『キングコング2』:1986、アメリカ

キングコングが軍の攻撃を受けて世界貿易センタービルから墜落してから、10年が経過した。ジョージア州アトランティック大学の研究所では、科学者のエイミー・フランクリンたちによってキングコングの延命処置が続けられていた。昏睡状態のキングコングには700万ドルの人工心臓が取り付けられていた。だが、エイミーは所長のアンドリュー・インガーソルや霊長類学者のベンソン・ヒューズに、「血液が必要です。同じ種族でなければ輸血は不可能です。今、手術をすれば、コングは死にます」と告げた。
探検家のハンク・ミッチェルは、ダイヤモンドを手に入れるためにボルネオのジャングルへ分け入っていた。昼寝をしようとした彼は、レディーコングと遭遇する。ミッチェルは慌てて逃げ出すが、レディーコングは彼を捕まえようと追い掛けて来た。そこへ原住民たちが現れ、レディーコングに向かって一斉に吹き矢を発射した。ミッチェルは「殺すな」と叫び、攻撃を中止させる。何本もの矢を腹に受けたレディーコングは、バッタリと倒れ込んだ。
ミッチェルはアトランティック大学と連絡を取り、レディーコングを高値で売り付けようとする。捕獲したコングがメスだと知ったエイミーは、「メスによる刺激は危険です」と取引に反対する。しかし早急に手術が必要なため、インガーソルはミッチェルの言い値でレディーコングを買い取ることにした。レディーコングは貨物機でアメリカヘ空輸され、アトランティック大学に引き渡された。
研究所へ運び込まれたレディーコングは麻酔で眠らされ、キングコングへの輸血が行われた。エイミーの執刀により、キングコングの心臓移植は無事に成功した。翌朝、手術の成功を報じるマスコミや野次馬たちが大学に押し寄せ、熱狂的な騒動となった。専用の住居が完成するまで、レディーコングは倉庫で飼育されることになった。夜には盛大なパーティーが開かれ、ミッチェルやインガーソルたちが参加した。エイミーはキングコングの様子を見るため、研究所に留まった。
キングコングが目を覚ましたので、エイミーは安堵の表情を浮かべた。レディーコングの匂いを嗅ぎ取ったキングコングは、チューブを外して起き上がる。鎖で両手を繋がれた状態のコングだが、天井に飛び付こうとする。急激な興奮によって血圧が低下したため、エイミーは鎮静剤を投与してコングを眠らせた。エイミーはインガーソルたちの元へ行き、状況を報告して危険を訴える。インガーソルは突貫工事で住居を完成させ、48時間後にレディーコングを移動させることにした。
インガーソルの指示でレディーコングの移送作業が行われている間に、キングコングは手錠を外して天井から脱出した。コングは倉庫へ行き、レディーコングを救い出す。作業員たちがキングコングを攻撃しようとすると、ミッチェルが妨害した。コングはレディーコングを抱き上げ、倉庫を去った。ミッチェルは「奴を捕まえろ」と叫ぶインガーソルの胸ぐらを掴み、「手を出すな」と鋭く叫んだ。
翌朝、山に逃げ込んだ2匹のコングを捕獲するため、ネヴィット中佐の率いる部隊が出動した。エイミーとミッチェルはコングを救うため、車で山へ向かう。その頃、キングコングとレディーコングは、ハネムーン峠に来ていた。陸軍の封鎖を突破したエイミーとミッチェルは、車を降りて山を登って行く。エイミーは心臓のモニター装置をリュックに入れていた。2匹のコングを発見した彼女は、装置のスイッチを作動させて人工心臓の状態を確認した。エイミーとミッチェルは、コングたちの仲睦まじい様子を見て微笑んだ。
エイミーとミッチェルはコングたちから少し離れた場所に寝床を作り、一夜を過ごした。翌朝、2人が目を覚ますと、キングコングの姿が無かった。キングコングは別の場所で木々を引っこ抜いていた。軍のヘリコプターが山に飛来し、レディーコングに毒ガスを散布した。ネヴィットの部隊は、弱って倒れ込んだレディーコングをネットで捕獲しようとする。そこへ戻っキングコングが咆哮すると、ネヴィットは攻撃指令を出した。部隊がショック弾をキングコングに撃ち込んでいる間に、ヘリコプターがレディーコングを連れ去った。
火炎放射器による攻撃を受けたキングコングは、岩場を登った。ネヴィットは挟み撃ちにしようと目論み、キングコングを助けに行こうとしたエイミーとミッチェルは部隊に捕まった。山の天気は急変し、雷鳴と共に大雨が降り出した。キングコングは激流に飛び込み、大岩に頭から衝突してしまう。川が真っ赤に染まり、コングは水中に沈んで姿を消した。心臓のモニター装置からも、反応は消えた。
レディーコングは陸軍基地の格納庫に監禁された。3ヶ月後、ヒューズは国防長官のサインを取り付け、エイミーと共に格納庫へ向かう。政府の命令書を見せられたネヴィットは、仕方なく2人をレディーコングに会わせた。レディーコングの様子を見たエイミーは、彼女がキングコングの存在を感じていると察知した。エイミーはキングコングが生きていると確信するが、ヒューズは「彼は一日に450キロのタンパク質を摂取する必要がある。未知の環境でそんなことは無理だ」と述べた。
しかしエイミーの思った通り、キングコングは生きていた。コングは山に住む動物を餌にして、栄養分を補給していたのだ。ボルネオから戻ったミッチェルは、広大な土地を手に入れたことをエイミーに話す。それはキングコングとレディーコングを生活させるための土地だ。エイミーはミッチェルに、レディーコングが睡眠を取らず、食欲も無いことを告げた。ミッチェルはレディーコングに会おうと基地へ行くが、ネヴィットの部下たちに追い払われた。
キングコングが麓の町に現れ、住民たちはパニックに陥った。翌朝、その事件が報じられると、キングコング退治を目論むハンターのヴァンスたち5人組が山へ向かった。エイミーとミッチェルは、プロペラ機で山に降り立った。その夜、ヴァンスたちは爆薬を使ってキングコングを生き埋めにする。しかしキングコングは土砂を蹴散らして脱出し、逃げ出したハンターの1人を捕まえて体を真っ二つに引き裂いた。さらにコングは別の1人を捕まえ、大口を開けて食らった…。

監督はジョン・ギラーミン、原案&脚本はロナルド・シャセット&スティーヴン・プレスフィールド、“キングコング”創作はメリアン・C・クーパー&エドガー・ウォレス、製作はマーサ・シューマッカー、製作総指揮はロナルド・シャセット、撮影はアレック・ミルズ、編集はマルコム・クック、美術はピーター・マートン、衣装はクリフォード・カポーン、クリーチャー制作はカルロ・ランバルディー、特殊視覚効果監修はバリー・ノーラン、音楽はジョン・スコット。
出演はブライアン・カーウィン、リンダ・ハミルトン、ジョン・アシュトン、ピーター・マイケル・ゴーツ、フランク・マラデン、ジミー・レイ・ウィークス、ピーター・エリオット、ジョージ・イアソミ、アラン・セイダー、ルー・クリスクオロ、マーク・クレメント、リチャード・ローズ、ラリー・ソーダー、テッド・プリチャード、ジェイン・リンデイ=グレイ、デビー・マクラウド、エリザベス・ヘイズ、ナット・クリスチャン、マーク・パークル、ラリー・スプリンクル、ロッド・デイヴィス他。


1976年の映画『キングコング』の続編。
監督は前作に引き続き、『タワーリング・インフェルノ』のジョン・ギラーミン。
製作も前作に引き続き、ディノ・デ・ラウレンティスの映画会社。製作者として彼の名は出ないが、最初にデ・ラウレンティス・エンターテインメント・グループ(DEG)という会社名が表示される。
出演者は前作から総入れ替えされており、ミッチェルをブライアン・カーウィン、エイミーをリンダ・ハミルトン、ネヴィットをジョン・アシュトン、インガーソルをピーター・マイケル・ゴーツ、ヒューズをフランク・マラデン、ピートをジミー・レイ・ウィークスが演じている。

前作でキングコングの造形とスーツアクターを担当したリック・ベイカーが今回は外れており、前作に引き続いて携わったカルロ・ランバルディーがキングコングのスーツを担当している。
前作でカルロ・ランバルディーが作ったスーツは出来栄えが悪く、それもあってリック・ベイカーが抜擢されたという経緯があったらしい。
リック・ベイカーを外してカルロ・ランバルディーの方を残すという判断が吉と出たか凶と出たかは、映画を見れば言わずもがなである。

前作はウィリス・H・オブライエンがストップモーション・アニメーションを担当した1933年の映画『キング・コング』のリメイクなので、大まかな筋書きは一緒だ。
だから、キングコングが登る場所はエンパイア・ステート・ビルから世界貿易センタービルに変更されたが、墜落して死亡するという結末は同じだ。
つまり1作目でキングコングは死んでいるわけだから、普通に考えたら続編は作れない。

続編を作るに際して、「時間を遡ってプリクエルにする」とか、「1作目のキングコングに兄弟や仲間などがいたという設定にする」とか、「1作目のキングコングとは無関係の巨大なゴリラが別の場所にいたという設定にする」とか、幾つか手は考えられる。
だが、この映画は、なんと「キングコングは死んでいなかった」という方法を取った。
前述したような案でさえ、自分で考えておきながら「マヌケな映画になっちゃうよなあ」と感じたぐらいだが、それを遥かに超えるマヌケな映画にしかならないようなアイデアである。

「キングコングは生きていた」という設定にするにしても、せめて「心臓移植手術で元気にさせる目的」は用意しておくべきだろう。
普通に考えれば、元気にさせたら前作と同じように街で暴れ出すだけなんだから、そんなことをする意味は全く無い。
だが、この映画、そこの理由付けを何も用意していない。
「なぜメスのコングをわざわざ高額で取り寄せ、輸血を行い、専用の大きな手術道具を作り、心臓移植までしてコングを復活させるのか」という疑問が全く解消されないまま、どんどん物語が進んでいくのである。

しかも、前述したように、キングコングが元気になったら前作と同じように暴れ出すのは明白なのに、そのための備え(怪力でも脱出できないように厳重に拘束するとか、軍を配備するとか)も疎かにしている。
アホかと。
で、誰もが簡単に予想できる通り、やっぱりキングコングは暴れ出す。すると軍が出動し、コングを抹殺しようとする。
いやいや、だからさ、わざわざ復活させて、また殺そうとするって、何がしたいんだよ。
どういうマッチポンプなんだ、それは。

キングコングを捕まえるのに、前作でも本作品でも、軍が大挙して出動しても、ものすごく苦労している。
しかしボルネオ島の住民たちは、レディーコングを吹き矢で倒して捕まえてしまう。
キングコングとレディーコングって、そんなに力の差があるのか。
あと、時代設定は前作の直後ではなく、10年が経過しているという設定なんだが、その間、ずっとキングコングは昏睡状態にあるわけで、栄養分の補給はどうやっていたんだろうか。っていうか、10年も経過する前に、何とか蘇生させることは出来なかったのかよ。
そして繰り返しになるが、700万ドルの人工心臓を取り付け、10年も昏睡状態で生き長らえさせてまで、キングコングの復活に固執する目的は何なのかと。

キングコングを復活させるだけでは飽き足らず、本作品はレディーコングとベイビーコングも登場させる。
そしてキングコングとレディーコングに、ロマンスを演じさせる。逃げ出してハネムーン峠へ赴いた2人は、「ほのぼのとしたカップル」の姿を見せる。
そんな2匹に触発されたのか、エイミーとミッチェルは同じ寝袋に入って関係を持つ。
つまり人間同士の恋愛劇も描かれているわけだが、それに関して感じるのは、「どうでもいいわ」ってことだけである。
リンダ・ハミルトンのオッパイが目当ての人には嬉しいかもしれんが。

ネヴィットは毒ガスでレディーコングを弱らせて連れ去る一方、キングコングに対しては攻撃を行う。最初は生け捕りにしようという意識もあるようだが、それにしては攻撃を仕掛けている。
「少しぐらいダメージを与えても死なないだろう」という考えなのか。
でも、コングが激流に飛び込む前には明らかに殺そうとして「撃て」と命じているし、川に沈んだコングを見て「ざまあみろ」と言い放っているので、殺す気になってるよな。
なんでレディーコングは捕獲して、キングコングは殺そうとするんだよ。その差は何なのか。

レディーコングが捕獲された後は、離れた場所にいるキングコングとレディーコングが互いを思って吠えるとか、寂しそうな様子を見せるとか、そういった様子が描かれる。ほのぼのムードは消えるけど、相変わらずロマンスを描こうとしている。
しばらくするとキングコングの存在が人々に知られ、ハンターたちが捕まえに来る。生き埋めにされたコングはあっさりと脱出し、1人を真っ二つに引き裂き、1人を餌にする。
もちろん浮かれポンチなハンターたちがバカなのだが、そういう残虐な行動を取らせることで、キングコングの「人間に翻弄された哀れな存在」という印象が著しく削がれてしまい、ただの「凶暴な怪物」になってしまう。
せっかくレディーコングとの「引き離された2匹の悲しい恋」まで描いてコングに同情させようとしているのに、全て台無しだ。
ただし、「じゃあコングの残虐行為を持ち込まなかったら面白い映画になっていたのか」と問われたら、それはまた別の話である。
っていうか、そこが無くても、救いようの無い映画である。

(観賞日:2013年8月28日)


第7回ゴールデン・ラズベリー賞(1986年)

ノミネート:最低視覚効果賞

 

*ポンコツ映画愛護協会