『空海―KU-KAI― 美しき王妃の謎』:2017、中国&日本
今から1200年以上前、中国の唐は絶頂期を迎えていた。繁栄の時を築き上げたのは、第9代皇帝の玄宗である。玄宗は偉大な功績を上げ、楊貴妃を愛した。 唐の帝都である長安は、世界最大の都市であった。長安は遣唐使の阿倍仲麻呂を始めとした、世界中の才能溢れる人々を魅了していた。そんな中、若い僧侶の空海が長安を訪れた。一方、屋敷の外で春琴が瓜を食べていると、黒猫が人間の言葉で話し掛けた。怯えた春琴は屋敷の中に逃げ込むが、黒猫は先回りして待ち受けた。黒猫は「瓜の礼をしてやろう」と言い、庭の夾竹桃の下に銭が埋まっていることを教えて姿を消した。夫の陳雲樵が帰宅すると、春琴は掘り起こした大量の銭を見せた。
宮殿へ赴いた空海は病に苦しむ皇帝の姿を確認し、7日前から臥せていることを知る。皇帝は黒猫の存在に怯え、飛び起きて体勢を変えた直後に息を引き取った。起居郎を務める白楽天は御典医から、陛下が風邪で崩御したと記録するよう命じられた。宮殿を去ろうとした空海は、白楽天から声を掛けられた。空海は彼に手に付着した毛を見せ、宮中で猫を飼っているはずだと指摘する。宮殿では誰も猫など飼っていなかったが、空海は足跡を発見し、どこからか入り込んだのだと確信した。
空海は木札を見つけて拾い上げ、そこに「皇帝は死んだ、次は李少」と書かれていることを知る。空海は白楽天に質問し、李少は次の皇帝になる人物だと知った。白楽天は鍵を盗み出して玄宗の宮殿に侵入し、宝物庫を開ける。しかし琵琶が勝手に動き出したため、彼は慌てて止める。物音を耳にした警備の面々は猫を発見したため、侵入者の存在に気付かず立ち去った。白楽天は宝物庫にあった小袋を手に入れ、宮殿を去った。
翌日、白楽天は空海の元へ行き、金吾衛を務める陳雲樵の家に言葉を話す猫が現れたという使用人から聞いた情報を伝えた。しかし空海は「もう帰国する身。関係の無い話です」と興味を示さず、白楽天も「私にも関係の無い話です」と詩を書き上げるために辞職したことを明かした。空海は白楽天から急に帰国する理由や唐に来た目的を問われ、「恵果和尚に弟子入りしたかったが、青龍寺の山門もくぐれていない」と話す。青龍寺は密教の総本山であり、恵果に弟子入りを望んでも認められた者はいなかった。
空海と白楽天は町を歩き、瓜翁というスイカ売りの男が商売をしている現場に遭遇した。瓜翁が地面に種を撒いて水をやると、あっという間にスイカが育った。白楽天は他の見物人と共に拍手を送るが、空海は落ち着き払って「幻術だ。全てまやかしだ」と口にした。瓜翁に声を掛けられた空海は、「本物のスイカは1つだけですよね」と言う。瓜翁は空海にスイカを渡し、その場を立ち去った。しばらく歩いているとスイカは魚に変貌し、またスイカに戻った。
空海は白楽天に、「見事なものよ。喋る猫の話も、真かもな」と告げる。2人は雲樵と仲間たちを尾行し、妓楼へ向かった。雲樵は新入りの玉蓮に興味を示して部屋に連れて行き、その様子を見ていた先輩妓生の麗香は強い嫉妬心を見せた。麗香は急須が勝手に動いてお茶を入れる様子を目撃した直後、何かに憑依された。妓楼に入った空海は、麗香が雲樵や玉蓮たちのいる部屋へ酒を運ぶ様子を目にした。雲樵が玉蓮に酒を勧めた直後、黒猫が襖に入り込んで彼に語り掛けた。
「銭を使い切ったか?もっと欲しいか?」と訊かれた雲樵は、黒猫を馬鹿にして「魚でも食ってろ」と魚を投げ付けた。すると黒猫は、「俺は目玉しか食わない。誰の目玉をくれるのかな」と告げる。雲樵が短剣を投げ付けると黒猫は襖から飛び出し、雲樵と仲間たちに襲い掛かった。黒猫は雲樵に「借りとは返す物だぞ。明日の夜、お前の家を訪ねに行く」と言い残し、炎と共に姿を消した。雲樵の仲間の1人は、いつの間にか両目を抉り取られていた。雲樵が慌てて帰宅すると池が血で染まり、全ての魚は死んで浮いていた。
次の日、空海は皇帝を殺したのが足の1本に傷を負った猫だという推理を語った。雲樵を狙った理由について疑問を抱く彼に、白楽天は「陳雲樵は金吾衛の頭領だ」と言う。雲樵が三代世襲で皇帝の護衛を務めていると聞き、空海は「借りは返す物だ」という猫の言葉を思い出す。すると白楽天は、「借りを作ったのは先々代の皇帝だよ」と告げる。その夜、黒猫は雲樵の屋敷に現れ、祈祷師と見張りの男たちを始末した。黒猫は雲樵の前で春琴を人質に取り、「お前の女だろう。助けなければ死ぬぞ」と凄んだ。
助けを呼ぼうと部屋を飛び出した雲樵は、邸内の人間が全て殺されているのを知る。彼は助けを求める春琴を見捨てて、扉に鍵を掛けた。すると春琴は黒猫に操られて目の前に現れ、「見殺しにするの?」と不気味に笑う。一方、空海と白楽天は妓楼に呼ばれ、妓生の牡丹から玉蓮が倒れて目を覚まさないと聞かされる。玉蓮の足を見た空海は、蠱毒にあたったと見抜く。空海は彼女の足に無数の卍を書き、牡丹に用意させた新鮮な生肉を使って蠱毒の虫をおびき出した。
妓楼に逃げ込んでいた雲樵は空海の処置を目撃し、春琴も救ってほしいと依頼する。空海が白楽天と共に雲樵の屋敷へ行くと、春琴は屋根の上を歩きながら李白の詩を詠んでいた。空海は寝室で眠っている本物の春琴を白楽天に見せ、屋根にいたのは幻術だと告げる。彼が李白の詩が誕生した時代について尋ねると、白楽天は書庫へ案内する。彼は文献を発見し、楊貴妃の誕生日に開いた宴で生まれた詩だと教える。話を聞いた空海は、猫が楊貴妃の詩を詠むのは誰かのためではないかと口にした。
空海は瓜翁の元へ行き、猫の件で相談を持ち掛けた。すると瓜翁は、「幻術にも仕掛けがあるのだ」と告げた。空海は白楽天を伴い、雲樵の屋敷へ向かう。彼は白楽天の書いている長恨歌のことを猫が知っており、そこに謎を解く手掛かりがあると考えていた。すると黒猫は春琴に憑依して現れ、幻術を使う。黒猫は李白の詩が偽りであり、楊貴妃に会わずに書いていると指摘した。偽りだと知りながら屋根の上で詠んだ理由を空海が尋ねると、黒猫は「楊貴妃が気に入ったからよ」と答えた。
黒猫は宴の場にいたことを明かし、玄宗に飼われていたこと、戦乱が起きると捨てられたこと、生きたまま埋められたことを語る。「それが2人の天子を恨む理由ですか」と空海が訊くと、黒猫は「生き埋めを命じたのは天子だもの」と言う。雲樵を恨む理由を問われた黒猫は、「あいつの父親に埋められたの」と述べた。「30年も前の話だぞ。猫がそんなに生きられるわけない」と白楽天が告げると、黒猫は「この家で毒入りの魚を食らい、床下で息絶えた。怨念は消えずに死体もそのまま。だから化け猫になった」と話す。「なぜ楊貴妃の姿を見せた?どんな秘密を伝えたいのだ」と白楽天が問い掛けると、黒猫は「運命が、あの方と同じだから」と答えて春琴の体を解放した。空海たちは黒猫の死骸を発見し、火に投じて処分した。
春琴が回復すると、雲樵は空海と白楽天を招いて感謝の宴を催した。雲樵は春琴と共に、演奏に合わせて踊り出した。すると白楽天は空海に、それは楊貴妃のために玄宗が作った曲であり、演奏が禁じられていることを教える。雲樵は黒猫に憑依され、春菊の首を締め上げた。空海は奏者たちを気絶させて音楽を止めるが、既に春琴は瀕死の状態だった。春琴は「埋めないで、地下は寒い」と呟いて息を引き取り、我に返った雲樵は発狂した。
空海は黒猫が楊貴妃も生き埋めにされたと伝えたかったのではないかと推理するが、白楽天は「呆れて物が言えない」と批判した。しかし空海は全く気にせず、黒猫は長恨歌を書いている白楽天が楊貴妃の死の真相を探るよう導いたのだと指摘した。玄宗は安史の乱で都から逃げる途中に兵が反旗を翻したため、仕方なく楊貴妃の首を絞めさせたと史書には記されている。しかし白楽天は疑いを抱き、盗み出した小袋を見せて楊貴妃の毛髪が入っていることを教える。
白楽天は涙を流しながら、「私が李白を超えられないことは良く分かっている。だが長恨歌と偽りとは言わせない」と語る。すると空海は「私とて入れ替わった偽者」と言い、自分の師匠こそが本物なのだと話す。しかし大師は体が悪かったため、空海が代理で唐に来たのだ。白楽天は空海を案内し、楊貴妃の世話をしていた老婆を訪ねた。老婆は玄宗の命令で白綾を編み上げて高力士に渡したこと、皆が呼ばれた時には楊貴妃が既に亡くなっていたことを2人に語る。金吾衛が楊貴妃の検死を担当し、老婆は息絶えていることを知った。
空海と白楽天が去った後、黒猫は老婆の前に現れた。黒猫は「白綾を織ったのはお前か」と凄み、老婆に襲い掛かる。当時の金吾衛は雲樵の父親であり、反乱の首謀者だった。そのことを空海に話した白楽天は、黒猫が楊貴妃に関わった者に復讐しているのだと悟った。空海と白楽天が老婆の所へ戻ると、既に彼女は殺されていた。他に当時の件を知っている人物はいないのかと空海が訊くと、白楽天は遣唐使で長安の高官となった阿倍仲麻呂のことを教える。既に仲麻呂は亡くなっているが、側女の白玲は存命だった。
空海と白楽天は白玲と会い、楊貴妃の生死が分からなかったため長安に残ったことを聞かされる。白玲は仲麻呂から燃やすよう命じられた日記を盗み見て、彼が愛していたのは楊貴妃だと知っていた。空海は彼女に頼み、日記を貸してもらった。そこには三十年前、仲麻呂が楊貴妃を愛してしまったことが綴られていた。仲麻呂は極楽の宴に招待され、楊貴妃にとって特別な存在になりたい思いを秘めて参加した。宴の場では幻術師の黄鶴が弟子の丹龍と白龍を使って見事な術を披露し、出席者から喝采を浴びた。一方、泥酔した李白は高力士から、陛下のために楊貴妃の詩を詠むよう命じられた。彼は楊貴妃に会わないまま詩を書き、その場で眠り込んだ。しかし後から楊貴妃が会いに来て称賛すると、李白は彼女に魅了された…。監督はチェン・カイコー、原作は夢枕獏『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』(角川文庫/徳間文庫刊)、脚本はワン・フイリン&チェン・カイコー、製作総指揮は角川歴彦&チャオ・ファーイー&アルバート・ヤン&チェン・ホン、エグゼクティブプロデューサーは高秀蘭&井上伸一郎&田甜アルバート・リー&利雅博、プロデューサーはチェン・ホン、撮影はカオ・ユー、美術はトゥ・ナン&ルー・ウェイ、衣裳デザインはチェン・トンシュン、編集は李点石、録音は劉佳、VFXは石井教雄、サウンドデザインは柴崎憲治、音楽はクラウス・バデルト。
出演は染谷将太、ホアン・シュアン、チャン・ロンロン、阿部寛、松坂慶子、火野正平、リウ・ハオラン、オウ・ハオ、キティー・チャン、チン・ハオ、シン・バイチン、リウ・ペイチー、チャン・ルーイー、ティアン・ユー、チャン・ティアンアイ、チェン・タイシェン、シン・バイチン、メイソン・リー、シン・イー他。
夢枕獏の小説『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』を基にした中国と日本の合作映画。
監督は『花の生涯〜梅蘭芳(メイ ラン ファン)〜』『運命の子』のチェン・カイコー。
脚本は『THE MYTH/神話』『ラスト、コーション』ワン・フイリンとチェン・カイコー監督による共同。
空海を染谷将太、白楽天をホアン・シュアン、楊貴妃をチャン・ロンロン、仲麻呂を阿部寛、白玲を松坂慶子、大師を火野正平が演じている。
日本語吹替版では白楽天の声を高橋一生、楊貴妃を吉田羊、玄宗をイッセー尾形、白龍を東出昌大、丹龍を寛一郎、黄鶴を不破万作、高力士を金田明夫、李白を六角精児が担当している。冒頭、唐や長安に関するナレーションの後、空海に関する説明も入る。
そのナレーションでは、「彼の優れた能力は、長安においても一際強い輝きを放つことになる。この時、まだ彼は無名の僧侶に過ぎなかった」と語られている。
そういう前口上を入れるのだから、「無名時代の空海が長安で優れた能力を披露し、大勢の人々から注目を浴びる存在になる」という物語が描かれることを期待するのは当然のことだろう。
しかし実際のところ、空海の素晴らしい活躍など、これっぽっちも描かれていないのである。序盤に空海は皇帝が病死でないことを指摘し、黒猫が入り込んだことも言い当てる。
ただ、「たまたま膝に猫の毛が付着した」ということで猫の存在に気付いたようなモノだし、床を観察していれば足跡を発見することは出来る。だから、そんなに優れた推理能力ってわけでもない。
彼は見物客の中で1人だけ瓜翁の幻術を見抜いているが、これも「最初からまやかしと決め付けて見ているから驚かない」というだけだ。
落ち着き払った男ってことだけは伝わるが、その辺りの描写で空海の能力をアピールできているとは言い難い。ホントは導入部で観客の気持ちを掴むためにも、主人公の存在をアピールする意味でも、「いかに空海が異能の人物か」ってのを紹介するシーンを用意しておいた方が望ましい。とは言え、滑り出しのアピールが弱くても、話を進める中で空海の凄さが伝わって来るなら決して悪くはない。
しかし残念ながら、話が進んでも空海の凄さは全く見えない。
一応は「事件を推理し、謎を解明していく」という役目を担当しているのだが、それって単なる探偵稼業に過ぎないわけで。「空海ならではの能力」を感じさせるモノではないんだよね。
しかも探偵としても、「謎解きの醍醐味」を堪能させてくれるわけではないし。「演奏者を気絶させる」というシーンでは少しだけ特殊能力を披露しているけど、春琴は殺されちゃうので何の役にも立っていないし。空海はスイカが魚に変化し、またスイカに戻るという現象を見て、「喋る猫の話も真実かもしれない」と考えるようになる。裏を返せば、それまでは全く信じちゃいなかったってことだ。そもそも彼は、「もう帰国するし」ってことで、興味さえ抱いていない。
そんな彼の考えを大きく変化させるのだから、瓜翁の幻術は重要な意味を持っている。でも、彼と黒猫は何の関係も無いんだよね。
「たまたま町で商売をしていた」というだけなのだが、そこはキャラの出し方が下手だし、御都合主義の使い方も下手だと感じる。
かなり後になって瓜翁が今回の出来事に深く関与していることが判明するけど、それが分かっても「空海の方から接触しなかったら、どうにもならなかったよね」と言いたくなるし。っていうか、空海は皇帝が死んだ時に「猫が関係している」と推理して少しだけ調査を入れているのに、白楽天から「雲樵の家に言葉を話す猫が現れた」と聞かされると「もう帰国する身。関係の無い話です」ってことで全く興味を示さないんだよね。どういうことなのかと。
そこから空海が調査に本腰を入れるようになるのも、これまた動機がボンヤリしているし。
そこに限らず、空海のキャラがボンヤリしているんだよね。やたらとニヤニヤしているのは「余裕のある泰然たる男」ってのをアピールしたかったのかもしれないが、まるで魅力に繋がっていないし。
ひょっとするとチェン・カイコーと染谷将太の間で、ちゃんと意思疎通が出来ていなかったんじゃないか。そうとしか思えないぐらい、空海の人物像はフワフワしていて定まっていない。序盤、人間の言葉を話す黒猫が現れた時、玉蓮は怯えて逃げ出している。ところが妓楼に襖の中のシルエットとして喋る黒猫が現れた時は、誰も驚いたり怯えたりしていない。それどころか、馬鹿にして笑うほど余裕がある。
「襖の中に猫のシルエットが会われて動いている」「しかも人間の言葉を喋っている」ってのは、ものすごく異常な現象のはずだ。なぜ全員が落ち着き払って見ているのか。
これが「雲樵にしか見えていない」ってことなら、「他の面々には見えないから無反応」という形にしておくことも出来ただろう。
でも全員に見えているわけで、その上でそのリアクションは不自然極まりないぞ。っていうかさ、まず「なぜ銭をくれた有り難い相手なのに、雲樵は黒猫を馬鹿にして無礼な態度を取るのか」ってのが気になる。さらに言うと、「なぜ謎の黒猫が大量の銭のありかを教えてくれたのに、何の疑問も抱かないのか」ってのも気になる。
一方で、それとは異なる類の疑問もある。それは、「なぜ全員が黒猫に驚かず馬鹿にするような態度を取る」という演出にしたのかってことだ。
そこは最初から「黒猫に驚く」という反応にしておけば、何の問題も無かったはずでしょうに。
そんな中で雲樵だけが悪酔いして不遜な態度を取り、それで黒猫が彼と仲間たちに襲い掛かるという展開にしておけば、スムーズに進行したはずでしょ。そのシーンは、もう1つ大いに引っ掛かることがある。
それは、「玉蓮に嫉妬した麗香が何かに憑依される」という描写だ。
これは明らかに麗香が黒猫に憑依された」ってことを意味するシーンのはずだが、その後で黒猫は襖に出現し、そして飛び出して戦っている。
だったら、麗香が憑依される手順って全くの無意味だよね。
なぜ「誰かに憑依しないと、喋ったり動き回ったりできない」という設定を徹底しておかなかったのか。一応、後で「玉蓮が蠱毒に当たる」という展開があるし、そこで麗香に憑依したのは、たぶん「狙いは雲樵だったけど玉蓮が当たった」ってことなんだろう。
でも、黒猫はその気になれば、雲樵を普通に殺すことも可能なはずであって。何しろ、その後には黒猫として雲樵を襲撃し、その仲間の目を抉り取っているしね。
でも殺さずに済ませているので、何がしたいのかと言いたくなるわ。
あと、春琴を利用することも出来るだろうし、麗香に憑依して酒を運ぶ行動の必要性って、どう考えても乏しいのよね。その後、「雲樵が春琴を殺害して発狂する」という展開があるが、だったら黒猫は最初から、それを狙えば良かったんじゃないかとも思うし。途中、白楽天が長恨歌への強い思い入れで感情的になったり、李白への嫉妬心を剥き出しにしたりする描写がある。しかし、彼が歴史上の有名な詩人であることは知っているが、そういう描写の必要性が見えて来ない。
まあ一応は「長恨歌は楊貴妃に関する詩」ってことで関係しているんだけど、物語に上手く連動しているとは言い難い。白楽天の内面に迫ったところで、それが回想劇と絡み合うわけではないしね。
一方、空海の方にも「自分は偽者」と語って大師と話す回想シーンが用意されているが、これまた全く本筋と連動していない。
彼が唐に向かう船の転覆で生き残ったことも描かれるが、これも「だから何なのか」と言いたくなるし。回想劇に入ると、仲麻呂がナレーションを語って進行役を担当する。その中で彼は楊貴妃への強い愛を表現しているが、こいつは黒猫の件と何の関係も無い。
そして回想劇の中心人物のように思われた仲麻呂は、そのままナレーションだけは続けるものの、あっさりと「いてもいなくても全く影響の無い傍観者」になってしまう。
なぜなら、安史の乱や反乱に関するシーンが続くからだ。そこに仲麻呂は関与していないので、「その時代の長安にいた男」でしかない。
一応は事件の目撃者として語っているのだが、彼が知らないはずの出来事までも描かれているので、整合性は取れていない。そもそもの問題として、「仲麻呂が楊貴妃と出会って心を奪われ、彼女を独占したいと思うようになって行動まで起こす」というトコへ至るドラマが何も描かれていないという問題がある。
回想劇が始まると、最初から「惚れていて彼女をモノにしたい」という状態なのだがそれは彼の完全なる片想いに過ぎないのよね。
彼は楊貴妃に何の影響も与えていないし、玄宗の行動にも関係していない。なので、実は仲麻呂の存在を完全に排除したとしても、この映画は成立してしまうのだ。わざわざ阿倍仲麻呂という人物を配し、楊貴妃に惹かれた男として描いている意味は乏しい。
完全ネタバレだが、実は黒猫の正体が白龍なので、いっそのこと「黒猫が全て暴露する」という形にしてもいいぐらいなんだよね。
どうせミステリーとしての面白味なんて、これっぽっちも味わえないんだから。(観賞日:2019年7月16日)
2018年度 HIHOはくさいアワード:第5位