『華麗なるギャツビー』:1974、アメリカ

その夏、ニック・キャラウェイはニューヨークから30キロほど離れたロングアイランドの岬で過ごしていた。彼が住むウエストエッグは地味な土地柄だが、イーストエッグは華やかだった。そんなイーストエッグには、ニックの従姉であるデイジー・ブキャナンが住んでいる。夫のトムは、ニックの大学時代の級友だ。夫妻はあちこちを移り住み、優雅に暮らしている。ウォール街で働くニックは月額80ドルで小さな家を借りているが、富豪のトムは広大な敷地を持つ豪邸で生活している。
ニックはトムに誘われてブキャナン邸へ赴き、デイジーと会った。デイジーは久々の再会を歓迎し、友人のジョーダンにニックを紹介した。ニックがウエストエッグに住んでいることを知ったジョーダンは、「知っている人がいるわ」と言う。彼女がギャツビーという名前を出したので、ニックは「隣人だ」と告げる。ギャツビーの名前を耳にしたデイジーは、驚く様子を示した。ジョーダンは夫妻に内緒で、トムには愛人がいることをニックに教えた。電話が掛かって来ることもあり、デイジーは愛人の存在に気付いていた。
人の心を覗きたいと思わないニックだが、ジェイ・ギャツビーだけは例外だった。2週間に1度、ギャツビーは盛大なパーティーを開いた。招待客は少数だが、暇を持て余した人々が車で邸宅を訪れた。そんな面々もギャツビーは迎え入れ、大勢が盛り上がった。ニューヨークとウエストエッグの間には、「灰の谷」と呼ばれる場所があった。ある日、ニックは「俺の女を見せてやる」と言うトムに連れられ、灰の谷にある自動車修理工場を訪れた。工場を営むジョージ・ウィルソンの妻、マートルがトムの愛人だった。
マートルは工場を抜け出してトムの車に乗り込み、町へ出掛けて犬を買う。ニックが仕事へ戻ろうとすると、マートルは「妹のキャサリンを紹介するわ」と告げてアパートで開かれるパーティーに誘った。マートルは派手なドレスに着替え、パーティーを楽しんだ。ニックはキャサリンから、「ギャツビーのパーティーに行ったわ。彼、ドイツ人で皇帝の親類らしいわ」と聞かされる。彼女とトムとマートルについて、「あの2人、今の伴侶を心から嫌ってるの。トムの奥さんはカトリックだから離婚できない」と語った。
ある日、ニックはデイジーから、「ジョーダンと結婚させてあげる」と言われる。「僕には金が無い。そんな男と結婚を?」とニックが口にすると、彼女は「しないわね。じゃあ、情事だけにしましょう」と告げた。デイジーは「娘のパメラを産んだ時、辛い目に遭った。1時間もしない内に、トムがどこかへ行った」と語り、目に涙を浮かべた。ニックはギャツビーからの招待状を受け取り、パーティーに参加した。ジョーダンが来ていたので、ニックは彼女に誘われてダンスのパートナーを引き受けた。
パーティーに参加していた面々は、ギャツビーについて「かつて人を殺したことがあるらしい」「政府のスパイだったらしい」「テキサスで石油を掘り当てたらしい」と様々な噂を語る。ギャツビーの姿は見えず、ジョーダンはニックに「顔は見せないわ。客を見回したら、引っ込んでしまうの」と教えた。しかしニックは警備係に呼ばれて邸宅の奥へ赴き、ギャツビーと面会した。ギャツビーは穏やかな笑みを浮かべ、「パーティーは嫌いだが、隣人とは知り合いたい」と告げた。
全く会話は弾まなかったが、ニックはギャツビーから翌日の昼食に誘われて快諾した。次の日、ニックが訪ねると、ギャツビーは「僕の身の上話をしよう。無責任で誤解されたくない」と言う。彼は中西部の裕福な家で生まれたこと、オックスフォード大学出産であること、莫大な遺産を相続したことを語る。そして「辛い出来事を忘れるために欧州を放浪していたら、戦争が起きた。功績を挙げて少佐に昇進し、各国から勲章を授与された」と述べた。
「なぜ僕に話を?」とニックが訊くと、ギャツビーは「僕は幅広く事業をしている。副業を世話したい」と答えた。「まずは友人を紹介する」と彼は言い、レストランで大学時代の友人であるウルフシェイムに会わせた。何者なのかとニックが質問すると、ギャツビーは「彼はギャンブラーだ」と過去の大きな詐欺行為について話した。そこへトムが現れ、ニックに「デイジーが怒っている。相手をしてやれ」と頼む。2人が話している間に、ギャツビーは姿を消してしまった。
後日、ニックはジョーダンから、「ギャツビーが貴方の家でデイジーと会いたがってる」と聞かされる。彼女は「ギャツビーはパーティーを開き続けたけど、デイジーは来なかった。そこで友人である私を見つけた。新聞も欠かさず読んで、デイジーの名を探すそうよ」と話す。「デイジーには知らせず、お茶に招待して。きっと彼女は貴方に感謝する」とジョーダンに言われたニックは、ギャツビーに確認を取る。ニックがデイジーに電話を入れてOKを貰うと、ギャツビーは職人を手配して庭の芝刈り作業を行わせる。さらに屋内には花を飾り、豪華な食器も用意した。
デイジーはニックの家を訪れ、ギャツビーとの再会を喜んだ。「あれから何年経ったのかしら?」と問われ、ギャツビーは「8年だ」と答えた。ギャツビーはデイジーとニックに、我が家へ来るよう誘った。ニックと2人きりになると、ギャツビーは自宅について「見栄えがする家だろ?3年分の稼ぎで買った」と言う。遺産についてニックが訊くと、「戦争の恐慌で、ほとんど消えた」と彼は告げた。デイジーは豪邸や見事な調度品などを見回して興奮し、その様子を見たギャツビーは嬉しそうな様子を見せた。
デイジーはギャツビーから「トムを愛してるのか。なぜ結婚した?」と問われ、「彼の話はやめて。私を幸せにして」と口にする。「僕を愛してなかった」とギャツビーが言うと、彼女は「貴方は勝手だった。私を傷付けておいて、自分は遠い外国へ」と軍人として戦地へ出征したことを責める。「必ず戻ると手紙に書いた。君は待つと。なぜ他の男と結婚した?」とギャツビーが訊くと、デイジーは「億万長者の息子であるトムが現れ、私の心を奪ったの」と答えた。ギャツビーに非難された彼女は、泣きながら「金持ちの娘は、貧乏な男とは結婚しないものよ」と述べた。
ギャツビーはデイジー、トム、ジョーダンをパーティーに招待した。3人が邸宅へ行くと、ニックも来ていた。ギャツビーはトムの前でも、デイジーだけを特別扱いした。2人はトムの目を盗み、その場を抜け出した。デイジーが上機嫌で戻って来ると、トムは不快感を露わにした。パーティーが終わった後、一人で残ったニックはギャツビーから「彼女は喜んでなかった。何もかも昔の状態に戻す」と告げられる。「過去を取り戻すのは無理だ」とニックが言うと、彼は「出来るさ」と口にした。
トムはギャツビーへの嫌悪感を強め、側近に身元調査を命じた。ギャツビーはデイジーと邸宅で密会し、彼女の頼みで軍服姿になって踊る。ギャツビーが指輪を贈ってキスすると、デイジーは「いつまでも私の恋人でいて」と告げた。2人は逢瀬を重ね、ギャツビーはデイジーと結婚したい気持ちを募らせる。そんな中、デイジーとギャツビーはトム、ニック、ジョーダンと共にニューヨークへ出掛けた。トムから攻撃的な言葉を浴びせられたギャツビーは、「君の奥さんは、僕を愛してる」と告げた…。

監督はジャック・クレイトン、原作はF・スコット・フィッツジェラルド、脚本はフランシス・フォード・コッポラ、製作はデヴィッド・メリック、製作協力はハンク・ムーンジーン、撮影はダグラス・スローカム、美術はジョン・ボックス、編集はトム・プリーストリー、衣装はセオニ・V・アルドリッジ、音楽監修はネルソン・リドル。
出演はロバート・レッドフォード、ミア・ファロー、ブルース・ダーン、カレン・ブラック、スコット・ウィルソン、サム・ウォーターストン、ロイス・チャイルズ、ハワード・ダ・シルヴァ、ロバーツ・ブロッサム、エドワード・ハーマン、エリオット・サリヴァン、アーサー・ヒューズ、キャスリン・リー・スコット、ベス・ポーター、ポール・タマリン、ジョン・デヴリン、パッツィー・ケンジット、マージョリー・ワイルズ、ブレイン・ファーマン、ボブ・シャーマン、ノーマン・チョーサー、レジーナ・バフ他。


F・スコット・フィッツジェラルドの小説『グレート・ギャツビー』を基にした作品。
1926年の『或る男の一生』、1949年の『暗黒街の巨頭』に続く3度目の映画化となる。
監督は『回転』『女が愛情に渇くとき』のジャック・クレイトン、脚本は『パットン大戦車軍団』『ゴッドファーザー』のフランシス・フォード・コッポラ。
ギャツビーをロバート・レッドフォード、デイジーをミア・ファロー、トムをブルース・ダーン、マートルをカレン・ブラック、ウィルソンをスコット・ウィルソン、ニックをサム・ウォーターストン、ジョーダンをロイス・チャイルズが演じている。子役時代のパッツィー・ケンジットが、パメラ役で出演している。

序盤、ジョーダンがニックとの会話でギャツビーの名前を出した時、デイジーは驚く様子を見せている。
昔の男がウエストエッグに住んでいることを知ったのだから、それは当たり前の反応と言えるだろう。
しかし、そこから例えば「ニックにギャツビーのことを質問する」といった行動に移ることは無い。それ以降のシーンでデイジーが登場した時も、ギャツビーについて気にする素振りは全く無い。
まだ思いが残っているか否かに関わらず(っていうか全く残っていないのだが)、その対応には違和感を覚える。

っていうか、ギャツビーは何度も盛大なパーティーを開催しているのだから、ジョーダンが名前を出す以前から、その噂はデイジーの耳に届くんじゃないかと思ってしまう。
そして知っていたとすれば、昔と違って大金持ちになっているわけだから、金に転んでトムと結婚した銭ゲバのデイジーからしても、気になる存在ではないかと思うのだ。
ただ、名前を聞いた時の反応からすると「ウエストエッグにいるのを初めて知った」という感じなので、そこからして違和感がある。

トムがニックを連れて豪邸へ戻った時には、デイジーとの仲はラブラブっぽい雰囲気だった。
ところが庭に出た途端、デイジーが「小指に痣が出来たわ。貴方がやったの。図体ばかりデカい男と結婚したせいで」と、露骨に不快感を示す。トムには愛人から電話が掛かって来るし、夫婦仲が壊れていることが描かれる。
だったら、もう最初の段階でハッキリと「夫婦関係は破綻しています」ってのを示した方がいいはずだ。
わずかな時間ではあっても、円満っぽい雰囲気を出すことのメリットが何も無い。

ブキャナン邸から帰宅したニックが「ギャツビーだけは例外だった」とモノローグを語り始めると、佇んでいるギャツビーの姿が一瞬だけ写し出される。それ以降、パーティーでニックが会う時まで、彼は画面に登場しない。
そこまでの時間は、ひょっとすると「享楽的な生活を送る金持ちの人々」とギャツビーの違いを見せようとする狙いがあったのかもしれない。
ただ、時間を掛けた割りには、それに見合う効果が得られているとは言い難い。
そういう狙いが無かったとしても、30分ほど引っ張るメリットを感じない。

ギャツビーが登場するタイミングを引っ張るのではなく、もう少し早目にニックと対面させておいて、デイジーたちが登場するシーンと交互に描くような構成を取った方が良かったんじゃないかと。
この映画の場合、ニックが対面すると、今度はギャツビーの関わるシーンが続いて、しばらくはデイジーやマートルが画面から消えてしまうのよね。それはキャラの出し入れとして上手くないなあと。
あと、招待状を受け取ったニックがパーティーに参加した時、客たちがギャツビーについて様々な噂を口にするけど、そのタイミングもちょっと遅いかなと。ニックがギャツビーに関するヤバそうな噂を色々と知るのは、もう少し早いタイミングの方がいい。
と言うのも、それを知った翌日のシーンで、もうニックはギャツビーから身の上話を聞かされるので、すぐに噂が否定されちゃうのよね。

マートルはパーティーに参加して浮かれまくり、トムとの出会いについて嬉しそうに喋る。しかしトムが誤って犬を踏んでしまうと、途端に激昂して彼を罵る。マートルが執拗にデイジーの名を繰り返すので、トムは平手打ちを浴びせる。鼻血を出したマートルは泣き出すが、直後にトムと抱き合う。
デイジーは辛い目に遭った時のことをニックに話して涙目になるが、ジョーダンが見事なバンカーショットを披露する様子を見ると「彼女には道徳心のカケラも無いのね」と嫌味っぽく感想を呟く。
マートルにしろデイジーにしろ、ちょっと分裂症気味の女みたいになっている。
少なくとも、それらのシーンで何が言いたいのかはボヤけている。

ギャツビーがニックだけと親しくなろうとするのは、「隣人だから」というだけでは無理を感じる。
自ら身の上話をベラベラと喋るのも、これまた不可解に思える。
そんなギャツビーはウルフシェイムをニックに紹介した直後、トムとの会話によって彼がデイジーと親しいことを知る。
ずっと彼はデイジーと会いたがっていたわけだから、それを知ったら驚いたり、詳しく関係を尋ねたりしても良さそうなモノなのに、そもそも全く反応が無い。

で、その辺りからすると、ギャツビーは以前からニックとデイジーの関係を知っていたのではないかという推測が成り立つ。
だから彼はデイジーと会うため、ニックと親しくなろうと目論んだのではないか。
以前からデイジーとの関係を知っていたとすれば、トムとの会話で彼女の名前が出ても、全く反応しないのは納得できる。
ただ、この推測が正解なのかどうかは、サッパリ分からないのだ。
どの段階でギャツビーがデイジーとニックの関係を知っていたのか、そこは明らかにした方が何かと都合がいいと思うんだけど。

ニックの家でギャツビーと再会したデイジーは、嬉しそうな表情を見せる。
ってことは、彼と会いたい気持ちはあったのかよ。それなら、なぜジョーダンの口からギャツビーの名前が出た後、まるで気にする素振りを見せなかったのか。
ギャツビーの屋敷を見た彼女は大きさに驚いているが、なぜ今まで全く知らなかったんだよ。
あと、ギャツビーも「2週間に1度はパーティーを開き、デイジーが来るのを待つ」って、すんげえバカだろ。ジョーダンと知り合ったんだから、彼女を通じて招待状ぐらい出さなかったのかよ。

終盤、ギャツビーとデイジーの乗った車は事故を起こし、マートルをひいて死なせてしまう。
ただし、この事故シーンは描写されない。
「修理工場の前を通り掛かったトムやニックたちが、警官から事情を聞く」という形で、初めて事故の発生が観客に示される。
その段階では、ギャツビーが運転していたことになっている。そして後になってギャツビーがニックに話すシーンで、実はデイジーが運転していたことが観客に明かされる。

だが、事故のシーンを描かず、しばらくは「ギャツビーが犯人」と観客に思わせたまま引っ張る構成にしてある意味を全く感じない。そこの「ちょっとしたミステリー」なんて、ただ邪魔なだけ。
ウィルソンが「ギャツビーが妻を殺した」と誤解して復讐心を募らせる筋書きも、無理があり過ぎる。
後半に入るとマートルの出番が極端に減ってしまい、ほぼ「終盤の展開のためだけの駒」と化してしまうのも不恰好。
そして水着でプールに浮かんでいたギャツビーが背後からウィルソンに撃たれて死ぬ様子は、ものすごくカッコ悪い。あえて、そんな死に様を用意したとしても、賛同しかねる。

原題からすると、この映画の邦題は『偉大なるギャツビー』であるべきだ。実際、原作本が邦訳された時も、そのタイトルで刊行されたケースが存在する。
しかし実際に観賞すると、『華麗なるギャツビー』の邦題に腑に落ちる。
この主人公を偉大ではなく華麗な男に変化させたのは、それを演じたロバート・レッドフォードの力である。
だが、それでは困るのだ。本来なら、この映画の主人公は「華麗なる」男ではダメなはずなのだ。

ジェイ・ギャツビーという男は莫大な資産を保有し、盛大なパーティーを開いているが、決して上流階級の男ではない。デイジーを取り戻すため、ギラギラした野心を燃やして必死に成り上がった男なのだ。根っからのブルジョアではなく、最終的には「上流階級に成ろうとして、成り切れなかった男」として終わるべきなのだ。
それなのにロバート・レッドフォードと来たら、「上流階級のスマートな紳士」がバカみたいに似合ってしまうのである。
表面的には「上流階級の大富豪」で構わないが、それだけでなく「這い上がろうと頑張る男」「強烈な野心と歪んだ情念を持つ男」としての姿が、ジェイ・ギャツビーには必要なはずだ。実際、彼は貧乏暮らしだったところをウルフシェイムに拾ってもらい、裏稼業に手を出して大金を稼いだわけだから。
しかしロバート・レッドフォードには、そういう「どんなことをしても金持ちになってやる」という執念や闇の部分が見えない。

「ずっとデイジーを追い求めている」というギャツビーの設定にしても、ロバート・レッドフォードだとあまりにも色男すぎて、「そんな必死の努力なんて要らんだろ」と思ってしまう。
実際、映画を見ていても、ずっとスマートで余裕があるように感じられるし。
で、そんな色男のロバート・レッドフォードが全てを懸けて追い求める女性として、デイジーは完全に力不足。
ミア・ファローという女優にも、デイジーというキャラクターにも、「ロバート・レッドフォードのファム・ファタール」としての力を全く感じない。

そんなわけで、デイジーには「何故こんな軽薄なアバズレに固執するのか?」という疑問しか沸かないのよ。
キャラ造形と女優、どっちのマイナスが大きいのかというと、間違いなく後者だけどね。
キャラが軽薄なビッチでも、女優に力があれば「彼女だったら仕方がないか」と思えるわけで。
この映画のミア・ファローって、メイキャップの影響があるのかもしれないけど、「色んな意味で、ちょっとヤバそうな女」に見えちゃうのよね。ちっとも魅力的じゃないのよ。

デイジーが豪邸に驚くってことは、ギャツビーが金持ちだと知らない時点で、再会を喜んでいるってことになる。
だけど、そこは中途半端だなあと。
その後のデイジーは、明らかにギャツビーが金持ちだからってことで密会を重ね、距離を縮めているわけで。だったら、もう全面的に「デイジーは貧乏人のギャツビーを捨てて金持ちのトムと結婚したけど、ギャツビーが金持ちになって現れたからヨリを戻す」という形にした方がいいんじゃないかと。
どうせ申し訳程度に「デイジーは金持ちだと知らない段階でもギャツビーとの再会を喜んだ」ってことを描いたところで、彼女のクズっぷりは全くリカバリーできていないんだから。

デイジーが凄いのは、「金持ちの娘は、貧乏な男とは結婚しないものよ」という銭ゲバ丸出しの身勝手な言葉を、生意気な態度で言うのではなく、開き直ったかのように言うのでもなく、泣きながら口にしていることだ。
自分が酷いことをした認識が無いどころか、まるで同情を誘おうとしているかのような態度なのだ。
そうやって泣くことでギャツビーの気を惹こうとしているとしか思えないが、演技じゃなく自然に涙を流しているとしても、それはそれでタチが悪い。
で、そんなデイジーをギャツビーは軽蔑することもなく、気持ちが冷めることもなく、相変わらず夢中になって追い求めているので、ただのバカにしか見えない。

デイジーはギャツビーとの密会を重ね、トムが席を外した隙に自宅でもベタベタするぐらいの浮かれっぷりだ。
しかし、ギャツビーが結婚したがっているのを知りながら、それには応じようとしない。ギャツビーからトムに全てを明かすよう求められても、そこは乗らない。
耐え切れなくなったギャツビーがトムに不倫関係を明かし、「愛してないから別れる」と告げるよう促すと、泣きながら「貴方を愛してるだけじゃ不足?彼も貴方も愛したわ」と言い出す。
どこまでもクズだわ。

(観賞日:2016年12月7日)

 

*ポンコツ映画愛護協会