『彼が二度愛したS』:2008、アメリカ

ジョナサン・マコーリーはニューヨークで世界有数の会計事務所の会計士として働いている。ある日、彼は8年ほど前から会計監査を担当している弁護士事務所で、夜遅くまで仕事をしていた。そこへ弁護士のワイアット・ボーズが現れ、ジョナサンに話し掛ける。ジョナサンはワイアットに勧められ、一緒にマリファナを吸う。彼はワイアットに、「オフィスに自分の机は無く、新しい上司の顔は未だに見ていない。孤独を感じる時がある」などと話す。
家に帰るために地下鉄を待っていたジョナサンは、1人の美女と目が合った。「カナル・ストリートに停まる?」と訊かれた彼は、「ええ、この電車は停まります」と答えた。同じ電車に乗ったジョナサンは、駅で降りた彼女のことが気になった。翌日、弁護士事務所の仕事を終えたジョナサンは、ワイアットから「明日は休み?テニスでもどうだ」と誘われる。ワイアットは女性2人を連れて来て、ダブルスで対戦する。ワイアットは自分の住む高級アパートメントにジョナサンを連れて行き、高価なスーツを貸した。
ワイアットはジョナサンに、「君を見ていると大学1年の時に出会ったジェイミー・ゲッツっていう男を思い出す。賢い奴だったが、他の人間との間に壁があった」と言う。ワイアットはジョナサンを連れてクラブへ飲みに出掛ける。彼は1人の女性客がジョナサンを見ていることを教え、「女にも欲求はある」と笑う。ジョナサンと共にタクシーに乗り込んだワイアットは、「待ち合わせしてるんだ」とホテルの前で停めてもらう。彼はジョナサンと別れ、待っていた女とキスをしてホテルへ入って行った。
後日、ジョナサンはワイアットと一緒に、公園で昼食を取った。掛かって来た電話を取ったワイアットは、ロンドンへ出張して契約書を作る仕事があることをジョナサンに語る。仕事に戻る際、ワイアットはテーブルに置かれていたジョナサンの携帯電話を手に取った。ジョナサンは間違いに気付かず、ワイアットの携帯電話を手に取る。仕事に戻ったジョナサンは携帯を間違えたことに気付き、ワイアットの携帯に留守電のメッセージを入れた。
ジョナサンが帰宅すると、携帯に女性から電話が掛かって来た。女性は「今晩、暇?1時間後にディラン・ホテルで」と告げ、電話を切った。ホテルへ出向いたジョナサンがロビーで待っていると、1人の美女が「電話の人?」と声を掛けて来た。「ええ、そうです」とジョナサンが言うと、美女は「行きましょ」と部屋へ向かう。ジョナサンは戸惑いながらも、彼女に誘われるままに肉体関係を持った。翌朝、ジョナサンが目を覚ますと女は消えていた。
ジョナサンが仕事へ向かう途中、ワイアットから電話が掛かって来た。「あの電話は何だい?」と尋ねるジョナサンに、ワイアットは笑って「女と会ったな」と言う。「会議が始まる。その話は、また聞かせてくれ。その携帯は好きに使っていい」と彼は言い、電話を切った。ジョナサンがワイアットの携帯を確かめると、幾つもの会員ナンバーが登録されていた。その内の1つに電話を掛けると、女性の声がした。「今夜は暇?」と問い掛けると、相手は「パーク・アベニューのバーで11時半に」と場所を指定した。
ジョナサンがバーへ行くと、年配の女性が待っていた。女は「貴方、新入りなのね。電話を掛けた方が部屋を取らなきゃならない。それがルールよ」と静かに告げる。ジョナサンの質問を受けた彼女は、他に「乱暴はダメ」「仕事も名前も明かさない」というメールがあることを教えてくれる。部屋でセックスした後、ジョナサンは秘密クラブに入会した理由を彼女に尋ねた。すると彼女は「男性と同じ理由よ。面倒の無い親密な関係」と告げる。
その後もジョナサンは、様々な女性たちと肉体だけの関係を楽しんだ。昼の仕事をしている最中に関係を持った女性と遭遇することもあったし、経済紙の表紙になっている年配女性の写真に気付いたこともあった。ある夜、いつものように待ち合わせをしていたジョナサンの前に、かつて地下鉄の構内て見掛けた女が現れた。そのことをジョナサンは彼女に告げ、セックスはやめて部屋で一緒に食事を取った。「当てたら名前を教えてあげる」と言われ、彼は「Sのキーホルダーを付けてた。名前はSから始まる」と得意げに語る。ジョナサンは「ホテルの外で、また会いたい」と求めるが、Sは「また明日、考えましょ」と眠ってしまう。
翌朝、ジョナサンが目を覚ますと、Sはメモを残して消えていた。その日からジョナサンは彼女のことが忘れられず、他の会員から誘いの電話が来ても乗らなかった。Sから電話があったので、ジョナサンは喜んで待ち合わせ場所のチャイナタウンへ赴く。中華料理店で夕食を取った後、Sは急に暗い表情を浮かべ、「貴方を巻き込みたくない。もう帰って」と言う。ジョナサンは「離れたくない」と告げ、彼女とキスを交わした。
ジョナサンはSと共に近くのロータス・ホテルへ入り、関係を持とうとする。Sが「氷を取って来る」と言うので、ジョナサンは「僕が行く。すぐ戻ってくる」と部屋を出た。しかし部屋に戻るとSの姿は無く、シーツには血痕が付着していた。ジョナサンは部屋に潜んでいた何者かに頭を殴られ、意識を失った。ジョナサンが目を覚ますと、血痕は消えていた。彼はホテルのベル係を呼び、警察に連絡してもらう。ジョナサンはホテルにやって来たルッソ刑事に事情を説明する。だが、不審な点が多かったために信じてもらえず、ジョナサンが疑いを掛けられる。
ジョナサンは携帯でワイアットと話そうとするが、留守電になっていた。そこで彼の弁護士事務所に行き、連絡を取ってもらおうとする。しかしワイアット・ボーズという弁護士は所属していなかった。ジョナサンはワイアットの部屋へ行くが、そこには別の住人が暮らしていた。弁護士事務所の人間やアパートの住人と話したジョナサンは、ワイアットの喋っていた内容が全て嘘だったことを知った。
ジョナサンが帰宅するとワイアットが待ち受けており、次の仕事場である投資会社のクルート=ニコルスから裏金を横領して自分の口座に移せと要求する。ワイアットは「お前に選択の余地は無い。余計なことはするな。警察に連絡したら女の頭を吹き飛ばす。見張ってるぞ」と語り、部屋を去った。ジョナサンが携帯に残っていた留守電のメッセージを再生すると、「私、ティナよ。こっちに来てるの。半年も御無沙汰ね。会いたいの。私には借りがあるでしょ。初めての相手だもの」という声が吹き込まれていた。
ジョナサンはティナが待つリーガ・ホテルへ行き、ワイアットのことを聞き出そうとする。ティナはジョナサンに、1年前に所属しているシカゴの弁護士事務所主催のパーティーでワイアットと出会ったこと、ワイアットがルドルフ・ホロウェイというテニス仲間らしき男の正体で来ていたこと、自分が秘密クラブの存在を教えたこと、ワイアットの本名がジェイミー・ゲッツであることを教えた。ジョナサンはネットでジェイミー・ゲッツについて調べるが、何の情報も何も得られなかった。
ジョナサンがネットでルドルフについて調べると、彼が不審な死を遂げていること、クルート=ニコルズを担当していたことが判明した。ジョナサンはルッソを騙って警察の記録課に電話を掛け、ジェイミー・ゲッツを行方不明者のデータベースで検索してもらう。するとジェイミーが保険金詐欺と放火で服役していたことが分かった。ジェイミーから電話が掛かって来たので、ジョナサンは突き止めた彼のデータを語り、「彼女を返さないと警察に全て話すぞ」と告げる。
ルッソからSらしき女性の死体が見つかったという知らせが入り、ジョナサンは確認に赴いた。しかし遺体はSではなく、ジョナサンが秘密クラブで最初に関係を持ったシモーヌという女だった。ルッソに「会ったことは?」と問われ、ジョナサンは「ありません」と嘘をついた。怪しんだルッソは、彼をマークする。ジョナサンが家に戻ると、彼が秘密クラブの女性たちと会っている様子を盗み撮りした写真が置かれていた。クルート=ニコルズへ向かうジョナサンが地下鉄を待っているとジェイミーが現れ、「名前が分かったぐらいで何が出来る?俺の指示を背けば、あの女も死ぬ」と脅してきた…。

監督はマーセル・ランゲネッガー、脚本はマーク・ボンバック、製作はアーノルド・リフキン&ジョン・パレルモ&ヒュー・ジャックマン&ロビー・ブレナー&デヴィッド・ブシェル&クリストファー・エバーツ、製作協力はアマンダ・シュヴァイツァー&フィリップ・エイゼン、製作総指揮はマージョリー・シク、撮影はダンテ・スピノッティー、編集はクリスチャン・ワグナー&ダグラス・クライズ、美術はパトリツィア・フォン・ブランデンスタイン、衣装はスー・ギャンディー、音楽はラミン・ジャヴァディー。
出演はヒュー・ジャックマン、ユアン・マクレガー、ミシェル・ウィリアムズ、シャーロット・ランプリング、リサゲイ・ハミルトン、マギー・Q、ナターシャ・ヘンストリッジ、リン・コーエン、ダニー・バーステイン、マルコム・グッドウィン、ブルース・アルトマン、マーガレット・コリン、ビル・キャンプ、ステファニー・ロス・ハバール、フランク・ジラード、ピーター・ジェイ・フェルナンデス、フランク・ディール、ダニエル・ルゴ、ハビエル・ゴディーノ、ポール・スパークス、ケネス・G・ヨン、メルセデス・エレーロ、レイチェル・テイラー、ダンテ・スピノッティー、アウネータ・オルンショルト他。


ヒュー・ジャックマンが妻で女優のデボラ=リー・ファーネス、映画プロデューサーのジョン・パレルモと共に設立した映画製作会社“Seed Productions”が初めて手掛けた劇場用映画(これまでにテレビ番組は何本か作っている)。
監督のマーセル・ランゲネッガーはCMディレクターで、これが映画デビュー作。
脚本は『ダイ・ハード4.0』のマーク・ボンバック。
ワイアットをジャックマン、ジョナサンをユアン・マクレガー、Sをミシェル・ウィリアムズ、年配女性をシャーロット・ランプリング、 ルッソをリサゲイ・ハミルトン、ティナをマギー・Q、シモーヌをナターシャ・ヘンストリッジが演じている。

映画が始まったばかりの段階ではハッキリしていないけど、たぶんジョナサンの演技や少しだけ触れた本人のステータスから推測するに、「遊びとは無縁な真面目人間」という設定だと思うんだよな。
ところが、マリファナを勧められると「久しぶりだな」と言い、何の迷いもなく吸っている。
その段階で、もうキャラ設定がブレちゃっているように思える。
もっとガチガチの仕事人間にしておいた方がいいんじゃないかと。で、初めて夜遊びや女遊びの楽しさを知って溺れてしまう、という展開にした方がいいんじゃないかと。

あと、その日にトイレで出会ったばかりの相手に対して、ジョナサンが自分のことをベラベラと喋りまくるのは、どうにも解せないぞ。
あまりにも簡単に、相手に対して心を開きすぎじゃないかと。お喋りな男というわけでもなさそうだし。
「仕事でも私生活でも孤独なので、話し相手を欲しがっていた」ということなのかもしれないよ。
ただ、何しろ映画が始まって3分ぐらいしか経過していないのに、もうベラベラと喋っているので、違和感を禁じ得ない。

ミステリー映画だが、「謎解き」という観点で見ると、かなりヌルい。
ワイアットがインチキ野郎であることは。早い段階で分かる。
仕事を終えて書類を女性に渡したジョナサンが「ワイアット・ボーズさんのオフィスは?」と尋ね、女性が「誰?」と怪訝な表情を浮かべるシーンがあるが、その段階で「ワイアットってのは偽名だろうな。ってことは、そこの所属弁護士じゃない可能性も高いな」というのが見える。
テニスを終えたワイアットが通り掛かった中年男性に「どうもクライナーさん」と呼び掛け、その男性が返事もせずに怪訝な表情で振り返るシーンがあって、そこがダメ押しになる。
その男とワイアットは知り合いじゃないし、ワイアットが説明するような画商ではなく、そしてクライナーという名前でもないことも、何となく予想が付く。

っていうかさ、そこまでバレバレのヒントを最初から出しまくっているのは、どうしてなんだろう。
そりゃあ、何のヒントも無いままオチに到達したら、本格ミステリーとしては反則だし、卑怯なやり口だと感じただろうとは思うよ。
ある程度はヒントを用意しておいて、オチを明かされた時、「あの時のアレは、そういうことだったのか」とポンと手を打ちたくなるような仕掛けにしておくのが、ミステリーの見せ方だとは思うよ。
でも、この映画の場合、ヒントが簡単すぎる。
観客を舐めてないか。

そんな風に最初からバレバレになっているせいなのか、あるいはワシがサスペンスやミステリーを多く見過ぎたせいなのか、ワイアットのやること成すことが全て胡散臭く見えてしまうんだよね。
だから携帯電話の取り違えにしても、最初にワイアットがジョナサンの携帯電話を手に取った段階で、うっかりミスじゃなくて、分かった上でジョナサンの携帯電話を取ったんだろうと推測してしまうんだよね。
ワイアットがインサキな男ってことが分かると、それに伴って先の展開も何となく見えて来る。
「わざと手の内を見せておき、その奥に新たな仕掛けを用意してあり、予想外の展開に持って行く」ということではない。

それまで何人もの女性とセックスを楽しんでいたジョナサンが、Sの時だけはためらいを見せ、関係を持たないまま翌朝を迎えてしまうってのは、かなり無理があるように感じる。
「地下鉄で見掛けた時に一目惚れした」ということなんだろうけど、その後は彼女のことを気にしている描写が無くて、その場だけで終わっている感じだったし。出来れば、あと1回ぐらいは会わせておいても良かったんじゃないかと。
ただし、そもそもミシェル・ウィリアムズにファム・ファタールとしての魅力が感じられないという問題もあるんだよなあ。
妖艶さもミステリアスな雰囲気も足りない。
彼女より遥かに出番は少なくて、かなり年上であるシャーロット・ランプリングの方が、よっぽど妖艶さもミステリアスな雰囲気も感じさせているぞ。

ジョナサンが口座に裏金を送金するエピソードには、サスペンスを感じない。
どうせ送金そのものは成功することが見えているからだ。
その後、ジョナサンが入った部屋はジェイミーによって爆破されるが、彼が死んでいないことは明らかだ。
しかも、まだ30分ほど上映時間が残っているので、ジョナサンに成り済ましたジェイミーがスペインに渡ってSと合流した段階で、「ジョナサンに計画を妨害される」という展開になることはバレバレだ。
金を引き落とそうとする展開になっても、引き落とせないことは分かり切っている。
そのように、かなり先読みの容易なミステリーなのよね、これって。
あと、ジェイミーは眼鏡を掛けて髪型を変えただけなのに、それでジョナサンとして銀行の本人確認をパスしてしまうんだけど、どんだけセキュリティーが甘いんだよ。

シナリオとして何よりもマズいと思うのは、秘密クラブがミステリーの仕掛けとして全く機能していないってことだ。
ワイアットが本性を現してジョナサンに脅しを掛けた時に、「秘密クラブへジョナサンを誘い込む必要なんて無かったんじゃねえか」と思ってしまうのよね。
秘密クラブを使うことで、それだけ手間も金も掛かるし、リスクも増えるわけで。
エロティック・サスペンスとしての雰囲気も持っているのだが、そんなにエロさは無いし。
ジョナサンが秘密クラブの女と関係を持つシーンはあるけど、「そういう設定だから、とりあえず入れてみた」という程度だ。
アメリカ映画協会のレーティングではR指定だけど、まあヌルいわな。

秘密クラブの設定さえ無ければ、エロティックな要素が強くなかったとしても、何の不満も持たなかったと思うのよね。
そもそも、ジェイミーは秘密クラブなんか使わなくても、Sを用意しておけば、それで済むような作戦じゃないのかと。どうせジョナサンは地下鉄で見掛けた時点でSに惚れているわけだし。
っていうか、ジェイミーの作戦って、まずジョナサンが地下鉄でSに惚れてくれないと、何も始まらないんだよね。
それって、すげえギャンブル性の高い計画でしょ。
かなりのキレ者という設定のはずなのに、なんでそこまで不確定要素の多すぎる計画を立てるのか。

(観賞日:2013年5月12日)

 

*ポンコツ映画愛護協会