『かぞくはじめました』:2010、アメリカ

ホリーは親友であるアリソンのお膳立てで、メッサーという男とデートすることになった。メッサーとアリソンの恋人ピーターの親友だ。だが、メッサーは1時間も遅刻したのに、まるで悪びれた様子も見せない。さらにはドレスアップしたホリーをバイクに乗せようとしたり、レストランも予約していなかったりと、ホリーを呆れさせる。ホリーが自分の車で出掛けようとすると、メッサーはセフレで電話で話す。そこに失礼な態度まで重なったので、ホリーは腹を立ててデートの予定を中止した。
アリソンとピーターの結婚式では、ホリーが感涙してスピーチしている最中、メッサーが他の女とキスをしていた。メッサーはスピーチに割り込んで妨害した上、写真撮影ではホリーの尻を触って怒らせた。アリソンたちの娘であるソフィーが1歳の誕生日を迎え、パーティーに友人たちが集まった。メッサーは相変わらずのプレイボーイで、色んな女と付き合っては別れている。ホリーの方は、アリソンに「もうお膳立てはウンザリよ」と言っている。
ベーカリーを経営しているホリーは、常連客のサムという男に好意を抱く。パン職人であるロニーの後押しもあり、彼女はサムに声を掛けてみる。アトランタ・ホークスのテレビ中継で技術ディレクターを担当しているメッサーは、また新しい女と交際中だ。ホリーはサムに電話を掛けようとするが、そこへアリソンとピーターが交通事故で死亡したという知らせが届いた。警察署へ赴いた彼女は、ソフィーがベビーシッターに預けられていて無事だったことを聞かされた。
ホリーとメッサーはピーターの同僚である弁護士のジョージから、2人がソフィーの後見人に指名されていることを聞かされた。ジョージは困惑するホリーたちに、ひとまずソフィーを引き取ってアリソンたちの家で一緒に暮らすことを試してみてはどうかと提案される。2人は児童保護サービスからソフィーを引き取り、親友夫婦の家へ連れ帰る。ホリーは育児書を皆がら前向きに取り組むが、なかなか上手く行かない。そんな様子を見て、メッサーは「あの子には俺たちじゃダメだ」と告げる。
アリソンとピーターの葬儀に参列したホリーとメッサーは、身内に預かってもらうことを考える。しかしピーターの親戚は9人の子持ちで、アリソンの親戚はストリッパーだった。ピーターの父親は病気持ちで、常に吸入器が必要な体だった。ホリーとメッサーは手続きを経て、ソフィーの共同親権を得た。2人は共同生活を開始し、慣れない子育てに取り組んだ。近所に住むゲイカップルのテッドとゲイリー、夫婦のスコット&ディーディーとジョシュ&ベスがやって来て、子育てに関してアドバイスした。
ある日、ソフィーの体にコブがあるのを見つけたホリーは、気になって病院へ連れて行く。すると、その病院の小児科医はサムだった。サムは事故のことも、ホリーがソフィーを預かった事情も知っていた。ソフィーの症状は軽いヘルニアで、すぐに消えることをサムは説明した。ホリーが「まさか子供を残すなんて、重すぎて持て余している」と弱音を吐くと、サムは「君は良く頑張ってるよ」と優しく告げる。彼は「たまには息抜きも必要だよ」と言い、ワインでも飲むよう勧めた。
メッサーが帰宅すると、ホリーが赤ワインを飲んで酔っ払っていた。福祉士のジャニーンが抜き打ち訪問に来たので、メッサーは慌ててホリーに「シャワーを浴びて、5分で親の顔を取り戻せ」と指示した。ジャニーンは2人に、人生の計画を尋ねた。ホリーは陽気な調子のまま、「今の店をレストランに改装するわ」と告げる。ジャニーンはソフィーの生活環境に対する不安があることを率直に語り、ホリーとメッサーに養育者としての心構えを持つよう求めた。
ソフィーが全く寝付かないので、ホリーとメッサーはベビーシッターのエイミーを呼んだ。エイミーは易々とソフィーを眠らせ、家を後にした。すると、またソフィーが目を覚まして泣き出してしまう。ホリーとメッサーは仕方なく、ソフィーを車に乗せて近所をドライブすることにした。翌朝、寝不足で帰宅したメッサーは電話を受け、その日の中継でディレクターを任されたことを知る。興奮するメッサーに、ホリーは淡々とした口調で「私はイベントで外出よ。スケジュール表にも書いてあるわ」と告げた。
メッサーは「仕事場に赤ん坊は連れて行けない」と訴えるが、ホリーは「ご近所さんにでも世話を頼めば?」と告げて外出する。メッサーは近所の住人に片っ端から電話を掛け、ソフィーの面倒を見てほしいと頼む。全て断られたメッサーは、タクシー運転手のウォルターに金を渡して子守を頼む。ウォルターは断るが、メッサーは半ば強引にソフィーを押し付けて仕事場へ赴く。しかしウォルターから「赤ん坊が目を覚ました」という電話を受けて苦情を言われ、メッサーはハーフタイムに車へ向かった。
ウォルターが「俺も試合が見たい」と子守を拒否したので、メッサーは彼とソフィーを仕事場へ連れて行く。しかしソフィーは中継の最中に泣き出し、ウォルターは試合に夢中で面倒を見ないため、メッサーは仕事に全く集中できなかった。その夜、ホリーが帰宅すると、彼は不機嫌な様子を露わにする。メッサーに文句を言われたホリーが反発し、2人は言い争いになった。メッサーは「ソフィーは俺の娘じゃない」と声を荒らげ、バイクで出掛ける。反省して戻ったメッサーは謝罪し、ホリーも詫びを入れる。アリソンとピーターの映像を見たホリーとメッサーは、「あの2人の人生に合わせる必要は無い」と考え、内装を変えることにした。
夏。メッサーは相変わらずのプレイボーイぶりで、家にもセフレを連れ込んでいる。ホリーは店の拡張を計画しているが、追加料金が必要になったことを業者から聞かされる。ソフィーが初めて歩いたので、ホリーとメッサーは興奮する。ホリーは手製のヌードルを食べさせ、その様子をメッサーも見守る。メッサーと一緒にスーパーへ買い出しに出掛けたホリーは、店員の女性たちが彼に向ける視線に気付いた。すぐにホリーは、今まで積極的に買い出しへ出掛けていたメッサーが、美人店員を片っ端から口説いていたことを悟った。
ホリーはスーパーでサムと遭遇し、ディナーに誘われてOKした。サムはホリーを連れて高級レストランへ行くが、入ったのは厨房だった。オーナーシェフのフィリップとは、娘の主治医ということで親しい関係だったのだ。フィリップが用意した特別席で、2人はディナーを始める。しかし家にいたメッサーから電話が入り、ソフィーが高熱を出したことが伝えられる。サムは大病院の緊急処置室に連絡を入れ、ホリーと共に急行する。ソフィーは尿路感染症だったが、大したことは無かった。
サムは「明日の朝、また診察に来るよ」と告げて去ろうとすると、ホリーは礼を述べてキスをする。その様子を、メッサーが見ていた。ソフィーの医療費や食費などが膨らんで想定外の出費が増えたため、ホリーは店の拡張を断念しようと考えた。するとメッサーは、「俺が払うよ。貯金がある」と申し出た。ホリーは援助ではなく投資ということで、その好意を受けることにした。メッサーは投資の条件として、ディナーの約束を持ち掛けた。
2人はエイミーにソフィーを預け、ホリーの店でディナーを楽しんだ。2人が帰宅すると、ソフィーは眠っていた。エイミーが去った後、ホリーとメッサーはベッドを共にした。翌朝、面談で訪れたジャニーンは2人の様子を見て、肉体関係を持ったことを見抜いた。彼女は「2人がセックスをしたことはソフィーの養育に大きな影響を与えます。面談は残り1回。それまでに婚約するか、無かったことにするか、決めておいて下さい」と通告した。仕事に出掛けたメッサーは、上司からフェニックス・サンズの中継ディレクターに推薦することを告げられる。それはメッサーにとっての念願であり、彼は行きたいと考える…。

監督はグレッグ・バーランティー、脚本はイアン・ダイッチマン&クリスティン・ラスク・ロビンソン、製作はバリー・ジョセフソン&ポール・ブルックス、共同製作はブラッド・ブルックス&アレクサンダー・ヤング、製作総指揮はデニーズ・ディ・ノヴィ&スコット・ニーマイヤー&ノーム・ウェイト&キャサリン・ハイグル&ナンシー・ハイグル&ジョー・ハートウィックJr.&ブルース・バーマン、製作協力はリチャード・ゲルダンド、撮影はアンドリュー・ダン、編集はジム・ペイジ、美術はメイハー・アーマッド、衣装はデブラ・マクガイア、音楽はブレイク・ニーリー。
主演はキャサリン・ハイグル、ジョシュ・デュアメル、ジョシュ・ルーカス、クリスティナ・ヘンドリックス、ヘイズ・マッカーサー、デレイ・デイヴィス、サラ・バーンズ、ロブ・ヒューベル、ビル・ブロックトラップ、アンディー・バックリー、アンドリュー・デイリー、マジャンドラ・デルフィノ、レジー・リー、メリッサ・マッカーシー、ウィル・サッソー、ジェシカ・セント・クレア、アレクシス・クラゲット、ブリン・クラゲット、ブルック・クラゲット、ブルック・リデル、カイリー・リデル、ブリット・フラットモー、クマイル・ナンジャーニ他。


『幸せになるための27のドレス』『男と女の不都合な真実』のキャサリン・ハイグルが、主演と製作総指揮を兼ねた作品。
監督は『ブロークン・ハーツ・クラブ』のグレッグ・バーランティー。
ホリーをキャサリン・ハイグル、メッサーをジョシュ・デュアメル、サムをジョシュ・ルーカス、アリソンをクリスティナ・ヘンドリックス、ピーターをヘイズ・マッカーサー、ロニーをデレイ・デイヴィス、ジャニーンをサラ・バーンズ、テッドをロブ・ヒューベル、ゲイリーをビル・ブロックトラップ、ジョージをアンディー・バックリーが演じている。
アンクレジットだが、ホリーの母をジーン・スマート、ウォルターをフェイゾン・ラヴが演じている。

ホリー側から描いていることも影響しているが、冒頭シーンは「全面的にメッサーが悪い」という形になっている。
メッサーはホリーが文句を言うことに対して不快感を抱いたようだが、ホリーには何の非も無い。ホリーがお高く止まっているわけでもないし、つまらないことでガミガミと文句を言ったわけでもない。一方的にメッサーが悪い。
だから、そこが「ライフスタイルや考え方の相違によって険悪な関係になる」という形ではなくなっている。
それは違うんじゃないかと。

そういう「片方だけに問題がある」という状態から始めてしまうと、そんな男女を結び付けるためには「女が妥協する」か「男が反省して言動を改める」の二択になってしまう。
もちろん、そういうタイプの恋愛劇だって世の中には多く存在するのだが、この映画の場合は、双方がイーヴンな関係にしておくべきではないかと。
その後のメッサーの行動も、赤ん坊を落とすフリをするとか、ボールみたいに扱ってふざけるとか、それはコメディーとして描いているけど、人間としてダメな行為だからね。
「どんな時でもチャラチャラしている」というキャラとして描きたいのは分かるけど、度が過ぎていて不快感に繋がってしまう。

ソフィーの1歳の誕生パーティーに時間を割いて、大きく扱っている意味が薄い。ホリーとメッサーが相変わらず仲が悪いことは描かれているが、特にこれといった出来事が起きるわけでもない。
そこでは一応、「近所の住人たちを登場させておく」という意味合いを持たせているのかもしれない。ご近所さんたちはホリー&メッサーがソフィーを育て始めた後にも再登場するので、先に見せておくってのは悪いことじゃない。ただし、ソフィーの養育を開始した直後に訪問した後、近所の住人たちは全く関わって来ない。
どうせマトモに処理できていないんだから、そうなるとパーティーで紹介しておく意味も無いってことになる。だったら、そんなパーティーで時間を割くよりも、ホリーとメッサーの仕事風景を先に描くべきじゃないかと感じる。
誕生パーティーの後、それぞれが仕事をしている様子が写し出されるが、タイミングとしては遅い。しかも、ホリーの仕事風景を見せた途端、「サムに好意を寄せる」→「電話を掛けたけどキャッチが入り、アリソンたちの死を知らされる」という展開になってしまうので、ちょっと慌ただしさを感じてしまうし。

「アリソンとピーターの事故死」という出来事が、ものすごく軽い扱いになっている印象を受ける。
とどのつまり、それは「ホリーとメッサーが赤ん坊を養育する」という状況を作るための道具でしかないんだよね。
ようするに、ある意味でアリソンとピーターってのは、酷い噛ませ犬なのだ。
すぐにソフィーの養育が開始されることもあって、ホリーとメッサーが親友の死を悼んでいる時間は、ものすごく少ない。ソフィーの養育を開始した後も、親友の死を引きずっている様子は皆無に等しい。

そもそも、これってコメディー映画なのよ。
それを考えると、「親友の事故死」というところから物語を転がしていくという構成は、避けた方がいいんじゃないかと思うんだよね。
ようするに「仲の悪いホリーとメッサーが他人の赤ん坊を一緒に育て始める」という状況があればいいわけで、そのために「親友の死」という要素をコメディー映画に持ち込むのは、あまりにも無神経に思える。
そういう悲劇性は、この映画には全く必要が無いし、邪魔なだけだ。

そもそも、お膳立てに無理があり過ぎるでしょ、この映画。
まずホリーとメッサーは最初から仲が悪いんだから、そんな2人が一緒にソフィーの名付け親になっているという設定が不可解。
この2人が顔を合わせれば言い争いになっているのをアリソンとピーターは何度も見ていたはずなのに、遺言状で後見人に指名するのも不可解。
しかも、ホリーとメッサーの承諾は取っておらず、内緒にしているんだぜ。それは生きていた頃の友情を疑いたくなるような、ある意味では裏切り行為だぞ。

弁護士から「一緒に暮らしてソフィーを育てることを試してみてはどうか」と提案されたからって、ホリーとメッサーが簡単に承諾するのは不可解。
子育てに前向きなホリーはともかく、メッサーなんてソフィーを引き取った直後から文句ばかり言っているんだし。
それと、共同親権を取得した後、近所の住人が訪れるエピソードを挟んで、すぐに子育ての様子をダイジェスト処理してしまうのは、かなり雑に思える。
そこは、もうちょっと丁寧にやってもいいんじゃないかと。

「子育て」という要素は含まれているが、やっていることは「いがみ合っていた男女が結ばれる」というオーソドックスなロマンティック・コメディーである。赤ん坊は、そのための道具に過ぎない。
ただし「赤ん坊が道具として利用されているだけ」という以上に問題なのは、道具として持ち込んだはずの赤ん坊を上手く利用できていないってことだ。
何しろ、「ホリーとメッサーが恋に落ちる」という展開において、赤ん坊は何の役にも立っていないのである。
子育てを描くシーンではソフィーが何か行動を起こすが、ホリーとメッサーの恋愛を描き始めると、ただの飾りになる。だから2人がディナーに出掛けたりセックスしたりする時は、おとなしくしている。泣き出したり高熱を出したりして、恋愛劇を邪魔することは無い。

本来なら、子育てのドラマと恋愛劇は、互いに影響を及ぼし合い、絡み合うべきだ。
例えば、「がさつだったメッサーが子育てを通じて少しずつ変化していき、ホリーの彼に対する感情も変化する」とか、「メッサーとホリーに惹かれるが、ソフィーが障害になる」とか。
しかし実際には、子育ては子育て、恋愛は恋愛で、バラバラのままだ。
おまけに、ホリーとメッサーには「キャリア・アップ」という要素まで用意されている。そして、その部分も、子育てのドラマや恋愛劇との絡みは薄い。

そもそも、何よりも重視すべきであるはずの子育てのドラマからして、ものすごく薄っぺらい。
ホリーとメッサーがソフィーの親として成長する様子は、ほとんど伝わって来ない。
がさつな部分がメッサーから消えても、それは「いつの間にか消えている」というだけであり、「子育てをする中で成長・変化した」という印象は弱い。
メッサーが初めてディレクターを任された時点では、彼もホリーも「赤ん坊より仕事が最優先」という感じだったが、言い争いから仲直りした後、子育てにおいてどんな変化が起きるのかと思ったら、すぐに「夏」へと切り替わり、親としての成長ドラマはペラペラになっている。

子育ての部分よりも、さらに薄っぺらいのは恋愛劇と仕事の部分で、ようするに盛り込みすぎているということだ。
「子育て」「恋愛」「仕事」という3つの要素だけでも手に負えない状態と化しているのに、恋愛劇においてはサムという恋のライバルまで登場させているが、明らかに処理能力を超過している。
そもそもホリーとメッサーの恋愛劇からして、なかなか進展しない。言い争いから和解しても、そこから恋愛に発展する兆しは皆無。
前半は、この2人に恋の予感が全く無いのである。

病院でホリーがサムにキスをする様子をメッサーが見ているが、その辺りでようやく、この2人の関係が恋愛に発展する可能性が少しだけ見える。
それは本当なら、もっと早い段階で済ませておくべき手順だ。
そもそも、その時点では、ホリーはサムに惚れているし、メッサーは大勢の女を口説いているプレイボーイ状態を続行中だ。ところがメッサーがホリーに投資することを持ち掛けてディナーに出掛け、帰宅すると、なぜか2人は肉体関係を持つのだ。
それは急ハンドルにも程があるだろう。

その後、メッサーはフェニックス・サンズのディレクターに推薦されたことを内緒にしているが、ホリーにバレる。メッサーの無神経な発言に激怒したホリーがフェニックスへ行くよう促し、2人は喧嘩別れする。
でも、もちろん映画としては、2人が再び結ばれてハッピーエンドになる。
だけどね、メッサーがホリーの元へ戻って「愛してる」と言ったり、サムとの同居を始めたホリーがメッサーのことを忘れられなかったりというところが、ただの段取り芝居にしか思えないのよ。
「ホリーはサムと幸せそうにやっているんだから、そのままソフィーも含めた3人で仲良くやっていけばいいのに」としか思えないのよ。

(観賞日:2014年7月1日)

 

*ポンコツ映画愛護協会