『スキャナー・ダークリー』:2006、アメリカ

現在から7年後、カリフォルニア州アナハイム。麻薬中毒者のチャールズ・フレックは大量の虫に襲われる幻覚を見て、仲間のジェームズ・バリスに電話を掛ける。バリスは軽い調子で、何匹かの虫を瓶に入れて持って来るよう促した。ブラウン・ベア支部の講演会には、麻薬取締潜入捜査官のボブ・アークターがゲストとして呼ばれた。物質Dと呼ばれる麻薬は全米に蔓延し、大きな社会問題となっている。そんな中で状況打破のために行動している唯一の企業が、ブラウン・ベアのスポンサーであるニューパスである。
ボブの本当の姿は、スクランブル・スーツを着用しているために分からなくなっている。ボブは日常業務の大半をスクランブル・スーツで過ごしており、「フレッド」という変名で呼ばれている。壇上に立ったボブは用意されたコメントに拒否反応を示すが、本部の署員からスーツに原稿通りに話すよう指示が届いた。一方、フレックが待ち合わせ場所のダイナーに車で向かう途中で瓶を確かめると、虫は一匹も入っていなかった。
スーツを脱いで街に出たボブは、売人のドナ・ホーソーンに電話を掛けた。その会話は警察に盗聴され、ボブとドナの様子は監視カメラで撮影されている。ダイナーに赴いたフレックは、ニューパスについてバリスと話す。ニューパスの施設は麻薬のリハビリ・センターだが、バリスは「物質Dと完全に手を切るなんて無理だ。他のドラッグと違って、どんな奴でも溺れる」と語る。さらに彼は、「お前が足を踏み入れたのは使い始めの楽しい快楽を通り越した、新たな段階だ。気付いた時には手遅れだ」と告げた。
フレックが「別のルートから手に入るかも。ドナだ」と言うと、バリスは「ボブの女か」と口にする。ボブはドナと関係を持ったと彼らに吹聴しているが、バリスは「やってない。ドナはドラッグに浸かってセックスに興味が無くなってる。性欲を感じなくなってる」と話す。「しかし、条件次第だ。あの女と簡単に寝る方法を教えようか」とバリスが持ち掛けると、フレックは「あの女と寝たいんじゃない。Dが欲しいんだ」と告げた。
バリスはコンビニでスプレーを購入し、フレックをボブの家に連れて行く。ボブは不在だが、バリスとアーニー・ラックマンという男が居候しているのだ。バリスはスプレーを分離してコカインを抽出する方法を説明し、そのコカインをエサに使えばドナと寝ることが出来ると話す。ボブはフレッドとして警察署へ行き、同じくスクランブル・スーツを着用している上司のハンクに「ニューパスは、なぜ国に監視されない唯一の特権を手に入れたんですか」と告げる。「それは彼らと政府の契約だ」とハンクは述べた。警察は、特権を持つニューパスがディーラーの隠れ家になっていると睨んでいた。
フレッドはハンクに、ドナの仕入れ元に近付こうと試みていることを話す。そのために彼は、ドナの手に負えない分量のDを買いたいと持ち掛けていた。仕入れるための金が無いドナが仕入れ元の人間に会わせるのは、時間の問題だろうと、フレッドは考えている。バリスとアーニーについて問われたフレッドは、「特に何も」と答える。「チャールズ・フレックとボブ・アークターは?」と質問されたフレッドは、「アークターは大したことをしてないようです」と告げた。
ハンクは「タレ込み屋から情報があったんだが、アークターは相当な稼ぎがあるようだ。会社もフルタイムでは働いていない」と言い、フレッドにアークターの監視を命じた。「家に新しいホログラム・モニターを仕込みたい。誰もいなくなる時に教えてくれ。全て録画して残すんだ」とハンクは語る。一方、内部調査によって、この1ヶ月で複数の潜入捜査官が神経性失語症で入院していることが明らかになった。そのため、ボブは検査を受けることになった。検査の結果、カウンセラーは脳の機能に障害がある疑いを示唆した。
フレッドはハンクに呼ばれ、アークターの情報を知らせてきたバリスと会わせる。バリスはフレッドたちに、「俺はアークターが裏で麻薬を扱う組織と繋がっている証拠を握ってる。アークターが頻繁に連絡を取り合っている組織の人間は、ドナという女だ」と語る。さらにバリスは、「アークターは大量の武器を隠し持っていて、物質Dで脳がやられてる。かなり危険だ」と告げた。夜中に目を覚ましたボブは、姿見に映る自分に向かって「どうした?俺は何をしてる?」と問い掛け、家族と一緒に暮らしていた頃を思い返した。
翌日、ボブはバリスとアーニーを車に乗せ、サンディエゴへ向かう。スピードを上げたところでアクセルが戻らなくなったのでボブは焦るが、アーニーがイグニッションキーを抜いて車を停止させた。レッカー車で家に戻る途中、アーニーはボブに「誰かに恨まれてるみたいだな。まだ家が無事ならいいけどな」と言う。するとバリスは「心配するな。供えはしておいた。もし不法侵入者がいたら、ちょっとした出迎えを受ける」と言い、監視カメラを仕掛けたことを明かした。さらに彼は、わざとドアの鍵を開けておいたことを語る。
帰宅した3人は、警戒しながら家に足を踏み入れる。すると机の上には、マリファナの吸い殻があった。バリスが「侵入した奴はドラッグを仕込みに来たんだ。警察に通報して、俺たちをハメる気だ」と言うので、アーニーは狼狽する。ボブは監視カメラの映像をチェックするよう告げるが、何も録画されていなかった。バリスは「レッカー車が盗聴されていて、専門のスタッフに証拠の映像を消されたんだ」と言う。家を売る相談を始めた3人だが、侵入してマリファナを吸っていたのはドナだった。
ハンクはフレッドを警察署に設置された機械の前に連れて行き、使い方を教えた。そににはアークター家に取り付けられたホログラム・スキャナーの映像が送られてくる。バリスは必要があればメンテナンスに出向き、素顔が写った場合は編集するよう指示した。さらに彼は、フレッドの正体が家に出入りしている人間の誰かだと考えていることを告げる。私服警官にメンテナンスさせればどうかと提案するフレッドに、ハンクは「アークターはその警官を殺して姿を消すだろう。奴は危険な食わせ物だ」と告げた。
ボブは自宅でバリスやアーニーと話している最中、2人の姿が虫に見えてきた。フレッドは囮捜査官について話す3人の映像を機械で確認しながら、物質Dを口に放り込んだ。ライブ映像に切り替えると、アーニーがキッチンで苦悶していた。だが、リビングのバリスは一向に気付かない。ようやくバリスが911に電話を掛けるが、アーニーは回復して起き上がった。一方、フレックが自宅でラジオを付けると、彼の自殺を伝えるニュースが報じられていた。その情報通りに自殺しようとしたフレックは、薬を飲んで幻覚を見た。
夜の街を歩いていたボブは、拡声器を使って物質Dの蔓延や監視社会を批判している男がいた。そこへ警官隊が駆け付け、スタンガンで男を気絶させて連行した。ドナが車で通り掛かり、ボブを同乗させる。ボブが「バリスは人が死にそうになっているのに放置した」と話すと、ドナは関心を示さずに「お金は持ってる?例のブツの。今夜、必要なんだけど」と言う。ドナの家に赴いたボブが体に触れようとすると、彼女は「コカインやってるから、抱かれるのは無理」と拒む。ボブは不機嫌になり、部屋を出て行く。ボブは自宅にコニーという女を呼んでDを飲ませ、関係を持つ。目を覚ましたボブは、コニーがドナに見えたので動転した…。

脚本&監督はリチャード・リンクレイター、原作はフィリップ・K・ディック、製作はパーマー・ウェスト&ジョナ・スミス&アーウィン・ストフ&アン・ウォーカー=マクベイ&トミー・パロッタ、共同製作はエリン・ファーガソン、製作総指揮はジョージ・クルーニー&スティーヴン・ソダーバーグ&ジェニファー・フォックス&ベン・コスグローヴ&ジョン・スロス、製作協力はサラ・グリーン、撮影はシェーン・F・ケリー、編集はサンドラ・アデール、美術はブルース・カーティス、衣装はカリ・パーキンス、音楽はグレアム・レイノルズ。
出演はキアヌ・リーヴス、ロバート・ダウニーJr.、ウディー・ハレルソン、ウィノナ・ライダー、ロリー・コクレイン、チャンブリー・ファーガソン、アンジェラ・ローナ、ナターシャ・ヴァルデス、アレックス・ジョーンズ、リサ・マリー・ニューマイヤー、ウィルバー・ペン、ケン・ウェブスター、ダメオン・クラーク、マルコ・ペレラ、ジェイソン・ダグラス、クリストファー・ライアン、レイラ・プラマー他。


フィリップ・K・ディックのSF小説『暗闇のスキャナー』を基にした作品。
『ビフォア・サンセット』『がんばれ!ベアーズ ニュー・シーズン』のリチャード・リンクレイターが監督&脚本を務めている。
ボブをキアヌ・リーヴス、バリスをロバート・ダウニーJr.、アーニーをウディー・ハレルソン、ドナをウィノナ・ライダー、チャールズをロリー・コクレインが演じている。
ジョージ・クルーニーとスティーヴン・ソダーバーグが設立した映画製作会社「セクション・エイト」が製作に関わっている。

リチャード・リンクレイターは2001年の『ウェイキング・ライフ』に続いて、ロトスコープという技法を採用している。
ロトスコープとは、俳優が演技している映像を撮影し、それをデジタルペインティングで加工する技法だ。
だから印象としては、「アニメーション映画のようでアニメーション映画でないベンベン」みたいな感じになる(まあアニメーションなんだけど)。
で、そのロトスコープのために30人のアニメーターが15ヶ月も掛かって作業をしたらしいんだが、御愁傷様と言うしかない。

映画を見て感じたのは、そこまでの労力や時間を使う必要があるのかってことだ。
「果たしてロトスコープにしなきゃいけない必要性は何なのか」と考えた時に、その答えは見当たらない。
じゃあロトスコープにした方が実写よりもメリットがあると思える理由は何かと考えると、それも少ない。
ゼロではないけど、「トリップしている時のサイケな雰囲気が出やすい」とか「スクランブル・スーツの安っぽさが誤魔化せる」とか、そのぐらいだろう。

しかも、それはアニメーションだから感じる利点であり、ロトスコープだから感じる利点ではない。
つまり、普通にグラフィック・ノベル的なアニメーションを作ったとしても、同じような効果は得られるだろうってことだ。
むしろ、「せっかく有名俳優に芝居をさせているんだから、そのまま使えばいいのに」と思ってしまう。表情の変化が実写よりも伝わりにくくなるしね。
そこはロバート・ゼメキス監督がパフォーマンス・キャプチャーという技術を使って製作した一連の映画を見た時と同じ感想だ。

「スクランブル・スーツの安っぽさが誤魔化せる」という部分に関しては、これは原作の問題になってくるのかもしれないが、「そもそもスクランブル・スーツを使う意味ってあるの?」ということが気になってしまう。
スクランブル・スーツを着用すると最新の認識システムでも人物の特定は不可能で、あらゆる人間の姿を写し出すことが出来るという道具だ。
だから、もちろん潜入するための変装道具としては優れているのだが、現在の潜入捜査官はそんなモノを使わずに仕事をしているわけだから、「そこまでの道具が無くても普通に潜入捜査って出来るでしょ」と思ってしまう。対費用効果を考えると、あまりにも効率が悪いんじゃないかと。

もっと気になるのは、「なぜハンクと会う時も互いにスクランブル・スーツを着用しているのか」「なぜハンクはフレッドとボブが同一人物であることを知らないのか」ってことだ。
上司と部下の関係なんだから、互いに正体を知っていても全く支障は無いはずだ。
それを隠している理由がサッパリ分からない。
ボブ・アークターの監視をハンクから命じられた時、フレッドが「それは自分のことである」と明かさない理由も理解不能だし。

それと、ボブは潜入捜査でドナたちと一緒に居るはずなのに、その時にボブ・アークターの姿でいるんだよな。そして同じ姿で警察の検査も受けており、その際に「フレッド」と呼ばれている。
ようするに、彼は上司と会う時や講演会に出席する時はスクランブル・スーツで正体を隠しているけど、潜入捜査は素顔でやっているのだ。
いやいや、だったらスクランブル・スーツの必要性って何なのさ。
潜入捜査は素顔で上司と会う時は変装するって、完全に逆じゃないのか。

スクランブル・スーツを装着している時は、表面に映る人物の姿が一定ではなく次々に変化しており、だからスーツを装着していることがハッキリと分かる状態になっている。だから、もはや何のために着用しているのかサッパリ分からない。
ひょっとすると、認識システムには引っ掛からないけど、着用していることはバレバレになってしまう仕様なのか。
だとしたら、他の人物の姿に変身できる機能の意味が無いよな。マスクでも被っていれば、同様の役割は果たせるわけで。
結局、どのように解釈したとしても、スクランブル・スーツの使い方に関する部分では疑問が残ってしまうのだ。

もしも「警察内部にも情報を漏洩する奴がいるから、安全のために仲間といる時もスクランブル・スーツで正体を隠している。情報が漏れる可能性があるから、自分の監視を命じられた時も、それが自分であることを言い出せない」という設定だとしたら、その時点で捜査機関としての機能が破綻しているでしょ。
それと、警察が指示した検査を素顔で受けるってことは、フレッドの正体がボブであることも組織内でバレるんじゃないのか。
だとしたら、仮に「内部での情報漏洩を避けたるためにスクランブル・スーツを着用している」という設定だとしても、そこで破綻しているぞ。

あと、複数の潜入捜査官が神経性失語症で入院している関係でボブは検査を受けているんだが、そこで脳に問題が起きていることを指摘されているにも関わらず、彼の潜入捜査は続く。
でも、精神的にヤバい状態になったら捜査から外すのが普通でしょ。そんな奴、捜査には使えないんだから。
もしも「捜査が重要なポイントまで到達しており、あと少しで巨大組織の全貌を暴いたり黒幕を突き止めたりすることが出来る。ボブ 状態が不安だが、ここで彼が抜けると困る」という状況に来ているのであれば、精神がヤバくなっているボブに仕事を続行させるのも分からんではないのよ。
ただ、そういう風には見えない。

っていうか、そもそもボブって、マトモに仕事をしてないのよ。
ただ単に売人やドラッグ中毒者とダラダラ過ごしているだけで、捜査が進行している様子は皆無だ。
だから、「捜査のために自らを犠牲にしている」とか「捜査のために自らを監視する羽目になる」というところの苦悩や焦りが滲み出て来ない。
「ただ単に仲良く過ごしてドラッグをやるだけなら、そんな奴を用意せず、バリスたちの家にホログラム・スキャナーを取り付けて監視するだけでも同様の成果が得られるんじゃないのか」と思ってしまうぞ。

終盤、「警察はニューパスを探るため、あえてボブを物質Dの中毒者にして、廃人としてリハビリ・センターに送り込んだ」ということが明らかになる。
それが明かされると、「なぜ脳に障害が出ているのにボブの潜入捜査を続けさせたのか」という部分の説明は付く。
でも、それで全てが腑に落ちるわけではなくて、むしろ他の疑問が生じる。
それは、「廃人になってる奴が施設に入っても、そこで何を起きているのかを外に出てマトモに報告することは無理でしょ」ってことだ。

この映画が「自分が何者なのか分からなくなる」というアイデンティティーの喪失を描こうとしていることは伝わって来るが、そのための仕掛けに無理があり過ぎるのよ。
そもそも潜入捜査で物質Dをやりまくって中毒になるってのも、それは捜査としてメチャクチャでしょ。物質Dをやったら頭がイカれちゃうのは、最初から分かってるんだからさ。
で、これが「精神に異常をきたす危険性は承知の上で、ボブが潜入捜査に任務を担当する」ということなら、ボブの心理描写にも深みが出てくる。
ところが、こいつは「勝手にDをやって廃人になりました」ということなんだよな。
つまり、彼は警察に陥れられたわけで、そんな奴が無事にリハビリ・センターから退院できたとして、そこで何が行われているのかを素直に報告するかね。

結局、ボブが自分の存在について苦悩したり不安を抱いたりすることは乏しく、ただ無作為にダラダラと過ごしているだけの時間で大半が埋め尽くされてしまう。
「ドラッグでラリっている奴らの様子を描き出す」ってことが目的だったとすれば、その部分に関しては、ある程度は表現できているんじゃないかと思う。
でも、それが目的なら、むしろ主人公が潜入捜査する設定なんて邪魔なだけだし。
それを盛り込むからには、そこに関するドラマがペラペラってのは、やはり手落ちだと解釈せざるを得ない。

(観賞日:2014年6月18日)


第29回スティンカーズ最悪映画賞(2006年)

ノミネート:【最悪の助演男優】部門[ウディー・ハレルソン]
ノミネート:【最悪のアニメーション映画】部門
ノミネート:【最悪のヘアスタイル】部門[ウディー・ハレルソン]

 

*ポンコツ映画愛護協会