『しあわせの帰る場所』:2008、アメリカ

チャールズ・テイラーは妻のリサと息子のマイケルを乗せ、雨の中で車を運転している。リサの妹であるジェーンを空港まで迎えに行く途中だが、マイケルが自分の眼鏡を無くしたことにチャールズはイライラしている。リサがなだめると、チャールズの苛立ちは彼女にも向けられる。チャールズはマイケルを非難し、「窓ガラスに触れるな」と注意する。またマイケルが窓ガラスに触れるとチャールズの怒りは限界に達し、車から降りろと命じる。リサが「子供っぽい真似はやめて」と注意すると、チャールズは「私が家族のためにどれだけの犠牲を払っているか分かってるのか」と声を荒らげる。マイケルは車から降り、チャールズたちが去った後でポケットから眼鏡を取り出した。彼は眼鏡をかけて空を仰ぎ、大声で絶叫して走り出した。
成長したマイケルは有名な小説家となり、ニューヨークで暮らしている。マイケルは久々に帰郷し、妹のラインが空港まで迎えに来た。ジェーンは息子のクリストファー、娘のレスリーと共に、出掛ける準備を始めようとする。子供たちは庭で野球に興じ、レスリーが打ったボールは向かいの家に飛び込んだ。クリストファーがボールを取りに行こうと道路へ飛び出した時、リサを乗せたチャールズの車が通り掛かった。チャールズは慌ててハンドルを切るが、事故を起こした。ラインはジェーンから電話を受け、事故のことを知った。チャールズは怪我を負っただけで済んだが、リサは命を落としていた。
時間を遡る。少年時代のマイケルは車を降りた後で自宅に戻ったが、鍵が無いので雨に濡れたまま外で待っていた。そこへチャールズの車が戻ると、リサは慌てて駆け寄った。しかしチャールズは全く気にも留めず、ゆっくりと車から降りた。リサはマイケルの「パパが嫌い」という言葉に、「パパは貴方を愛してるわ。最近はストレスが多いだけ」と告げる。マイケルが「パパの本は読んだ?」と訊くと、リサは「読んだわ。とにかく完成した。だから今後は平和なはずよ」と述べた。
ジェーンは夏を過ごすため、姉夫婦の家へやって来た。彼女は菜食主義者になったため、夕食に肉料理が出ると露骨に不愉快そうな態度を示した。チャールズが「ここでは何でも食べてもらう」と告げると、ジェーンは「アンタって病気なの?」と口にした。チャールズは「この夏は我が家のルールに従ってもらう」と言い、マイケルにリストの作成を命じた。マイケルが何ヶ条にも渡るリストを部屋へ持って行くと、ジェーンは呆れたように「この家は最低ね」と告げた。彼女が下着姿だったので、マイケルはドギマギした。
現在。チャールズは病室のベッドでラインにクリストファーのことを尋ね、「私が悪かった。すまない」と嘆く。チャールズが「マイケルは?」と訊くと、ラインは「色々な手配をしてくれてる」と答える。チャールズが何か文句を付けようとする気配を察したジェーンは、「やめて」と注意した。チャールズは「全て完璧にしないと駄目だぞ」とラインに釘を刺した。チャールズはジェーンの暮らす生家へ行き、彼女の夫であるジミーと会った。
マイケルは屋根の上で泣いていたクリストファーに話し掛け、「悪いことは全て君のママに教わった。彼女に教わった魚釣りはやり方が違う。教えてやろうか」と言う。マイケルはクリストファーにチーズと虫取り網を用意させ、川へ出掛けた。マイケルはチーズを餌にして魚を集め、それを虫取り網でクリストファーに捕獲させた。そこへレスリーが来て興奮した様子を見せると、クリストファーは「失せろ、レズ」と怒鳴った。クリストファーがレスリーを突き飛ばすと、マイケルが「やめろ」と制止した。
子供たちが言い争いを始めたのでマイケルは仲裁し、「ママには内緒だ」と告げた。彼は子供たちに、爆竹を川へ投げ込む釣りを見せた。帰宅したジェーンはジミーから「子供たちはマイケルと一緒だ。チーズと虫取り網を持って行った」と聞き、すぐに魚釣りだと見抜いた。夜、ジェーンはレスリーの傷を手当てし、何があったのか質問する。しかしレスリーはマイケルの指示通り、何も話さなかった。マイケルはジェーンから「雷雨の中で子供たちを水際へ連れて行くなんて」と非難され、「嵐の前には帰宅した」と反論した。
「大人の僕が付いてたんだ」とマイケルが言うと、ジェーンは「魚を破裂させて自分が楽しんでただけでしょ」と告げる。「君も好きだった」とマイケルが言うと、彼女は「確かに子供の頃はバカなこともしたけど、問題はそこじゃないわ。子供たちに嘘をつかせた」と指摘した。マイケルは素直に非を認め、「もう母親に嘘はつかせない。どうせ2人とも嘘が下手だ」と告げた。マイケルは教会へ行き、母の遺体を確認して嗚咽した。
リサの葬儀が行われ、マイケルは背広を着ないで出席した。チャールズから背広のことを訊かれた彼は、「クリストファーにあげた」と答える。そのクリトファーは車の中にいて、「なんでだよ」と泣きながら荒れていた。葬儀の後、マイケルは自分の小説を酷評した評論家のアディソン・ウェスリーから挨拶を受けた。彼はチャールズとリサの学生時代の仲間だった。マイケルの別れた妻であるケリーも、後からテイラー家にやって来た。
マイケルが屋根の上で煙草を吸っていると、ケリーがやって来た。ため息をついたマイケルが「ジェーンが電話を?」と訊くと、ケリーは「なぜ分かった?」と言う。「他には言ってない」とマイケルは述べた。「ごめん」とケリーが言うと、マイケルは苛立ったように「何に対して?」と尋ねる。「禁酒して2ヶ月と15日よ」と彼女が告げると、マイケルは「そりゃ凄い。酒のせいで結婚は破綻したけどね」と皮肉っぽく言う。
ケリーが不愉快そうな表情で立ち去ろうとすると、マイケルは「僕はただ君を助けたかっただけだ」と口にした。「幸せか?」という問い掛けにケリーが「ええ」と答えると、マイケルぱ「それなら良かった」と述べた。マイケルとケリーは寝室に入り、激しく求め合った。1階でチャールズが弔辞を語っている最中、2人は2階でセックスを始めた。チャールズが黙祷を捧げようとする中で大きな音がするので、ジェーンとリンは笑ってしまった。
夕食の時、チャールズはマイケルに「葬儀の前日、子供たちを魚釣りに連れて行ったそうだな。不謹慎だ」と告げる。さらに彼は、葬儀の時のマイケルの服装も咎めた。マイケルが嫌味っぽい態度で聞き流していると、チャールズは「お前の態度は家族の恥だ」と怒鳴り付けた。夕食の後、マイケルはケリーを呼んでくれたことの礼をジェーンに告げた。ジェーンは「自分では連絡しないでしょ。彼女は貴方を幸せにする。それが大切」と告げた。
マイケルが「僕の本、読んだ?」と訊くと、ジェーンは「読む必要は無いわ。私も体験したから」と言う。「あれはフィクションだ」というマイケルの言葉に、彼女は「自分の父親を殺したいの?何のために?自分を認めてもらうため」と責めるように尋ねた。「そんなつもりは無い」とマイケルは否定するが、ジェーンは「あの本のせいで、ラインやジミーも知ってしまう」と告げる。マイケルは真顔で、「何を知ってしまうんだ?」と尋ねた。
少年時代のマイケルは、チャールズが招いた文学部の同僚たちの前で自作の詩を朗読した。しかしチャールズは、それがロバート・リー・フロストの詩であることに気付いた。どうやら同僚たちも、それに気付いた様子だった。チャールズはマイケルをガレージへ連れて行き、「私は悪い父親か?」と尋ねた。マイケルが「いいえ」と答えると、チャールズは彼を殴り付けた。彼は「何故あんなことをした?自尊心が無いのか。私は文学部の同僚たちに、息子が自作の詩を朗読すると言ったんだ」と叱責し、マイケルに罰を与えた。
現在。マイケルとラインはリサの遺品を慈善団体に寄付するため、整理する作業に取り掛かった。ケリーも手伝う中、ラインは苛立った様子を見せた。マイケルが「どうした?」と問い掛けると、彼女は「ママはパパが散財しないように、お金を隠してた。でも私たちは隠し場所を知らない。だから神経質になってるの」と答えた。ラインが「こんなことになるなんて思わなかった」と涙目になると、マイケルは「クローゼットを見て来る」と告げた。
クローゼットに入ったマイケルは電話料金の請求書とリサ宛ての親書を見つけるが、チャールズが来たので隠した。マイケルはチャールズから「新作を書き上げたらしいな。出版はいつだ?」と訊かれ、「すぐだ」と答える。チャールズは「今までと違うらしいが、何について書いた?」と質問し、「著者についてだろ」と指摘した。マイケルは「そうだ。読んでくれ」と告げた後、「僕らの関係は、昔からこうだったのか?」と問い掛けた。チャールズは「忘れた」と告げ、クローゼットを出て行った。マイケルはリサがアディソンと浮気していた事実を知り、彼に会って追及する…。

脚本&監督はデニス・リー、製作はシュキー・チュウ&マルコ・ウェバー&ヴァネッサ・コイフマン、共同製作はフィリップ・ローズ、製作総指揮はジェリー・ハウスファター&ミルトン・リュウ、撮影はダニー・モダー、編集はデデ・アレン&ロバート・ブレイキー、美術はロブ・ピアソン、衣装はケリー・クツゲラス、音楽はハビエル・ナバヴァレテ。
出演はライアン・レイノルズ、ジュリア・ロバーツ、ウィレム・デフォー、エミリー・ワトソン、キャリー=アン・モス、ヨアン・グリフィズ、ヘイデン・パネッティーア、シャノン・ルシオ、ケイデン・ボイド、ジョージ・ニューバーン、チェイス・エリソン、ブルックリン・プルー、ダイアン・ペレラ、ナタリー・カープ、レヴェレンド・ジョン・ステンフェルド、フィリップ・ローズ、バブス・ジョージ、フランク・アートル、グラディー・マッカーデル他。


2003年の短編映画『Jesus Henry Christ』で批評家から高い評価を受け、複数の映画賞を獲得しているデニス・リーが脚本&監督を務めた長編デビュー作。
原題の『Fireflies in the Garden』は、ピューリッツァー賞を4度受賞したロバート・リー・フロストによる詩のタイトルから取られている。
マイケルをライアン・レイノルズ、リサをジュリア・ロバーツ、チャールズをウィレム・デフォー、ジェーンをエミリー・ワトソン、ケリーをキャリー=アン・モス、アディソンをヨアン・グリフィズ、若い頃のジェーンをヘイデン・パネッティーア、ラインをシャノン・ルシオ、若い頃のマイケルをケイデン・ボイド、ジミーをジョージ・ニューバーン、クリストファーをチェイス・エリソン、レスリーをブルックリン・プルーが演じている。

「そこをボンヤリさせていくメリットはあるのかな」と思うような事柄が、色々とボンヤリした状態のままで物語が進められて いく。とにかく本作品は、何かに付けて無駄に分かりにくい。
なんでもかんでも説明し、全てを明らかにしてしまうことが絶対的に良いとは言わない。ある程度はボカしたまま進めた方が、それによって物語に深みや厚みが生じることもある。
ただし、それには適度な塩梅ってモノがあるわけで。
この映画は、さじ加減を間違えてしまったようだ。

例えば冒頭シーン、チャールズがあそこまでイライラしている原因が分からない。「マイケルが眼鏡を無くした」ってのは苛立ちの根源ではなくて、他のことでイライラしているところに重なったから八つ当たりしているようなものだ。
リサが「大変なのは分かる」と言っているので何か大変なことがあるんだろう。「教授の座は確実ね」という言葉に「努力の結果だ。奴らを見返してやる」と返すので、たぶん大学の教職に就いていて、仕事関係でストレスを抱えているんだろう。でも、具体的なことは何一つとして見えて来ない。
2度目の回想シーンでは「(本は)とにかく完成した。だから今後は平和なはずよ」とリサが話しているので、チャールズが大学の連中を見返すために本を書いていて、それに関連してイライラしていたんだろうってことは何となく推測できる。でも、やはり具体的なことはサッパリ見えて来ない。
チャールズは冒頭シーンだけでなく、その後も何かに付けてカッとなり、すぐにヒステリックな態度を取る。そうなると、冒頭シーンは「何か特に理由があってイライラしていたわけじゃなくて、そもそも異様なほど怒りっぽい性格」ということなんだろう。
で、そうなると「ある種の病気だから、怒りをコントロールするセラピーにでも行けよ」と言いたくなるが、そういう性質だという明確な言及があるわけでもないんだよな。

マイケルは長居する予定の無い気持ちで久々に帰郷しており、家族が集まろうとしている様子が描かれる。しかし、何の目的で集まろうとしていたのかは分からない。
マイケルが相変わらず父親を嫌っていることは明らかで、それでも帰郷して家族で集まろうとするぐらいだから、何か大きなイベントがあったんじゃないかと思うが、それが何なのかは分からない。後半に入って「リサの卒業式に行くため」という台詞があり、そこでようやく目的が判明するが、「リサの卒業式って何?」という疑問は残る。
マイケルが生家へ行くとクリストファーが屋根の上で泣いているので、「リサが死んだのは自分のせいだという罪悪感に苛まれている」という状況なのかと思ったら、「魚釣りを教えてやろうか」と声を掛けられると途端に元気な様子へと変化し、川へ出掛けている。
そんなに簡単に明るくなっちゃうってことは、大きなショックは受けてないのかと。お前が道路へ飛び出したせいでリサが死んだのに、それは無いだろ。
もっと徹底的に落ち込めよ。そんなに簡単に元気を取り戻すなら、その涙は何の意味がある涙だったのかと。

ケリーが葬儀の後でテイラー家に来た段階では、彼女とマイケルの関係はハッキリしていない。
序盤、マイケルの著書に「ケリーへ」と書かれているのが写るので、何かしらの恋愛関係があったんだろうってことは容易に推測できるが、「別れた妻」ってことは明確になっていない。そして、その段階で「ケリーはマイケルの別れた妻である」ってことを明示しないことのメリットは、何も思い浮かばない。
屋根の上で交わされるマイケルとケリーの会話によって、どうやらケリーのアルコール問題が原因で離婚したらしいってことは何となく推測できる。ただし、マイケルが嫌味っぽい態度、冷たい態度を取っていたのでケリーのことを快く思っていないのかと思いきや、激しく求め合ってキスする展開に至るので「なんじゃそりゃ」と思ってしまう。
いや、そりゃあ「さっきまで言い争っていたのに、あっという間にラブラブになる」とか、「喧嘩していたのに、そこからセックスに発展する」とか、そういうのがカップルにおいて皆無とは言わないよ。
ただし、そういう急激な展開があるにしても、それなりに納得させるような描写は欲しい。この映画の場合、違和感しか無い。

マイケルとケリーがセックスを始めるシーンには、もう1つの違和感がある。
それは、「リサが死んでんねんで」ってことだ。
1階ではリサを偲ぶ会が開かれており、みんなが集まっている。マイケルはリサを愛しており、葬儀の前日には遺体を見て嗚咽していた。
母親を偲ぶ会を抜け出すのは理解できるけど、平然とセックスを始めちゃうのは駄目でしょ。不謹慎にも程があるわ。母親に対する思いはどこへ行ったのかと言いたくなるわ。

マイケルの最新の著書は、どうやら自伝的な内容になっているようだ。その内容について、読んでいないジェーンは「あの本のせいで、ラインやジミーも知ってしまう」と告げる。それに対してマイケルは、「何を知ってしまうんだ?」と尋ねる。
どうやら、それは本当に「何を知られることをジェーンが心配しているのかサッパリ分からない」ということのようだ。
ようするに、「ジェーンは本を読んでいないので、何か家族に関する重大な秘密が本に書いてあると思い込んでいる。そして、その秘密を彼女は知っている。しかしマイケルは何も知らないので、著書にも書いていない」ってことのようだ。
しかし、それって映画を見ているだけだと、それを把握するのは簡単じゃないよ。
しかも結局、ジェーンが「皆に知られる」と危惧していたことが何なのかは、最後まで分からないままだし。

チャールズは「厳格だけど子供たちに対する愛の強い父親」ではなく、恐怖によって支配しようとする男だ。自分の指示通りに動かないと納得せず、すぐにヒステリックな態度を取る完璧主義者だ。彼がマイゲルを怒鳴り付けたり、罰を与えたりする時、そこに愛は無い。ただ自分の怒りをぶつけているだけだ。
だからマイケルがチャールズを嫌うのは当然であり、「成長してから父親と和解する」というドラマなど全く必要性を感じない。チャールズが完全に父親失格の男なので、息子側から歩み寄って受け入れてやる必要など無い。
なので最終的にマイケルが出版を中止し、父親と仲良くやろうとする態度を示しても、「なんで?」と思ってしまう。
まるで賛同も共感も出来ないし、そんな着地をするドラマに心は動かない。

「マイケルはチャールズを嫌っていたが、リサのことは愛していた」という関係性も、素直には受け入れ難い。
リサはマイケルに対して優しく接していたが、チャールズが息子にどんな態度を取っているか、何をやっているか全て把握していたのに、それを止めることは出来ていないのだ。リサはマイケルに優しく接しているが、マイケルを守ることは出来ていないのだ。
息子を守ってやれない優しさは、一時的に痛みを忘れさせる甘い菓子に過ぎない。マイケルの心に刻み込まれたそれを傷は、ずっと残ったままなのだ。リサの言動は、それを根本的に癒やすような力になっていない。
だから大人になってもマイケルはチャールズを嫌ったままだし、「パパは変わる」と言っていたチャールズの態度も相変わらずなのだ。

終盤に入ると、リサがアディソンと浮気していたこと、チャールズと離婚するつもりだったことが判明するが、「だから何?」と言いたくなる。
それが明らかになったことで物語に何か変化が生じるのかと考えた時に、特に何も起きないんだよな。
そりゃあ母親の浮気や離婚の決意を知ったことでマイケルの心情は変化するだろうけど、それが物語に大きな影響を与えているとは感じない。
その後には、マイケルの少年時代にチャールズの浮気を知ったリサが家出しようとしたこと、チャールズが教授になれず本も売れなかったことが描かれるが、それも「だから何?」という印象だ。

その後にはクリストファーが「リサの死は自分のせいだ」と悩んでいることが描かれるけど、だったら魚釣りに誘われて浮かれていたのは何なのかと。クリストファーが強い罪悪感を抱いていることを示したいのなら、あの浮かれて遊ぶ描写は邪魔でしかないでしょうに。
そういうトコに繊細さが不足しており、クッキリとした流れを構築できていないから、マイケルがクリストファーに「君のせいじゃない」と優しく告げるシーンも心に響かない。
しかも、マイケルが慰めて立ち去った後、クリストファーは彼から貰ったハーモニカを投げ捨てて、小麦畑を走り抜けて夜遅くまで帰らないんだぜ。そのせいでマイケルはジェーンから激しく非難されるんだぜ。
そうなると、「そのシーンは何を描きたいのか」と思ってしまうよ。
そんで見終わった時に感じるのは、「それで何が言いたいわけ?」ってことだな。

(観賞日:2015年4月30日)

 

*ポンコツ映画愛護協会