『ジョーンの秘密』:2018、イギリス

2000年5月、イギリスのロンドン。老女のジョーン・スタンリーは、自宅で「外務事務次官のウィリアム・ミッチェル卿が死亡したという朝刊の記事を読んだ。そこへ公安部の面々が来て、公務秘密法違反容疑で連行した。取調室でハート&アダムスの尋問を受けたジョーンは、「何もしてません」と主張する。ハートたちは嫌疑が反逆罪であること、金曜に国会で名前が発表されることを告げ、「なぜ私が?」というジョーンの質問に「ミッチェル卿と共謀してましたね?」と指摘する。ジョーンは「私は何もしてません」と無実を訴えるが、ハートとアダムスは彼女がケンブリッジ大学に通っていた1938年からの資料を持っていると告げた。
1938年、物理学専攻のジョーンは学生寮で暮らしていた。ある夜、門限を破った学生のソニアが窓を叩いたので、ジョーンは部屋に入れた。それをきっかけに、ジョーンはソニアと親しくなった。ソニアはユダヤ系ロシア人で、インフルエンザで両親を無くしていた。彼女は従兄のレオを頼ってドイツに渡り、2人でイギリスに来たことをジョーンに話す。ジョーンはソニアに誘われ、映画の会に参加した。それは共産主義者の会合で、子爵のミッチェルや領主のカラクたち、そしてレオも来ていた。ハートたちの尋問に、ジョーンは「それが当時の流行だった。今とは時代が違う」と反発した。
レオはスペインを救おうと訴える反ファシストの集会で、共に立ち上がろうと演説した。彼はジョーンと2人になり、「もし世界が破滅の危機を迎えたら何を守る?」と質問する。ジョーンが少し考えて「ピラミッドとエッフェル塔かな」と答えると、レオは「いっそ全て破壊した方がいい。文明を無から築き直すことが出来る。共産主義の新しいやり方で」と告げた。ジョーンはレオに惹かれ、キスを交わした。彼女の気持ちを悟ったソニアは、「告白を待っていたら死ぬまで処女よ」と助言した。ジョーンはソニアから、来週にはレオがソ連へ出発することを知らされた。ジョーンはレオの部屋へ行き、「僕にはチャンスなんだ」という彼と肉体関係を持った。
ジョーンの息子で弁護士のニックは、久々に実家を訪れた。彼は検察庁から電話があったことをジョーンに話し、「情報源はMI5らしいが、ミッチェル卿という人を母さんは知らないよね?彼は共産主義者でスパイだった可能性がある」と述べた。ジョーンに管理命令が出たと知り、ニックは驚いた。「同じ頃、大学にいた。私も疑われてる」とジョーンが説明すると、ニックは腹を立てた。彼は電話を掛けて、「母さんに管理命令を出した奴を左遷してやる」と息巻いた。
ソ連へ行ったレオが戻らないので、ジョーンは不安になった。イギリスが戦争に突入し、内務省は外国籍の住民にパスポート登録を義務付けた。レオとは音信不通で、ジョーンはソニアと会って話を聞くが、彼女にも連絡は来ていないと知らされる。「戦争が始まった。彼が愛するスターリンはナチスと組んだ」とジョーンが言うと、ソニアは「私たちは時間を稼いでるだけよ」と告げた。レオが無事に戻って来たので、ジョーンは喜んだ。
ハートとアダムスの尋問を受けたジョーンは、「私はコミンテルンには入っていない。賛同しなかった」と口にした。1940年、ソニアはスイスへ行き、レオはマン島に拘禁された。ジョーンはハートたちから、1941年にチューブ・アロイズに参加するまでソニア&レオと連絡を取り合っていたことを指摘された。1941年、ジョーンはレオの推薦を受けて、マックス・デイヴィス教授の助手となった。マックスは彼女に、公務を口外しない誓約書への署名を要求した。
マックスは自分が進めているプロジェクトが「チューブ・アロイズ」と呼ばれていること、原爆の開発が目的であることをジョーンに話す。ジョーンは物理学の優れた知識を使い、研究に没頭した。外務省に入ったミッチェルと再会したジョーンは、研究所を案内してほしいと頼まれて断った。レオが久々に会いに来たので、ジョーンは喜んだ。レオは「任務のためにコミンテルンを辞めた。カナダで危険分子と思われないためだ」と言い、研究の資料が欲しいと頼む。彼が研究内容を知っていることに驚いたジョーンは「無理よ」と断り、レオが執拗に食い下がると腹を立てた。
ニックは母が原爆開発に携わっていたと知って驚き、ジョーンは「世界の未来に役立つ研究だった」と主張した。ニックが「父さんと船上で出会ったのは嘘だったんだね」と言うと、彼女は「安全のためよ」と釈明した。副首相とチャドウィック教授が研究所の視察に来ると、マックスはプルトニウム生産炉が必要だと説明した。カナダと協力したいと彼が言うと、副首相は現地へ行くことを許可した。ジョーンはソニアの訪問を受け、ミッチェルの紹介で出会ったイギリス人と結婚したことを知らされた。
ジョーンはマックスに同行してカナダへ向かい、途中の船上で深い仲になった。カナダの研究施設に到着した2人はスコット主任の出迎えを受け、プルトニウム生産計画を主導するキエル教授と会った。既婚者のマックスは「妻は離婚を承諾しないだろう」と言い、ジョーンに「君を愛してる。幸せを願う」と告げた。カナダを去ろうとしたジョーンとマックスは、スコットからモントリオール大学へ案内したいと言われる。大学にレオがいると知っているジョーンは断ろうとするが、キエルは「大学との関係を壊すわけにはいかない。予算のためだ。学部長と会ってほしい」と告げた。
大学に到着したジョーンが女子トイレに入ると、仲間から情報を聞いたレオが現れた。レオが改めて協力を要請すると、ジョーンは「都合良く振り回さないで」と反発する。レオは「気が変わったらソニアに連絡してくれ」と言い、彼女を見送った。ハートたちはジョーンに、戦後もケンブリッジで再会していることについて質問した。ニューメキシコ州での核実験が成功したという知らせが届くと、マックスと助手たちは大喜びした。「日本に使えば多くの犠牲が出る」とジョーンが言うと、マックスは「我々は科学者だ。科学で結果を出せばいい。政治は政治家に任せておけばいい」と述べた。
ジョーンが「スターリンも原爆の情報を欲しがる。共有するわよね?同盟国よ」と語ると、マックスは「今後は分からん。スターリンに原爆は渡せない」と告げた。ジョーンはアメリカが広島と長崎に原爆を投下した出来事を知り、映画館へ赴いてニュース映画を見た。彼女はソニアに連絡を取り、機密情報を渡すための協力を引き受けた。ソニアから小型カメラを受け取ったジョーンは鞄に隠し、研究所から何度も資料の写真やコピーを持ち出した。
マックスは助手を集め、「キエルがソ連のスパイだと判明した。用心してくれ」と告げた。彼はジョーンを呼び、「キエルとの連絡係だと疑われる人物リストにレオの名前があった」と知らされた。研究所には警察の捜索が入るが、ジョーンは生理用品を使って小型カメラの存在を隠した。すぐに研究所を出た彼女は、カメラを川に捨てた。ジョーンが下宿に戻ると、レオが待っていた。リストに名前があったとジョーンが教えると、彼は「僕はKGBだ。疑わないならMI5はバカだ」と軽く告げた。
レオは警戒するよう忠告し、ペンダントを渡した。そのペンダントには毒針が仕込んであり、レオは「検出されない」と説明した。2人の関係は復活し、そこからは何度も密会を重ねるようになった。ニックが「なぜこんなことを?」と憤りを見せると、ジョーンは「貴方は信念に生きてるでしょ。私も同じ」と言う。「世界を救いたくて、国家機密を残忍や犯罪者に?」と責められると、彼女は「スターリンの本性を知らなかった」と主張した。
レオはジョーンに、一緒にソ連へ行こうと持ち掛けた。ジョーンは「今のソ連は人々が抑圧されてる」と言い、その誘いを拒否した。レオが「そう思ってるなら、なぜ協力を?」と問い掛けると、彼女は「力を均衡させるため。ソ連のためじゃなくて、世界のためにやってるの。貴方とは違う」と答えた。レオが反論すると、ジョーンは苛立ちを見せた。彼女は「私たちの関係は間違いだった。愛は無かった」と口にして立ち去るが、すぐに後悔する…。

監督はトレヴァー・ナン、原作はジェニー・ルーニー、脚本はリンジー・シャピロ、製作はデヴィッド・パーフィット、製作総指揮はティム・ハスラム&ヒューゴ・グランバー&ジギー・カマサ&ジェームズ・アザートン&ジャン・ペイス&ケリー・E・アシュトン&カール・シドー、共同製作はアイヴァン・マクタガート&アリス・ドーソン、製作協力はクレオネ・クラーク、撮影はザック・ニコルソン、美術はクリスティーナ・カサリ、編集はクリスティーナ・ヘザーリントン、衣装はシャーロット・ウォルター、音楽はジョージ・フェントン。
出演はジュディー・デンチ、スティーヴン・キャンベル・ムーア、ソフィー・クックソン、トム・ヒューズ、ベン・マイルズ、ニーナ・ソサーニャ、テレーザ・スルボーヴァ、ローレンス・スペルマン、フレディー・ガミナラ、スティーヴン・ボクサー、レイモンド・クールサード、スチュアート・ミリガン、ロビン・ソーンズ、ラジ・スワミー、エイドリアン・ウィーラー、エド・バーチ、デビー・チャゼン、キアラン・オーウェンズ、ケヴィン・フラー、リチャード・テヴァーソン他。


メリタ・ノーウッドの実話から着想を得たジェニー・ルーニーの小説を基にした作品。
舞台監督として多くの賞を獲得しているトレヴァー・ナンが、1996年の『十二夜』以来となる劇場映画の監督を務めている。
ジョーンをジュディー・デンチ、マックスをスティーヴン・キャンベル・ムーア、若い頃のジョーンをソフィー・クックソン、レオをトム・ヒューズ、ニックをベン・マイルズ、ハートをニーナ・ソサーニャ、ソニアをテレーザ・スルボーヴァが演じている。

冒頭、容疑者として逮捕されたジョーンは激しく驚き、「私は無実」「何も悪いことはしていない」と強く主張する。
なのでホントに冤罪なのかと思いきや、罪状は正しいのだ。
ただし、決してジョーンが嘘を言っていたわけではない。彼女は本当に、「自分は何も悪いことをしていない」と確信しているのだ。いわゆる本来の意味の確信犯、つまり思想犯なのだ。かなり厄介なタイプの犯罪者だ。
そして、そんなヒロインを映画として糾弾するようなスタンスも取っていない。

なぜジョーンが共産主義者のグループと一緒に行動し、犯罪行為に手を染めるようになったのか、その経緯を回想シーンで描く形になっている。だが、その理由はボンヤリしている。
「レオに惚れたから」ってことなら、バカバカしくなる恐れはあるが、分かりやすい。だが、レオに惹かれたのは事実でも、それだけが理由ではなさそうだ。それを抜きにしても、彼女が共産主義に関心がありそうな気配がある。
「それが当時の流行だった」というジョーンの台詞があるが、それを理由にされたら思考停止に近いモノになってしまう。
それに、それが理由の1つだとすれば、もっと当時の流行を強くアピールする必要があるだろう。

原爆の開発が目的だと聞いてもジョーンは全く動揺せず、むしろ熱心に取り組むようになる。
原爆投下で大勢が死んだと知ってショックを受けるが、そもそも「原爆の開発」と聞いた時点で、それが大勢を殺すために使われることなんて簡単に分かるだろ。
そこで「そんなの知らなかった」という言い訳は成立しないぞ。「戦争でドイツに勝つため」という説明も受けているんだし。
「物理学の優れた知識を活用したい」という強い思いが原爆開発に向かわせたとか、女性というだけで差別に晒されることに憤慨して結果を出してやろうと意気込んだとか、そういう方向性も見られないし。

ジョーンはニックから原爆の威力を知っていたのかと問われ、「知ってたのはドイツに先を越されたら危険だということ」と答える。
だが、原爆の研究に携わっていたんだから、どれぐらい威力があるのかは知っていたはずでしょ。
あと、それが戦争で兵器として使われることも、最初から知っているわけで。
でも、それに対する葛藤や逡巡は皆無。そしてニックに質問された時も、罪悪感や反省の色が全く無い。
「未来に活用できる研究よ」と、自身を正当化する。

ジョーンはソ連に機密情報を流すことで世界を救おうとするのだが、その理屈がサッパリ分からない。
本人は「均衡のため」と言うけど、それでパワーバランスを変えたところで何の解決にもならんだろ。
そんなことで原爆の脅威は無くならないだろ。むしろ、原爆を開発して利用できる国が増えるだけだ。
でも、ジョーンは全く反省しない。
「双方が原爆を持つことで均衡が取れるようになった。そのせいで戦争は起きなくなった」と、得意げに語るのだ。

自分がソ連に情報を流したせいでマックスが公安部に逮捕されたのに、ジョーンはニックから「黙って見てたのか」と責められると「証拠が無くて危険は無いと思った」と主張する。
偽りだらけの人生だと指摘されると「家族は愛してた」と反論し、「だが国は愛してない」と糾弾されると「あの時代を知りもしないで」と腹を立てる。
「戦争に次ぐ戦争。世界中が嘆き悲しんでいた。負の連鎖を止めたかった」と語り、「連中に利用されたんだ」と言われると「私は世界を変えた」と自分を誇る。
最後までジョーンは「知らなかった」とか「そんなつもりじゃなかった」とか、言い訳と自己弁護を繰り返す。
まるで罪を認めず、だから当然のことながら反省も謝罪も無い。

(観賞日:2022年2月21日)

 

*ポンコツ映画愛護協会