『キュア 〜禁断の隔離病棟〜』:2016、アメリカ&ドイツ

深夜。ペンブロークが社長を務める金融会社で働くモリスはオフィスに1人で残り、パソコンに向かって作業を続けていた。彼は届いている手紙に気付くが、仕事を続ける。胸が苦しくなったモリスはウォーターサーバーの水を飲むが、その直後に苦悶して意識を失う。同じ会社で働くロックハートは実績を積み上げて出世していたが、実は不正に手を染めていた。彼は幹部たちに呼び出され、ペンブロークから届いた手紙を見せられる。そこには「私は戻らない。今後は連絡しないでくれ」と記されていたが、文面を呼んだ幹部のホーリスやハンクたちは「ペンブロークが心を病んでいる」と受け取った。その印象は、ロックハートも同じだった。
ペンブロークは2週間の休暇を取って、スイスのスパリゾートへ出掛けていた。会社は密かに合併交渉を進めており、大事な時期だった。ホーリスたちは不正の事実を突き止めており、それを見逃す代わりにスイスまで飛んでペンブロークを連れ戻すよう命じた。合併の手続きには、ペンブロークの署名が必要なのだ。ロックハートはペンブロークと面識が無いことから、同僚のモリスを派遣するよう持ち掛けた。するとハンクは、モリスが亡くなったことを教えた。
スイスに着いたロックハートは車でペンブロークのいる療養所へ向かう間も、パソコンを開いて仕事をする。運転手のエンリコは、療養所から戻ってくる人は少ないと告げる。ロックハートは父を亡くし、母は介護施設で暮らしていた。エンリコは村を通過する時、村人が過去の因縁から療養所に良い印象を抱いていないことを明かした。療養所の敷地に入ると、ロックハートは「ここはいつ頃建ったんだ?」と尋ねる。エンリコは「大昔、男爵がいた時代です」と言い、200年前の出来事を語る。
その場所は長い間、ある一族が治めていた。最後の男爵は純血種に固執し、自分の子を産めるのは妹だけだと考えた。男爵は妹との関係を教会に禁じられ、神を捨てた。村人たちは2人の結婚式を襲撃し、男爵の前で妹を焼き殺した。ロックハートはエンリコを待たせて、建物の中に入った。彼が受付でペンブロークとの面会を求めると、看護師は「面会時間は終わっています」と事務的に告げる。ロックハートは看護師に、責任者との面会を要求した。
ロックハートは待っている間に庭へ出て携帯電話を使おうとするが、患者のフランクから「ここでは電波が入らない。それも治療だ」と言われる。フランクは患者仲間のヴィクトリア、ロンと共にクロスワードパズルを解いており、会話を聞いたロックハートは答えを教えた。ロックハートはゲートボールに興じている患者から、球を取ってくれと頼まれた。茂みの向こうに赴い彼は、鉄格子で塞がれた地下室の存在を見つけた。
副所長が応対すると、ロックハートは例外としてペンブロークとの面会を許可してほしいと要請した。副所長は規則を理由に認めず、地下が帯水層になっていること、若返り効果の高い水を使った治療を行っていることを語る。仕事のためにペンブロークをニューヨークへ連れ帰りたいのだとロックハートが説明すると、副所長は夜7時まで治療が入っているので出直すよう促した。ロックハートはコップの水を一気に飲み干し、エンリコの車で療養所を去ることにした。
療養所を出る際、ロックハートは塀に立っている白い服の若い女性を目撃した。車は山道を進むが、森の中から突如として鹿が飛び出した。車は鹿と激突して横転し、ロックハートは昏倒した。彼が目を覚ますと療養所に収容されており、部屋には所長のヴォルマーがいた。彼は3日も眠っていたこと、右脚を骨折していることを話す。ロックハートが会社への電話を求めると、ヴォルマーは「既に連絡して同意を得ています。まずは体を治すこと」と告げた。
ヴォルマーはロックハートに「ここは高地なので体が慣れるのに時間が掛かる。水をたくさん飲んでください」と指示し、病室を後にした。ロックハートの腕時計は止まってしまい、部屋にも時計が無いので現在の時刻は分からなかった。ロックハートが窓の外に目をやると、地下室の鉄格子をセメントで塞ぐ作業が行われていた。水を飲み干したロックハートは、コップに微生物が付着していることに気付いた。彼は療養所を歩き回り、ペンブロークを見つけ出そうと考えた。
ロックハートは看護師を騙してペンブロークの居場所を聞き出し、スチームバスで彼を発見する。ロックハートが合併交渉のために会社へ戻るよう頼むと、ペンブロークは「私は体調が悪い。所長から仕事に関わるなと言われている」と拒否する。ロックハートがヘンリーの息子だと知った彼は、「入社が一緒だった。気の毒なことをした」と言う。ロックハートが野心家だと見抜いた彼は、「君の病気は重傷だ。君の父親は先んじて真実を見ていた。努力など無意味だという真実を。我々は酷いことばかりしてきた」と語った。
株価が落ちていることを確認したペンブロークは、責任を取るためにニューヨークへ戻ることを決めた。ロックハートは受付の看護師に車を呼ぶよう頼み、庭へ出た。するとヴィクトリア、フランク、ロンが彼に気付いて話し掛けた。3人はペンブロークが退院すると知って、動揺を示した。ヴィクトリアたちと別れたロックハートは、女性の歌声を耳にした。彼が声のする方へ行くと、事故の前に目撃した女性がいた。患者なのかと尋ねると、彼女は「ヴォルマー所長が私は特別だって」と言う。
ロックハートが帰ることを話すと、彼女は「帰る人はいない。ここを離れたい人がいる?」と口にした。「今の歌をどこで習ったの?」という質問に彼女は答えず、「もう行かないと」と言う。ロックハートが名前を訊くと、彼女は「ハンナ」と答えて立ち去る。ロックハートが建物に戻ると受付には誰もおらず、ペンブロークの部屋は看護師が片付けていた。ロックハートは患者と会食中のヴァルマーを見つけ、ペンブロークのことを尋ねた。するとヴァルマーは、「彼は体調が悪化した。次の段階の治療に移した」と述べた。ロックハートは声を荒らげて抗議するが、鼻血を出して意識を失ってしまった。
ヴァルマーはロックハートを診察し、「事故の後に検査させてもらいました」と言う。彼の机にハンナの写真があったので、ロックハートは「彼女はどう特別な患者なんです?」と尋ねる。ヴァルマーは「幼い頃に心的外傷を受け、発達が遅れていました」と言い、ハンナは娘も同然なのだと語る。彼は体液のバランスが悪くなっていると告げ、治療を受けるよう勧めた。ロックハートは承諾し、ヴァルマーの隙を見てペンブロークのカルテを盗み出した。ロックハートの部屋には、男爵夫人のペンダントもあった。
隔離棟へ案内されたロックハートは感覚遮断タンクに入り、呼吸器具を口にくわえて水中に体を沈めた。治療中にウナギの群れが出現したため、ロックハートは慌てて呼吸器具を落としてしまう。彼は監視役の男に知らせようとするが、看護師に誘惑されて余所見をしていた。ロックハートは呼吸が出来なくなり、意識を失った。監視役が蓋を外してロックハートを引き上げ、、「機械が故障したようです」と言う。ロックハートは「水中に何かいた」と訴えるが、確認した男は「何もいませんよ」と告げた。ロックハートが覗いても何も見つからず、幻覚を見たのだろうと監視役は告げた。
ロックハートはアマチュア歴史研究家のワトキンスから、「村人が放火したのは男爵と妹が理由じゃない。ここで行われていた実験のせいよ。男爵は何かの医学実験をしていて、被験者にされていた小作人たちがいなくなった。そしてミイラのように変わり果てた遺体を発見した」と聞かされる。ロックハートが「夫人が病気で治療法を探していた」と仮説を語ると、ワトキンスは何かに気付いた様子を見せた。治療の時間だと看護師に呼ばれたワトキンスは、「ここには闇がある」とロックハートに耳打ちした。
かつて教会だった建物を調べようとしたロックハートだが、扉は施錠されていた。自転車を漕いでいるハンナを見つけたロックハートは、町まで送ってほしいと頼んだ。町に到着したロックハートは酒場へ立ち寄り、エンリコと遭遇した。ロックハートはバーテンダーに医者がいるかと尋ね、「ピーターって男がいる」と言われる。ロックハートはハンナを酒場に残し、ピーターの元へ行く。ロックハートは獣医のピーターに金を渡し、ペンブロークのカルテを見てもらう。「歯が何本も抜けている。脱水症だ」と言われたロックハートは、「あんなに水を飲んでいるのに?」と疑念を抱いた。男爵の実験との関連性をロックハートに問われたピーターは、「夫人は病気じゃない。ただし子供が出来なかった」と話した。
ロックハートが酒場に戻ると、ハンナはジュークボックスの音楽に合わせて踊っていた。ロックハートは会社に電話を掛け、ペンブロークに持病が無かったことを確認する。さらに彼は、療養所から事故の連絡が届いていないことを知った。ロックハートはハンナに詰問するが、不良青年に暴行される。そこへヴァルマーが現れて青年を一喝し、ハンナを車に乗せる。ロックハートが「ペンブロークに会いたい」と言うと、彼は「会えばいい」と冷たく告げた。
車で療養所に連れ戻されたハンナは、ヴァルマーに「私、まだ無理なの?」と質問する。ヴァルマーは「もうすぐだ」と言い、「ずっと私が君の面倒を見て来た」と告げた。療養所に戻ったロックハートは、悪夢で夜中に目を覚ました。歯が抜けてしまったので、彼は看護師に報告した。看護師が処置のため奥へ行っている間に、ロックハートはファイルを盗み見てペンブロークの居場所を突き止めた。隔離棟へ忍び込んだ彼は、体の水分を奪われて衰弱したワトキンスを発見した。
ロックハートが「男爵の時と同じ実験が、ここで行われている」と言うと、ワトキンスは「実験じゃなくて治療よ。結婚した時、夫人は妊娠していた。村人たちは彼女の腹を裂いて胎児を取り出し、地下水に投げ捨てた。でも子供は助かった。彼女は知らないわ」と話した。大きな物音を立てたロックハートは、看護師たちに見つかってしまう。慌てて逃げ出したロックハートは別の部屋に行き、水槽に浸されているペンブロークを発見した…。

監督はゴア・ヴァービンスキー、原案はジャスティン・ヘイス&ゴア・ヴァービンスキー、脚本はジャスティン・ヘイス、製作はアーノン・ミルチャン&ゴア・ヴァービンスキー&デヴィッド・クロケット、製作総指揮はジャスティン・ヘイス&モーガン・デ・グロゼイエ、共同製作はクリストフ・フィッサー&ヘニング・モルフェンター&チャーリー・ウォーケン、撮影はボジャン・バゼリ、美術はイヴ・スチュワート、編集はランス・ペレイラ&ピート・ボドロー、衣装はジェニー・ビーヴァン、音楽はベンジャミン・ウォルフィッシュ。
出演はデイン・デハーン、ジェイソン・アイザックス、ミア・ゴス、ハリー・グローナー、セリア・イムリー、エイドリアン・シラー、イーヴォ・ナンディー、トマス・ノルシュトレム、アショク・マンダンナ、リサ・ベインズ、デヴィッド・ビシンズ、カール・ランブリー、マグヌス・クレッペル、ピーター・ベネディクト、マイケル・メンドル、マギー・スティード、クレイグ・ロー、トム・フリン、エリック・トッド、ジェイソン・バビンスキー、ヨハネス・クリシュ、ソフィー・コンラッド、レベッカ・ストリート、バート・ティシェンドーフ、ダグラス・ハミルトン他。


『ランゴ』『ローン・レンジャー』のゴア・ヴァービンスキーが監督を務めた作品。
脚本は『レボリューショナリー・ロード/燃え尽きるまで』『ローン・レンジャー』のジャスティン・ヘイス。
ロックハートをデイン・デハーン、ヴォルマーをジェイソン・アイザックス、ハンナをミア・ゴス、ペンブロークをハリー・グローナー、ワトキンスをセリア・イムリー、副所長をエイドリアン・シラー、エンリコをイーヴォ・ナンディー、フランクをトマス・ノルシュトレム、ロンをアショク・マンダンナ、ホーリスをリサ・ベインズ、ハンクをデヴィッド・ビシンズ、ウィルソンをカール・ランブリーが演じている。

まず最初に言いたいのは、上映時間が長すぎるってことだ。
トータルの尺が146分もあるのだが、それはあまりにも長すぎる。
そりゃあ、スケールの大きい大作映画なら、それぐらいの上映時間になることもあるだろう。それは、映画のジャンルや内容に見合った尺だ。
例えばゴア・ヴァービンスキーが監督した『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズの3作は143分、151分、170分という尺だが、スケールの大きい海洋アクション・アドベンチャーなので、それも理解できる(とは言え170分は長すぎるんじゃないかと思うけど)。
しかし本作品は恐怖映画なわけで、ジャンルと内容を考えた時、146分は明らかに長すぎる。

冒頭、モリスが水を飲んで意識を失うと、オフィスの全てのパソコンが起動している様子が写し出される。BGMとして流れる歌は不安を煽り、印象的なシーンとなっている。
しかし、「深夜のオフィスは無人だが、全てのパソコンが起動している」という意味ありげなシーンは、以降の展開に何の関係も無い。それどころか、オフィス自体に意味が無い。
っていうか、なぜモリスが死ななきゃいけないのか。会社の水に細工が仕掛けられているのなら、全社員が同じ症状にならなきゃ整合性が取れないし。
そもそも、モリスを殺す必要性も無いよね。「ロックハートがペンブロークを連れ戻すよう命じられる」というだけでもいい。
冒頭から「水を飲んだ男が死ぬ」というシーンを用意したかったんだろうけど、それを成立させるための作業が何も実施されていないのよ。

ロックハートが登場すると、ペンブロークが幹部たちに送った手紙の内容が彼の声で朗読される。
「人は真実から目を逸らせない。一旦見えてしまったら、二度と暗闇に戻ることは出来ないのだ」「人間は自分を顧みられる唯一の種だ。己を疑うという毒が各個体の遺伝行動に刻まれた種は他に無い。なのに我々は次々と物を建てまくり、買い漁り、消費し尽くす」「誰もが物質的成功という錯覚にがんじがらめになり、自分は今、功績と定義する物の頂点によじ登っているのだと言い聞かせる」「君たちもこの病に冒されているが、誰もその存在を認めない」といった内容だ。
しかし、この意味ありげな手紙の内容も、やはり全く意味は無い。

ロックハートが父を亡くしていること、野心でギラギラしていることも、これまた後の展開には何の影響も及ぼさない。
ロックハートが老人介護施設で母と会話を交わすシーンも、何か意味ありげだが、意味ありげなだけで終わってしまう。
エンリコの車が事故を起こした時には、母が何かを感じてハッとしている様子、父が亡くなった時にロックハートが一人で火葬を見守った時の様子などが短く挿入されるが、これも意味ありげなだけで全く意味は無い。
そのように、何かありそうで何も無い描写が幾つも持ち込まれている。
そういうのを全てカットすれば、間違いなくシェイプアップして全体が整ったはずだ。そうすれば、長すぎるという問題は綺麗に解決できる。

ロックハートは副所長室のテーブルに置いてあったコップの水を一気に飲み、療養所を後にする。
その水は、患者の体調を悪化させるために利用されている。
しかし、そこでロックハートが水を飲んだからといって、それで体調を崩すようなことはない。なので、その行動を意味ありげにカメラが捉えても、まるで意味は無い。
どうせ後でロックハートが入院して水を何度も飲むことになるわけで、なので副所長と会う時に飲む行動を入れる意味など無いのだ。

ロックハートが療養所で入院するのは、エンリコが事故を起こして右脚を骨折するからだ。
しかし、事故の原因は森から飛び出してきた鹿と激突したことであり、それは偶然でしかない。療養所が厄介なロックハートの計画を阻止するため、罠を仕掛けた結果ではないのだ。
鹿が飛び出さなければ、そしてエンリコが事故を起こした時にロックハートが気を失って骨折しなければ、療養所に入ることも無かった。
だけど、そこは偶然に頼るのではなく、確実にロックハートが入院するような策略を用意すべきだ。

スチームバスのシーンでは、「スチームで視界が遮られている状況でロックハートが迷ってしまい、不安になる」という表現がある。
だが、決してスチームバスに得体の知れない恐怖があるわけではなく、怨霊や怪物の類が潜んでいるわけでもない。なので、その演出は実際の状況に全くそぐわないのだ。無意味で不必要な不安を煽るとによって、この映画の焦点をボヤけさせている。
また、スチームバスのシーンでは、ロックハートの父がペンブロークの元同僚で、幼い彼を車に残して自殺していたことが前半で明かされる。ロックハートの父は仕事の悩みで自殺したようだが、これも全く意味は無い。
ロックハートが水治療で気絶した時には、眼前で父が自殺した出来事の回想シーンが挿入されるが、だから何なのかと。この過去は、今回の一件と何も関係ないのだ。

ペンブロークは療養所の素晴らしさを語り、ハンナ「ここを離れたがる人などいない」と言う。
だが、観客に対して「療養所は素晴らしい場所」という見せ方をしているのかというと、そうではない。
ロックハートが訪問した当初から、「いかにも怪しい場所です」ってことが分かるようになっている。
そこを隠すつもりが無いのなら、それはそれで構わない。ただし、そうなると引っ掛かるのは、「そんな場所の治療をロックハートがホイホイと受けてしまう」ってことだ。

観客が療養所を怪しいと感じただけでなく、ロックハートも「ここは信用しちゃダメな場所」と感じ取ったはず。
ペンブロークの体調悪化が嘘であることは確信しただろうし、自分が鼻血を出したのも何か仕掛けられたと悟って当然だろう。
それなのに、なぜ彼は水治療を受け入れるのか。その感覚は理解に苦しむ。
そこに「ペンブロークのカルテを盗む隙を得るため」という狙いがあったとしても、それは治療を承諾しなくても出来るはずだし。

っていうか、そこがハッキリしないのだが、ロックハートは「鼻血や失神は本当に自分の体調が悪いから」と信じている設定なのか。
でも、この時点で「何か有害な物を飲まされたのでは」「ってことは水に何か含まれていたのでは」と全く疑わないのは、あまりにもボンクラすぎる。
ロックハートがお人好しだったりオツムが弱かったりという設定なら、それも仕方が無いかもしれない。しかし、彼はキレ者で、クロスワードの答えを即座に言い当て、男爵の医学実験に関する仮説を簡単に思い付くような男だ。
そんなキャラ設定と、「療養所が自分に何か仕掛けている」という疑いを持たずに治療を受ける行動は、整合性が取れていないようにしか感じない。

ロックハートが水治療を受けている時、看護師が監視役の誘惑に来る。それで監視役は余所見をしてしまい、ロックハートが死にそうになる。
しかし、それは療養所がロックハートを始末するために用意した策略ではない。そもそも監視役が余所見をしても、ロックハートが幻覚を見て暴れなければ問題は無かったはずだ。
なので、そのシーンは「たまたま起きた事故」でしかない。
だけど、ロックハートが死の恐怖を感じたり、それによって緊迫感を煽ったりするシーンが「たまたま起きた事故」って、それは話の作りとして失敗でしょ。
療養所が何か怪しい企みを秘めていることは明らかなわけで、それに絡めて恐怖や緊迫感を煽るべきじゃないかと。

ヴォルマーや看護師たちはロックハートを見張っているのかと思ったら、かなり自由に行動させている。なのでロックハートは、療養所を簡単に抜け出せてしまう。
そして彼が抜け出した段階で、療養所の不気味さは一気に減退する。
その気になれば簡単に逃げ出せるのなら、ロックハート以外の患者も逃走のチャンスがあるってことになる。
すっかり洗脳状態に陥ってからじゃ無理だけど、初期段階なら怪しむ奴もいるだろう。だったら、何人かは逃亡しているんじゃないかと思うんだよね。
「療養所からは誰も出られない」という状況をキッチリと作っておいた方が、何かと都合がいいだろうに。

終盤に入り、警官の元へ駆け込んだロックハートがヴォルマーの説得を受けて「過去の体験が原因で幻覚を見ただけだ」と言われる展開がある。どうやら父の自殺ってのは、ここで使うために持ち込んだ設定のようだ。
でも、そんなの全く必要性が無いんだよね。
まず、それが無くても、ヴォルマーの説得交渉は成立させられる。
そして根本的な問題として、「そんな説得にロックハートが懐柔されてしまう」という展開に無理があり過ぎるってことだ。
その段階に来て、なぜ「本当に自分は幻覚を見たのかも」と思うかね。ロックハートって、その場に合わせて急に頭が悪くなっちゃうんだよな。

CCはミルスタインに自分から結婚を匂わせて婚約したのに、主役のオファーが届くと何の迷いも見せずにニューヨークへ戻る。自分でミルスタインに別れを告げずヒラリーに伝言を頼み、まるで罪悪感を見せずにさっさとサンフラスシスコを去る。
ただのクズじゃねえか。
この女は話が進むにつれて、どんどん好感度を下げていくんだよね。
「最初は悪い印象から入って上げて行く」ということなら分かるけど、その逆を行って何がしたいのかと。

ヴォルマーの正体が男爵であることは、前半の内に何となく予想が付く。いや、もはや「何となく」ではなくて、ほぼ確信に近いぐらいの感覚だ。
なので、「そういう荒唐無稽な設定を含む怪奇映画」としてのテイストは、もっと分かりやすく出しちゃった方が得策じゃないかと思うんだよね。
ところが実際には、ヴォルマーが怪人であることを明かすのは、もう残り時間わずかになってからだ。終盤に入るまでは、「ヴォルマーがヤバい実験をしている狂った科学者」という程度の描写なのよね。
それって、この映画の持ち味を殺しているようにしか感じないぞ。終盤になってから明かす構成だと、荒唐無稽な設定がバカバカしい印象に繋がりやすくなっちゃうでしょ。

(観賞日:2019年10月8日)

 

*ポンコツ映画愛護協会