『ジェミニマン』:2019、アメリカ

ベルギーのリエージュ。アメリカ国防情報局(DIA)のヘンリー・ブローガンは列車に乗り込んでいる仲間のマリーノから情報を受け取り、狙撃の準備に取り掛かった。彼は標的のヴァレリー・ドルモフを正確な狙撃で殺害し、その場を後にした。ヘンリーと合流したマリーノは、狙撃の瞬間を撮影した動画を嬉しそうに見せた。「これまで4人が失敗していた仕事を成功させた。見事だった」と彼は興奮した口調で話すが、ヘンリーは冷静に「消しておけ」と指示した。
ヘンリーがジョージア州バターミルク・サウンドの自宅で過ごしていると、上司のデル・パターソンが訪ねて来た。ヘンリーは狙ったのが頭なのに首に当たったことへの反省を口にするが、パターソンは「それでも一番腕がいいのはお前だ」と告げた。ヘンリーが引退の意向を伝えると、パターソンは思い留まるよう諭す。ヘンリーは「近くに女の子がいた。弾がズレていたら彼女が死んだ。今回は運が良かった。撃つ時に迷いがあった」と語る。彼が「これまで72人を殺して来たが、魂が傷付いている平和が欲しい」と漏らすと、パターソンは引退を承諾した。
ヘンリーがボートを借りにマリーナへ行くと、馴染みのジェリーではなくダニーという女性が受付を担当していた。ダニーは「ジェリーは引退したわ」と言い、大学院で海洋生物学を学んでいると話した。ヘンリーはボートでクルーザーへ行き、かつて一緒に仕事をしていたジャック・ウィリスと会う。ジャックはドルモフの写真を見せ、「誰だと聞いてた?」と問い掛ける。ヘンリーが「テロリスト」と答えると、彼は「違う。アメリカで働いていた分子生物学者だ」と告げた。ヘンリーが「ファイルを読んだ。バイオテロリストだ」と否定すると、ジャックは「何者かに改ざんされていた。あちら側の友人から情報を貰った」と話す。ヘンリーが「その友人と話したい」と頼むと、彼はブタペストにいるユーリ・コヴァッチに連絡を入れた。
ヴァージニア州のDIA本部では、クレイ・ヴェリスがヘンリーとジャックの会話を盗聴していた。彼はDIA長官のジャネット・ラシターに、「貴方の嘘がバレた」と言う。ジャネットが「監視を付けてる。通常の対応で封じ込める」と語ると、ヴェリスは「ヘンリーはドルモフの件で動く。止めれば真相を知り、我々に銃を向ける。彼のハンドラーはどう反応する?」と告げる。「パターソンは文句があっても私には逆らわない」とジャネットは言うが、彼は「私が終わらせる。ロシアの仕業に見せ掛ける」と口にする。ジャネットが「何もしないで。私がチームを使って始末させる」と話すと、ヴェリスは「ドルモフを4回も失敗したチームだ。ジェミニが必要だ」と反論する。ジャネットが「アメリカ国内での暗殺は認めない」と却下すると、ヴェリスは「そちらにヘンリーを始末できる人間はいない」と述べた。
ヘンリーはボートに盗聴器が仕掛けられていたことに気付き、ダニーを問い詰めた。ダニーがDIAとの関係を否定すると、ヘンリーは謝罪して「一杯おごりたい」とディナーに誘った。ヘンリーは海辺のレストランでダニーと会い、彼女のIDのコピーを突き付けた。ダニーのファイルを読んだ彼は、海軍に4年いたこと、DIAでは超エリート街道を歩んで来たことを調べ上げていた。ヘンリーはダニーと酒を飲み、別れて立ち去った。
ジャックはクルーザーで恋人と過ごしていたが、2人の刺客に殺された。ヘンリーは刺客の接近を知ってジャックに連絡するが、留守電になっていた。彼はマリーノに電話を掛け、すぐに逃げるよう指示した。ヘンリーは電話の最中にマリーノが殺されたと悟り、自分を狙った暗殺チームを始末して逃亡した。彼はダニーの家へ侵入し、眠っているのを見て何も聞かされていないと理解した。ヘンリーは事情を説明し、「次は君が殺される」と告げた。
ヘンリーはダニーに着替えるよう指示し、船の準備に向かう。その間に刺客が来るが、ダニーは反撃して銃を奪った。彼女の尋問を受けた殺し屋は、差し向けた黒幕がジャネットだと白状した。ヘンリーとダニーは船に乗り、その場から逃走した。暗殺チームの失敗を受けて、クレイはジャネットに「始末を付けると言った結果がこれか」と告げる。彼は「ヘンリーも1人の兵士だ。若い頃は言われたことを鵜呑みにしても、年を取れば良心が芽生える。我々にはニュータイプの兵士が必要だ。後はジェミニが引き取る」と語り、「許可は出来ない」とジャネットに言われると「許可は求めていない。上に報告すれば、我々の悪巧みを報告することになる。ロシアの仕業に見せるから、君はヘンリーを国葬にしろ」と述べた。
ヘンリーは旧友のバロンと合流し、ダニーを紹介した。バロンは自分の家に隠れるよう勧め、自身がが操縦する水上飛行機に2人を乗せた。ヘンリーはパターソンに電話を掛け、仲間の殺害を責めた。パターソンは「俺じゃない」と関与を否定し、「ジェミニの仕業だ。お前の古い友人がジャネットに食い込んでいて、俺には止められなかった」と釈明した。「ドルモフのジェミニの人間か?」とヘンリーが訊くと、彼は「昔の話だ」と言う。ヘンリーが「あの仕事はクレイ・ヴェリスのためか」と気付くと、パターソンは「嘘をついていて悪かった」と詫びる。「今までに幾つやらせた?幾つの資料を改ざんした?」とヘンリーが激昂すると、彼は「この1つだけだ」と言う。パターソンは「間違いは埋め合わせる。戻って来い」と呼び掛けるが、ヘンリーは「どこに戻る?」と電話を切った。
ヘンリーとバロンは海兵隊にいた頃、ヴェリスの部下だった。ヴェリスは退役後に傭兵会社のジェミニを創設し、ヘンリーとバロンも勧誘されたが断っていた。クレイは自分の都合だけで人を殺して大金を稼ぎ、裏で誘拐や拷問も引き受けていた。ヘンリーとダニーはバロンに連れられ、コロンビアのカルタヘナにある彼の自宅に到着した。ヘンリーは刺客が来たことに気付き、ダニーとバロンに安全な場所へ避難するよう指示した。彼は刺客を引き付けるため、外に出て歩き出した。
発砲を受けたヘンリーは、逃亡しながら反撃のチャンスを窺う。ライフルを構えた彼は、若い頃の自分に酷似した容姿の暗殺者を発見する。ヘンリーはバイクを奪い、暗殺者と戦いながら逃走する。暗殺者に激突されたヘンリーは、バイクから転落する。しかし現場にパトカーが駆け付けたため、暗殺者は逃亡した。ヘンリーは警察署に連行されるが、すぐにダニーが来て釈放の手続きを取った。ヘンリーはダニーに、「あの殺し屋は俺が引退するから殺しに来たんじゃない。ジャックが何か秘密を喋ったと思ってるからだ」と話す。ヘンリーとダニーはバロンが借りた自家用ジェットに乗り、ユーリが住むハンガリーへ向かった。
ジョージア州グレンヴィル。暗殺者のジュニアはヴェリスの自宅を訪れ、「パパと話したかった」と告げる。彼が「奴は動きが読めてるみたいだった。妙な感じがした。あれは誰?」と言うと、ヴェリスは「お前が感じている妙な感覚は恐怖だ。それを受け入れて乗り越えろ。最高の兵士になれるかどうかは、それで決まる」と述べた。ジュニアは幼い頃からクレイに育てられ、成長するとジェミニで兵士の訓練を積むようになった。ヴェリスはジュニアに、ヘンリーのいるブダペストへ向かうよう命じた。
ブダペストに着いたダニーはジュニアのサンプルを知人に渡し、DNA鑑定を依頼した。ヘンリーは彼女から、ジュニアが自分のクローンだと教えられた。ヘンリーたちはユーリと会い、ヴェリスがドルモフを呼び寄せてラボを作らせたこと、クローンを引き取って暗殺者として育てたことを聞かされる。ドルモフは1年前にヴェリスと衝突し、ユーリに連絡していた。ドルモフは人間の遺伝子に手を加え、優秀な兵士を作ろうとした。しかしヴェリスは良心を持たない完璧な兵士を作ろうと目論んでおり、それにドルモフは反対したのだ。
ユーリはヴェリスを止めるよう要求し、自宅から脱出するのを見ていたと明かした。ヘンリーはメッセンジャーを差し向け、ジャネットにメッセージを届けた。彼は自宅の情報を知っていることをジャネットに教えた後、電話を掛けて脅しを掛けた。「計画は私が来る前から始まっていた」とジャネットが弁明すると、彼は「完璧な役人の答えだ」と嫌味っぽく言う。ヘンリーはダニーを復帰させて保護するよう要求し、ジュニアだけを送るよう告げて会う場所を伝えた。
その夜、ダニーは囮になってジュニアと接触し、彼を車に乗せて移動する。ジュニアはダニーは地下へ連行し、罠を仕掛けてから拘束した。しかしヘンリーは罠を全て見抜いており、ジュニアを急襲して銃を奪い取った。彼はジュニアがヴェリスから何を言われて来たかを指摘し、心を見透かすような言葉を並べる。ヘンリーはジュニアにクローンてあることを教え、「ヴェリスを殺すべきだ。お前を助けたい」と訴える。しかしジュニアは受け入れず、ヘンリーに襲い掛かった。ヘンリーはダニーに「撃つな」と指示し、ジュニアと戦う。ジュニアがナイフを持ち出してヘンリーに重傷を負わせると、ダニーは威嚇発砲する。ジュニアは「俺はお前じゃない」とヘンリーに怒鳴り、その場から逃亡した…。

監督はアン・リー、原案はダーレン・レムケ&デイヴィッド・ベニオフ、脚本はデイヴィッド・ベニオフ&ビリー・レイ&ダーレン・レムケ、製作はジェリー・ブラッカイマー&デヴィッド・エリソン&デイナ・ゴールドバーグ&ドン・グレンジャー、製作総指揮はチャド・オマン&マイク・ステンソン&ブライアン・ベル&グォ・グワンチャン&ルーエン・ファン&ドン・マーフィー、共同製作はメリット・リード&デヴィッド・リー&リー・ハイフェン&ヤン・キー&ウェイ・チャン&サルヴァトーレ・カポーネ&リック・ベナッター、撮影はディオン・ビーブ、美術はガイ・ヘンドリックス・ディアス、編集はティム・スクワイアズ、衣装はスティラット・アン・ラーラーブ、視覚効果監修はビル・ウエスタンホーファー、視覚効果プロデューサーはカレン・マーフィー=マンデル、音楽はローン・バルフ。
主演はウィル・スミス、共演はメアリー・エリザベス・ウィンステッド、クライヴ・オーウェン、ベネディクト・ウォン、ラルフ・ブラウン、リンダ・エモンド、ダグラス・ホッジ、イリア・ヴォロック、E・J・ボニーリャ、デヴィッド・シェイ、セオドラ・ミラン、ディエゴ・アドナイ、リッラ・バナク、イゴール・サズ、アレクサ・ギオルギー、フェルナンダ・ドロギ、アレクサンドラ・スーク、ティム・コノリー、ダニエル・サライヤーズ、ジョーダン・ルース・シャーリー、トニー・スコット、ジェフ・ーサーズ他。


『ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日』『ビリー・リンの永遠の一日』のアン・リーが監督を務めた作品。
脚本は『ウルヴァリン:X-MEN ZERO』のデイヴィッド・ベニオフ、『オーヴァーロード』のビリー・レイ、『グースバンプス モンスターと秘密の書』のダーレン・レムケによる共同。
ヘンリー&ジュニアをウィル・スミス、ダニーをメアリー・エリザベス・ウィンステッド、クレイをクライヴ・オーウェン、バロンをベネディクト・ウォン、パターソンをラルフ・ブラウン、ジャネットをリンダ・エモンド、ジャックをダグラス・ホッジが演じている。

映画の冒頭から、観客を引き付ける作業を怠っている。
ヘンリーはマリーノから情報を受け取り、高速で走る列車に乗った標的を遥か遠くから正確に仕留める。
「ヘンリーが超人的な能力で標的を正確に狙撃する」という仕事を冒頭に配置しているのは、どう考えても「主人公の能力をアピールし、観客を引き付ける」という目的があってのことだろうに。
にも関わらず、なぜか「標的が狙撃される」という様子を描かず、そのシーンを終わらせるのだ。

もう少し詳しく、そのシーンについて説明しよう。
ヘンリーは銃を構えるが、少女がドルモフに近付いたのでマリーノが知らせる。それによって一度はタイミングを逸するが、ヘンリーは改めてマリーノからOKの合図を貰い、引き金を引く。列車はトンネルに入り、ヘンリーは小さく「くそっ」と漏らす。
ここでシーンが終わるのだ。
後からマリーノが撮影した動画で車内の騒ぎには少し触れるが、肝心な「見事な狙撃で標的が死ぬ」という瞬間を描かずに終わらせている。どういうつもりなのかと。
どういう意図があるにしても、結果としては単に間違っているだけとしか思えないわ。

あと、ヘンリーが小声で「くそっ」と失敗したかのように漏らしている理由も、その描写だと全く分からないでしょ。
パターソンが自宅を訪ねて来た時に「当たったのは首だ。狙ったのは頭なのに」とか「近くに女の子がいた。もしも弾がずれていたら彼女が死んだ」と言っているので、それに対する「くそっ」だったんだろう。
でも、こっちからすると標的を1発で仕留めて他の乗客には全く被害が出ていないんだから、それは「成功」にしか見えないのよ。
その程度でもヘンリーが「失敗」と感じているなら、その段階で分かるような表現にしておかなきゃ意味が無いだろ。

っていうかさ、そもそも「あと少しズレていれば女の子に命中するかもしれなかった」ってことで、ヘンリーが失敗だと感じて反省するような様子なんて、無くていいのよ。そこは「ヘンリーが凄腕のスナイパー」ってことだけを、純粋に示せばいいのよ。
何しろ、クレイが「ヘンリーを始末できる人間など組織にはいない」と断言するぐらい、凄い男のはずなんだからさ。
だったら、「いかに凄いのか」ってことをアピールしておけばいい。
そんなヘンリーが引退を決意するのは、別に列車の件で「ミスをした」「下手すりゃ少女が死んでいた」と感じなくても、他の理由だけで事足りるんだし。

ダニーは盗聴器を見つけたヘンリーから「DIAか」と詰め寄られると、シラを切る。しかしディナーに誘ったダニーからIDを見せられ、あっさりと白状する。
そりゃあIDを見せられたら認めざるを得ないのは分かるが、「だったらシラを切る手順って無意味じゃねえか?」と思ってしまう。
そこで「マリーナでは否定する」→「夜になってレストランでディナーをする時にバレて白状する」という手間を掛ける意味が無い。
あとさ、バレたくないのなら、なんでディナーの誘いを軽くOKしたんだよ。そこは断れよ。

ヘンリーはダニーを「パターソンの指示か?」と尋問するが、それに相手が答えていないのに全く追求しない。そして楽しんでディナーを終わらせ、彼女と別れる。
いやいや、なんでだよ。
ダニーが自分の監視係を命じられたと分かっているのに、なぜ詳しいことを聞き出そうとはしないのか。
超エリートのダニーが自分を監視しているんだから、何か大きな意味があると感じるのが普通だろ。何か裏があるのでは感じるのが普通だろ。
それを探ろうとせずに別れるのは、ただのボンクラにしか思えないぞ。

ヘンリーはダニーに危険を知らせ、船の準備に向かう。ここで殺し屋がダニーを襲うので「戻って来たヘンリーがダニーの危機を救う」という定番コースかと思いきや、そうではなかった。ダニーが反撃し殺し屋を制圧し、それどころか情報まで吐かせるのだ。
そして彼女は、それ以降も戦闘能力を見せている。
まあ海軍出身でDEAでもエリートなので、戦闘能力があるのは当然っちゃあ当然だ。
ただ、そうなると彼女の役割が難しくなる。ヘンリーとジュニアが対立している間も、手を組んで戦うようになってからも、ダニーは「別にいなくてもいいヘンリーの相棒」でしかないのよね。

ひょっとするとダニーって2010年代以降のディズニー・アニメと同じく、「ヒロインは男に守られるだけの存在じゃなくて自ら戦うべし」みたいな考えに基づいたキャラ造形なのかな。
ハリウッドのゴシップか発端で女性差別が激しく批判を浴びるような社会運動も広まったし、そういう時代の空気も取り込んでいるのかもしれない。
ただ、そのせいで映画としてのキャラクター・バランスが崩れちゃったら、元も子もないと思うんだけどね。

前半、ヘンリーが海に沈む回想シーンがある。後になって、「実はクレイに訓練の一環として海に沈められた過去」ってことが説明されるが、そんなの全く要らないでしょ。
クレイが非道な訓練を強制して頼んでいたとか、ヘンリーが嫌な目に遭ったとか、そんなのを描いて何の意味があるのか。
その回想を使って、クレイの人間性やヘンリーとの関係性を説明したいんだろうってのは分かるよ。
だけど、それがドラマを盛り上げる上で大きな要素になっているとか、効果的に作用しているとかは全く思えないぞ。

この映画の最大のセールスポイントが「現在のウィル・スミスと若い頃のウィル・スミスの共演」にあることは、言うまでもないだろう。
若い頃のウィル・スミスに演技をさせるために、デジタル・アニメーションや高フレームレート撮影など複数の最新技術が使われている。
で、そこの一点突破で勝負しているような作品なのだが、それにしてはジュニアの登場シーンが遅すぎるだろ。
正体を明かすタイミングはともかく、登場シーンはもっと早くないとダメでしょ。

若くて良心の無いクローンが襲って来るのだから「ヘンリーは行動を全て見抜かれた上、全ての能力がクローンの方が高いので苦戦し、窮地に追い込まれる」ってことになるのかと思った。ところが、むしろヘンリーがジュニアの行動を読んで制圧してしまうのだ。
いやいや、それじゃあ仕掛けの面白味を消しちゃってるでしょうに。
しかもジュニアは、あっさりと迷いが生じているのよね。ちっとも「良心を持たない完璧な兵士」じゃないのよ。
それは「次第に変化が」ってことじゃなくて(だとしても時間が足りないけど)、最初からバリバリに良心がある奴なのよ。

ヴェリスがジュニアに真実を隠したまま、ヘンリーの始末を命じる理由がサッパリ分からない。
ジュニアがヘンリーを見たら、自分に良く似ていると気付くはず。そして、あまりにも見た目が似ていることに疑問を抱き、ヴェリスに質問したり、自分で真相を突き止めようとしたりする可能性もある。
ヘンリー側が不審を抱いて調査し、ジュニアに知らせようとする可能性もある。そして実際、そういう事態になっている。
そんなリスクを考えると、わざわざジュニアをヘンリーに近付ける意味が分からない。

ヴェリスはジュニアにクローンであることを指摘されてから、「真実を知らない方が幸せだと思った」と釈明する。
でも、むしろヘンリーを始末させようとするのなら、先に「お前はヘンリーのクローンだ」と教えておいた方が得策だったんじゃないかと。
その上で「ヘンリーを殺害すべき理由」として適当な嘘を吹き込んだ方が、目的を遂行できる確率は高くなったんじゃないかと。
そうすればヘンリー側から「お前はクローンだぞ」と言われても、全く動じずに済むわけだし。

っていうかさ、「先に真相をジュニアに教えるか否か」という問題を抜きにしても、ヴェリスがジュニアにヘンリーを始末させようとする意味が分からないのよ。
ヘンリーは「奴にとっては通過儀礼みたいな物だったんだろう。俺が生きている限り、ある意味でヴェリスの実験は未完成だからな」と分かったようなことを言うが、「ちょっと何言ってんのか良く分からない」とツッコミを入れたくなる。
ヘンリーの言葉で観客を丸め込もうとしているのかもしれないけど、どこにも納得できるポイントなんて無いぞ。
ヴェリスは「奴はお前が自分で克服すべき闇だからだ」とジュニアに言うけど、これも何の説明にもなっちゃいないし。

途中から「ジュニアにヘンリーを始末させる」ってことが目的化しているけど、そもそもは「ヘンリーを始末する」ってことが目的だったはずだ。DIAが資料を改ざんして殺しの仕事を何度もやらせていて、それがヘンリーにバレたので抹殺するという話だったばずだ。
しかしジュニアが登場してからは、当初の目的が完全に忘れ去られる。
「DIAがヘンリーに嘘の仕事をさせていた」という問題は、放り出されている。
そっちも相当に大きな問題のはずなのに、エピローグで申し訳程度に触れるだけ。それはダメだろ。

ヴェリスがヘンリーの始末にジュニアを差し向けるのは、「ヘンリーが凄腕のプロだから他に殺せる奴が見当たらない。だからクローンを差し向ける」ということだったはず。でも、それは建て前で、ヴェリスの本音は「ジュニアにヘンリーを始末させたい」ってことなのだ。
でも根本的な問題として、そんなに焦ってヘンリーを殺す必要性が乏しいのよ。
嘘がバレても、すぐにヘンリーがDIAへの反逆者になるかどうかは分からないし。世間に真実を公表しようとしたら手を打たなきゃマズいだろうけど、まだヘンリーがどう動くかは分からないし。
なので、とりあえずは様子を見て、ヴェリスはどんどんクローンを量産すればいいでしょ。彼の目的はヘンリーを殺すことじゃなくて、良心を持たない完璧な兵士を作ることなんだから。

(観賞日:2021年6月26日)

 

*ポンコツ映画愛護協会