『セブン・イヤーズ・イン・チベット』:1997、アメリカ

1939年の秋、オーストリアの登山家ハラーは妊娠した妻を残し、同僚のペーター・アウフシュナイター達と共にヒマラヤ山脈の最高峰へと旅立つ。だが第二次世界大戦の影響で、彼はイギリス軍に捕らえられ、インドの捕虜収容所に送られてしまう。
1942年、妻からの離婚届を受け取っていたハラーは、ペーターと共に収容所から脱走した。逃避行を続けた2人は、1945年にチベットのラサに辿り着く。純潔な精神を持つラサの人々と暮らす中で、それまで自己中心的だったハラーは次第に変わっていく。
やがてハラーは、若き宗教指導者ダライ・ラマ14世から家庭教師になるよう依頼される。ハラーはダライ・ラマに西洋文明を教え、次第に彼との親交を深めていく。だが、大戦後に成立した中華人民共和国が、チベットへの侵攻を開始する…。

監督はジャン=ジャック・アノー、原作はハインリヒ・ハラー、脚本はベッキー・ジョンストン、製作はジャン=ジャック・アノー&ジョン・H・ウィリアムズ&イアイン・スミス、製作総指揮はリチャード・グッドウィン&マイケル・ベスマン&デヴィッド・ニコルズ、撮影はロバート・フレイズ、編集はノエル・ボワゾン、美術はアト・ホアン、衣装はエンリコ・サバティーニ、音楽はジョン・ウィリアムズ、チェロ独奏はヨーヨー・マ。
主演はブラッド・ピット、共演はデヴィッド・シューリス、B・D・ウォン、マコ、ダニー・デンゾンパ、ヴィクター・ウォン、インゲボルガ・ダプクナイテ、ジャムヤン・ジャムツォ・ワンジュク、ラクパ・ツァムチョエ、ジェツン・ペマ、アマ・アシェ・ドンツェ、ソナム・ワンジュク、ドルジ・ツェリン、リック・ヤン、ヴェン・ンガワン・チョジョル、ダンカン・フレイザー、ベネディック・ブライス他。


登山家のハインリヒ・ハラーが自らの体験を書いた小説を基にした作品。舞台はチベットだが、ロケはアルゼンチンで行われた。この映画での中国の描写に中国政府は過敏に反応し、作品が上映された東京国際映画祭への中国映画の出品をボイコットした。

ブラッド・ピットを主役に起用したのは、「地味な内容の作品を、有名スターの起用によって印象を強くしよう」という意図なのかもしれない。しかし結果的には、「ブラッド・ピットが出ているのに、あまり印象に残らない作品」になっているのだが。

ハラーとダライ・ラマの心の交流は、この作品の重要な要素のはずだが、その部分が短い。2人がお互いに関わり合う中で成長していくという流れが、性急すぎる。2人が知り合うのが映画が始まって1時間くらい経ってからというのは、遅すぎるだろう。

ハラーの人間的成長がダライ・ラマとの交流によるものではなく、チベットの文化に触れることによる変化に見えてしまうのは問題だろう。それは、ハラーとダライ・ラマとの交流をダイジェストのように短く収めてしまったことが、大きな原因だ。

「ハラーがダライ・ラマから何かを得て、利己的だった性格に変化が現れる」という部分が、作品からはあまり見えてこない。ほとんど一方的に、ハラーがダライ・ラマを成長させている感じだ。もっとハラーがダライ・ラマ少年に感化される様子が欲しい。

後半は中国のチベット侵略が描かれるのだが、監督の中にその事件に対する怒りがあるのか、淡々と描いている割には強い気持ちが感じられる。だが、そのメッセージが友情や人間成長を描いてきた部分を覆ってしまうのは、マイナスではないだろうか。
とは言っても、肝心の友情や人間成長の部分は、そもそも前述の理由で弱いのだが。


第20回スティンカーズ最悪映画賞

ノミネート:【最も苛立たしいインチキな言葉づかい】部門[ブラッド・ピット]
<*『デビル』『セブン・イヤーズ・イン・チベット』の2作でのノミネート>

 

*ポンコツ映画愛護協会