『怪物團』:1932、アメリカ

フランスの曲馬団で働くハンスは、自分と同じ小人症のフリーダと婚約していた。ハンスが空中ブランコ乗りであるクレオパトラの美貌に見とれると、フリーダは嫉妬心を示した。「多くの人が貴方に色目を使うわ。その度に嫉妬する」とフリーダが寂しそうに言うと、ハンスは「僕が望むのは君だけだ」と述べた。しかしクレオパトラが出番を終えて引っ込むと、ハンスは彼女にマントを掛けた。クレオパトラから「今度ワインでも飲みましょう」と誘われると、ハンスは喜んで承知した。
曲馬団の団長を務めるマダム・テラトリーニは、時間がある時は奇形の子供たちを外に連れ出して遊ばせていた。テラトリーニは子供たちに優しく接し、いつも「神様は全ての御子を守って下さる」と説いていた。半陰陽者のジョセフィンは、健常者であるローロ兄弟から馬鹿にされても無視した。クレオパトラやローロ兄弟のように、曲馬団には健常者の団員も多く在籍していた。ハンスはクレオパトラに頼まれ、金を貸すようになった。
ヴィーナスはヘラクレスと付き合っていたが、その言動に腹を立てて別れることにした。ヴィーナスはピエロのフロゾを見つけると、彼に八つ当たりした。メイクを落としたフロゾは彼女を追い掛け、怒りをぶつけた。するとヴィーナスは素直に謝罪し、泣き出してしまった。「あんな男に騙された自分が情けない。誰も愛してくれない」と彼女が漏らすと、フロゾは「次は成功するさ」と告げる。「忠告しておくが、酒には溺れるなよ。何もいいことは無いぞ」とフロゾが言うと、ヴィーナスは「貴方、いい人ね」と微笑した。
フロゾはシャム双生児のデイジーとヴァイオレットが歩いて来るのを見つけ、声を掛けた。デイジーは吃音症のロスコーとの結婚式を明日に控えており、興奮を隠せない様子だった。フロゾがデイジーと話していると、その様子を見ていたロスコーは嫉妬心を剥き出しにした。ヴァイオレットはロスコーの怒りを軽く受け流し、デイジーと共に去った。クレオパトラはヘラクレスに色目を使い、部屋に招き入れた。ジョセフィンが見ているのに気付いたヘラクレスは激怒し、いきなり顔面を殴り付けた。
ヴィーナスはフリーダから、ハンスがクレオパトラに誘惑されて多くの贈り物を捧げていることを相談される。ヴィーナスは「ハンスが尻軽女を愛するはずないわ」と言うが、フリーダは不安を露わにした。ヴィーナスがフロゾと話して楽しい気分になっていると、下半身欠損のジョニーがやって来た。フロゾはジョニーに促され、彼から教わった曲芸をヴィーナスに見せる。だが、ヴィーナスはまるで面白くなさそうな表情を見せた。
ヒゲ女のオルガが赤ん坊を産んだという知らせを小頭症のスリッティーから受け、フロゾとジョニーは急いで駆け付けた。ゼッケル症候群のクー・クー、小頭症のエルヴァイラとジェニー・リー、両腕の無いフランシスなどフリークス仲間が集まっていた。女の子だと知ったフロゾは、「それはいい。遺伝でヒゲが生える」と笑顔で述べた。オルガの夫である骨人間のピーターはヘラクレスとローロ兄弟から父親になった気分を問われ、「最高だ」と答えた。ロスコーとヴァイオレットは、また口喧嘩をしていた。
腕の無いマーサは小人症のアンジェロに、「クレオパトラは仲間じゃないわ。私たちを侮蔑的な目で見てる。ハンスが貧乏だったら、彼に唾を吐くでしょう」と話す。アンジェロが「やらせればいい。どうなるか思い知らせてやる」と言うと、マーサは「そうね。まだ彼女は、私たちを理解していない」と口にした。フロゾはスリッティーが服を見せに来たので、それを褒めて「パリで帽子を買ってやるよ」と言う。そこへエルヴァイラとジェニー・リーが来ると、彼は「見ろよ。素敵な服だろ。君たちにもパリで帽子を買おう」と告げた。
ヴィーナスはフロゾとデートの約束をしていたが、すっかり忘れていた彼が「今日は無理だ」と言い出したので不機嫌になった。しかしフロゾから初めてキスをされると、ヴィーナスは嬉しさで一杯になった。ヴァイオレットはロジャースという健常者から求婚され、喜んで受け入れた。デイジーも祝福し、ロジャースをロスコーに紹介した。ハンスはフリーダに別れを告げた。「あの人は陰で貴方を笑ってる。他の団員もそうよ」とフリーダが言っても、ハンスは「僕はクレオパトラを愛してる」と告げる。フリーダはハンスの幸せだけを望んでおり、別れを受け入れた。
クレオパトラはハンスから大量の金品を巻き上げ、ヘラクレスと共に笑っていた。フリーダはクレオパトラの元へ行って彼女を責めるが、うっかりハンスが遺産を相続したことを話してしまった。そこでクレオパトラはハンスの遺産を手に入れるため、結婚することにした。彼女は結婚披露宴を開き、病気に見せ掛けてハンスを毒殺しようと目論む。しかし酒の入ったクレオパトラがヘラクレスと共にフリークスを侮蔑する言葉を吐いたため、ようやくハンスも彼女の本性を悟る。だが、既に毒を飲まされていた彼は、倒れ込んでしまう。その後もクレオパトラは薬と称し、ハンスに毒を与えようとする。しかしハンスは仲間たちと共に、報復する計画を練っていた…。

監督はトッド・ブラウニング、原案はトッド・ロビンス。
出演はウォーレス・フォード、レイラ・ハイアムズ、オルガ・バクラノヴァ、ロスコー・エイツ、ヘンリー・ヴィクター、ハリー・アールズ、デイジー・アールズ、ローズ・ディオン、デイジー・ヒルトン、ヴァイオレット・ヒルトン、シュリッツェ、ジョセフィン・ジョセフ、ジョニー・エック、フランシス・オコナー、ピーター・ロビンソン、オルガ・ロデリック、クー・クー、ラーディオン、マーサ・モリス、ジップ、ピップ他。


『獣人タイガ』『魔人ドラキュラ』のトッド・ブラウニングが監督を務めた作品。
リバイバル上映時には『フリークス/怪物團』という邦題が付けられ、ビデオ版では『フリークス』や『フリークス/神の子ら』という邦題に変更された。
フロゾをウォーレス・フォード、ヴィーナスをレイラ・ハイアムズ、クレオパトラをオルガ・バクラノヴァ、ロスコーをロスコー・エイツ、ヘラクレスをヘンリー・ヴィクター、ハンスをハリー・アールズ、フリーダをデイジー・アールズ、テトラリーニをローズ・ディオンが演じている。

この作品が激しい非難を受けて興行的に大失敗したことで、トッド・ブラウニングのキャリアは、ほぼ終わったものになった。
これ以降も彼は『古城の妖鬼』や『悪魔の人形』といった映画は撮っているのだが、ほぼ『フリークス』で終わった人という解釈でいいだろうと思う。
監督と原案以外のスタッフ表記が一切無いというのは、ひょっとすると、これが問題作だったことの表れなのかもしれない。

「健常者がフリークスを侮蔑し、金を手に入れるために抹殺しようと目論むが、陰謀が露呈して報復を受ける」というのが基本線だが、他の要素も盛り込まれている。
フロゾとヴァーナスの恋愛劇に関しては、どっちも健常者なので、テーマからはズレているようにも思える。ただし、フロゾはフリークスを差別せず仲良く接している男であり、そんな彼にヴァーナスが惚れるという形にすることで、テーマと関連付けている。
デイジーとロスコー、ヴァイオレットとロジャースの婚約に関しては、完全に放り出されたまま終わっているので、ここは明らかに消化不良だ。
他の面々の登場シーンに関しては、ほぼ「フリークスを見せる」という目的だけだろう。

フロゾとヴィーナスはフリークスと仲良くやっており、この2人は健常者の中では善玉扱いされている。ローロ兄弟は微妙なポジションで、侮蔑的な態度も取っているのだが、殺しを目論むレベルには至らないので、報復の対象には入らない。
クレオパトラに関しても、途中で「仲間じゃない。私たちを侮蔑的な目で見ている」というフリークス側の考えが示されているものの、そのままであれば報復の対象に入ることは無かっただろう。彼女とヘラクレスが報復の対象になる決定的な出来事は、結婚披露宴での振る舞いだ。
フリークスたちはクレオパトラがハンスと結婚することを祝福しており、「これで我々の仲間入りだ」と歓迎する。だが、金目当てで偽りの仮面を被っていたクレオパトラは酒が入っていたこともあり、そこで本性を露呈してしまう。
本音の部分ではフリークスを忌み嫌っていた彼女は、仲間扱いされたことが我慢できなかった。だから激しく怒って拒絶し、ヘラクレスも同調して侮蔑的な言葉を吐く。
それによって、フリークスは2人への強い怒りや憎しみを示すようになるのだ。

ギャップを付けることを考えると、その前からフリークスたちが「クレオパトラは仲間ではない。侮蔑的な目で見ている」と認識していることを示すのは、決して得策でない。
むしろ、披露宴で初めてクレオパトラの本性を知る形にした方がいい。
それと、結婚披露宴の前から、少なくともヘラクレスはフリークスに対して侮蔑的な態度を取っていたはずだ。だから、その披露宴をきっかけにして怒りや憎しみを向けるようになるってのは、ちょっと筋が通らない。
その辺りは、雑になっていると感じる。

この作品が公開当時は激しいバッシングを浴びせられ、現在ではカルト映画という扱いになっている理由は明白で、本物のフリークスを起用しているってことだ。
劇中には小人症やシャム双生児、半陰陽者や小頭症、肉体の一部が欠損している人など、様々な種類の奇形者や不具者のキャラクターが登場する。それらは全て、「役柄として奇形者や不具者を演じている」ということではなく、本当にその障害を持っているフリークスたちなのだ。
ただし、フリークスの面々はズブの素人というわけではなく、ヴォードヴィルやサーカスなどで活動していた芸人だった。ハリーとデイジーのアールズ兄妹(基本的には4人兄妹で活動)、デイジーとヴァイオレットのヒルトン姉妹などは、かなりの人気を得ていた。
そのようなスターも含まれていたため、プライドが高い彼らをまとめるのに大変な苦労があったらしい。
劇中では「フリークスには独自の掟がある。1人が怒りを感じたら全員で共有する」と説明されているが、それは映画用の脚色ってことだ。実際のフリークスは決して仲良しなんかじゃなく、フリークス同士の争いが起きていたわけだ。

トッド・ブラウニングは見世物小屋で働いていた時期があり、その頃に多くのフリークスと親しくなっている。
だから彼としては、決してフリークスを馬鹿にしてやろうとか、差別的に描写してやろうとか、そういう意識は無かったはずだ。
むしろ偏見や差別意識などは無く、そういう意識を持つ健常者を悪党として描いている。
ただし今の感覚からすると、本人に差別や偏見の意識が無くても、たぶん無自覚に差別する形になってしまっている、という部分はあるんじゃないかという気がしないでもない。

そもそも「フリークスがフリークスであることを見世物にされる」というのは、今の時代だったら間違いなく糾弾されるだろう。
もちろん当時はフリークス本人が見世物小屋で働くことを望むケースも多かったのだろうとは思うが、「それ以外に金を稼いで生活する手段が無かった」という事情も関係している。
ミゼット・プロレスの消滅が、差別意識が撤廃された喜ばしい結果ではなく、小人症の人たちにとっては迷惑でしかないのと同様、見世物小屋の消滅だってフリークスにとって歓迎すべき出来事だったのかどうかは分からない。
それに伴って、フリークスの生活環境が著しく向上したとは決して言えないわけだから。

ただし、どんな風に理屈をこねてトッド・ブラウニングを擁護しようとしても、終盤の展開を見てしまうと、やはり「それはフリークスを侮辱していることになるんじゃないか」と思わざるを得ないのだ。
完全ネタバレだが、フリークスはクレオパトラを捕まえて両脚を切断し、言葉の喋れないフリークスに改造する。そしてクレオパトラは見世物にされるのだ(ちなみに完成したフィルムには使われていないが、ヘラクレスもフリークスに改造されるシーンが撮影されていたらしい)。
「フリークスが報復として、健常者をフリークスの見世物にする」ってことをやってしまうと、それは自分たちを貶めることになっていると思うんだよな。
そして、そういう結末にすることで、本来は「フリークスは見た目が醜くて恐ろしいという理由で怪物扱いされているが、本当に醜くて恐ろしいのは健常者の方だ」というメッセージが伝わるようになるべきだろうに、実際は「フリークスを怪物扱いするホラー映画」という形になっているんだよな。

(観賞日:2015年5月8日)

 

*ポンコツ映画愛護協会