『恋するための3つのルール』:1999、アメリカ&イギリス

マイケル・フェルゲイトは、フィリップ・クロムウエルがオーナーを務めるニューヨークのオークションハウスで、美術ディーラーとして働いている。ある時、マイケルは教師ジーナと出会って恋に落ちた。それから3ヶ月後、マイケルはレストランでジーナに結婚を申し込んだ。だが、ジーナはプロポーズを断り、泣きながら立ち去ってしまった。
ジーナを探したマイケルは、彼女がプロポーズを断った事情を知る。ジーナの父フランク・ヴァイテールは、グラツィオージ・ファミリーというマフィアの一員だった。フランクが自分の恋人を組織に引き込もうとするので、ジーナは素直に結婚を承諾できなかったのだ。
マイケルは決してマフィアと関わりを持たないことを約束し、ジーナと結婚することを決めた。だが、マイケルはフランクの兄で組織のドンであるヴィトーのため、精神を患う彼の息子ジョニーが描いたヘタクソな絵をオークションで売ることになってしまう。
マイケルは、老婆がジョニーの絵画を購入しようとするのを阻止した。怒ったジョニーは、マイケルの部屋に押し掛ける。ジーナはマイケルを助けようとして、誤ってジョニーを射殺してしまう。ジーナはマイケルがウソをついていたことに怒り、立ち去ってしまう。
マイケルはフランクに相談し、2人で死体を埋めることになるが、フランクの友人アルとサンテに遭遇してしまう。フランクはマイケルを、有名なギャング“ミッキー・ブルー・アイズ”だと紹介した。マイケルとフランクは死体を掘り起こし、場所を移動することにした。マイケルは、もし犯行がヴィトーにバレたら、自分が犯人だと告げてくれとフランクに頼んだ。
フランクは、ジョニー殺害をグラツィオージ・ファミリーと対抗するリゾーリ・ファミリーの仕業に見せ掛ける。だが、ジョニーの車がマイケルのマンションの前に停めたままになっていた。フランクはマイケルのマンションに行き、隣人の口封じをしようとするが、そこへアルとサンテが現れたため、慌てて2人を食事に連れ出した。
フランクは、マイケルをミッキーに成り切らせるため、発音に注意させる。レストランでミッキーに成り切ってフランクやアル達と食事を取るマイケルは、行き掛かり上、女と熱烈なキスをする。だが、そのことを知ったジーナは、浮気だと誤解する。
フランクがマイケルの部屋に行くと、ヴィトーが待ち構えていた。仕方なく、フランクはマイケルがジョニーを殺したと告げる。フランクはヴィトーから、結婚式でマイケルを始末するよう命じられる。マイケルとフランクはFBIと協力し、ヴィトーの口から犯罪への関与を裏付ける言葉を引き出し、偽の射殺シーンを演じることになるのだが…。

監督はケリー・メイキン、脚本はアダム・シェインマン&ロバート・カーン、製作はエリザベス・ハーレイ&チャールズ・マルヴェヒル、製作協力はカリン・スミス、撮影はドナルド・E・ソーリン、編集はデヴィッド・フリーマン、美術はグレゴリー・キーン、衣装はエレン・ミロジニック、音楽はベイジル・ポールドゥリス。
主演はヒュー・グラント、共演はジェームズ・カーン、ジーン・トリプルホーン、バート・ヤング、ジェームズ・フォックス、ジョー・ヴィテレッリ、ジェリー・ベッカー、マディ・コーマン、トニー・ダーロウ、ポール・レイザー、ヴィンセント・パストーレ、フランク・ペリグリーノ、スコット・トンプソン、ジョン・ヴェンティミグリア、マーガレット・デヴァイン、ベアトリス・ウィンド、マーク・マーゴリス他。


ヒュー・グラントとエリザベス・ハーレイが創設したプロダクション“シミアン・フィルム”の第2回作品。マイケルをヒュー・グラント、フランクをジェームズ・カーン、ジーナをジーン・トリプルホーン、ヴィトーをバート・ヤング、フィリップをジェームズ・フォックスが演じている。

邦題は『恋するための3つのルール』だが、別に3つのルールなんて描かれていない。ワケの分からない邦題を付けたものだ。
それはともかく、この映画には、「ヒュー・グラントをロマンチック・コメディーのジャンルに戻す」という意図があるらしい。
つまり、これはロマンチック・コメディーとして作られている(はず)ということだ。

ジーン・トリプルホーンがロマ・コメのヒロインとしてどうなのかという疑問は浮かぶが、これは個人的な趣味もあるだろう。それに、彼女がミスキャストかどうかという問題は、話が進むに連れ、気にならなくなる。
しかし、それは映画としては、大きな問題を抱えているということだ。
なぜなら、そのことが気にならなくなるのは、恋愛を巡る話よりも、マイケルとギャングの関係を巡る話がメインになっているからなのだ。
マフィアの資金洗浄にオークションが利用されるとか、マイケルが素性を隠すためにミッキーに成り済まそうとするとか、そういうことは、恋愛劇とは全く関係が無い。
そうなると、ジーナはマイケルとマフィアを関連付けるための道具に過ぎなくなってしまう。

ヒュー・グラントは「困ったチャン」な表情が似合う人だし、コメディーに主演するなら、トラブルに巻き込まれるという内容は合っていると思う。ただし、その表情やリアクションに、映画を引っ張るほどの力は無い。良く言えば上品、悪く言えばアクの強さが無い。

序盤、マイケルが中華レストランの女性店長に頼み、婚約指輪をフォーチュン・クッキーの中に隠す。それをジーナに食べさせようとするが、彼女が食べようとしないので、店長が意地になって食べさせようとする。ところが、他のテーブルに間違えて運ばれてしまう。
このシーンは、最初に用意されたコメディー・シーンとしては、上々の立ち上がりだ。ただし、そのシーンの面白さは、店長の貢献度が大半だ。
それ以降も、大半のギャグ・シーンにおいて、主人公の態度や表情ではなく、周囲の人々の反応によって笑いを作ろうとしている。
主人公の芝居は、笑いを生むためにほとんど作用していない。

マイケルがヘンテコな発音で必死にミッキーを演じる場面はなかなか面白いが、彼が笑いを作り出すのは、その場面ぐらいだろう。基本的にはドタバタ喜劇なのだろうが、ドタバタと呼べるほどドタバタしておらず、トタハタという程度だ。前述した「マイケルがミッキーに成り済まそうとする」という部分を膨らませた方が、もっと面白い内容になりそうだ。

大仕掛けの舞台としてクライマックスに結婚式を持って来るのは悪くないが、そこに持って行くために、かなり無理をして話を転がしている。最終的にファミリーを崩壊させて自分達はハッピーエンドというのは、マフィアが悪党だとはいえ、ちょっと違う気もするなあ。


第22回スティンカーズ最悪映画賞

ノミネート:【最もでしゃばりな音楽】部門

 

*ポンコツ映画愛護協会