『ジョーカー』:2019、アメリカ

清掃組合のストによるゴミ問題が深刻化するなど、テレビでは景気の悪いニュースばかりが報じられている。アーサー・フレックはピエロの格好をして路上に立ち、看板を掲げて楽器店の閉店セールを宣伝している。そこへ不良少年のググループが現れ、看板を奪って逃亡した。アーサーは慌てて追い掛けるが、暴行を受けて看板を壊された。アーサーは精神科医のサリーからカウンセリングを受け、日記を付けるよう指示されている。彼はコメディアン志望で、ジョークのネタも書いている。かつて病院に監禁されていたアーサーだが、現在は複数の薬を飲みながら定期的な面談に通っている。
アーサーは脳の神経の損傷で、急に笑い出す病気を患っている。彼は古いアパートで、年老いて体の弱った母のペニーと2人暮らしをしている。ペニーは大富豪であるトーマス・ウェインの家で何年も働いていた過去を持ち、手紙を送っても返事が来ないことを気にしている。アーサーは人気コメディアンとして活躍するマレー・フランクリンの大ファンで、母と2人で彼が司会を務める番組を見た。アーサーはテレビを見ながら、番組でステージに呼ばれてマレーに絶賛される妄想を膨らませた。
翌朝、ピエロ派遣事務所を訪れたアーサーは、同僚のランドルから不良グループに襲われた件で心配される。ランドルはアーサーに拳銃の入った紙袋を渡し、「自分の身を守れ」と告げた。社長のホイトに呼ばれたアーサーは、「楽器店が看板を返していないと怒ってる」と言われる。アーサーは「看板は盗まれた」と話すが、ホイトは「誰が看板なんて欲しがるんだ」と全く信じない。彼はアーサーに、「看板を返さないと給料から差し引く」と通告した。
アパートに戻ったアーサーは、エレベーターでシングルマザーのソフィー・デュモンドと幼い娘のジジに出会った。彼はソフィーから話し掛けられ、別れる時に滑稽な表情を見せた。帰宅したアーサーはペニーから手紙について「郵便配達が捨てたのよ」と言われ、「ママが働いていてのは30年前だろ」と告げる。するとペニーは、「ウェインさんは善人よ。私たちを助けてくれる」と語る。アーサーは「金なら心配ないよ」と言い、コメディアンとして稼ぐと約束した。
翌朝、アーサーはジジを学校へ送り届けるソフィーを張り込み、彼女を尾行した。彼はマレーが出演するライブハウスのショーを見物し、帰宅してノートにジョークのネタを書く。訪ねて来たソフィーから「私を尾行した?」と問われた彼は、すぐに認めてジョークを口にした。ソフィーは全く怒らず、アーサーはコメディアンなのでライブを見に来てほしいと告げた。アーサーは仕事で小児病棟へ行き、ピエロの格好で子供たちを笑わせる。彼は携帯していた拳銃を落としてしまい、慌てて誤魔化した。しかしホイトに連絡が入り、彼の怒りを買ったアーサーはクビを通告された。
地下鉄に乗ったアーサーは、3人の男たちが1人の女性に絡む様子を見ている内に笑い出してしまう。アーサーは男たちに暴行され、拳銃で撃ち殺した。アパートに戻った彼はソフィーの部屋をノックし、抱き寄せてキスをした。事務所へ赴いたアーサーはタイムカードの機械を破壊し、大笑いして去った。殺された3人がウェイン社の社員だったため、トーマスはニュース番組でコメントした。彼は市長選への意欲を改めて語り、ピエロの仮面をした犯人について「仮面が無いと人を殺せない卑怯者だ」と批判した。
アーサーはサリーとの面談へ行き、「僕の話なんて聞いてないよね。僕は自分が存在するのか分からなかった。でも僕はいる。それに世間も気付き始めた」と語った。サリーは彼に、「市の予算削減で、ここは来週に閉鎖される」と告げた。アーサーはコメディー・クラブでステージに立ち、ソフィーは観客席から見物した。帰宅したアーサーは、ペニーがトーマス宛てに書いた手紙を読む。自分のことを「貴方の息子」と書いているのを見た彼は、母を問い詰めた。ペニーはトーマスと恋に落ちたこと、騒ぎになる前に離れようと言われて従ったことを打ち明けた。
アーサーはウェイン邸を訪れ、手品を使ってトーマスの息子のブルースをおびき寄せた。そこへ執事のアルフレッド・ペニーワースが駆け付けると、アーサーはトーマスとの面会を要求した。「ペニー・フレックの息子だ。2人の秘密を知ってる」と彼が言うと、アルフレッドは「秘密など無い。イカれた女の妄想だ」と鋭く言い放った。アーサーは彼の首を絞め、その場から逃亡した。彼がアパートに戻ると、母が脳卒中で倒れて担架で運び出されていた。彼は救急車に同乗し、病院へ赴いた。
アーサーは病院に来た刑事のギャリティーとパークから地下鉄の事件について問われ、無関係を装った。彼が病院でマレーの番組を見ると、コメディー・クラブでの自分の様子が馬鹿にされた。地下鉄の事件を「貧困層の富裕層に対する反発」と捉える人々は、ピエロの格好で上流階級への抗議デモを起こした。ウェイン・ホールでの慈善イベントを主催するトーマスも、批判の対象になった。アーサーはホールに潜入し、トイレでトーマスと対面した。アーサーが自己紹介すると、トーマスは辟易した様子で「君は彼女の養子だ。彼女とは寝てない」と告げた。さらに彼は、ペギーが逮捕されて州立病院に収容されたことを語った。アーサーが「嘘はやめろ。なぜ僕を邪険にするんだ」と声を荒らげると、トーマスは「彼女はイカれてる。息子に近付いたら殺すぞ」と告げてトイレから去った。
帰宅したアーサーは、ギャリティーの「話が聞きたくて訪ねたが留守だった。連絡をくれ」という留守電のメッセージを無視した。マレーの番組を担当するシャーリーから電話が入り、アーサーは「映像の反響が大きくてマレーがゲストに呼びたがっている」と言われた。彼は大喜びし、番組出演をOKした。アーサーはアーカム州立病院へ行き、事務職員に30年前の資料を探してもらった。職員は彼に、ペギーが妄想性精神病と自己愛性人格障害の診断を受けていること、息子を危険に晒して逮捕されていることを教えた。
アーサーは診断書を奪い取り、病院から逃亡した。診断書を見た彼は、自分が養子であること、ペギーの恋人から虐待を受けていたこと、ペギーが虐待を黙認していたことを知った。アパートへ戻ったアーサーは、ソフィーの部屋へ勝手に上がり込む。帰宅したソフィーは驚き、「部屋を間違えているわ」と告げる。アーサーがソフィーと親密な関係になったというのは、彼の妄想だった。ソフィーは怯えた様子で、「娘が寝てる。出て行って」と頼んだ。
アーサーはペギーの病室へ行き、「人生は悲劇だと思っていた。だが分かった。僕の人生は喜劇だ」と語り掛けてから母を殺害した。彼が家にいると、ランドルとホイトの部下のゲイリーが訪ねて来た。ランドルが「地下鉄の事件で警察が来た」と言うと、アーサーはナイフで殺害した。彼はマレーの番組に出ることを自慢し、ゲイリーを立ち去らせた。アーサーはピエロの格好になり、外へ出た。ギャリティーとバークに見つかった彼は、地下鉄へ駆け込んだ。ギャリティーたちが追って来ると、車内はピエロの格好で抗議デモに向かう人間で一杯だった。アーサーを捕まえようとしたギャリティーとバークは1人を誤射し、ピエロたちから激しい暴行を受けた…。

監督はトッド・フィリップス、脚本はトッド・フィリップス&スコット・シルヴァー、製作はトッド・フィリップス&ブラッドリー・クーパー&エマ・ティリンガー・コスコフ、製作総指揮はマイケル・E・ウスラン&ウォルター・ハマダ&アーロン・L・ギルバート&ジョセフ・ガーナー&リチャード・バラッタ&ブルース・バーマン、共同製作総指揮はジェイソン・クロス&アンジェイ・ナグパル、共同製作はデヴィッド・ウェブ、撮影はローレンス・シャー 美術はマーク・フリードバーグ、編集はジェフ・グロス、衣装はマーク・ブリッジス、音楽はヒドゥル・グドナドッティル、音楽監修はランドール・ポスター&ジョージ・ドラクリアス。
出演はホアキン・フェニックス、ロバート・デ・ニーロ、ザジー・ビーツ、フランセス・コンロイ、ブレット・カレン、グレン・フレシュラー、ビル・キャンプ、シェー・ウィガム、マーク・マロン、ダグラス・ホッジ、ジョシュ・パイス、リー・ギル、ロッコ・ルナ、ソンドラ・ジェームズ、マーフィー・ガイヤー、ダンテ・ペレイラ=オルソン、キャリー・ルイーズ・パトレロ、シャロン・ワシントン、ハンナ・グロス、フランク・ウッド、ブライアン・タイリー・ヘンリー、エイプリル・グレース、ミック・スザル、カール・ランドステッド、マイケル・ベンツ、ベン・ワーヘイト、ゲイリー・ガルマン、サム・モーリル他。


DCコミックス『バットマン』のヴィランであるジョーカーの誕生までの経緯を描いた作品。
監督は「ハングオーバー!」シリーズのトッド・フィリップス。
脚本はトッド・フィリップスと『ザ・ファイター』『ザ・ブリザード』のスコット・シルヴァーによる共同。
アーサーをホアキン・フェニックス、マレーをロバート・デ・ニーロ、ソフィーをザジー・ビーツ、ペニーをフランセス・コンロイ、トーマスをブレット・カレン、ランドルをグレン・フレシュラーが演じている。
アカデミー賞の主演男優賞&作曲賞、ゴールデン・グローブ賞の主演男優賞 (ドラマ部門)&作曲賞、ヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞など数多くの映画賞を受賞した。

まず言いたいのは、「これって『バットマン』に繋がらないだろ」ってことだ。
トーマス・ウェインやアルフレッド・ペニーワースを登場させることで関連付けようとしているけど、それは名前や設定を申し訳程度に拝借しているだけだ。アメコミ映画、ヒーロー映画としての『バットマン』の世界観からは、完全に逸脱している。
トッド・フィリップスが自分の描きたいテーマのために、『バットマン』という有名作品のジョーカーという有名なキャラクターを都合良く利用しているだけだと言ってもいいんじゃないか。
そういう意味では、一応はヒーロー映画の範疇で世界観を守りつつ自分の描きたいテーマを持ち込んだクリストファー・ノーランの方が、まだマシかもしれない。
彼の作品がマシだと思えるぐらい、この映画は相当にタチが悪い。

この作品に関しては、前述のようにヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞など数多くの映画賞を獲得していることから、「ヒーロー映画を芸術の域にまで高めた」と評する人も少なくない。
でも、そういう意見に対しては「バカ言ってんじゃねえぞ」と反発したくなる。
それはヒーロー映画を芸術映画より低く見ているってことになるでしょ。
ヒーロー映画って、エンタメとして素晴らしい1つのジャンルなのよ。それを今まで正当に評価して来なかったのは、各映画祭や映画協会の勝手な考え方であって。

ヒーロー映画を芸術志向で仕上げるのは、そのジャンルに対する冒涜にもなりかねない危険な行為だ。
そもそも、この映画ってようするに、トッド・フィリップスが「俺の『タクシードライバー』や『キング・オブ・コメディー』」を作りたかっただけじゃないのかと思うし。
しかも表面上は『タクシードライバー』的に見せ掛けているけど、実際は全く違うからね。
『タクシードライバー』的なことを言い訳にして自分の欲望を吐き出しているだけの、チンケな男の話だからね。

アーサーはサリーと面談する最初のシーンで「狂ってるのは俺か、それとも世間か」と口にするが、狂っているのは間違いなく彼の方だ。だからこそ、病院で監禁されていたのだ。
これは「普通に暮らしていた平凡な人間が少しずつ狂っていく」という話ではなく、アーサーは最初から狂った状態で登場する。
なので、世間のせいでも社会のせいでもない。
不幸な出来事が重なったのが原因であるかのように見せ掛けているが、そんなのは何の言い訳にもならない。

アーサーは序盤で拳銃を手に入れ、自宅で構えて発砲している。ソフィーに声を掛けられると、ストーカー行為に及んでいる。
そういった行動は世間のせいではなく、全て本人の資質の問題だ。
小児病棟へ拳銃を持参し、見つかってクビになるのも自業自得でしかない。世間のせいでもなければ、病気のせいでもない。
そもそもイカれていた奴が、暴発するような行動を自ら積極的に繰り返した結果だと言ってもいいぐらいだ。
誰のせいでもない、全ては本人のせいだ。

アーサーは地下鉄で男たちに暴行されると、何の迷いも無く拳銃を取り出して発砲する。慌てたり怯えたりすることもなく、逃げる男を追い掛けて止めを刺す。
それは自己防衛のための行動のはずだが、まるで人を殺せるチャンスを待っていたかのようだ。
駅を出たアーサーが恍惚の表情で踊り出すのも、殺人に対する喜びを表現しているようにしか見えない。
「自分は不幸だ」という思いから来る爆発ではなく、ただの快楽殺人者と化している。

アーサーが病気になったのは、幼少期の虐待が原因だ。
それが明らかになっても、やはり社会格差とか貧困の問題とは全く関係が無い。アーサーの犯罪者となる動機には、まるで結び付いていない。
もちろん「貧困層の富裕層に対する反発」が理由だったとしても、犯罪行為が許されるわけではないよ。だけど動機としては、理解できるだろう。
でもアーサーの場合、ただのイカれた奴でしかないのよね。
社会への問題提起という形を取っているが、それは単なる責任転嫁だ。

格差社会の問題とか、富裕層に対する貧困層の怒りとか、そんなのは何の関係も無い。
アーサーが地下鉄の3人を殺すのは、貧しさを馬鹿にされたからでもないし、相手が裕福だからでもない。
その後の犯罪も、全て同じだ。そういう運動のシンボル的に扱われたから、それに便乗しているだけだ。
マレーが言うように、アーサーは自分を憐れんで殺人の言い訳を並べているだけだ。トーマス・ウェインへの批判も、御門違いも甚だしい。

アーサーの主張には、何一つとして同調できる部分など無い。しかし本作品では「賛同できる部分も多いよね」という描き方になっており、それは世間にはびこる危険思想まで正当化することに繋がっている。
そして危険思想を持つ面倒な人々に、「ジョーカーが言っているんだから、俺たちは間違っちゃいないのだ」と歪んだ免罪符を与えることに繋がっている。
しかしトッド・フィリップス監督は、この映画によって何が起きようとも、責任を取る覚悟なんて持っていない。彼は論議を呼ぶような作品を生み出して、注目を集めようとしただけだ。
タチの悪い愉快犯みたいなモンで、ジョーカーと同じぐらい厄介なことをやらかしているのだ。

(観賞日:2021年8月20日)


第40回ゴールデン・ラズベリー賞(2019年)

ノミネート:最も人命と公共財産に無関心な作品賞


2019年度 HIHOはくさいアワード:第3位

 

*ポンコツ映画愛護協会