『カイト/KITE』:2014、アメリカ&メキシコ
エデンの園を追われたアダムとイブは、カインとアベルとセトという3人の息子を設けた。カインはアベルを殺して逃亡し、「番人」と呼ばれる堕天使たちに命を救われた。その血でカインの子孫は文明を築くが、同時に悪も撒き散らした。セトの子孫だけが、神が創造した物を大切に守り続けた。少年時代のノアは父のレメクから、自分たちがセトの子孫であることを聞かされる。レメクはノアに、「セトの仕事を引き継ぎ、神と共に正しい道を歩め」と説いた。カインの末裔であるトバル=カインが部隊を率いて現れたので、レメクはノアを隠れさせた。トバルは自身が住む鉱脈が枯れたため、レメクの守る鉱脈を狙っていた。彼は「生き抜くため、欲しい物は手に入れる」と告げ、レメクを殺害して土地を奪い取った。
大人になったノアはナーマと金融危機によって経済が崩壊し、州は無法状態となった。ギャング集団のナンバーズは子供を拉致し、エミールが率いる人身売買組織に売っていた。売人のクラツォフはサワという赤髪の女をアパートに連れ込み、エレベーターへ乗り込んだ。住人の老女が悪態をつくと、男は眼鏡を奪い取って暴力を振るった。するとサワは鞄から拳銃を取り出し、非合法の銃弾で男の眉間を撃ち抜いた。サワは「エミールによろしく」と言い残し、その場を後にした。
アパートを出たサワの姿を、監視役のオブリが密かに見ていた。サワは警官だった父と母がエミールに殺され、組織に復讐するため一人ずつ始末していた。刑事のカール・アカイは、通報を受けてアパートへ赴いた。先に来ていたプリンズルー刑事から「美少女が目撃されている」と聞いた彼は、「美少女に出来るわけがない」と否定した。サワは帰宅してウィッグを外し、両手に付着した血を洗い流した。そこへ養育者であるアカイが戻ると、禁断症状で手が震えているサワは「アンプ」と呼ばれる薬を求める。その薬を使うとトラウマや恐怖を忘れて精神は安定するが、その代償として記憶が失われる。
アカイが「仕事は見事だったが、目撃者を残した。犯人が少女であることも、警察用の銃を持っていることもバレた」と注意すると、サワはクラツォフがソーンヒルと会う場所を記したメモを見せた。クラツォフはソーンヒルから少女を買い、エミールに出荷していたのだ。「私なら少女たちと一緒に潜り込める。エミールを殺す」とサワが訴えると、彼女の父から娘を託されたアカイは「お前は復讐の中毒になってる」と諭してからアンプを注射した。
サワはヴィク・ソーンヒルの元へ行き、クラツォフの指令だと嘘をつく。クラツォフの相棒であるジェピーはソーンヒルに捕まっており、サワを見て「見たことも無い。いちいち覚えてねえ」と証言する。ソーンヒルはサワの鞄を調べた後、父のクライヴに味見してもらって商品になるかどうか決めることにした。彼はジェピーに、クラツォフに渡した前金を見つけ出すよう要求した。ソーンヒルはクラツォフの商売敵であるスタギーの元へ向かい、サワは奥の寝室に入った。
サワはクライヴを始末し、外で待機していた見張り役の男も殺害した。もう1人から情報を聞き出そうとするサワだが、逃げられてしまう。外へ出たサワにオブリが接触し、警戒する彼女に「敵じゃない。知ってるだろ、オブリだ」と告げる。しかしサワはアンプのせいで、彼のことを覚えていなかった。オブリは「アンプで悪い記憶は消えるが、いい記憶も消える。家族の顔を思い出せるか」と問い掛け、「お前の親を知ってる。古い映画館に来てくれ」と告げて立ち去った。
サワはアカイから、「ソーンヒルは今回、少女を出荷しないらしい。お前は何をしに行った?」と責めるように言われる。「このままじゃ俺たちは共倒れだ」と告げられたサワは、「ジェピーに会ってエミールの居場所を聞き出すから」と訴える。アカイが「お前は迂闊すぎる。お前が無茶をしたら、俺のことも警察にバレる。相棒だったお前の父親のためにやってるんだ」と語ると、サワは「分かってる。だから家族のために復讐するの」と述べた。彼女はアカイからアンプを奪い取り、注射を打った。
サワはジェピーの家に行くが、ナンバーズのマーグリットとマンドラが現れて突入する。2人がジェピーと妻のライラを殺している間に、サワは一人娘のナイーマを見つける。サワはナイーマを連れて逃走するが、ナンバーズに捕まる。しかしオブリが駆け付け、サワを救出した。一方、ジェピー夫婦の殺害現場でアカイが現場検証していると、情報部のレイホーク警部が現れた。彼はアカイに、ジェピーが部下の潜入捜査官だったことを教えた。意識を取り戻したサワはオブリから「アンプを使い続けていると、記憶をすべて失うぞ」と警告されるが、「その日が待ち遠しいわ」と言い放った。
サワがナイーマの救助に向かおうとすると、オブリは協力を申し出た。2人はナイーマと別の少女を発見し、ナンバーズの追跡を逃れて連れ出した。アカイはオブリがサワに接触したと知り、激しい苛立ちを示した。サワはスタギーを捕まえ、エミールに関する情報を吐くよう脅しを掛けた。出荷の場所と時間を聞き出したサワは、襲って来たスタギーを始末した。翌日、オブリはマーグリットとマンドラに見つかるが、逃走して身を隠した。
サワは少女たちの出荷場所へ乗り込むが、あえなく捕まってしまう。エミールはサワを拷問し、情報を吐かせようとする。しかしサワは側近のシャミールとソーンヒルを始末し、エミールも殺害した。しかし帰宅した彼女は両親を殺した実行犯の顔を思い出し、エミールではなかったことに気付く。彼女は実行犯を見つけ出そうとするが、アカイから「エミールを殺したんだ」と終わりにするよう諭される。サワが納得できない様子を見せると、アカイは説得を諦めて「一緒にいた少年に聞け。全て知っている」と述べた…。監督はラルフ・ジマン、原作は梅津泰臣、脚本はブライアン・コックス、製作はアナント・シン&ブライアン・コックス&モイセス・コジオ、製作総指揮はスディール・プラグジー&サンジーヴ・シン&アルベルト・ミュッフェルマン&ロベルト・ナイドー&カティンカ・シューマン&ベイジル・フォード、撮影はランス・ギューワー、美術はウィリー・ボータ、編集はミーガン・ギル、衣装はルイ・フィリップ、音楽はポール・ヘプカー。
出演はインディア・アイズリー、カラン・マッコーリフ、サミュエル・L・ジャクソン、カール・ビュークス、テレンス・ブリジット、デオン・ロッツ、ゼイン・ミーズ、ライオネル・ニュートン、ロウ・ヴェンター、クレオ・リンクウェスト、マシュー・ヴァン・リーヴ、ジョディー・エイブラハムズ、ダニー・キーオ、アナベル・リンダー、ジャコ・ミュラー、サビーハー・タガリ、イアン・ストック、ジョリーン・マーティン、リロイ・ゴーパル、サントス・ヴィエラ・フローレス、アドリアナ・コッティーノ、リアム・J・ストラットン、クリスティーナ・ストーム他。
梅津泰臣が原作&脚本&キャラクターデザイン&絵コンテ&監督を担当し、全2巻で発売されたアダルトアニメーションのビデオ作品『A KITE』を基にした作品。
脚本は『THE JOYUREI 女優霊』のブライアン・コックス。
監督のラルフ・ジマンはロケ地である南アフリカ出身で、2008年の『Jerusalema』でダーバン国際映画祭の観客賞など複数の映画賞を獲得している人物。
サワ役のインディア・アイズリーは、オリヴィア・ハッセーと3番目の夫であるデヴィッド・アレン・アイズリーの娘。他に、オブリをカラン・マッコーリフ、アカイをサミュエル・L・ジャクソン、ソーンヒルをカール・ビュークス、スタギー&サシャをテレンス・ブリジット、プリンズルーをデオン・ロッツ、エミールをゼイン・ミーズが演じている。原作アニメはセックスシーンを削除して2巻を1巻に再編集したインターナショナル版が製作され、クエンティン・タランティーノやロブ・コーエンなどハリウッドの映画人たちからも高い評価を受けた。
そして原作の大ファンである『セルラー』や『スネーク・フライト』のデヴィッド・R・エリスが、実写映画の監督を務める予定だった。
しかし撮影の準備を進めている最中の2013年1月7日、デヴィッド・R・エリスはヨハネスブルグで急死してしまう。
そこで急遽、ラルフ・ジマンが代役に起用されて製作が続行された。最初の脚本が完成した段階では、『A KITE』とは全くの別物になっていた。そこで原作ファンのデヴィッド・R・エリスは、出来る限り『A KITE』に近い内容へ軌道修正して撮影に入る予定だった。
そのデヴィッド・R・エリスが死んだことで、原作とは全く別物のシナリオを使った実写版が製作されることになった。もちろん原作へのリスペクトなんて、期待するだけ無駄なことだ。
原作に近付けることやリスペクトすることが、必ずしも良い結果を生むとは限らない。
しかし本作品の場合、少なくとも原作から大幅に改変したことが好結果に結び付いていないことは確かだろう。ラルフ・ジマンは主にミュージック・フィルムを撮っている人らしいので、ってことは映像表現に長けているんだろうと思われる。
だから「ケレン味あふれるアクションシーン」というのが売りになるんじゃないかと思ったのだが、そこは全く期待に応えてくれない。
冒頭から「サワが男を撃ち殺す」というシーンを用意しているわけだから、もちろん「そこで観客を引き付けよう」という意識はあるはずだが、ケレン味が薄い。
「防ごうとした男の掌に銃弾で穴が開く」という表現はあるんだけど、例えばサワのハイキックにしろ、鞄から自動的に出て来る拳銃にしろ、もうちょっと飾り付けてもいいんじゃないかと。サワがクライヴと見張りを殺害するシーンでも、なんか地味なのよね。
そして最後まで、「見せ場」と呼べるようなアクションシーンは見当たらない。
そもそもインディア・アイズリーって格闘アクションの技術に長けているわけではないので、彼女の個人能力に頼るような見せ方は出来ない。
だからこそ、映像表現に工夫を凝らしてアクションシーンに魅力を施す必要があるはずなのだが、そういうトコの意識が乏しい。これといった工夫は見られず、凡庸に処理しているだけだ。そもそも、サワが次々に悪党を倒していくスカッとするアクションシーンを描けはいいものを、ちっとも強くないのよね。なぜか彼女がピンチに陥る展開ばかりが繰り返されており、だから当然のことながら高揚感や爽快感なんてありゃしない。
そりゃあ、圧倒的な強さを見せ付けるのではなく、「ピンチに陥るけど何とか突破する」とか「一度は退散を余儀なくされるけど反撃に出る」とか、そういう手順を踏むことで物語を盛り上げるってのは良くあるケースだ。
でも本作品の場合、単純にサワがボンクラだったり力不足だったりってのが引っ掛かるだけ。
まるで戦闘能力が伴っていないので、「もっとキッチリと訓練を積んでから復讐に乗り出せよ」と言いたくなる。サワは冒頭シーンこそクラツォフを綺麗に片付けるものの、それ以降は失敗だらけだ。
具体的には、「クライヴと見張り1人は始末するけど、残り1人に逃げられる」「ジェピーの家へ行くけど、ナンバーズに先を越される」「ナイーマを連れて逃げるけど、ナンバーズに捕まる」「ナイーマを救助するけど、ナンバーズに囲まれる」「クラブでスタギーを見つけるけど逃げられる」「スタギーを捕まえるけど反撃を食らう」「出荷場所に乗り込むけど殴られて気絶する」といった具合で。
しかも、色んなトコで顔を見られたり証拠を残したりしているので、そりゃあアカイも「迂闊だ」と叱責するよ。終盤、サワが「実行犯を見つけたい」と執拗に訴えると、止めようとしていたアカイは諦めて「一緒にいた少年(オブリ)に聞け」と言う。
オブリに案内されたサワは、実行犯であるオーティスと会う。
するとオーティスは父の元同僚だったこと、警察から武器を盗んだ犯人を突き止めて上に報告したこと、家が爆破されて妻が死んだこと、サワの父も犯人を知っていることを白状せざるを得なかったことを打ち明ける。
そして、本当の実行犯は自分にベルを押させて、背後からサワの両親を撃ったことを説明する。
完全ネタバレだが、そこに来て「黒幕はアカイだった」ってことが判明するのだ。ただ、『A KITE』を見ている人からすると、そんなのは「今さら言われても」という情報だ。
それは「ビデオを見ているから知っている」という意味ではない。『A KITE』だと、「サワ(砂羽)の両親を殺したのは赤井(アカイ)」 ってのは終盤に明かされる情報ではなく、最初から提示されている基本設定なのだ。サワはアカイが復讐相手だと分かった上で、彼に殺人術を教わって仕事をしているのだ。
ただ、この映画を見ているだけでも、途中で何となくアカイが怪しいってのは見える。何しろサミュエル・L・ジャクソンだし。
だから終盤に「実は両親を殺したのがアカイ」ってのを明かされても、「でしょうね」と思うだけ。「衝撃の真実」とは全く感じない。
アカイは「過去に悪事を働いたけど、悪人を退治したりサワを守ったりしたことで償って来た」と言うけど、それもバカバカしいだけだし。そこの設定変更に伴って、「サワはアンプという薬を常用しているが、そのせいで記憶が失われている」という要素が持ち込まれている。
つまりアカイは不都合な真実を忘れさせるため、サワにアンプを渡していたという設定だ。
だけど、そもそもサワがアンプを必要とする理由が良く分からない。
「精神を安定させるため」ってことなんだけど、それで精神が安定しているようには思えないし。
副作用で両親の顔さえ忘れそうになっているので、すんげえバカに見えちゃうし。「少女たちが人身売買の餌食になっている」というのは、映画オリジナルの設定だ。だから「サワが性奴隷になっている少女たちの代表として大人たちを殺しまくる」という内容になっているのかというと、そうではない。
なぜなら、「サワがアカイの性奴隷になっている」という『A KITE』の設定は削除されているからだ。
つまり少女たちは性奴隷だけど、サワは違うのだ。
「単なる」という冠を付けちゃうのは可哀想かもしれないけど、でも「単なる復讐者」になっているのね。
そりゃあ性奴隷ってことにするとエロ描写が求められるし、それだとレーティングに影響が出るし、観客動員にも関わるので、18禁の要素はバッサリと削ぎ落としたんだろう。
ただ、その代わりに持ち込んだ要素が「薬で云々」という全く話の面白味に貢献しないモノなので、なんだかなあと。(観賞日:2016年7月14日)