『17歳のカルテ』:1999、アメリカ
スザンナ・ケイセンはアスピリン1瓶とウォッカ1瓶を飲んで倒れ、病院に担ぎ込まれた。処置が終わって回復した彼女は、精神科医のクランブルによるカウンセリングを受けた。スザンナは頭痛を緩和するために、アスピリンとウォッカを飲んだと主張する。クランブルはスザンナの父であるカールと友人で、周囲に迷惑を掛けているのでクレイモア精神病院に入るよう促した。既に両親は了解済みだと言われ、スザンナはタクシーで病院へ向かった。
入院同意書に「自殺未遂」と書いてあったので、スザンナは「自殺じゃありません」と否定する。しかし副院長は、「そういう話セラピーの時に」と変更を認めなかった。スザンナは看護師のヴァレリー・オーウェンスに案内され、女性病棟の南棟へ赴いた。スザンナが同室になったジョージーナ・タスキンと話していると、脱走して警察に捕まったリサ・ロウが2週間ぶりに戻って来た。彼女はジョージーナと同室だったジェイミーが死んだと知り、激しく暴れて看護師たちに取り押さえられた。顔に火傷の跡がある患者のポリー・クラークは、スザンナに「ジェイミーはリサの親友。リサが消えて寂しくて、首を吊った」と教えた。
病院では10時半になると睡眠薬が患者に配られ、看護師の前で服用することが義務付けられていた。夜中には安全確認のため、看護師が部屋を巡回して懐中電灯で照らした。ジョージーナはスザンナの質問を受け、ポリーが10歳の時に皮膚炎が理由で犬を捨てろと言われたこと、父のガソリンを自分の発疹に掛けて火を付けたことを語った。「貴方は?」とスザンナが尋ねると、彼女は空想虚言症で病的に嘘をついてしまうのだと話した。
翌朝、テレビのニュースを見たスザンナは、アンドレアの兄であるトビーが徴兵抽選に当たったことを知った。セラピストのメルヴィン・ポッツと面談したスザンナは、改めて自殺を否定した。便秘薬を看護師から渡された彼女は、飲むフリをして密かに口から出した。患者のデイジー・ランドンは余分に便秘薬を欲しがり、ヴァレリーに「これ以上はダメ」と却下された。その様子を見たスザンナは、自分の薬を分けてやることにした。デイジーは拒食症だが、父が差し入れてくれるチキンだけは食べられた。彼女の症状は回復していないが、退院が決まっていた。
ポッツはスザンナの両親との面談で、境界性人格障害という病名を口にした。スザンナはリサに誘われ、ジョージーナ、デイジー、ポリー、シンシア・クロウリー、ジャネット・ウェバーと共に芸術室へ赴いた。スザンナたちは隠し通路から遊戯室に入り、ボウリングに興じた。移送用通路を使ってソニア・ウィック院長の部屋に忍び込んだ彼女たちは、自身のカルテを見た。リサのカルテには、「感情の起伏が激化。患者関係を支配する。服薬の効果が無い」と書かれていた。 デイジーの退院を控え、患者たちは外出許可を与えられた。看護師に引率されて街へ繰り出した一行は、アイスクリーム・パーラーに入る。スザンナは同級生の母親であるバーバラ・ギルクレストに気付き、慌てて身を隠した。スザンナはバーバラの夫と関係を持ったことがあったのだ。バーバラはスザンナを発見し、「何もかも知ってるのよ。一生、入院してて」と鋭く言い放つ。リサが彼女を馬鹿にして嘲笑すると、スザンナは上機嫌になった。
トビーが出征を翌週に控え、面会にやって来た。スザンナは自分の部屋に連れ込んでセックスしようとするが、ヴァレリーに見つかった。スザンナはトビーから一緒にシカゴへ行こうと誘われるが、「貴方とは行けない」と断った。その夜、ポリーが「どうしてこんな顔に?私は醜い」と騒ぎ、保護室に隔離された。スザンナは密かにギターを持ち出し、リサは婦長に睡眠薬を飲ませて眠らせた。スザンナとリサは保護室の前へ行き、ポリーを励ますために歌った。
スザンナは自分に好意を寄せる職員のジョンも巻き込み、そのまま廊下で眠り込んだ。ヴァレりーはウィックに報告し、スザンナは院長室に呼び出された。早く病院から出たいとスザンナが訴えると、ウィックは「退院時期を決めるのは病院。まだ症状は横這いよ」と告げる。スザンナが反発すると、彼女は「貴方は人生の岐路にある。自分の弱点をどうするのか、それを抱えて一生を病院で過ごすのか」と語った。ジョンは男性棟へ異動となり、リサも別棟に移された。深夜、リサはスザンナの部屋に現れ、一緒にフロリダへ行こうと誘った。彼女はスザンナを「ジェイミー」と呼び、2人は病院から脱走した…。監督はジェームズ・マンゴールド、原作はスザンナ・ケイセン、脚本はジェームズ・マンゴールド&リサ・ルーマー&アンナ・ハミルトン=フェラン、製作はダグラス・ウィック&キャシー・コンラッド、製作総指揮はカロル・ボディー&ウィノナ・ライダー、共同製作はジョージア・カサンデス、撮影はジャック・グリーン、美術はリチャード・フーヴァー、編集はケヴィン・テント、衣装はアリアンヌ・フィリップス、音楽はマイケル・ダナ。
出演はウィノナ・ライダー、アンジェリーナ・ジョリー、ウーピー・ゴールドバーグ、ヴァネッサ・レッドグレイヴ、クレア・デュヴァル、ブリタニー・マーフィー、エリザベス・モス、ジャレッド・レト、ジェフリー・タンバー、トラヴィス・ファイン、 ジリアン・アルメナンテ、アンジェラ・ベティス、ドルシー・マクダニエル、アリソン・クレア、クリスティーナ・マイヤーズ、ジョアンナ・カーンズ、グロリア・バーンハート、ジョージー・ギャメル、ブルース・アルトマン、メアリー・ケイ・プレイス、レイ・ベイカー、ケイディー・ストリックランド、クリスチャン・モンロー、カートウッド・スミス他。
スザンナ・ケイセンの自伝『思春期病棟の少女たち』を基にした作品。
監督は『君に逢いたくて』『コップランド』のジェームズ・マンゴールド。
スザンナをウィノナ・ライダー、リサをアンジェリーナ・ジョリー、ヴァレリーをウーピー・ゴールドバーグ、ウィックをヴァネッサ・レッドグレイヴ、ジョージーナをクレア・デュヴァル、デイジーをブリタニー・マーフィー、ポリーをエリザベス・モス、トビーをジャレッド・レト、ポッツをジェフリー・タンバー、トラヴィス・ファインが演じている。この映画には「邦題で大嘘をついている」という問題がある。
『17歳のカルテ』というタイトルなんだから、スザンナが17歳だと思うのは当然だろう。しかし実際は、そうじゃないのだ。
当時のウィノナ・ライダーが17歳を演じるのは無理があるとか、そういう意味ではない。序盤の段階で、スザンナが大学の卒業式に出席している様子が描かれているのだ。
だったらスザンナが関わる他の人物、例えばリサが17歳なのかというと、それも違う。
ただし原題は『Girl, Interrupted』なので、これは邦題を付けた配給会社が背負うべき問題だ。粗筋では省略したが、スザンナの回想シーンが何度も挿入されている。回想そのものは、時系列順に並んでいる。
具体的に列挙してみよう。
クランブルのカウンセリングを受けている時には、父の誕生日パーティーでバーバラに話し掛けられ、ギルクレストに気付いて顔が引きつる様子が描かれる。病院へ向かう時には、夜中にギルクレストが部屋に来たが、「一度きりの関係よ」と拒絶した出来事が描かれる。
入院同意書を書くシーンでは、校長から「大学に行かないのは貴方だけよ。何するつもり?」と問われ、「作家になります」と答えた時の様子が描かれる。校長が「現実的に」と言うと、スザンナは「母のようにはなりたくない」と告げる。校長は「今は女性も自由よ」と語るが、「違います」と彼女は反発する。
病院で初めて睡眠薬を飲んだ時には、卒業式の最中に眠り込んで家族が「またか」と呆れた時の様子が描かれる。
入院した翌朝には、クラブでアンドレアの兄のトビーに声を掛けられてセックスした時の様子が描かれる。
ただ、回想パートはトビーとの会話を描く35分辺りのシーンで打ち止めになっているので、構成としては上手くない。冒頭、スザンナの「夢と現実が混乱したことはある?お金があるのに万引きしたり、落ち込んだり、現実と実感がズレていたり。私が異常だったのか、1960年代のせいか」というモノローグが入る。
断言しているわけじゃなく問い掛けの形だが、「スザンナが死に取り憑かれて自殺未遂を図ったのは時代が大きく関係している」ってことが匂わされている。
そうそう、劇中ではスザンナが自殺を否定して「頭痛を抑えるため」と説明しているけど、これが真っ赤な嘘であることは言うまでもないだろう。この映画の後、ウィノナ・ライダーは2001年に万引きで捕まっている。スザンナの「お金があるのに万引きしたり」という台詞を体現したわけだ。
でも、この映画に影響されて犯行に及んだわけじゃなくて、ウィノナが自身を投影したのがスザンナというキャラクターだったんじゃないかと思ってしまう。
そう考えると、1960年代の設定が邪魔なんだよね。でも1960年代じゃないと病院の対応が時代に合わないので、仕方が無いんだけどさ。
っていうか、原作が1960年代の話なので、そこを変えるわけにはいかないわな。スザンナが死に取り憑かれて自殺を図った理由が、本人の口から明確に語られることは最後まで無い。
たぶん何か1つの原因じゃなくて、スザンナは様々なことが複合的に重なって精神のバランスが崩れたってことなんだろう。
しかし回想パートを全て集めて組み合わせても、「こういう理由でスザンナは死を考えるようになった」というハッキリした答えを断定することは難しい。
それこそ、「1960年代の雰囲気がそうさせた」という、分かったような分からないような表現で煙に巻いちゃうのが手っ取り早い。スザンナとリサが脱走した後の筋書きを、ネタバレ全開で書く。
2人はデイジーのアパートへ行き、一泊させてもらうことにする。
リサはデイジーの左腕にリストカットのためらい傷が幾つもあるのを見つけ、ニヤニヤして「パパにヤラせてるのはバレバレだよ。そして実は喜んでる。好きなんだろ」と馬鹿にするような態度を取る。
翌朝、デイジーが首を吊って自殺すると、リサは「馬鹿な奴」と冷たく言う。
スザンナが「アンタが背中を押したのよ」と責めても、彼女は「口実を欲しがってた」と意に介さない。リサはデイジーの金を盗み、一緒に逃げようとスザンナに持ち掛ける。スザンナは拒否し、リサは1人で逃げる。
スザンナは救急車を呼び、病院に連れ戻される。彼女はヴァレリーに心の内を吐露し、ノートに書き留めるよう促される。
「吐き出せば立ち向かえる」という助言を受けたスザンナは、ウィックのカウンセリングを定期的に受けて退院を目指す。彼女の退院が決まった頃、リサが連れ戻される。
彼女は病院での生活や仲間について記したスザンナのノートを盗み出し、スザンナは患者たちに包囲されてリサに責められる。リサは「私は自由だ。だけどアンタは平凡な人生に窒息する」と勝ち誇ったように言い放ち、スザンナを精神的に追い込もうとする。
だが、スザンナが「アンタはもう死んでる。心が冷え切ってるから、ここに戻る。自由どころか、ここでしか生きられない」と言うと、それが正解なのでリサは泣き出す。
スザンナは退院してタクシーに乗り、患者について「弱点はあっても、そんな私の友達だった。1970年代には、ほとんどが社会に戻った。再会した人も、しなかった人もいる」などとモノローグを語り、映画は終幕となる。この映画が公開された時、観賞した原作者のスザンナ・ケイセンは激怒した。なぜなら、原作とは内容が全く違っていたからだ。彼女が実際に体験した病院での生活には、この映画で描かれているような友情も、感動的な出来事も、全く無かったのだ。
しかし「狂気と正気の曖昧な日常」を描く内容だと、多くの観客を動員することは難しいと製作サイドは踏んで、感動的なドラマのように改変したのだろう。
その判断が功を奏したのか、映画はヒットした。アンジェリーナ・ジョリーは演技を高く評価され、アカデミー賞助演女優賞やゴールデン・グローブ賞助演女優賞など数々の映画賞を受賞した。
当たってしまえば「やったもん勝ち」になるのが、映画の世界なのだ。(観賞日:2025年12月21日)
第22回スティンカーズ最悪映画賞(1999年)
ノミネート:【最悪のヘアスタイル(女性)】部門[アンジェリーナ・ジョリー]