『顔のないスパイ』:2011、アメリカ
メキシコのソノーラ。十数名の一団が国境を越え、アメリカの領内に入った。そこに国境警備員が駆け付けるが、その一団は殺害した。6ヶ月後、ワシントン。ビジネスでロシアと繋がっているダーデン上院議員を、FBI捜査官のバートンとウィーヴァーが張り込んでいた。しかし夜道に出たダーデンは、暗闇の中で何者かに殺される。CIAの情報部員が殺害現場に来たため、「ここはFBIの管轄だ」とバートンたちは言う。そこへCIA長官のトム・ハイランドがやって来た。バートンたちはFBI長官のロジャー・ベルから連絡を受け、手を引くよう指示された。
トムはCIAを引退したポール・シェファーソンの元を訪れ、「カシウスが復活した」と告げた。「彼は過去の人間だ。もう20年以上も噂を聞かない」とポールが言うと、トムは「ダーデン上院議員が路上で喉を切られた」と述べた。「模倣犯だ。カシウスは死んだ」とポールが口にすると、トムは彼をCIA本部へ連れて行く。会議の場にベルが同席していることにポールが驚くと、トムは「時代は変わった」と冷静な口調で告げた。
ポールは現役時代、ロシアの暗殺者集団「カシウス7」を追跡していた。手下は一掃されたが、カシウスだけは捕まらなかった。FBIの若手捜査官であるベン・ギアリーは、カシウスは生きていると断言する。彼はカシウスに関する修士論文を書いており、自説に対する強い確信を抱いている。トムはポールに、ベンとコンビを組むよう指示した。しかし、ポールは現場経験の浅いベンの意見を否定した。
トムの「ブルータスに会え。刑務所で生きている」という言葉に、ポールは驚いた。カシウス7のメンバーであるブルータスは、1989年にザルツブルグでポールが射殺したはずだからだ。しかしトムは、ブルータスが3階から落下したが生きていたことを明かした。ボールは「俺に構うな」と声を荒らげ、帰宅した。ポールは見張りに気付き、CIAに電話を掛けてトムを出すよう命じた。「盗聴してるんだろ」と彼が言うと、向こうから「明日、長官が大統領と会う。意味は分かるな」という声が聞こえた。ポールは1988年の出来事を回想した。彼はパリの大使館を訪れ、トムと面会した。ポールは「カシウスの尻尾を掴んだ。私なら逮捕できる」とトムに告げた。
次の日、ポールはホワイトハウスの前でトムと会う。「これから大統領と会い、クビを通告される」と言うトムに、ポールは「カシウスは死んだ」と改めて告げる。するとトムは「証明しろ」と言い、車で去った。ポールはベンと共に、ブルータスの収監されている刑務所を訪れた。ポールは牢に近付かず、ベンに交渉役を任せた。ベンはポールが用意したラジオをエサにして、ブルータスにカシウスの情報を教えるよう持ち掛けた。
ブルータスはカシウスが元軍人であること、訓練に飽き足らずに特殊な殺人技を習得したことを話す。それはワイヤーを使って標的の喉を切るという殺し方であり、ダーデンの殺害方法と合致していた。ブルータスは「奴は俺たちを鍛え上げたが、その後は会っていない。仲介を通して標的が伝えられる。計画するのが奴だ」と語る。「なぜカシウスは姿を消した?」という質問に、彼は「掟を破ったからだ」と答えた。さらに詳しく尋ねようとしたベンだが、ポールが「ラジオをやれ」と告げて尋問を中止させた。
刑務所を出るポールに、ベンは「なぜ途中で止めたんです?」と訊く。ポールは「奴は嘘をついてる」と言うが、ベンは納得しなかった。ブルータスはラジオに入っていた電池を飲み込み、腹痛を起こして病院に運ばれる。拘束を解かれた途端、ブルータスは暴れてメスと拳銃を奪い、逃走した。地下駐車場に赴いた彼の前に、ポールが現れた。相手がカシウスだと知ったブルータスは、「ジュネーブのことは何も知らなかった。アンタとは無縁の男が使われた。実行犯はブラック・コーカサスのメンバーだ」と釈明した。隙を見て殺害を目論んだブルータスだが、ポールにワイヤーで首を切られた。
ポールはベンも始末しようとするが、彼が妻のナタリーと一緒にいる姿を目撃して思い留まった。帰宅したポールは、パリの路上で標的を始末した出来事を回想した。翌日、ポールはベンを呼び出し、「捜査から外れろ。カシウスは邪魔者なら誰でも殺す。俺はいいが、お前には妻と2人の子供がいる」と語る。だが、ベンは「家族は僕の仕事を理解している。カシウスを見つけ、刑務所に送る」と言う。
ベンはカシウスの行動を詳しく調査しており、ソ連初の選挙が行われる10日前の殺人も彼の仕業だと確信していた。同僚のオリヴァーは、やり甲斐のある任務に就いた彼を羨ましがった。ブルータスの死体が発見されたという知らせを受け、ベンは地下駐車場へ赴いた。ポールは何食わぬ顔で、捜査に加わっていた。ベンは野次馬の中に不審な男を見つけ、ポールに「カシウスは現場に戻ると思うんです。捜査官を観察するために」と告げる。ポールはベンに、その男のジャケットがロシア製であることを教えた。
ベンに声を掛けられた男は、その場から逃げ出した。ポールとベンは後を追うが、見失ってしまう。ポールは手分けして捜そうと提案し、ベンと別れる。ポールは逃げている男を目撃するが、追い掛けなかった。ポールはベンと合流し、「見失った。手配しろ」と告げる。だが、ベンは「奴はカシウスじゃない」と口にした。「なぜ追った?」とポールが訊くと、彼は「逃げたからさ」と答えた。ポールはベンから自宅に招待され、ナタリーや幼い娘のルーシー、産まれたばかりのニコラスと会った。
ポールとベンがCIA本部の会合に呼ばれると、ロシア国内の一等分析官であるマーティン・ミラーが来ていた。ミラーはポールたちに、半年前に国境警備隊が殺されて車が奪われた、その車が1週間後にトゥーソン空港で発見されたことを語る。当初はメキシコ人の仕業だと思われていたが、警察が設置したカメラに写っていたのはロシア人スパイの集団だった。その中にはロシア製ジャケットの男もいた。
カメラに写っている集団の中には、元特殊部隊でKGBのヨハン・ボズロスキーも含まれていた。かつてポールはボズロスキーを1年間に渡って追い掛けたことがあったが、姿を消してしまった。ポールはトムやベルたちに「ボズロスキーはカシウスと同時期に消えた」と言い、ボズロスキーこそがカシウスに違いないと告げる。ポールは娼婦のアンバーがボズロスキーと接触したという情報を入手し、ベンを連れて彼女のトレーラーハウスへ赴いた。ポールはアンバーに拳銃を突き付けて脅し、ボズロスキーの居場所を吐くよう要求した。だが、アンバーは怯えながら「何も知らない」と答えた。
ベンはポールに「手順が違法だ」と告げ、自分に任せるよう促した。ベンと話したアンバーは、レオという男を呼んだ。レオはアンバーの兄だと自己紹介し、ボズロスキーの元へ連れて行くと告げた。ポールとベンはレオの車に乗り、ある工場へ赴く。ポールはレオがアンバーの兄ではなく、ポン引きだと見抜いていた。ポールはベンに「応援を要請し、ドアを見張れ」と指示し、自分はレオと共に2階のオフィスへ向かった。部屋に入ると、そこにはボズロスキーの姿があった。
ポールがボズロスキーに「お前が議員を殺したのか」と問い掛けると、レオが背後から拳銃を突き付けた。ボズロスキーはポールの「お前がカシウスか」という質問に、「かつてカシウスを装ったこともある。望むならカシウスになってやる」と告げる。「だが、カシウスではない」とポールが言うと、彼は「なぜ言い切れる?」と尋ねる。ポールが「俺がカシウスだ」と言うと、ボズロスキーもレオも笑った。ポールは体を捻ってレオを取り押さえ、銃を発砲する。ボズロスキーが逃亡したので、ポールはレオをワイヤーで殺し、銃を手に取った。彼はボズロスキーを追うが、見失ってしまった。
ベンはポールに疑いを抱き、オリヴァーに調査協力を要請した。彼はオリヴァーに、1988年辺りにソ連と無関係で実行されたカシウスの仕事を調べるよう依頼した。ポールはナタリーと会い、「御主人に任務から外れるよう言うんだ。もう彼を守れない」と告げる。ナタリーが「私が説得しても無理だわ」と言うと、ポールは声を荒らげて「殺されるぞ。奴はベンより手強い連中を殺してきた。家族がいてもベンを殺す」と話す。オリヴァーは事件現場の検証写真を年代順に並べ、そこから答えを導き出すようベンに告げた。全ての写真にポールが写っていたことから、ベンは彼がカシウスだという結論を出した…。監督はマイケル・ブラント、脚本はマイケル・ブラント&デレク・ハース、製作はアショク・アムリトラジ&パトリック・アイエロ&デレク・ハース&アンドリュー・ディーン、共同製作はステファン・ブルナー&マヌー・ガージ、製作総指揮はモハメッド・アル・マズルーイ&エドワード・ボーガーディン、撮影はジェフリー・L・キンボール、編集はスティーヴン・ミルコヴィッチ、美術はガイルズ・マスターズ、衣装はアギー・ゲラード・ロジャース、音楽はジョン・デブニー。
出演はリチャード・ギア、トファー・グレイス、マーティン・シーン、スティーヴン・モイヤー、オデット・ユーストマン、スタナ・カティック、クリス・マークエット、テイマー・ハッサン、ラリー・ギリアードJr.、ジェフリー・ピアース、ユーリー・サルダロフ、イワン・フェドロフ、エド・ケリー、マイク・クラフト、アンドリュー・“サー”・マニング、ランディー・フラグラー、エルカ・マキオン・マルトビー、ダン・レミュー、マックスフリード・ランド他。
『ワイルド・スピードX2』『ウォンテッド』などの脚本を手掛けたマイケル・ブラントの監督デビュー作。
ポールをリチャード・ギア、ベンをトファー・グレイス、ハイランドをマーティン・シーン、ブルータスをスティーヴン・モイヤー、ナタリーをオデット・ユーストマン、アンバーをスタナ・カティック、オリヴァーをクリス・マークエット、ボズロスキーをテイマー・ハッサン、バートンをラリー・ギリアードJr.、ウィーヴァーをジェフリー・ピアースが演じている。冒頭、メキシコからアメリカに不法入国した集団が国境警備員を殺害する様子が描かれる。その集団の正体も目的も謎だし、ものすごく重要な意味を持っているかのようなシーンとして描かれている。
しかし後から「彼らはロシアのスパイ」ということが明かされた時に、「わざわざオープニングでミステリアスに描いておくようなシーンかね」と思ってしまう。そんなシーンを省いて、ミラーが「こういう出来事がありました」と説明する時に初めて明かされたとしても、特に支障は無いよ。
もしもオープニングにフックとなるようなシーンを配置したいのなら、それよりもポールと直接的に関わるような出来事にした方が効果的に作用するんじゃないか。
例えば、ジュネーヴで妻子が殺された時の様子を、ポールや犯人を登場させず、詳細が分からないような形で描写するとか。ポールはトムからベンと組んでカシウスの捜査に当たるよう指示されると、「俺に構うな」と頑なに拒絶する。しかし「大統領からクビを宣告される」「カシウスが死んだことを証明しろ」とトムに言われると、捜査を開始する。
なぜ気持ちが変化したのか、きっかけや理由が全く分からない。
トムがクビになろうがなるまいが、そんなに気にすることでもないだろうに。そこまでトムに恩義があるとか、厚い友情で結ばれているとか、そんな感じも無かったし。
もっと「ホントは嫌なのに現役復帰せざるを得なくなる」という状況へポールを追い込むための作業をキッチリとやるべきだろう。そこが雑だ。電話でトムが大統領と会うことを知らされた後に回想シーンが入るが、その必要性が良く分からない。
そのタイミングで挿入するなら、「トムをクビにしないためにポールが要請を引き受けようと決意するきっかけ」になるような出来事であるべきだろう。でも、そこで描写されるのはポールがトムに「カシウスの尻尾を掴んだ」と報告した出来事だから、彼の気持ちが現役復帰へ傾く展開には繋がらない。
もっと意味が分からないのは、ポールがベンの殺害を思い留まって帰宅した後の回想シーン。
流れからすると、そこは彼がベンの殺害を中止した理由を説明するような回想シーンにすべきだろう。でも実際に描かれるのは、パリにいた頃のポールがカシウスとして標的を殺害した出来事だ。
それはベンの殺害を思い留まった理由の説明になっていないし、何のために挿入しているのかサッパリ分からない。この映画、ポールの正体がカシウスであることは予告編で既に明かしていた。本編でも、始まって30分程度で明かしてしまう。
後半までカシウスの正体を隠したまま引っ張るのがセオリーではないかと思うが、そこのドンデン返しやミステリーに重きを置いていないということだ。
早い段階でカシウスの正体を明かすメリットを考えると、「ポールの心情が伝わりやすい」ということがある。
ただ、それを狙って簡単に明かしたのかと思ったら、ポールの心情描写は掘り下げていないんだよね。
例えば、ポールがベンに捜査から外れるよう説いたり、ナタリーの前でカシウスが危険な男であることを語ったりする時に、「出来ることなら殺したくないから、真実を突き止める前に捜査から外れてくれ」という彼の焦燥や葛藤は見えて来ない。単純に「色々と探られて正体を突き止められるのが嫌だから外れてもらいたい」ということなのか、ホントに心配しているのか、その辺りもボンヤリしている。ポールがロシア製ジャケットの男を追い掛けたり、ボズロスキーがカシウスだと断言したり、アンバーに拳銃を突き付けて恫喝したり、レオを「間違いがあったらアンバーの頭に2発お見舞いして川に捨て、次はお前だ」と脅したりするのは、保身や隠蔽が目的のようにも見えてしまう。
たぶん、わざと目的をハッキリさせないまま進めているんだろう。
でも主人公の行動に共感できないというデメリットばかりが強くなってしまい、真実を隠していることによるメリットが見えない。
たぶん「保身や隠蔽が目的に見せ掛けて実は」という種明かしが来たところでのサプライズ効果を狙っているんだろうけど、そこにメリットを感じない。「実はポールが掟を破ったということで妻子を殺されており、犯人への復讐が目的で動いている」という真相が後半に明かされる展開を用意しているので、ポールがカシウスであることは早い段階で明かしたんだろう。
そこは秘密にしたまま進めなくても、その奥に他のドンデン返しが待っているから、ってことだろう。
でもカシウスの正体を早い段階で明かすのなら、ポールの行動目的や理由も早い段階で明かしてしまった方がいい。
そこを隠したまま進めることのメリットとデメリットを天秤に掛けると、明かした方が得策だ。例えばポールがベンの家族と触れ合うシーンなんかも、先にポールの事情や目的を知っていれば、もっと心に伝わるモノが大きかったはず。
だが、その段階では「ポールの正体はカシウス」ということしか分かっていないので、「彼の中にベンと家族を殺そうという気は無い」ということしか伝わらない。
それって、ものすごく勿体無いと思うのよ。
後からポールが妻子を殺されていたことが明かされても、「そこから彼がベンの家族と触れ合った時の様子を振り返り、その時の心情を感じ取って云々」という作業には行かないし。終盤、ベンはポールがカシウスだという確信を持つのだが、その根拠は「検証写真の全てにポールが写っているから」というものだ。
でもポールはカシウスを追跡する任務を担当していたわけだから、全ての検証写真に写っているのは別に不思議なことではないはず。
だから、それだけで「ポールがカシウスだ」と断定するのは根拠として弱い。そこから不審を抱き、調査を進めるというきっかけに使うなら、まだ分かるんだけど。
で、その後には「実はベンがロシアのスパイだった」ということが明らかになるが、そこに繋がる伏線が無いので唐突さしか感じない。(観賞日:2014年7月26日)