『300 <スリーハンドレッド> 〜帝国の進撃〜』:2014、アメリカ

ゴルゴ王妃は船上の兵士たちに、夫であるスパルタ王レオニダスと300の精鋭がペルシアとの戦いに命を捧げたことを語る。今から10年前、ペルシアのダレイオス王はギリシアの3倍の軍勢を率いてマラトンへと攻め込んだ。アテナイの戦士であるテミストクレスは作戦を立て、奇襲を仕掛けた。双方に多くの犠牲者が出たが、テミストクレスは油断したダレイオスの胸に矢を突き刺した。ダレイオスの息子であるクセルクセスは、激しい怒りを燃やした。
深手を負って帰還したダレイオスは死期を悟り、信頼する女戦士のアルテミシアを呼び寄せた。彼はクセルクセスに、「父と同じ過ちを繰り返すな。ギリシアは放っておけ。奴らに勝てるのは神だけだ」と忠告した。アルテミシアは矢を引き抜いてダレイオスを絶命させ、悲しみに暮れるクセルクセスに「奴らに勝てるのは神だけなら、神の王になるのよ」とギリシアを滅ぼすよう促した。クセルクセスは砂漠の洞窟で人間性を全て捨て去り、別人のように変貌した。アルテミシアは彼を思い通りに操るため、その側近を次々に暗殺した。
ペルシア軍の襲来に備え、アテナイ軍は会議を開いた。休戦協定を求める者もいたが、テミストクレスは「話して分かる相手ではない」と反対する。彼は一致団結して戦うべきだと訴え、スパルタへ加勢を頼みに行くことにした。スパルタ人が余所者を嫌うことを知っている彼は、部下たちを待機させて一人でゴルゴ王妃の元へ向かった。しかしスパルタの存続を目指すゴルゴは、ギリシア連合軍として共に戦おうというテミストクレスの提案を断った。
テミストクレスの友人であるシリアスは、船員を装ってアルテミシアの船に潜入していた。目の前でギリシアの戦士が殺害された後、彼は海に飛び込んで逃亡した。シリアスはテミストクレスの元へ戻り、息子のカリストを同席させて「女司令官の艦隊が来る」と知らせる。テミストクレスはアルテミシアのことを知っており、彼女に関する噂話も聞いていた。アルテミシアはギリシア人だが、暴走した市民軍に両親を殺された。まだ幼かったアルテミシアは強姦され、奴隷船で何年も監禁された。彼女は捨てられていたところをペルシアの使者に拾われ、復讐のために戦士として特訓を積んだのだった。
テミストクレスは仲間のアイスキュロスたちと共に、出撃の準備を整える。敵の軍勢が数千に及ぶのに対し、アテナイ軍は50隻余りの古い船しか無い。敵の先遣隊が嵐に遭難したという情報が入るが、テミストクレスは当初の予定通り、日暮れに敵の本隊を叩く作戦を遂行すると仲間たちに告げる。アテナイ軍の船を見たアルテミシアは、馬鹿にしたような態度を取った。彼女は側近のアルタフェルネス将軍から、バンダリ将軍が先陣を切ることを告げられる。
テミストクレスの率いる寄せ集めのアテナイ軍は、バンダリ将軍の船を沈めて初戦に勝利した。アルテミシアから次戦の指揮を指名されたカシャーニーは、「日没までに必ず倒して見せます」と誓った。しかしテミストクレスは一時的に撤退して敵を誘い込み、カシャーニー軍の船を座礁させて勝利した。アルテミシアは伝令を出し、テミストクレスに中立海域での会談を持ち掛けた。彼女はテミストクレスを誘惑して手を組もうと目論むが拒絶され、激しい怒りを募らせた。
3度目の戦闘ではアルテミシアが作戦を考え、軍勢を差し向けた。彼女の放った矢によって、シリアスは深手を負った。アルテミシアの差し向けた軍勢は油を撒き、アテナイ軍の船に火を放った。大爆発が起きる中、テミストクレスは船を捨てて海へ飛び込むよう仲間に指示する。陸地に戻ったテミストクレスは、シリアスを看取った。一方、レオニダスの軍勢を滅ぼしたクセルクセスは、友軍のダクソスに伝令を指示した。ダクソスはテミストクレスの元へ行き、スパルタ軍が全滅したことを知らせた。テミストクレスはギリシアを結束させるため、全ての都市と村に門の陥落を知らせるようダクソスに頼んだ…。

監督はノーム・ムーロ、原作はフランク・ミラー、脚本はザック・スナイダー&カート・ジョンスタッド、製作はジャンニ・ヌナリ&マーク・キャントン&ザック・スナイダー&デボラ・スナイダー&バーニー・ゴールドマン、共同製作はウェズリー・コーラー&アレックス・ガルシア、製作総指揮はトーマス・タル&フランク・ミラー&スティーヴン・ジョーンズ&ジョン・ジャシュニ、製作協力はマーク・フレージャー&ジョージ・ペレス、撮影はサイモン・ダガン、美術はパトリック・タトポロス、編集はワイアット・スミス&デヴィッド・ブレナー、衣装はアレクサンドラ・バーン、視覚効果監修はリチャード・ホランダー&ジョン・“DJ”・デスジャーディン、音楽はジャンキー・XL。
出演はサリヴァン・ステイプルトン、エヴァ・グリーン、レナ・ヘディー、ロドリゴ・サントロ、デヴィッド・ウェンハム、ハンス・マシソン、カラン・マルヴェイ、ジャック・オコンネル、アンドリュー・ティアナン、イガル・ノール、アンドリュー・プレヴィン、ピーター・メンサー、ベン・ターナー、アシュラフ・バルフム、クリストファー・シューラフ、スティーヴン・クリー、ケイトリン・カーマイケル、ジェイド・チノウェス、ケヴィン・フライ、デヴィッド・スターン他。


人気グラフィック・ノベルを基にした2006年の映画『300 <スリーハンドレッド>』の続編。
監督は前作のザック・スナイダーから、『賢く生きる恋のレシピ』のノーム・ムーロに交代。
脚本は前作に続いてザック・スナイダー&カート・ジョンスタッドが担当。
前作からゴルゴ役のレナ・ヘディー、クセルクセス役のロドリゴ・サントロ、ディリオス役のデヴィッド・ウェンハム、エフィアルテス役のアンドリュー・ティアナン、ダクソス役のアンドリュー・プレヴィン、使者役のピーター・メンサーが続投。
テミストクレスをサリヴァン・ステイプルトン、アルテミシアをエヴァ・グリーン、アイスキュロスをハンス・マシソン、シリアスをカラン・マルヴェイ、カリストをジャック・オコンネル、ダレイオスをイガル・ノールが演じている。

前作が大ヒットを記録したため、その翌年から続編の企画は進められていた。
ザック・スナイダーは続編の監督にも興味を示していたが、『マン・オブ・スティール』のオファーを受けたので、そっちを選んで本作品は脚本と製作だけを担当している。
ザック・スナイダーはミュージック・ビデオやコマーシャルの仕事から映画界へ進出した人だが、ノーム・ムーロもCFディレクターの出身。
だからってわけでもないんだろうけど、前作の「とにかく映像に凝りまくり」という演出方針はキッチリと踏襲されている。
スローモーションと通常スピードの映像を交互に切り替えるとか、役者の演技をCG製の背景と合成するとか、前作でザック・スナイダーが持ち込んだ演出を引き継いでいる。

最初に書いておくと、私は前作を高く評価していない。
見慣れない色彩には最後まで惹き付けるほどの力が無いし、キャラクターは全く勃っていないし、魂を熱く燃えさせてくれるドラマが無くて、ストーリーは浅薄だった。
ザック・スナイダーは映像表現の方面で高く評価されることが多いが、裏を返せば「映像表現しか無い」人である。ところが困ったことに脚本まで担当したがるので、結果としては「薄っぺらくてスッカスカの映画」が出来上がる可能性が高くなってしまう。
原作付きである前作でさえペラッペラだったので、オリジナル脚本である『エンジェル・ウォーズ』なんかはドイヒーなことになっていた。
で、そんな彼が今回も脚本を担当しているのだから、その結果は「言わずもがな」だろう。

前作を高く評価していないと書いたが、それでも今作と比べれば雲泥の差と言っていいだろう(もちろん前作の方が圧倒的に上ってこと)。
まず、脚本は相変わらず浅くて薄っぺらいのだが、その内容は前作よりもさらに落ちている。
さらに、映像表現の部分でも、前作には「ファースト・インパクト」という部分での強みがあったが、今回は同じことをやっても「前にも見た」ということになってしまう。
おまけに、本家のザック・スナイダーじゃなくて「前作に似せようとしている別人」の演出なので、どうしてもオリジナルよりは劣ってしまう。
だから、おのずと前作よりも出来栄えが落ちてしまうのだ。

さらに前作と比べて著しく劣っているポイントとして、「マッチョ不足」ということが挙げられる。
前作は「男だらけの筋肉大会」だったわけで、そこは観客を引き付ける重要な要素となっていた。しかし今回、すっかり体格が細くなっている。いわゆる細マッチョという感じでもないし、仮に細マッチョだったらOKなのかというと、それも違う。
「戦う連中がスパルタ兵じゃなくて寄せ集めの軍勢だから」ってことだろうけど、過剰なまでに筋肉を誇示し、ギラついた「肉弾」のパワーとエナジーを見せることが、ある意味では本作品の目的じゃないかと思うぐらいだ。
ひょっとすると前作との差別化を図って、肉体のマッチョ加工を捨てたのかもしれない。
しかし、そこは絶対に踏襲しなきゃいけないポイントでしょ。

今回は前作にも増して、キャラクターに魅力が乏しい。
まず主人公であるテミストクレスが、レオニダスと比較にならないぐらい冴えない奴だ。カリスマ性を感じないし、見た目からしてイマイチだ。
敵の親分であるクセルクセスは、何がどうなったのか良く分からない手順を経て別人と化すけど、前作に続いての登場だから見た目のインパクトは無い。
あと、最初の時点で「アルテミシアの操り人形」ってことが明かされているので、どれだけ「俺様がボスだ」という言動を取ったところで、「所詮は操られているだけだし」思ってしまうし。あと、レオニダスと戦っている設定だから、今回は出番が少ないし。

そんな風に男どもが冴えない中で、アルテミシアだけが孤軍奮闘している。
ただし、それが本作品にとってプラスかというと、そうとは言えないのが困りもの。
そもそも「他の連中が冴えないからアルテミシアだけが存在感を放つ」という比較の問題だし、それと「両親を惨殺され、強姦され奴隷として扱き使われ、ギリシアへの復讐心に燃える」という設定だと、「それって悪党じゃないよね」と言いたくなってしまう。
行動の残虐性や狡猾さによって悪党キャラに仕立て上げられているけど、実は「ギリシアのため」という理由で戦っているアテナイ軍の面々よりも、よっぽど共感できる動機なのよね。
で、冷静に考えると悪党ではない女を「悪党の親玉」として配置しているもんだから、それも乗り切れない原因の1つになっている。

それと、アルテミシアがテミストクレスを色気で落とそうとして拒絶され、「ムキーッ」とヒステリックになっちゃうのは大きなマイナスだわ。
そこまでは「男どもを支配する女ボス」として君臨していたのに、そういう行動を取らせることでチンケになっちゃってるぞ。
女であることを武器にして敵の将軍を垂らし込もうってのは、分からんでもないのよ。「男だらけの中で紅一点の女ボス」ってのを登場させた時に、そういう動かし方をさせたくなることは理解できる。
だけど、アルテミシアに関しては、その動かし方は大失敗だわ。

しかも、ただ単に提案を拒絶されるだけじゃなくて、「テミストクレスがセックスには乗って来るからOKしたとか思いきや断られる」という形だから、すんげえカッコ悪いのよ。
それはテミストクレスを上げるためにアルテミシアを貶めているとしか思えないが、そういうの、やっちゃダメよ。
アルテミシアは、徹底して「復讐に燃える恐ろしい女」であるべきで、情けないトコを見せるべきじゃないのよ。
その後の行動を見ると、少なからずテミストクレスに本気だった雰囲気もあるけど、それも含めてダメだわ。

あと、それって実はテミストクレスを上げることにも繋がってないでしょ。 仲間の元へ戻った彼は「今度は本気で来るぞ」と言っているけど、「セックスを始めておいて誘いを断り、アルテミシアを怒らせたのはアンタだろうに」と言いたくなるわけで。
そんで3度目の戦いでは本気になったアルテミシアが作戦を考え、アテナイ軍は多くの犠牲者を出す。
アイスキュロスに「同じ悲劇を何度繰り返す気だ?」と責められたテミストクレスは「勝利するまでだ」と告げ、「若者が犠牲になった」と責められると「私が喜んで友の死を見届けていると思うのか。子供の父親を奪うのも、私の責任だ」と力強く告げているが、そんなことを偉そうに言う前に反省すべき点があるんじゃないかと言いたくなってしまう。

前作のスパルタ兵たちはバカばっかりで、これっぽっちも知力を使おうとしなかった。
これといった作戦も用意せず、真正面から戦いを挑んで大勢の犠牲者を出すという、ボンクラ極まりない連中だった。
それに対して今回のアテナイ軍は、テミストクレスが作戦を立てて戦いに挑んでいる。
「型破りな戦法ね」「守りも隙が無い」と評されてバンダリ将軍との戦いは敵の船に体当たりを食らわせているなので、それを作戦と呼んでいいのかどうかは微妙だが、「撤退に見せ掛けて敵の船を座礁させる」というカシャーニー軍との戦闘は狡猾な作戦と言っていいだろう。

今回は筋肉の部分で前作より遥かに劣っているため、「素晴らしい肉体があるので、力で押すのだ」という部分の説得力が使えないということで、「足りない部分は頭脳労働で補いましょう」という考えだったのかもしれない。しかし、「それはそれ、これはこれ」である。
ちなみに、今回は陸戦じゃなくて海戦が描かれているってのも、大きな違いの1つだ。
で、「船を使った戦いがメインだから、前作ほどの筋肉は要らないでしょ」という考えがあったのかもしれないが、「それはそれ、これはこれ」である。
あと、最終決戦ではテミストクレスが「もはやどんな作戦も奇襲も無い」と言い出し、真正面から突っ込んで普通に戦うので、「だったら相手より数でも力でも劣るんだから勝てるわけねえだろ」と言いたくなる。
しかも前回の戦いで多くの犠牲者を出しているから、ますます数は減っているわけで、だったら、なおさら知恵を使って戦わなきゃマズいだろうに。なんで急にスパルタ軍の真似をするかね。

そんでテミストクレスがアルテミシアと一騎打ちしているところへ都合良くゴルゴ王妃の率いるスパルタ軍(だけじゃなく他の都市の軍勢も来ている設定)が駆け付けて加勢しているけど、今回の話ってギリシア側もペルシア側も女が全て持って行くってことなのね。
それって、『300 <スリーハンドレッド>』の続編として間違ってないかね。
あと、ゴルゴが戦闘能力の高さを発揮するのは、ちょっと違和感があるぞ。
それと、今回は「300人の軍勢で戦う」という内容じゃないので、もはや「タイトルに偽りあり」という状態に陥っているよね。
まあ、他にも色々と問題がありすぎて、タイトルの問題なんて些細なことだけど。

(観賞日:2015年12月4日)

 

*ポンコツ映画愛護協会