『キングの報酬』:1986、アメリカ

選挙のプロフェッショナルであるピート・セント・ジョンは、担当した候補者の85パーセントを当選に導いてきた。そのため、報酬は高額 だが多くのオファーが届く。彼はメキシコシティーに赴き、大統領選の候補者セペダの演説を撮影クルーと共に見守る。演説の最中、 ゲリラの仕掛けた爆弾によって車が爆発し、近くにいた男が重傷を負った。セペダは男に駆け寄って抱き上げ、それをピートは撮影させた 。ピートはセペダに、投票日まで血の付着した服を来てその姿を見せるよう指示した。
3月、ニューヨーク。オフィスに戻ったピートは、秘書で恋人のシドニーからスケジュールを聞く。ピートはニューメキシコ州の知事選に 立候補したウォレス・ファーマンと妻アイリーンに会う。ウォレスにテスト演説をさせたピートは、その頼りなさに呆れながらも仕事を 引き受ける。彼はウォレスが資産家で州外に住んでいることがネックだと指摘し、ダイエットして服装も変えるよう指示した。長期の政策 プランを語ろうとするウォレスに、ピートはイメージ戦略の重要性を説く。
アラブ某国陛下の家臣シークは雇っているPR会社の経営者ビリングスと会い、セペダの人気が一気に高まったことへの危惧を口にする。 セペダは油田の国有化を公言しており、そうなれば外資を注ぎ込むことが出来なくなるからだ。また、シークはオハイオ州の上院議員選挙 に向けた動きについて尋ねた。ビリングスは、ヘイスティングス議員に関して手を打ったことを告げ、彼と親密な関係にあるピートを警戒 していることも口にする。だが、シークはピートの有能さを買っており、彼を雇うよう指示した。
ピートはワシントンを訪れ、長年の顧客であるサム・ヘイスティングス上院議員と会う。ピートは、サムの掲げる太陽熱エネルギー計画に 賛同していた。だが、サムは病気を理由に再出馬しないことを告げた。それから2時間も経たない内に、ピートの元にビリングスから電話 が掛かり、サムの後継者として立候補するジェローム・ケイドの選挙参謀になるよう依頼してきた。ピートは、ビリングスがサムの出馬 撤回を知っていることに驚いた。
かつてピートが師事していたウィル・バックリーは、新聞記者のエレン・フリーマンとワシントンで偶然に出会った。エレンは、ピートの 元妻だった。ウィルはエレンに、ピートとヨリを戻すよう勧めた。オハイオ州の選挙戦を取材しているエレンは、サムが出馬しないことに 疑問を抱いていた。ウィルは、つい最近まで元気だったサムが急に病気になったことへの驚きを口にした。
ピートはサムに会ってケイドの依頼について相談し、慎重に考えて判断するようアドバイスを受けた。ウィルはニューメキシコ州へ行き、 顧客であるマカスカー候補の仕事に入る。ピートはシアトルへ行き、顧客であるワシントン州知事アンドレア・スタナードと会う。ピート は二期目を目指すアンドレアに対し、離婚のダメージの大きさを告げ、対抗馬のマードックを潰す作戦を練る。
ピートはウォレスとアイリーンに、数字の専門家ラルフの分析を聞かせる。空港に赴いたピートは、酔っ払ったウィルから大声で声を 掛けられる。ピートはケイドに会い、色々と話を聞く。ビリングスについて尋ねると、彼は経営する会社のPR係であり選挙には関与 しないという。ケイドは細かいことは気にせず、ピートの85パーセントという当選確率で仕事を依頼したことを語る。
ピートはケイドがサムの太陽熱エネルギー計画を引き継がないと知り、後継者ではないと考える。しかし、そのことをサムに語ると、彼は 依頼を引き受けるようピートに勧めた。ピートはビリングスがロビイストではないかと睨み、ラルフに調査を指示した。ラルフが コンピュータでビリングスのPR会社を調べると、クライアントには海外の石油会社の名がズラリと並んでいた。
5月、ピートはニューメキシコ州でウォレスの選挙CMを撮影する。荒野で颯爽と馬に乗る姿を撮るつもりだったが、接近した撮影ヘリに 馬が驚き、ウォレスは振り落とされる。だが、撮影したフィルムを見たピートは、それを上手く利用する策を思い付く。オハイオ州で ピートがケイドの仕事をしていると、テレビのニュースで大学の歴史学教授フィリップ・アーロンズがサムの後継者として出馬することが 報じられた。ピートはケイドに、素人の泡沫候補なので心配無用だと告げる。オハイオ州ではケイドとアーロンズの他にウエストブルック も立候補しており、三つ巴の戦いとなった。
ラルフからケイドの選挙事務所に調査報告書のファックスが送られてきたが、ビリングスはピートに内緒でズタズタに切り刻んだ。ピート はワシントンを訪れ、死刑反対論が原因で支持率を下げているアンドレアに会う。ピートは、ガチガチの死刑賛成派てあるケリコ議員を 味方に付けようと言い出し、彼の息子に対する溺愛を利用する作戦を考える。
6月、ニューメキシコ州。ウィルは州外在住のウォレスを攻撃する選挙CMを製作し、テレビに流す。ピートはウォレスからの電話の最中 、盗聴されていることに気付く。ピートはマカスカーに対抗する選挙CMを製作し、7月の世論調査でウォレスの支持率を上げる。彼は シドから、ウィルがマカスカー陣営の選挙参謀をクビになるらしいと聞かされる。
ピートはエレンから、サムの家が破産しているにもかかわらず豪華な暮らしをしていることは不可解だと言われる。ピートはサムに会い、 その疑惑について質問する。サムは妻クレアの遺産で購入したと説明するが、ピートにはそれが嘘だと分かってショックを受けた。車を 運転していたピートは、トラックに追突されて危うく事故を起こしそうになる。ピートはエレンと会い、自宅で一夜を共にする。ピートは 自宅の電話も盗聴されていることに気付き、それがビリングスの仕業だと確信した…。

監督はシドニー・ルメット、脚本はデヴィッド・ヒメルスタイン、製作はリーン・シスガル&マーク・ターロフ、製作協力は ウルフギャング・グラッテス&ケネス・ウット、撮影はアンジェイ・バートコウィアク、編集はアンドリュー・モンドシェイン、美術は ピーター・ラーキン、衣装はアンナ・ヒル・ジョンストン、音楽はサイ・コールマン。
出演はリチャード・ギア、ジュリー・クリスティー、ジーン・ハックマン、ケイト・キャプショー、デンゼル・ワシントン、E・G・ マーシャル、ベアトリス・ストレイト、マット・サリンジャー、フリッツ・ウィーヴァー、マイケル・ラーンド、J・T・ウォルシュ、E・キャサリン・ケール、ポリー・ ロウルズ他。


『評決』『デストラップ・死の罠』のシドニー・ルメットが監督を務めた政治映画。
ピートをリチャード・ギア、エレンをジュリー・クリスティー、ウィルをジーン・ハックマン、シドをケイト・キャプショー、ビリングスをデンゼル・ワシントン、サムをE・G・ マーシャル、クレアをベアトリス・ストレイトが演じている。
他に、アーロンズをマット・サリンジャー、ウォレスをフリッツ・ウィーヴァー、アンドレアをマイケル・ラーンド、ケイドをJ・T・ ウォルシュ、アイリーンをE・キャサリン・ケール、シークをトム・マーデロシアン、セペダをオマー・トーレスが演じている。また、 D・B・スウィーニーがアローンズの大学の学生役で映画デビューしている。

劇中で何度もベニー・グッドマン楽団の『シング・シング・シング』が流れ、それに合わせてピートが練習用ドラムパッドをスティックで 叩くというシーンが登場する。
今一つ効果が得られていないとは思うが、まあ別にいいとしよう。
問題は、タイトルロールにおいて機内でドラム練習をする様子が映し出されるのだが、そこで曲のドラム音と練習用パッドを叩く音が所々でズレているってことよ。
それは萎えるわ。後から音を入れているんだから、そこは合わせてくれないとさ。

序盤の車爆破のシーンは、てっきり、それ自体もピートの仕掛けた作戦なのかと思った(すぐにセペダが駆け寄るし、ピートも撮影を指示 するので)。
ところが、それはホントにゲリラの仕業なのね。その後の、撮影した映像の利用や血の付着したシャツを着る指示の部分だけが、ピートの作戦なのね。
ってことは、偶然に生じた作戦ってことでしょ。
そうじゃなくて、全てピートが考えて仕掛けた作戦によって選挙戦を優位に運んでいくという形にすべきじゃないの。

ウォレスの選挙CMを撮影する場面で、近距離に迫ったヘリに驚いて馬が暴れるのだが、そんなの少し考えれば分かることでしょ。
そのフィルムを利用する方法をピートが思い付くけど、そもそも撮影ヘリを接近させたのは彼のミステイクであり、それを取り戻しているに 過ぎない。
ピートの有能さをアピールするのなら、本人のミスを取り戻すんじゃなくて(映画ではミスとして描かれていないが、明らかに ピートのミスだ)、想定外のトラブルを解決するという形にすべきだろう。

ウィルが空港で悪酔っいして話し掛けて来るというシーンがあるのだが、そこで初めて彼がアル中気味の設定らしいということが分かる。
そういう設定があるのなら、なぜ初登場の時点で示しておかないのか。
2度目の登場シーンで初めて明かすって、中途半端だろ。
あと、そもそも酒に溺れている設定が、物語の上でほとんど意味を持っていないぞ。
マカスカー陣営をクビになるのは酒のせいじゃないし、他に酒のせいでトラブルを起こす場面も見当たらないし、逆に酒を断って更生するような展開も無いし。

シークがビリングスに「あいつ(ピート)は義理など感じないし、(思想的に)右も左も関係が無いだろ」と言っているが、本来はそう あるべきではなかったか。
ところが実際のピートは、最初からサムを心配する人間味、彼の理念に賛同する誠実な政治姿勢を見せている。太陽熱エネルギー計画の素晴らしさを語り、サムを「上院の数少ない良心派」と称して引退を残念がっている。
ピートは政策に興味を持ったらイカンだろう。それにケイドと会った時に、明らかに政治理念に関する部分での嫌悪感をピートが示して いるが、そこはビジネスライクに仕事を受けるキャラにしておくべきだ。
この映画におけるピートは、ただの有能な当選請負人にしか見えない。性格的にイヤな奴には見えない。
あと、口ヒゲが軽いイメージに繋がっているのも痛い。

ピートは誠実な政治理念を持つ男ではなく、「選挙のためなら非情で冷徹に徹し切れる男であり、当選のためなら汚い手も平気で使う男」 というキャラに設定しておいた方が都合が良かったのではないか。最初から人間味のある男だと、「選挙を戦う中で自分のやり方に疑問を 抱き、人間的に変化していく」というドラマにおける、ピートの振り幅が狭くなってしまう。
ピートが複数のクライアントの仕事を並行してやっているという設定は、完全に失敗だった。そのことは、ただ話を散漫にするだけの結果 となっている。彼が多忙だということを描きたいのなら、それは顧客が1人であっても可能だろう。有能だからオファーが多いということ を示したいのなら、「でも一度に請け負うのは一件と決めている」という設定にすればいい。
様々な選挙パターンに対する有効な手立てを見せたかったのかもしれないが、そこは思い切って捨てる判断が必要だった。

ピートが担当している候補者は全て政治家としてリスペクトできないタイプばかりだが、しかし悪人としての描写は無い。
ケイドでさえ、ビリングスの陰に隠れて悪人の印象は薄い。だが、総じて良い政治家としてのアピールも薄い。
ウォレスは、人はいいのかもしれないが、政治理念が語られないので、政治家としてピートが賛同できるタイプなのかどうかは分からない。
この辺りは、いっそのことクライアントは総じて悪い政治家、ロクでもない政治家にしておいた方が分かりやすかった気もするのだが。

対立軸が不鮮明になっているのは、この映画にとって大きなマイナスだろう。後半に入るまで、ピートとウィルが同じ選挙区で戦う関係に あることのアピールさえ無い。
もっと困るのは、この2人が参謀を務めるウォレスとマカスカーが、いずれも善玉ではないということだ。ニューメキシコ州知事選の対決は、対立軸としては主軸ではないのである。
この映画において明確に「善玉」として描写されるのは、アーロンズだけだ。最初のピートとウィルが戦っているニューメキシコ州では なく、オハイオ州で出馬している、出番の少ないアーロンズが「サムの後継者にふさわしい良心派の男」なのだ。ウィルがアーロンズに 雇われるのは終盤なので、そこに軸が生じるのも当然のことながら終盤になってしまう。
しかもウィルは真っ当な選挙参謀ではなく、ピートに昔のよしみで不正を頼み込むような奴である。ってことは、「ビジネスライクな 参謀&悪玉の候補者vs誠実な参謀&良心派の候補者」という図式は成立しない。だったら、「ウィルはずっとドス黒いままだが、ピート は抜け出した」という対比にすればいいところだが、ビリングスの暗躍や複数候補者に関わるピートの仕事の描写に気を取られたのか、 ピートとウィルの対比は図式として薄い。

ビリングスはピートの妨害はするが、他の候補者を落とすために汚い手を使うことは無い(選挙前にサムを出馬撤回に追い込んでいるが)。
ピートが当選させようとしているのは、ビリングスが支援するケイドである。
ようするに大きく言えば、そこにあるのはケイド陣営の内輪揉めだ。
なので、ビリングスが何のために行動しているのか良く分からない。
一応、ビリングスとしては「ピートが信用できないから盗聴したり妨害工作を仕掛けたりした」ということらしい。しかし、理由はどう あれ、ただの阿呆にしか見えない。シークに頼まれたにせよ、自分でピートを雇っておきながら、信用できないからといって嫌がらせを 繰り返し、その結果として有能な当選請負人をみすみす失っているんだから。

終盤、ピートはケイドの参謀を辞めて候補者討論会直前のアーロンズの元を訪れ、「俺達は無視して自分の考えを思い通りに喋ればいい」 とアドバイスしているが、それだと「選挙参謀」という仕事を全否定することになっちゃうぞ。
そうじゃなくて、「当選のために候補者の信念を捻じ曲げるのは悪い参謀であり、良心的な候補者を当選させるために良い方向にサポートすべきだ」という方向に答えを用意すべき じゃないのか。
ピートのセリフ通りだと、「参謀は不要」ってことになっちゃうよ。

最終的に、ウォレスはマカスカーに破れ、アンドレアは当選し、アーロンズはケイドより得票数は多かったものの落選しているんだが、 なんか微妙な結果だな。ウォレスを落選させるのなら、マカスカーをイヤな候補者として描いてあるのは違うんじゃないの。選挙は単純で 分かりやすいものじゃないってことかもしれんが、もっと分かりやすい形で良かったと思うなあ。
アーロンズはケイドよりは上だったものの、当選したウエストブルックには圧倒的な大差で負けているんだよな。しかも彼の善戦に関して ピートがやったことといえば、「思い通りに話せばいい」と言っただけ。
つまり、ほとんどはアーロンズ本人のおかげってことよ。
ビリングスが不正を暴かれたりすることも無くフォロー無しで終わるし、原題と裏腹にパワーの無い映画だな。(


第7回ゴールデン・ラズベリー賞

ノミネート:最低助演女優賞[ベアトリス・ストレイト]

 

*ポンコツ映画愛護協会