『すべてはその朝始まった』:2005、アメリカ&イギリス

10月。チャールズ・シャインは妻のディアナ、娘のエイミーと3人でシカゴ郊外に暮らしている。その朝、彼は出勤するための列車を乗り過ごした。次の列車に乗った彼は車掌から切符を見せるよう求められ、「しまった、買い忘れた」と言う。切符代の9ドルを支払うよう言われた彼は財布を開けるが、「金が無い。出る時に妻が抜いたんだ」と告げる。チャールズは車掌から「払えないなら次の駅で降りて下さい」と言われると、ルシンダ・ハリスという女性が「私が払うわ」と申し出てくれた。
チャールズが礼を述べて「ユニオン駅にATMがある」と言うと、彼女は「じゃあ利子と手数料を付けて明日返して」と告げる。「酷いな。高利貸しか」とチャールズが口にすると、「顧客を騙す投資アドバイザーよ」と彼女は言う。そこでチャールズは、「僕は主婦を騙すCMを作ってる」と述べた。中堅のCM制作会社であるJMDマーチで働いていることを彼が言うと、ルシンダは「ウチはエイヴェリー・プライス。中堅は相手にしない」と告げた。
チャールズは「明日も同じ電車?」と尋ね、「9ドルぐらい返さなくてもいいわ」と言う彼女に「いや、必ず返す」と告げる。そこには、ルシンダに対する興味も含まれていた。会社に到着したチャールズは、集配係のウィンストンや上司のエリオットと話した後、会議室へ向かう。クライアントのスーザンはチャールズが合意した戦略と異なるCMを作ったことを指摘し、その企画から外すと通告した。
翌朝、チャールズは列車でルシンダと会い、金を返す。財布に入っていた写真を見た彼女が「娘さん?」と訊くので、チャールズは「ああ、エイミーだ」と答える。ルシンダは「私も娘がいる。アンバーよ」と言い、写真を見せた。シカゴ・ユニオン駅に到着するまで、2人は互いのことを語った。出社したチャールズはインターネットでエイヴェリー・プライスのサイトに繋ぎ、ファイナンシャル・アドバイザーをしているルシンダの情報を調べた。
チャールズはエイヴェリー・プライスに電話を掛けてルシンダに連絡を取り、ランチに誘い出した。チャールズが夫のことを尋ねると、ルシンダは「仕事は株関係。ロンドンの取引に合わせて3時に家を出てる。平日用にシティーにも部屋を借りてて、週末はゴルフ」と話す。その日の深夜、エイミーが発作を起こした。チャールズは慌てて寝室に駆け付け、ディアナを呼んで注射を打たせた。翌日もチャールズはルシンダとランチに出掛け、娘が糖尿病の1型であること、家を抵当に入れて自宅に透析装置も買ったことを話す。彼は腎臓移植は無理なのかと問われ、「3回試したが拒絶反応が出た」と言う。もうすぐ新しい免疫抑制薬が出るが、高額で保険も利かない。そのために貯金をしており、臓器提供者を待つだけだと彼は語った。
チャールズはディアナに電話を掛けて「上司に大きな仕事を任されたから遅くなる」と嘘をつき、ルシンダとのデートに出掛けた。彼はバーでルシンダと酒を飲み、ゲームを持ち掛けてキスをする。土砂降りの中で店を出たチャールズは、今度は激しいキスをした。2人は町外れのホテルに入り、関係を持とうとする。しかしラロッシュという男が銃を構えて部屋に乱入し、財布を出すよう要求した。ラロッシュはチャールズの財布を奪うと、ルシンダを強姦しようとする素振りを見せた。チャールズは飛び付くがラロッシュに反撃され、激しい暴行を受ける。ラロッシュに襲われたルシンダの悲鳴を聞きながら、チャールズは意識を失った。
チャールズが目を覚ましすとラロッシュは立ち去り、ルシンダがベッドに座り込んでいた。チャールズは「病院に行こう。すまない」と言い、警察に電話しようとする。しかしルシンダは「やめて。何してたか聞かれるわ」と反対する。家族に知られることを嫌がるルシンダは、チャールズの「どうしてほしい?」という問い掛けに「家に帰りましょう」と告げた。ルシンダをタクシーに乗せてから出社したチャールズは、怪我についてエリオットに訊かれ、強盗に遭ったと説明した。
ラロッシュは帰宅したチャールズに電話を掛け、「「警察に話してないかと思ってね。奥さんにはやっぱり内緒か?ルシンダとやってたくせに。金が要るんだ。お前がカードを停止したせいだ。2万ドルだ。手元にあるか無いかなんて問題じゃない」と脅す。チャールズは近くにいる妻には知られないよう取り繕いながら、「分かった。用意する」と答えた。彼はエイヴェリー・プライスへ行き、ルシンダと会う。1週間休んでいたという彼女に、チャールズは通報しようと持ち掛けた。
ルシンダはチャールズの提案を拒み、「浮気がバレたら夫は何をするか分からない。娘を取られる」と告げる。ルシンダが1万ドルの札束を見せると、チャールズは「金は僕が何とかする」と言う。チャールズが預金を引き出して指定された場所へ赴くと、ラロッシュの手下であるデクスターが待っていた。チャールズはデクスターの案内で、ラロッシュと会った。ラロッシュは金を受け取ると、チャールズの腹にパンチを入れて立ち去った。
11月、チャールズが帰路に就いていると、ラロッシュから携帯に電話が入った。ラロッシュは10万ドルを支払うよう要求し、チャールズの自宅から掛けていることを示唆した。急いでチャールズが帰宅すると、ラロッシュはビジネス・パートナーを詐称してディアナと喋っていた。ラロッシュは改めてチャールズを脅し、10万ドルの支払いを約束させた。チャールズは弁護士のジェリーに相談するが、「6週間も何もせず、いきなり告訴するには女性の証言が必要です」と言われてしまう。
チャールズはルシンダに「弁護士に相談した。警察へ行こう」と告げるが、「行けないわ」と断られる。さらにルシンダが中前したことを明かしたので、チャールズは驚いた。チャールズは刑務所暮らしの経験を持つウィンストンに、事情を打ち明けた。するとウィンストンは、「俺が脅してやる」と言う。チャールズが遠慮すると、彼は「じゃあビジネスとしよう。その悪党に払う額の10%を俺に払ってくれ。1万ドルだ。奴をフランスまで帰してやる」と提案した。
ラロッシュから金の受け渡し場所と時間の連絡が来たので、チャールズは会社から撮影用の小切手として1万ドルを引き出した。彼はウィンストンと共に、車で指定された場所へ赴いた。するとラロッシュはウィンストンを射殺して1万ドル入りの封筒を奪い、「お前が連れて来たんだ。なめやがって」とチャールズに告げて姿を消した。売春婦のキャンディーや巡回警官が声を掛けて来たので、慌ててチャールズはウィンストンが眠っているように誤魔化した。チャールズはウィンストンの死体を車ごと川に沈めようとするが、浅瀬で停まってしまった。仕方なく彼は、そのまま放置して立ち去った。
翌朝、チャールズが会社で仕事をしていると、刑事のチャーチがやって来た。「ウィンストンが殺された。昨夜、川で車の中から遺体が発見された」と言われ、チャールズは初めて聞いたように装って「信じられない」と告げた。アリバイを訊かれたチャールズは、「仕事してました」と告げる。証明できる人間がいるか問われているところへラロッシュから電話が入り、「俺に刃向かえるとでも思ったか。女は預かったぞ。20分で来なきゃぶち殺す。その後ディアナと小さなエイミーも殺してやる」と脅される。チャールズは銀行で10万ドルを引き出し、指定された場所へ赴いてラロッシュに渡した…。

監督はミカエル・ハフストローム、原作はジェイムズ・シーゲル、脚本はスチュアート・ビーティー、製作はロレンツォ・ディボナヴェンチュラ、共同製作はマーク・クーパー、 製作協力はジェレミー・ステックラー、製作総指揮はハーヴェイ・ワインスタイン&ボブ・ワインスタイン&ジョナサン・ゴードン、撮影はピーター・ビジウ、編集はピーター・ボイル、美術はアンドリュー・ラース、衣装はナタリー・ウォード、音楽はエドワード・シェアマー。
出演はクライヴ・オーウェン、ジェニファー・アニストン、ヴァンサン・カッセル、メリッサ・ジョージ、RZA、イグジビット、アディソン・ティムリン、ジャンカルロ・エスポジート、デヴィッド・モリッシー、ジョージナ・チャップマン、デニス・オヘア、トム・コンティー、キャサリン・マッコード、レイチェル・ブレイク、サム・ダグラス、サンドラ・ビー、デヴィッド・オイェロウォ、オーティス・デレイ、ダニー・マッカーシー、レイン・ロメイン、ロナルド・タナー、ジェームズ・クリスマン、マーカス・ホルトン、レオ・マッコイ、ロベルト・ランヘル他。


ジェイムズ・シーゲルの小説『唇が嘘を重ねる』を基にした作品。
監督のミカエル・ハフストロームは2003年の『Ondskan』でアカデミー外国語映画賞にノミネートされたスウェーデン人監督で、この作品でハリウッドに進出した。
脚本は『ブレイク・スルー/クレイゴ島からの脱出』『コラテラル』のスチュアート・ビーティー。
チャールズをクライヴ・オーウェン、ルシンダをジェニファー・アニストン、ラロッシュをヴァンサン・カッセル、ディーナをメリッサ・ジョージ、ウィンストンをRZA、デクスターをイグジビット、エイミーをアディソン・ティムリン、チャーチをジャンカルロ・エスポジートが演じている。

クライヴ・オーウェンとジェニファー・アニストンは、いずれもミスキャストだ。
クライヴ・オーウェンは、「脅されると簡単に屈してしまう、ひ弱なサラリーマン」が全く似合わない。目力が強いし、ガタイもいいし、ちっとも弱々しさを感じさせない。
「ヘタレ男として生活しているが、実は元殺し屋で」みたいな設定なら分かるけど、そうじゃないし。
野獣の魂、荒ぶる魂ってのが、登場した時から透けて見えちゃうんだよね。
一方のジェニファー・アニストンは、「周囲の男たちを虜にするミステリアスで妖艶な美女」には到底見えない。
ファム・ファタールみたいなキャラクターは、彼女には似合わないよ。

序盤から色々と不自然だったり強引だったりする箇所がある。
まず列車に乗り遅れたチャールズが、次のカットでは別の列車に乗っているシーン。もちろん「次の列車に乗った」ということぐらいは理解できるが、車掌が切符の拝見に来ると「しまった、買い忘れた」と言っている。
幾ら急いでいたからって、いつもの駅から、いつもの出勤コースとして列車に乗っているのに、切符を買い忘れて列車に乗るのは不自然だ。最初の列車に乗り遅れた後、次の列車が来るまでに時間があっただろうに。
しかも、財布に切符代の9ドルも無いって、んなアホな。「妻が抜いたんだ」と説明しているけど、幾ら節約していても、無一文で出勤させるかね。

そして、そういう不自然極まりない偶然が重ならないと、「ルシンダがチャールズの切符代を支払い、彼と知り合う」という展開が成立しない。
つまり、チャールズが罠に陥れられることも無いってことだ。
そんな偶然に頼った作戦って、おかしいだろ。
いや、そりゃあ仮にチャールズが切符代を持っていたとしても、別の形でルシンダが接触していた可能性はある。でも引っ掛かりがあることは確かだ。

それと、そもそも切符代さえ払えないような男を騙して大金を奪おうってのは、標的選びを間違えてないか。たまたまチャールズは大金を貯金していたけどさ。
もしも「大金を持っていると知った上でチャールズを狙った」ということなら、それを明示すべきだし。
ただし、チャールズが最初から標的だったとしたら、計画に無理があるんだよね。だって、いつもの列車にチャールズが乗っていたら、ルシンダは彼と出会わないわけで。
そう考えると、やはり「たまたまチャールズがカモにされた」ということなんだろうし、だから「切符代も持っていないような奴をチョイスするのは変でしょ」ってことになる。

チャールズに対する同情心が起きにくいってのは、この映画の抱える欠点の1つだ。
ルシンダから接触的に誘惑されたわけではなく、彼は自分の方から彼女に強い興味を抱き、アプローチしている。そして深い関係になろうとしたところで罠にハマっているので、自業自得だとと感じるのだ。
「娘の病気でストレスが溜まっていた」ということは、同情を誘うための要素としては機能しない。それは「娘の病気」という要素が絶対に同情心へは繋がらないということではなく、同情心に繋げるための作業に失敗しているってことだ。
チャールズの浮気心が軽薄なモノに見えるので、「それはそれ、これはこれ」としか感じないのだ。

何しろ、チャールズはルシンダと浮気する時に、全く迷いや揺らぎが無い。妻や娘のことなど、これっぽっちも気にしちゃいない。軽いノリで「唇に触れずにキスできたら20ドルだ」とゲームを持ち掛け、普通にキスをする。
それって、ただのナンパな男のやり口でしょ。
そうなると、「最初から浮気心たっぷりだった奴が、いい女に出会って浮気した」というだけに見えるのだ。
「誠実で生真面目だった男が、女の色香に魅了されて浮気してしまう」という印象を受けないのだ。

罠に落ちた後のチャールズの行動も、ますます同情心を削ぐ形になっている。
まず、強姦されてショックを受けている様子のルシンダが「もう会わないわ。ごめんなさい」と言った時、「僕は会いたい」と主張するのが不愉快。相手への思いやりや優しさに欠ける、自分のエゴばかりを通そうとする態度だ。
10万ドルの支払いを要求され、自宅にラロッシュが来てもなお、チャールズが妻に真相を打ち明けないというのも、ますます共感する気持ちを削ぐ。
妻と娘に危険を及んでいるのに、なおも「浮気を知られたくない」という気持ちを優先させるんだから、そんな男に「脅しを受けているから」ということでの同情心なんか湧かないわ。

ウィンストンがラロッシュに殺されると、チャールズは死体を車ごと川に沈めて隠蔽しようとする。自分を助けようとした友人が殺害されても、まだ彼は「浮気を隠したい」という気持ちで行動する。
「女は預かったぞ。20分で来なきゃぶち殺す。その後ディアナと小さなエイミーも殺してやる」と脅されると、腎臓移植のための10万ドルを支払う。それでも、まだ刑事には真実を話さない。
ようやくディアナには真相を明かすが、それは「10万ドルを使った理由を言わなきゃいけないから」に過ぎない。
それを誤魔化す嘘なんてつけないから、真相を話さざるを得なかっただけだ。

どうせ序盤から何となく分かっている人もいるだろうと思うけど、そろそろ完全ネタバレを書いてしまうと、ルシンダとラロッシュはグルで、チャールズを罠に掛けたのだ。
ルシンダってのは本物がエイヴェリー・プライスにいて、偽者はバイトで来ていただけだ。
そんな真相を知った途端、急にチャールズは強気な男へと変貌する。
ホテルに乗り込み、ラロッシュを背後から殴り倒す。部屋に入って拳銃を構え、金を返すよう要求する。

助けてくれたチャールズの言うことを全く聞かず、それどころか拳銃を奪おうと襲い掛かるボンクラな男のせいで、誤射によって偽者のルシンダが弾丸を受ける。
ラロッシュが男を射殺するが弾切れになり、素早く立ち上がったチャールズはドアに体当たりして、入って来ようとするデクスターの手から銃を落下させる。
そしてラロッシュに発砲し、デクスターにも銃弾を浴びせる。
その姿は、すっかり「元刑事」とか「元FBI」みたいな感じになっている。

その後には、「実はラロッシュが死んでおらず」という展開もあるけど、蛇足でしかない。
冒頭に刑務所で「すへではその朝始まった」と書いている奴がいて、終盤になって「そいつがラロッシュだった」ということが明らかになる。
教師経験のあるチャールズが奉仕活動で刑務所に来た時、ラロッシュの書いた物語を読んで「これは自分のことを書いている」と気付き、隠し持っていた木製ナイフで刺し殺す。
だけど、「だから何なのか」と思ってしまう。

ホテルの部屋での争いでラロッシュが死なず、刑務所で殺されるという展開にしたことによって、何の効果が得られるのかサッパリだ。
「ラロッシュが死んでいなかった」という意外性が面白いと思ったのかもしれないけど、そんなことは全く無いし。
どうやら「刑務所で囚人が書いた物語を読んだ主人公が驚く」というのは原作の冒頭にある内容らしいので、そこを使ったってことなんだろう。
でも、何の効果も得られないのに、形だけ踏襲したところで意味が無いでしょ。

(観賞日:2015年4月17日)

 

*ポンコツ映画愛護協会