『グランツーリスモ』:2023、アメリカ

25年前、山内一典はカーレースの普及を熱望し、世界一のレーシング・シミュレーターを開発した。その名は『グランツーリスモ』である。ウェールズのカーディフで暮らすヤン・マーデンボローは洋品店のバイトで金を稼ぎ、『グランツーリスモ』を手に入れた。ゲームが嫌いな父のスティーヴは「たまには外でサッカーでもどうだ」と誘うが、ヤンは「サッカーは好きじゃない」と断った。彼はゲームカフェで負ける相手がいなくなるほど、『グランツーリスモ』に熱中して腕前を上げていた。
英国日産マーケティング担当のダニー・ムーアは東京の日産本社を訪れ、モータースポーツ部の面々と会った。彼は『グランツーリスモ』の大会を開催し、シムレーサーを現実のレースでチャンピオンにさせる企画を説明した。その案は承認されるが、有能なチーフエンジニアを雇うことが条件だった。ダニーはランボルギーニ系のチーム・キャパでエンジニアを務めるジャック・ソルターに声を掛け、企画を説明した。ジャックはル・マンに参戦した経験を持つが、チーフ・エンジニアを務めたのは15年も前のことだった。ジャックはシムレーサーを実車で競わせて勝者をレーサーにする考えに「正気じゃない」と呆れ、その誘いを断った。
スティーヴはカーディフFCの元サッカー選手で、ヤンの弟であるコビーもプロのサッカー選手を目指していた。スティーヴからすると、大学を辞めてゲームに熱中するヤンの生き方は理解できなかった。母のレスリーが大学に戻ってモータースポーツ工学を学ぶよう勧めると、ヤンは「運転は無しだ」と興味を示さなかった。チーム・キャパのオーナーを務めるパトリス・キャパは富豪で、息子のニコラスがドライバーを務めていた。ジャックが課題を指摘すると、ニコラスは高慢な態度で「忠告ならチームリーダーに聞く。50年前の燃えカスに用は無い」と言い放った。ジャックはダニーの誘いを受けると決めて連絡し、「ゲーマーが本物かどうか見てやる。危険だと思ったら手を引く」と告げた。
ゲーマーランド・カフェで働くパーソルはヤンがGTアカデミー大会に選出されたことを知り、すぐに知らせた。ヤンが店でログインしたアカウントが、英国で最速を記録したのだ。翌日に選抜大会を控え、ヤンは自宅で練習する。コビーからパーティーに誘われても、ヤンは「練習しないと」と断った。しかしオードリーも来ると言われ、父の車を勝手に使って出掛けた。パーティーからの帰り、酔っ払った友人が車をヤンのの車にぶつけて、サイドミラーが壊れた。パトカーが来ると、ヤンは逃走した。
ヤンは父から弟を庇い、翌日に列車の連結作業を手伝わされた。スティーヴが「あんなゲームで本当にレーサーになれると思ってるのか。大学に戻って将来の道を探すか、ここで働くかだ」と言うとヤンは反発し、ゲーマーランド・カフェへ急いだ。選抜大会のスタート直前に到着したヤンは、ヨーロッパ予選で1位になった。合格者10名がシルヴァーストーンに集まり、ダニーやジャックと会った。ジャックは選ばれた面々に対し、全く期待していないことを示す厳しい言葉を浴びせた。
アカデミー候補生はヤンの他に、米国のリア・ヴェガ、フランスのマルセル・デュラン、スペインのアントニオ・クルス、英国のアヴィ・バット、米国のマティー・デイビス、韓国のイ・ジュファン、英国のクロエ・マコーミック、ドイツのクラウス・ホフマン、アルゼンチンのヘンリー・エヴァスといった面々だ。トレーニングが始まると、ジャックは「5人に絞って最終レースを実施する」と通告した。アヴィ、ヘンリー、クロエ、クラウスの4人が、次々に脱落していった。
ヤンはトレーニングでブレーキを踏むがコーナーを曲がり切れず、クラッシュしてしまった。ジャックかせ注意された彼は、「ブレーキがフェードしていた」と説明する。ジャックは信じなかったが、事実だと判明した。最後にマルセルが脱落し、最終レースが実施された。ヤンはトップを走るマティーを追い、並んでゴールした。ジャックは映像を再生し、ヤンがトップだと知る。ダニーは「マーケティングの視点で見よう。アカデミーの運命が懸かってる。ヤンはカメラの前でオドオドする。我々の顔にふさわしいのはマティーだ」と告げるが、ジャックはヤンをアカデミーの代表に選んだ。
ダニーはヤンに、「日産が援助する条件は、ドバイまでにFIAライセンスを取得すること。まずはヨーロッパ選手権だ。1レースでもいいから4位以内に入ればライセンスを取れる。そうすれば日産は君と契約する」と説明した。オーストリアのレッドブル・リンクで第1戦に挑んだヤンは、緊張から思うようなドライビングが出来なかった。しかし途中で平常心を取り戻し、着実に順位を上げていく。ニコラスを抜いた彼は、4位に浮上する。しかしニコラスが後ろから車を衝突させ、スピンしたヤンは27位に終わった。
ドイツのホッケンハイムでは無線が使えず、ヤンは23位に終わった。イタリアのモンツァでは17位、トルコのイスタンブールでは8位に食い込んだが、スペインのカタロニアではリタイアした。ドバイのレースではニコラスに幅寄せを受けるが、怯まずに追い抜いた。冷静さを失ったニコラスは、事故を起こしてリタイアした。ヤンは有力レーサーのシューリンを抜き、4位でゴールした。彼はダニーと共に東京の日産本社を訪れ、山内と会って正式な契約を交わした。
ヤンはオードリーと連絡を取り、東京でのデートを楽しんだ。ヤンはドイツのニュルブルクリンクを訪れ、日産と契約して最初のレースに臨んだ。途中までは調子良く順位を上げていたヤンだが、フルークプラッツで車体が浮き上がって大きな事故を起こしてしまう。怪我を負って動けなくなったヤンは、ヘリコプターで病院に搬送された。幸いにもヤンは無事だったが、観客の1人が巻き込まれて命を落としたことを知らされる…。

監督はニール・ブロムカンプ、原案はジェイソン・ホール&アレックス・ツェー、脚本はジェイソン・ホール&ザック・ベイリン、製作はダグ・ベルグラッド&デイナ・ブルネッティー&アサド・キジルバシュ&カーター・スワン、製作総指揮はマシュー・ハーシュ&ジェイソン・ホール&山内一典&ヘルマン・フースト、撮影はジャック・ジューフレ、共同製作はヤン・マーデンボロー&ダーレン・コックス、美術はマーティン・ホイスト、編集はコルビー・パーカーJr.&オースティン・デインズ、衣装はテリー・アンダーソン、視覚効果監修はヴィクトル・ミュラー、音楽はローン・バルフ&アンドリュー・カフチンスキ。
出演はデヴィッド・ハーバー、オーランド・ブルーム、アーチー・マデクウィー、ジャイモン・フンスー、平岳大、ダレン・バーネット、ジェリ・ハリウェル=ホーナー、ヨシャ・ストラドフスキー、ダニエル・プイグ、メイヴ・コーティエ=リリー、ペペ・バロッソ、ニール・マクシェア、ニクヒル・パーマー、トーマス・クレッチマン、アキー・コタベ、サダオ・ウエダ、ワイ・ウォン、ジェイミー・ケナ、ロイス・クローニン、ハーキ・バンブラ、エメリア・ハートフォード、リンゼイ・パティソン、マリアーノ・ゴンザレス、マキシミリアン・ムント他。


ヤン・マーデンボローの実話をモチーフにした作品。
監督は『エリジウム』『チャッピー』のニール・ブロムカンプ。
脚本は『パワー・ゲーム』『アメリカン・スナイパー』のジェイソン・ホールと、『ドリームプラン』『クリード 過去の逆襲』のザック・ベイリンによる共同。
ジャックをデヴィッド・ハーバー、ダニーをオーランド・ブルーム、ヤンをアーチー・マデクウィー、スティーヴをジャイモン・フンスー、山内を平岳大、マティーをダレン・バーネット、レスリーをジェリ・ハリウェル=ホーナー、ニコラスをヨシャ・ストラドフスキー、コビーをダニエル・プイグ、オードリーをメイヴ・コーティエ=リリーが演じている。

実話がベースだが、改変されている部分は多い。ストーリー構成において大きな改変ポイントは、2つある。
1つ目は、ヤンが実際にはGTアカデミーの3期生なのに1期生として描かれていること。
映画の設定だと、ヤンはGTアカデミーの話を知って「レーサーになる夢を叶える方法がある」と興奮し、それに参加するわけだ。
実話のままで描くと、「既に2度の選抜大会が開かれているプロジェクトに参加する」ということになる。
「初めての参加者」と「3度目の参加者」では印象が大きく異なるので、そりゃあ改変するわな。

2つ目の改変ポイントは、ヤンがレース中に事故を起こして観客が死亡する出来事と、ル・マンに参戦する出来事の順番。
実際はル・マン参戦が2013年で事故が2015年だが、映画では順番を逆にしてある。
「事故で負った心の傷を乗り越えてル・マンで結果を出す」という展開の方が、そりゃあドラマとして盛り上がりを作りやすいわな。
実話の流れだと、事故で観客を死なせてしまった後に、またル・マンとは別の栄光を描かなきゃいけなくなるわけで、色々と面倒だ。

ヤンはゲームに夢中になっているが、ただのインドア人間が急に厳しいトレーニングに参加したら、それに耐えるだけでも大変だ。ヤンの場合、「トレーニングに耐える」というレベルじゃなくて、10人の中で代表に選ばれている。
ちょっと考えられないような話だが、「事実だから」と言われたら何も反論できない。ただし、ヤンは単なるインドアのゲームオタクってわけじゃなくて、トレーニングに耐えられる肉体を持っていたのだ。
でも、そういうのって映画を見ていても全く伝わらないんだよね。
それは説得力を持たせる描写が不足しているということもあるし、ミスキャストってこともある。
「説得力」という部分に関しては、そもそもニール・ブロムカンプ監督はそういうことに全く興味が無い人なので、仕方が無い。

アカデミー候補生は出身国と名前が表示されて1人ずつの紹介パートがあるが、トレーニングの中で次々に脱落するため、出番はとても短い。
そしてヤンが最終レースに勝つと、候補生は完全に用済みとなる。
ル・マンへの挑戦が決まるとアカデミー卒業生の中でマティーとアントニオだけは再登場するが、これも単なる数合わせみたいなモンだ。彼らの再登場から、人間ドラマが深まることも無いし。
形式的に人間ドラマは用意されているが、表面的な部分に適当に触れるだけで、深く掘り下げようとす気はサラサラ無いのだ。

ニール・ブロムカンプはホントに人間ドラマを丁寧に描く気が皆無なので、他のキャラクターも総じて薄っぺらい扱いに留まっている。
序盤ではヤンの家族と友人と惚れた相手が登場するが、そこの関係描写も、ヤンがGTアカデミー候補生になった後はほとんど扱われない。
ニュルブルクリンクのシーンでは両親がテレビ観戦している様子が描かれるが、これも「両親が心配する中でヤンが事故を起こした」ってことを伝えるために駒として使っているだけ。

ヤンがドバイで4位に入った後、ジャックが急に恋人の話題を出す。これを受け、ヤンがオードリーに電話を掛ける。
その後、ヤンは東京でオードリーとデートするが、そんな手順を雑に挟んだところで、「所詮は単なるオマケ」という印象が拭えない。
そこからロマンスが発展していくわけでもないし、「ヤンのレーサーとしての歩み」という部分と上手く絡み合うことも無い。
「オードリーの存在が励みになってヤンが復帰する」みたいな使い方も出来そうなモノだが、そういうトコでも完全にカヤの外。

この映画の大きな過ちは、「ゲームの映画化」と「ヤンの実話の映画化」の両方を取りに行ったことだ。
ヤンの話を描くなら、そこだけに集中いればいい。何ならタイトルも『グランツーリスモ』じゃなくたって構わない。
しかし先に「『グランツーリスモ』の映画化」という企画でスタートしているので、そこは捨てられなかったんだろう。ゲームにストーリーは無いので、「じゃあヤンの話を使おう」という流れだったんだろう。
ヤンの物語を描くことになっても「『グランツーリスモ』の映画化」というスタンスは守らなきゃいけないので、まずは山内がゲームを開発したことの説明から入っている。その後も何度か、山内を登場させている。だけど山内の存在意義なんて、皆無に等しいんだよね。
あと、「SONYとPlayStationの宣伝」という目的を果たすため、プロダクト・プレイスメントだけは「これでもか」とやっている。

ヤンがパトカーから逃走するシーンやレースのシーンでは、ゲームのような映像演出が施されている。
そこに「『グランツーリスモ』の映画化」としての意味を持たせようとしているんだろうが、完全に裏目だ。
リアルなカーレースを、なぜリアルじゃないレースのように飾り付けるのか。メリットとデメリットを何も考えていないとしか思えない。
まだ「ヤンがレースをゲームと同じ感覚ど捉えている」という意味での表現ならともかく、そういうことでもないし。

っていうか、「ヤンが『グランツーリスモ』で腕を磨いて本物のレーサーになる」という要素が意味を持つのって、GTアカデミーを卒業するまでだよね。
ヤンがプロレーサーとしての活動を開始すると、「ゲーマー出身」ってのは全くの無意味になっている。シムレーサー出身だろうが、そうでなかろうが、どっちにしろ「新人レーサー」ってことに変わりは無いし。
ゲーマー出身ってのが、ヤンの長所として描写されているわけでもない。「ゲーマー出身のせいで周囲から疎外されて」みたいな形で、大きな意味を持たせるわけでもない。
ニコラスは執拗にヤンを攻撃してくるけど、それは単にニコラスが嫌な奴だからであって、ヤンがシムレーサーじゃなくても成立するし。

チーム・キャパは「金の亡者」と批判的に描かれているけど、GTアカデミーのプロジェクトだって金持ちがやっていることだ。
そもそもカーレースなんて、それなりの金持ちじゃないと難しい世界でしょ。
チーム・キャパは車を金ピカにして「俺たち金満で〜す」と声高にアピールするバカみたいな設定になっているけど、ある意味じゃ清々しいとも言える。
っていうか、チーム・キャパのバカみたいな設定も、この映画の薄っぺらさを助長するモノになっているんだけどね。

ヤンの事故とル・マン挑戦の順番を入れ替えたことで、大きな弊害が起きている。
それは、まだヤンが何も手に入れていないのに、大きな壁にぶつかってしまうってことだ。
ヤンは4位に入って日産と契約し、その直後のレースで観客の死亡事故を起こす。
でもドラマの作り方を考えると、もっと「ヤンが周囲も認める有力レーサーとなり、自信を持ってトップを目指す」というぐらいの状況の方が望ましい。
ようするに「輝かしい未来」を感じさせておいて、そこにショッキングな出来事をぶつけた方がいいはずなのだ。

ヤンはレーサーとしての活動を開始してから、わずか7戦しか出場していない。
まだルーキーの状態で、いきなり「観客を死なせたせいで走れなくなる」という障害を用意するのは、あまり利口な改変とは思えないのだ。
あと、ルーキーで観客を死なせたら相当のショックのはずなのに、立ち直るのが早すぎるのよ。
ぶっちゃけ、1年ぐらい走れなかったり、復帰しても事故が脳裏をよぎって動けなくなったり、それぐらいドン底に落ちても理解できるぐらいなのよ。

ところが退院したヤンはジャックの話を聞き、すぐに復帰する。ヤンが観客の死を知るシーンから復帰を決めるまで、劇中では7分程度で終わっている。
その中で「半年後」とか「1年後」みたいな時間の跳躍があるわけでもない。命を落とした観客の遺族に詫びたりするような手順も無いし、「観客の死」という出来事の扱いがあまりにも軽薄じゃないか。
ヤンの復帰を美談の如く描くのも、「なんだかなあ」と感じるし。
ル・マンでも他人の事故を知って動揺するものの、すぐに平常心を取り戻すし。

(観賞日:2025年9月20日)

 

*ポンコツ映画愛護協会