『サヨナライツカ』:2010、韓国

イースタンエアラインズのエリート社員である東垣内豊は、バンコク支社へ赴任することになった。彼は婚約者の尋末光子を日本に残し、タイヘと向かった。旅立つ前、豊は光子の書いた「サヨナライツカ」という題の詩を見ていた。イースタンエアラインズは東南アジアへの便を増やすことになっており、バンコク支社は東南アジア支社に昇格するチャンスを迎えていた。支社長の桜田善次郎は、社員たちに気合いを入れるよう求めた。豊は桜田に、ドン・ムアン空港の真ん中の搭乗口を勝ち取るべきだと告げた。それが可能なのかと問われた豊は、自信たっぷりの態度を示した。
豊は同僚の木下たちに連れられ、酒場で婚約祝いの飲み会に参加した。光子は3ヶ月後にバンコクへ来ることになっており、同僚たちは豊を羨ましがった。しかし木下は、自分の女が来ると得意げに語る。彼が女性の容姿を饒舌に話していると、その真中沓子がやって来た。木下も同僚たちもすっかりおとなしくなり、豊は沓子に目を奪われた。豊は仕事に励み、ダンス・パーティーを主催したり、旅行券の抽選会を行ったりした。彼は大統領夫人と親しい山田夫人に仲介してもらい、大統領と面会して搭乗口に関する協力を要請した。
豊はライバル会社との草野球大会に参加し、9回裏2アウト1塁の状況で打席が回って来た。試合は3対3の同点で、桜田は犠牲バントを指示した。しかし豊は命令を無視して打ちに行き、逆転サヨナラホームランを放った。その様子を観客席で見ていた沓子は、ホームランボールを拾った。アパートに戻った豊がシャワーを浴びていると、沓子が訪ねて来た。彼女はホームランボールを渡し、パンティーを脱いで豊を誘惑した。豊は何の迷いも無く彼女を抱き、関係を持った。
豊は桜田から、首相の承認が出て搭乗口の変更が決定したことを聞かされた。彼が喜びに浸っていると、沓子から電話が掛かって来た。「会いましょうか」と言われた豊は、指定されたオリエンタルホテルのサマーセット・モーム・スイートへ出向いた。ベッドには沓子がいて、豊は彼女とセックスをした。沓子は豊を連れて市内を巡り、婚約者のことを尋ねた。「私も会ってみたい」と彼女が口にすると、豊は笑って「普通じゃない」と言う。「綺麗?」と沓子から質問された彼は「惚れるよ」と答え、「優しい?」という問い掛けに「優しい。天使だ」と告げた。
豊は光子からの電話を受け、何事も無かったように会話を交わした。昨日も電話したのに連絡が付かなかったと言われた豊は、仕事が多忙だったと嘘をついた。豊は沓子とデートに出掛け、「俺たちはもうすく終わる。俺は光子と結婚しなきゃならない」と言う。しかし沓子は全く気にせず、豊を求めた。彼女がキスをすると、豊も嬉しそうに受け入れた。豊は会社を何度も休み、沓子との逢瀬を繰り返した。
ある夜、自宅の電話が鳴る音を耳にした豊は、慌てて部屋に駆け込んだ。彼が電話を壊しながら受話器を取ると、相手は光子だった。豊は光子に、仕事が多忙なのだと言い訳をした。光子は豊に、叔母である安西順子の夫婦がバンコク入りしていることを告げる。すっかり忘れていた豊だが、高級レストランで夕食を御馳走することを約束した。うっかり光子を「沓子」と呼んでしまった豊は、慌てて「光子」と言い直した。
搭乗口の建設現場を視察した豊は、会社をサボッてばかりなので桜田が怒っていることを木下から聞かされる。豊が沓子について訊くと、木下は「最近は会ってない。男が出来たらしい」と告げた。豊が順子と夫の康道をレストランで接待していると、沓子が周囲をうろついた。彼女は豊の背中に触れて、微笑を浮かべながら店を去った。豊は安西夫婦と別れた後、沓子の元へ行って激しいセックスに及んだ。
沓子は大量の洋服を購入してホテルに戻り、露出度の高い衣装で外出しようとする。豊が「着替えろ」と不機嫌そうに言うと、彼女は「君、私のこと愛してるのね」と微笑んだ。豊はカッとなり、その場を後にした。豊が同僚との飲み会に参加していると、沓子が何食わぬ様子で現れた。彼女は木下の隣に座り、豊の前でベタベタした態度を取った。豊は不機嫌そうに店を出ると、沓子が後を追った。「終わったよ、全てが」と豊が言うと、沓子は「何が?私たちの愛は?」と問い掛けた。
豊は「お前は俺に取って何でもない。どうせ俺たちは、体だけ重ねて終わる関係だった」と吐き捨て、その場を去ろうとする。沓子が後を追うと、豊は「付いて来るな」と声を荒らげる。沓子は「付いて来るなよ」と冗談めかして言い、豊が「迷惑だ」と怒鳴ると「迷惑だ」と繰り返した。豊は思わず吹き出してしまい、彼女とキスをして抱き合った。そこに木下が現れ、2人の関係を知った。木下が沓子をホテルに例えて侮辱する言葉を口にすると、豊はカッとなって殴り付けた。木下は「十年来の友情も、これで終わりだ」と告げて去った。
豊は桜田から、「ここは東南アジア支社に昇格する。本社もお前に期待してる。お前の私生活に口出しするつもりはないが、怠惰は伝染する。賢い男は、道には迷わないもんだ」と忠告された。ホテルへ赴いた豊は、沓子が酷く酔っ払っていることを従業員から知らされる。豊がラウンジへ行くと、沓子が酒を飲んでいた。彼女は年配男性が現地の若い女と座っている席を指差し、「面白い話してあげましょうか。前の夫があそこに座ってる。あの子、私より綺麗だし、ずっと若いし」と語った。
沓子は豊に頼んで隣に座らせ、前の夫に見せ付けるようにキスをした。豊が部屋まで送ると、彼女は熱烈なキスをした。豊は沓子をベッドに寝かせて、部屋を後にした。豊は現地の友人であるステイプに、「あの女は会えば会うほど、もっと会いたくなる。おかしくなりそうだ。今も会いたい」と語った。豊は沓子を自宅に招き、夕食を作った。夜8時になると光子から電話が掛かって来るので、豊は時間を気にしていた。光子から電話が入って豊が話していると、沓子は機嫌を悪くして部屋を出て行った。
バンコク支社が東南アジア支社に昇格し、社員たちがお祝いのパーティーを開く中、豊は自分の席から動かずに結婚式の招待状を眺めていた。一方、沓子はノック音を耳にして豊だと思い込み、笑顔でドアを開けた。だが、そこにいたのは光子だった。光子は沓子を散歩に連れ出し、「豊さんが貴方に一度でも愛してると言ったことがありますか。私は今日、東京に戻ります。結婚式は11月9日です。1つだけお願いがございます。来週の日曜日、午後1時までに、いなくなって下さい」と告げた。
豊は覚悟を決めた様子で立ち上がり、同僚たちに招待状を配った。同僚たちは結婚を祝福するが、豊の顔に喜びの表情は無かった。豊は沓子と会い、別れを告げる。すると沓子は、「どうせ私、発つわ。明日の朝、ニューヨークに」と述べた。翌日、豊は沓子を空港まで車で送り届けた。沓子は彼に別れのキスをして、涙を堪えて走り去った。その直後、光子が豊の元へ走って来た。豊は涙をこぼしながら光子を抱き止め、「愛してる」と告げた。それから25年が経過し、豊は2人の息子に恵まれ、会社では副社長になっていた…。

監督はイ・ジェハン、原作は辻仁成、脚本はイ・ジェハン&イ・シンホ&イ・マニ、製作はシム・ジェソプ&ファン・ヨンサン、共同製作はノ・ジョンユン、製作総指揮はキャサリン・キム、共同製作総指揮はチェ・ジュヌァン、撮影はキム・チョンソク、編集はチェ・ミニョン、美術はチェ・ギホ、衣裳はキム・ソンイル、視覚効果監修はキム・テフン、音楽はソ・ジェヒョク。
出演は中山美穂、西島秀俊、石田ゆり子、加藤雅也、マギー、川島なお美、スパコン・ギッスワーン、平岳大、松原智恵子、須永慶、日高光啓、西島隆弘、イ・サンウォン、伊藤ゆみ(ICONIQ)、蒲生麻由、岡田卓也、中島陽子、ジャスミン、梅沢昌代ら。


辻仁成の同名小説を基にした作品。監督は『私の頭の中の消しゴム』のイ・ジェハン。
沓子を中山美穂、豊を西島秀俊、光子を石田ゆり子、桜田を加藤雅也、木下をマギー、山田夫人を川島なお美、25年後の豊の部下・葛西を平岳大、順子を松原智恵子、康道を須永慶、25年後の豊の長男・剛を日高光啓、25年後の豊の次男・健を西島隆弘が演じている。他に、健の同棲相手役でIconiq(当時は「伊藤ゆみ名義)、バンコク支社の社員役で蒲生麻由が出演している。
中山美穂は1997年の『東京日和』以来、13年ぶりの映画出演。TVドラマを含めても、2002年の『ホーム&アウェイ』以来の女優復帰となる。

本作品は元々、2002年に監督が行定勲、音楽が坂本龍一、衣装がワダエミ、そして主演が中山美穂&大沢たかおという陣容で映画化される予定だった。
しかし辻仁成が脚本を勝手に修正したり、仕事をサボって中山美穂と密会したりしたせいで行定勲が降板。
辻仁成と中山美穂は同年に結婚し、映画は製作中止となった。
しかし当時の辻仁成にとって『サヨナライツカ』の沓子は中山美穂であり、どうしても彼女の主演で映画化したいということで、なぜか韓国映画として企画が復活したという次第である。

中山美穂をファム・ファタールに見せたいってことも、西島秀俊を好青年に見せたいってことも、痛いほど良く分かる。
なんせ西島秀俊に至っては、豊が草野球大会で「好青年、好青年」と応援されるシーンがあるぐらいだ。
ようするに、「真面目なサラリーマンが妖艶な女性に翻弄され、官能の世界に落ちてしまう」という話をやりたいってことなのだ。
だけど残念なことに、中山美穂には妖艶さが全く足りていないし、西島秀俊には全く好青年には見えない。

まず中山美穂に関しては、単純に演技力が不足しているという問題がある。
演技力が云々っていうか、そもそも中山美穂って基本的に「何をやっても中山美穂」なのよね。だから素のままでもミステリアスで妖艶な女性であればファム・ファタールとして成立するんだろうけど、そうじゃないから成立しない。
妖艶な女としての行動を取っても、ただのアーパーな尻軽にしか見えない。
あと、沓子の年齢設定も良く分からないのよね。たぶん西島秀俊より年上の設定なんだろうけど、すんげえボンヤリしている。

豊が好青年に見えないってのは、西島秀俊の演技力の問題ではなく、キャラクター造形や動かし方の問題だ。
豊は好青年らしさを全く見せない内に、沓子と出会って目を奪われている。そもそも、冒頭シーンで彼は光子のスカートを背後からめくったり、「結婚まで我慢できない」とセックスを求めたりしているのだ。
その後で沓子に誘惑されて関係を持つ展開を用意しても、ただ単に「エロい男が浮気心に負けてセックスしました」というだけにしか見えないわ。
それと、沓子と対比ってことを考えると光子は「貞淑な良妻」であるべきなんだけど、石田ゆり子が色っぽいんだよね。
まあ、それは石田ゆり子という女優が醸し出すフェロモンだから、そこを「色っぽいからダメ」と責めることも出来ないけど。

沓子は豊が参加した草野球の試合を観戦した後、彼のアパートを訪ねて誘惑するんだけど、そもそも草野球のシーンの必要性がサッパリ分からない。
そんなシーンを配置しなくても、「いきなり沓子がアパートへ押し掛けて豊を誘惑する」という展開にすることは出来る。
「ホームランを打ったから豊に興味を持った」ということでもあるまいに。「豊が桜田の命令に逆らって打ちに行き、サヨナラホームランでチームを勝利に導く」というのを見せたかったのか。
だとしても、それを見せることの効果が良く分からんぞ。

オープニングで豊は光子にベタ惚れしている様子なのだが、沓子から誘惑されると何の迷いもなく肉体関係を持っている。光子の存在は、何のブレーキにもなっていない。
その後も沓子からホテルに呼び出されて簡単にセックスし、一緒に出掛けて楽しく過ごしている。光子に対する罪悪感なんて、これっぽっちも見せない。
ってことは冒頭シーンにおける光子への態度は、ただ単にセックスしたかっただけなのだ。誘惑に落ちて苦悩したり、光子のことで葛藤したりする様子が皆無の豊は、ただのスケコマシ野郎なのだ。
どこが好青年だよ。

豊が搭乗口の変更を知らされて席に戻った後、急にテーブルの上に置いてある消しゴムがフワリと浮かび、マグカップが伸びる。そしてテーブルの上の物が全て変形して未来都市になり、「社長になった豊が窓から景色を眺めている」という妄想になるんだけど、そこだけ急にそんな演出をやっているので完全に浮いている。
あと、未来都市ってのはおかしいだろ。豊は何年後に社長になっているつもりなのよ。
車が空を飛ぶって、どう考えたって30年や40年じゃ無理な未来都市だぞ。
アンタは、その頃には死んでるだろ。

光子が豊に電話で「豊さんは死ぬ前に、愛されたことを思い出しますか。それとも愛したことを思い出しますか」と問い掛けるシーンがあり、「君は死ぬ間際に誰かを愛したことを思い出す?それとも愛されたことを思い出す?」「愛されたことかな」という豊と沓子の会話がある。
その辺りは、「ここは後でテストに出ますよ」とでも言わんばかりに、いかにもアピールしたがっていることが強く感じられる台詞になっているので、そこにテーマが込められているわけだ。
でも、「だから何?」という感想しか出て来ない仕上がりになっており、豊が急に不機嫌になるのは、何をどう描きたいのか良く分からない。
露出度の高い服装になった沓子を見て「着替えろ」と怒鳴るより前に、まだ彼女が他の服を着替えている最中から豊は不機嫌そうな様子だった。でも、その理由が良く分からない。
その直前にホテルマンから夫婦として扱われていたので、それぐらいしか原因は思い浮かばない。ただし、「ホテルマンから夫婦扱いされたから不機嫌になった」というシーンだとしても、なぜ夫婦扱いで不機嫌になるのかが分からないし。

その後、同僚と飲んでいる時も豊は不機嫌で、沓子が追い掛けて来ると「お前は俺に取って何でもない。どうせ俺たちは、体だけ重ねて終わる関係だった」などと言い放つ。ところが、沓子が豊の言葉を真似すると、すぐに笑ってキスをする。
いやあ、心底からバカバカしい。かなり年齢の高いバカップルにしか見えん。「どうでもいいわ、勝手にやってくれ」と思わせる男女の、とても安っぽい恋愛劇だ。
豊が「あの女は会えば会うほど、もっと会いたくなる。おかしくなりそうだ。今も会いたい」と口に出すまでも無く、そういうことが観客に伝わる形になっているべきなのだ。「好青年である豊が必死に抗おうとしても、沓子の魅力から逃れられない」という関係性に見えるべきなのだ。
しかし実際には、豊は好青年らしさのカケラも無い単なるエロい奴でしかないし、沓子は暇を持て余して男を垂らし込んでいる安っぽい有閑マダムにしか見えない。
だから、前述した図式は見えて来ない。

豊が苦悩しながら結婚式の招待状を配る様子を見せられても、沓子が光子から町を出て行くよう迫られる様子を見せられても、豊と沓子に対する同情心は全く沸いて来ない。
むしろ、光子に対する同情心が沸くわ。
光子に「強気の態度を取って立場の違いを見せ付ける」という振る舞いをさせることで、観客が沓子に対して同情心を抱くように仕向けようと狙っているのかもしれないけど、だとしても失敗している。
婚約者の裏切りを知りながらも、怒りも悲しみも我慢して気丈に振る舞っている光子に惹き付けられるわ。

沓子は豊に対して「私、貴方の夢に惹かれたの」と言っているけど、豊が「俺は一度に数千、数万の飛行機を飛ばしたいんだ。地球の全ての空を、俺の飛行機で覆い尽くしたい」と夢を語ったのは、彼女と関係を持った後のことだ。
つまり、沓子は豊の夢に惹かれたから誘惑して関係を持ったわけではないのだ。
だから「貴方の夢に惹かれたの」と言っても、後付けにしか聞こえない。
「最初は軽い遊びのつもりだったけど、途中から本気になった」ということなら、心理の変化を表現できていないってことになるし。

空港で豊が沓子を見送り、涙する中で光子を抱き締めて「愛してる」と告げるシーンは、そこで終われば物語の着地としてはスッキリしている。そこまでのポンコツぶりは置いておくとして、エンディングとしての形は綺麗に決まっていた。
その後に描かれる25年後の物語は、ただの蛇足にしか思えない。
まず西島秀俊や加藤雅也たちの老けメイクが陳腐にしか見えないという欠点がある。
そして、そんな問題を背負ってまで描写するほど、25年後の物語に魅力があるとは到底思えない。
長男が豊に反発して家出し、夢を追い続けて音楽活動をしているとか、どうでもいい話だし。

豊と沓子の再会にしても、沓子がホテルのVIPマネージャーになっているという設定に「なんで?」と思ってしまう。
かつては何の仕事をしているか知らないけど最高級スイートで暮らしていたような金持ちだったのに、なんで25年後には同じホテルで働いているんだよ。
25年前と違って敬語で喋っているのも含めて、まるで別人みたいになっちゃうし。
むしろ、完全にファンタジーの世界だけど、25年前と全く変わらぬ姿で再登場した方が、まだ受け入れやすいと感じるぞ。

豊と沓子が再会しても、そこに感動は皆無だ。2人は感動しているけど、こっちは全く心を揺り動かされない。
ところが驚いたことに、その感動ゼロの再会でも物足りなかったのか、まだ物語は続くのである。また豊は日本に戻り、社長に就任し、夢を追い続けている長男のライブを見た後で木下に社長職を譲り、沓子に会うためにバンコクへ行くのだ。
すんげえダラダラしているし、「どうでもいい」という気持ちがハンパないわ。
で、豊がバンコクへ行くと沓子はVIPマネージャーを辞めて、またサマーセット・モーム・スイートで暮らしているんだけど、どういうことなんだよ。この女の設定、メチャクチャだろ。

(観賞日:2015年2月23日)

 

*ポンコツ映画愛護協会