。イライザがタンクを覗くと水が入っており、何かが内側からガラス窓を叩いた。
帰宅したイライザはジャイルズに誘われ、近くのカフェへ赴いた。ジャイルズはキーライムのパイを注文し、男性店員に話し掛けた。彼は店員に恋をしており、通い詰めて美味しくないパイを買っているのだ。翌日、イライザとゼルダがセンターの男子トイレを掃除していると、ストリックランドが入って来た。ストリックランドは2人に対し、不遜な態度を取った。彼が去った後、イライザは洗面台に血が付着しているのを発見した。
イライザとゼルダが廊下を清掃していると、タンクの置かれている研究室から大きな音が響いた。イライザたちが目を向けると、研究室からストリックランドが出て来た。彼は左手を押さえており、大量に出血していた。イライザとゼルダが食堂で昼食を取ろうとしていると、フレミングが慌てた様子で現れた。彼はイライザたちに、急いで仕事に来るよう要求した。イライザとゼルダが研究室に入ると、床が血まみれになっていた。イライザは切断されたストリックランドの薬指と小指を見つけ、持っていた紙袋に入れた。
ゼルダがフレミングを呼びに行っている間に、イライザはタンクの中を確認した。すると水の入ったタンクには、半魚人が閉じ込められていた。帰宅したイライザはジャイルズに半魚人のことを話すが、信じてもらえなかった。翌日、イライザが研究室の掃除に行くと、半魚人はタンクからプールに移されていた。イライザはプールの縁にゆで卵を置き、音を鳴らして半魚人を呼んだ。半魚人は首に付けられた鎖によって、動きが制限されていた。イライザは警戒する半魚人に対し、少しだけゆで卵を食べることで大丈夫だと示した。
イライザとゼルダはストリックランドに呼び出され、個人情報を質問された。ストリックランドは手術を受けて、半魚人に食い千切られた指を縫合していた。彼は半魚人について「南米から運んできた忌まわしき存在」と説明し、掃除をしたら早々に研究室から去るよう命じた。しかしイライザは彼の指示に従わず、翌日も研究室で半魚人と2人きりになった。彼女はレコードプレイヤーで音楽を流し、半魚人に手話で語り掛けた。そんな様子を、ホフステトラーが密かに観察していた。
ホフステトラーはソ連のスパイとして、半魚人を調査していた。彼は仲間たちと密会し、報告を入れた。ホフステトラーは半魚人が人間と意思疎通できることを説明し、上層部に伝えてほしいと要請した。次の日、イライザが研究室へ行くと、半魚人はプールの外で衰弱していた。ストリックランドが来たのでイライザは慌てて隠れるが、ゆで卵を落としたことには気付かなかった。ストリックランドは半魚人を電気ショック棒で痛め付け、ゆで卵に気付いた。
ホイト元帥が研究室に来たので、ストリックランドは半魚人について簡単に説明した。ホイトは半魚人の体を調べ、宇宙開発に利用しようと目論んでいた。それはソ連も同様で、アメリカとの宇宙開発戦争に勝利するためホフステトラーにスパイ活動を命じていた。半魚人が血を流していることに気付いたホフステトラーだが、ストリックランドは全く悪びれる様子を見せなかった。彼はホイトに、半魚人を殺して調べるよう進言した。ホフステトラーは殺すべきではないと訴えるが、ホイトは「決めるのは私だ」と冷徹に告げた。ホフステトラーは身を隠しているイライザに気付くが、彼女が隙を見て逃げ出すのを黙認した。
アパートに戻ったイライザは出掛けようとするジャイルズを見つけ、半魚人を助けたい気持ちを必死で訴える。しかしジャイルズは協力を断り、アパートを去った。彼は元上司に絵を見せて職場復帰を求めるが、それが叶わないことを理解した。彼は落ち込んでカフェへ行き、店員と話す。店員に慰められたジャイルズは、彼の手を握る。すると店員は途端に嫌悪感を示し、出て行くよう要求した。ジャイルズはアパートに戻ってイライザと会い、協力することを承知した。
ホフステトラーはミハイルコフと密会し、生体解剖を遅らせるよう指示される。明日に決定したことを伝えたホフステトラーは、半魚人を殺すよう命じられる。ホフステトラーは抗議するが、ミハイルコフは停電させるための装置と毒薬を渡した。イライザは半魚人を逃がすため、準備に取り掛かった。ホフステトラーはストリックランドに半魚人を殺さないよう訴えるが、冷たく却下された。彼はイライザが監視カメラの位置をずらしているのに気付き、密かに協力しようと決めた。
イライザが半魚人を洗濯用カートに隠して連れ出そうとしていると、ホフステトラーが現れた。彼は鍵を渡し、半魚人を生かす環境を作る方法を教えた。ゼルダはイライザが戻って来ないので心配し、彼女のタイムカードをレコーダーに差し込んだ。ジャイルズは清掃業者に化けて車で研究センターへ赴き、偽の身分証を守衛に提示した。ホフステトラーはイライザの計画を成功させるため、密かに時限爆破装置を仕掛けた。ストリックランドは監視カメラでジャイルズの車に気付き、不審を抱いた。
ゼルダはイライザが半魚人を連れ出そうしていることを知り、慌てて止めようとする。守衛は偽造身分証に気付き、ジャイルズに車から降りるよう命じた。爆発によって停電が発生し、ホフステトラーは守衛を殺害する。ホフステトラーはジャイルズに、早くイライザの元へ向かうよう指示した。ゼルダはイライザの要求を受け入れ、運搬を手伝った。半魚人を見たジャイルズは驚愕するが、車に乗せた。彼はセンターを出る時、ストリックランドの新車にぶつけて損傷させた。ホフステトラーはゼルダを連れて、その場を去った。
イライザはアパートへ戻り、半魚人を浴槽に入れて生息できる環境を整えた。ストリックランドはホイト元帥からの電話を受け、半魚人を必ず奪還すると約束した。イライザは水深9メートルになれば桟橋の通用口が開くことを知り、大雨の日に半魚人を逃がそうと計画した。イライザとエルザはストリックランドから事情聴取されるが、何も知らないと答えた。留守番のジャイルズが転寝している間に、半魚人は猫に食らい付いた。目を覚ましたジャイルズが慌てて止めると、半魚人は彼に怪我を負わせて逃走した。帰宅したイライザは急いで捜索し、映画館にいる半魚人を発見した…。監督はギレルモ・デル・トロ、原案はギレルモ・デル・トロ、脚本はギレルモ・デル・トロ&ヴァネッサ・テイラー、製作はJ・マイルズ・デイル&ギレルモ・デル・トロ、製作協力はダニエル・クラウス&チャック・ライアント&ジョン・オグラディー&T・K・ノウルズ、撮影はダン・ローストセン、美術はポール・デンハム・オースターベリー、編集はシドニー・ウォリンスキー、衣装はルイス・セキーラ、音楽はアレクサンドル・デスプラ。
出演はサリー・ホーキンス、マイケル・シャノン、オクタヴィア・スペンサー、リチャード・ジェンキンス、ダグ・ジョーンズ、マイケル・スタールバーグ、ニック・サーシー、デヴィッド・ヒューレット、スチュワート・アーノット、ナイジェル・ベネット、ローレン・リー・スミス、マーティン・ローチ、アレグラ・フルトン、ジョン・カペロス、モーガン・ケリー、マーヴィン・ケイ、ドルー・フィールヘフェル、ウェンディー・イオン、ディエゴ・フエンテス、マディソン・ファーガソン、ジェイデン・グリーグ、カレン・グレイヴ、ダニー・ワウ、ダン・レット、デネイ・フォレスト、ブランドン・マクナイト他。
『パンズ・ラビリンス』『パシフィック・リム』のギレルモ・デル・トロが監督を務めた作品。
脚本はギレルモ・デル・トロ監督と『31年目の夫婦げんか』『ダイバージェント』のヴァネッサ・テイラーによる共同。
イライザをサリー・ホーキンス、ストリックランドをマイケル・シャノン、ゼルダをオクタヴィア・スペンサー、ジャイルズをリチャード・ジェンキンス、半魚人をダグ・ジョーンズ、ホフステトラーをマイケル・スタールバーグ、ホイトをニック・サーシー、フレミングをデヴィッド・ヒューレットが演じている。
ヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞、アカデミー賞の作品賞&監督賞&作曲賞&美術賞、ゴールデン・グローブ賞の監督賞&作曲賞など数多くの映画賞を受賞した。最初は半魚人の存在を信じていなかったジャイルズだが、後半に入ってイライザに協力するようになる。ホフステトラーは科学者として半魚人を救いたいと考え、組織を裏切ってイライザに手を貸すようになる。
この手の映画では良くあるパターンを、幾つも持ち込んでいる。
実は特に捻ったことは何もやっておらず、ジャンル映画としてベタで予定調和な内容で大半が占められている。
ギレルモ・デル・トロは『大アマゾンの半魚人』から着想を得ており、「もしもヒロインと半魚人が結ばれていたら」と考えて脚本を執筆したそうだ。ここで登場するのは半魚人だけど、そこを異星人に置き換えても、大して内容は変わらない。
そして異星人に置き換えれば、これは一種の『E.T.』であり、『スターマン/愛・宇宙はるかに』なのだ。
あとマイナーな映画だけど、『ダリル』なんてのも少し連想した(あれはクリーチャーじゃなくてアンドロイドだけど)。
もちろんダメな映画ではないけど、多くの映画祭で「芸術的な価値が高い」ってことで大絶賛されるのは、なんか素直に賛同しかねる部分もあるなあ。これがディズニーのアニメなら、「怪物に見えていたが、真実の愛で呪いが解けてイケメンに」という結末になるだろう。
でもギレルモ・デル・トロはフリークスに対する純粋な愛を持っている人なので、ちゃんと異形のままで愛を成就させている。
『美女と野獣』が本来なら迎えるべきだった結末が、ここにある。
まあ既に『シュレック』がディズニーへのアンチテーゼとして、「異形と美女が結ばれる」という話をやっちゃってるけどね。っていうかサリー・ホーキンスはお世辞にも美女とは言い難いので、『美女と野獣』と比較していること自体が、ちょっと違うっちゃあ違うんだけどね。
ただ、全く必要性が無いのに、序盤から入浴シーンでサリー・ホーキンスを全裸にしている辺りからすると、もしかしてギレルモ・デル・トロ監督にとってストライクど真ん中なのかもしれないけどね。
ここをあんまり掘り下げているとフェミニストから批判されそうなので、この辺りで終わらせておくけど。ひとまずサリー・ホーキンスの容姿に関しては置いておくとして、イライザには「言葉が話せない」という特徴が設定されている。これにより、「同じマイノリティーとして半魚人にシンパシーを抱く」という形にしてあるわけだ。
つまり、これは「陰気で惨めな日々を過ごすマイノリティーな人間が、同じ境遇にあるフリークスと結ばれる」という話なのだ。
まあ「人間にモテモテの美女が不気味な容貌の半魚人に惚れる」という設定にするよりは、そっちの方が可能性は感じるよね。コメディーならともかく、シリアスなテイストの映画だからね。
それを考えると、ヒロインが「美人じゃないし障害を持つ陰気な女性」なのは、正解なんだろう。イライザは言葉の話せない発話障害の女性だが、彼女を取り巻く面々の設定にも共通する特徴がある。
ジャイルズは同性愛者で、ゼルダはアフリカ系女性。つまり「障害」「性的」「人種」といった要素において、マイノリティーに属するような特徴が設定されているのだ。
さらに言うなら、途中で味方になってくれるホフステトラーもロシア人なので、アメリカではマイノリティーと言ってもいい。
そんな風にマイノリティーの面々が、「同じくマイノリティーの半魚人を救う」という目的のために協力する流れになっている。そしてイライザたちの「敵」となるストリックランドは、単に「高圧的で暴力的な警備責任者」というだけでなく、「特権意識と差別意識に満ちている白人」というキャラ設定になっている。
彼は障害者であるイライザを見下して支配下に置こうと目論み、黒人であるゼルダに辛辣な嫌味を浴びせ、半魚人の見た目だけで「忌まわしき存在」と呼ぶ。
彼は「神は私の姿に近い」と堂々と言うなど、白人至上主義を感じさせる。ストリックランドが自宅でセックスする時に妻の口を塞いで「黙ってろ」と指示する辺りにも、女性に対する蔑視の意識や支配欲が表れている。彼はイライザにも性的興奮を覚えるが、そこにあるのは弱者に対する支配欲だ。
彼だけでなく、パイの店の男にも「差別と偏見」が見える。彼は手を握ったジャイルズを怒鳴り付けた後、店に来た夫婦に「予約済みだ」と嘘をついて荒っぽく追い払う。夫婦は黒人だ。
つまり、店員は単に「同性愛者じゃないからジャイルズを拒絶した」ってだけじゃなくて、差別的な白人であることが示されているわけだ。
イライザたちの周囲には、そんな「差別的な白人」がウヨウヨといるわけだ。そこに不寛容で排他的な社会の風潮への警鐘とか、人種や宗教の違いによる差別への批判的なメッセージとか、そういうモノを読み解いてみるのも別にいいだろう。
実際、そういう現代の社会状況を投影している部分は大いにあるんだろうしね。だからこそ、表向きは「半魚人ホラー」でありながら、アカデミー賞の作品賞や監督賞を受賞できたんだろうしね。
ただ、そこまで高尚なことは考えなくても、それはそれで別にいいと思うんだよね。シンプルに、ギレルモ・デル・トロのオタクな嗜好が分かりやすく出ている映画として観賞してもいいと思うんだよね。
何しろ恋愛劇の描写は、ものすごく幼稚だしね。恋愛劇の部分だけを見ると、物足りなさが半端無いのよ。終盤、イライザは半魚人とセックスし、すっかり恋人気分で浮かれる。しかし逃がす日々が近付き、手話で「貴方には分からない」と言う。
すると周囲が暗くなり、イライザが「貴方には分からない、私がどんなに貴方を愛しているか」と歌い出してミュージカルシーンになる。場所がステージに切り替わり、楽団をバックにイライザと半魚人が踊る。
もちろん言うまでも無く、それはイライザの心象風景を表現した演出だ。
ここを高く評価している人も少なくないみたいだけど、「美しい愛の表現」とは全く受け取れない。「なんでミュージカルなのか?」と首をかしげたくなるし、半魚人が踊るのはギャグにしか思えないわ。(観賞日:2021年4月10日)
2018年度 HIHOはくさいアワード:第6位