『クン・パオ!燃えよ鉄拳』:2002、アメリカ

ある家族に男児の赤ん坊が誕生し、妻は「明日の朝、赤ん坊を導師様の所へ」と夫に告げる。しかし夫は険しい顔で、「ダメだ、この子の誕生は秘密だ」と反対した。扉を叩く音がしたので、夫は明かりを消す。彼が警戒しながら扉を開けると、悪党のマスター・ペインが手下を率いて立っていた。ペインは夫を始末し、妻と子供たちも殺害した。赤ん坊の口を手下に開かせた彼は、「選ばれし者」だと確信する。ペインは短剣を振り上げて抹殺しようとするが、赤ん坊は攻撃を防ぐ。赤ん坊の反撃を見た手下たちは、怯えて逃げ出そうとする。ドーは手下たちを始末し、改めて赤ん坊に襲い掛かる。彼は家を燃やして立ち去るが、赤ん坊は密かに脱出した。
赤ん坊はネズミたちに育てられ、青年へと成長した。彼は家を持たないまま、自分の人生を奪った男を探すために大自然を歩き続けた。行く手には次々と敵が立ちはだかるが、青年は強さを見せ付けて撃退した。鶴拳道場を訪れた青年は師範のタンに事情を話し、自分の家族を殺した敵を見つけ出すための協力を依頼した。タンは敵がペインだと教え、「君は選ばれし者だ」と青年に教えた。自分が選ばれし者だと思っていたローは抗議し、タンに諌められた。
病気を患っているタンは、ペインが見つかるまで道場で修業するよう青年に勧めた。ローは青年への対抗心を燃やし、女弟子のリンの前で「あいつを倒す」と宣言した。青年が修業を積んでいると、ローは勝負を要求して寺院へ連れて行く。青年が力の差を見せていると、リンが制止に入った。そこへ別の門弟が駆け付け、ペインが来ていることを知らせた。ペインが体の強靭さを見せ付ける様子を、青年は目撃した。青年が正体を隠して同じ食卓を囲んでいると、ペインは「私は改名して出直す。これからはベティーだ」と言い出した。
青年はペインと同じ技を会得するため、道場の門弟たちに棒で何度も殴らせた。気絶した彼が夜中に目を覚ますと、ワオという女が現れた。彼女は「ペインと戦うには早すぎる」と告げ、特訓の必要性を説いた。しかし青年は「必ず勝ってみせる」と言い、自分の実力を見せる。ワオは「その力を信じるわ」と言い、「草原に行くとペインの番人の猛牛がいる。草原に気を付けて」と忠告した。タンはペインに勝負を挑むが全く歯が立たず、その場を後にした。
リンは青年に惹かれ、復讐を考え直すよう頼む。しかし青年の強い意思を知り、ペインが滝にいることを教えた。草原を歩いていた青年は牛と遭遇し、ワオの言葉を思い出した。牛に襲われた青年は反撃し、乳を搾り取って退治した。滝の上にいるペインを見つけた青年は正体を明かし、復讐を宣言する。しかし唐突にリンの父のドーが現れ、「まだ君には早い。彼を倒せる者などいない」と制止する。彼は青年を投げ飛ばし、ペインを攻撃して怪我を負う。青年もペインと戦うが鉄の爪を受け、滝壷に流された。
青年はドーを抱えて、鶴拳道場に戻った。タンはドーを見て旧友だと気付き、慌てて手当てを施した。しかしドーは自分が助からないと感じ、タンに「このままでは選ばれし者が希望を失ってしまう」と青年への助力を頼んだ。ペインは青年が生きていると知り、鶴拳道場へ乗り込んだ。道場に青年はおらず、ペインは見せしめに門弟たちを痛め付けた。リンはペインの手下たちに捕まるが、隙を見て逃げ出した。ペインはタンを待ち伏せし、深手を負わせて立ち去った。青年は瀕死のタンを見つけ、慌てて駆け寄った。その近くではリンも瀕死になっていたが、タンも彼女も死んだように見えて生きていた。青年はペインを倒すため、何日も特訓を重ねた…。

脚本&監督はスティーヴ・オーデカーク、製作はポール・マーシャル&トム・コランダ&スティーヴ・オーデカーク、共同製作はブルース・デヴァン、撮影はジョン・J・コナー、美術はヘクター・ヴェレス、編集はポール・マーシャル、衣装はショーネル・チェリー、音楽はロバート・フォーク、音楽監修はジェフ・カーソン&フランキー・パイン。
出演はスティーヴ・オーデカーク、ジェニファー・タン、レオ・リー、ヤン・リン、ミン・ロー、ペギー・ルー、タッド・ホリノ、トリ・トラン、サイモン・リー、ジョーン・B・キム、フィリップ・タン、ナスティー・ネス、チャド・スタヘルスキー、マイケル・リー、ジェン・サン・アウターブリッジ、アル・ゴトー、ウィル・レオン、ウーン、ヒロ・コーダ、ロン・ユアン、デヴィッド・ウォルド、ジョン・コヤマ、ジョニー・エウゼビオ、マーカス・ヤング他。


『ジム・キャリーのエースにおまかせ!』『ナッシング・トゥ・ルーズ』のスティーヴ・オーデカークが脚本&監督を務めた作品。
1976年の香港映画『ドラゴン修行房』の映像を編集して台詞を全て差し替え、新撮シーンを追加して構成している。
同じような方法で作られた作品に、ウディー・アレンの『What's Up, Tiger Lily?』がある。ただし大きく異なるのは、外国映画を無断で拝借しているわけではないことだ。
『What's Up, Tiger Lily?』は、東宝の国際秘密警察シリーズの『火薬の樽』と『鍵の鍵』を勝手に再編集した作品だ。しかし本作品は、正式に『ドラゴン修行房』の権利を購入した上で換骨奪胎している。

『What's Up, Tiger Lily?』の場合、三橋達也が演じるキャラクターの名前は変更されたものの、彼が主人公であることは踏襲されていた。
しかし本作品は、『ドラゴン修行房』で主演のジミー・ウォングが登場していた箇所にスティーヴ・オーデカークの映像をハメ込んでいる。
『ドラゴン修行房』の出演者では、ペイン役のロン・フェイ、リン役のツェ・リンリン、ロー役のラウ・カーウィン、タン役のチェン・ウェイロー、ドー役のマ・チーの映像がそのまま使われている。

スティーヴ・オーデカークは主人公の「選ばれし者」を演じているだけでなく、全ての登場人物の吹き替えも担当している。それは男子だけでなく、女子も含めてだ。
ちなみに日本語版の声優は西村雅彦(現・西村まさ彦)だが、ワオだけは田中敦子が担当している。
たぶんスティーヴ・オーデカークとしては、「全員の声を1人で担当するトコまで含めてのギャグ」という考え方だったんだろうとは思う。でも、それは「チープな自主映画」という印象を強くさせちゃうんだよね。
内輪受けのネタとしては「1人全役」でも良かったかもしれないが、それによって「コメディー映画」としての質は落ちている。

何も無いトコから1本の映画を作るよりも、既存の作品を加工した方が安く仕上がるのは確かだろう。
ただ、この映画を見て感じるのは、『ドラゴン修行房』の映像を拝借するんじゃなくて、オリジナル作品として作った方が良かったんじゃないかってことだ。
と言うのも、この映画で笑いを生み出そうとしているシーンの大半は、追加撮影した映像を使っているのだ。
デタラメな吹き替えだけで笑いを作ろうとする意識って、そんなに強くないのだ。

具体的に劇中のギャグを列挙すると、例えば燃える家から脱出した赤ん坊を拾った女性が「可愛い」と言いながら、坂を転がして捨てる。
次々に立ちはだかる敵を、選ばれし者がインチキなカンフーで倒す。選ばれし者のベロに目と口が付いていて、『親指スター・ウォーズ』のキャラみたいに動く。
そういうのは全て、追加撮影が必要とされるギャグだ。
そして追加撮影されたシーンのギャグを描くために、基盤としている『ドラゴン修行房』の部分が必要不可欠かというと、そうではないんだよね。

スティーヴ・オーデカークが昔のカンフー映画を見て「笑いのネタとして使える」と思ったのなら、そのセンスは否定しない。
でも、そこから「昔のカンフー映画の映像を加工して別の映画に作り替える」という方法を取ったのは、結果としては失敗だったと言わざるを得ない。
彼が志向するギャグの大半は、前述したように追加撮影を必要とする「動きあっての笑い」だからだ。
台詞中心のギャグなら『ドラゴン修行房』の再編集という方法でも良かったかもしれないが、映画製作に採用した方法と笑いの志向にズレがあるのだ。

あと、台詞のギャグよりも、動きのギャグの方が笑いのパワーが遥かに上ってこともあるんだよね。
だから、ますます「1から作った方が良かったのに」と思ってしまう。
ただし期待させたらマズいから補足しておくけど、あくまでも「比較したら遥かに上」ってだけだからね。動きのギャグにしても、そんなに面白いわけではないからね。
例えるなら、せいぜい昔の『新春かくし芸大会』で芸能人がやっていたパロディードラマと同じようなノリの笑いだからね。

ストーリー展開はデタラメだが、たぶん『ドラゴン修行房』の雑なシナリオが基盤になっていることが主な原因だろう。
ひょっとすると、スティーヴ・オーデカークは『ドラゴン修行房』の適当な物語や粗い編集も、笑える要素と認識していたのかもしれない。例えば、タンは道場で喋っていたのにカットが切り替わるとベッドで寝ているとか、急にリンの父が現れるとかね。昔の香港映画は『ドラゴン修行房』に限らず、決して洗練された内容とは言えないからね。
ただ、そのせいで本作品の内容まで雑になっているのは、笑いのネタとして好意的には受け取れないぞ。
ギャグを盛り込むために支離滅裂な展開になっている印象が強いけど、基本の話が雑なのに、そのせいで余計に雑になっちゃってんだから、なんだかなあと。

序盤で「赤ん坊はネズミに育てられた」という説明が入るが、実際にネズミたちが赤ん坊を育てるシーンは描かれない。
草原の乳牛をCGで暴れさせるシーンがあるんだし、赤ん坊を育てるネズミもCGで描けば良かったんじゃないか。その映像を使えば、笑いを作ることも出来たはずだし。
この映画でダントツに面白いのって、乳牛がカンフーで暴れるシーンなのよ(っていうか見終わって印象に残るのって、それぐらいしか無いのよ)。
だから、例えばネズミが選ばれし者にカンフーを教える様子を描くとかさ。で、いっそのこと選ばれし者の敵として立ちはだかる連中も、全て動物にしちゃうとかさ。
そんな風に考え出すと、ますます「オリジナル作品として作れば良かったのに」という気持ちが強くなっちゃうなあ。

この映画を見ていても、『ドラゴン修行房』をベースにしていることのメリットが、ほとんど感じられないんだよね。
一応はパロディー映画と言っていいんだろうけど、そもそも『ドラゴン修行房』が超マイナーな作品だから、それのパロディーとしては成立していないし。
「じゃあカンフー映画全体のパロディーとして捉えればいいんじゃないの」と思うかもしれないけど、だったら『ドラゴン修行房』を使う意味は乏しいわけでね。
結局、「予算を削減するため」という以外に、『ドラゴン修行房』を使う意味は見えないのよね。
そして低予算で作ろうとした結果、見事に「安っぽい楽屋落ちの映画」として仕上がっているわけだ。

(観賞日:2020年8月30日)


第25回スティンカーズ最悪映画賞(2002年)

ノミネート:【最悪の作品】部門
ノミネート:【最も痛々しくて笑えないコメディー】部門

 

*ポンコツ映画愛護協会