『コクーン2 遥かなる地球』:1988、アメリカ

5年前、老人コミュニティー“サニー・ショア”で暮らすアート&ベス夫妻、ベン&メアリー夫妻、ジョー&アルマ夫妻は、宇宙人アンタリアンのキティー達と共に、不老不死を求めて宇宙へと旅立った。だが、地球では、彼らが海で遭難したものと思われていた。
ある日、ベン&メアリーの孫デヴィッドの部屋では、テレビを消しても勝手にスイッチが付くという現象が起きた。テレビにはベンの姿が映し出され、やり残した仕事を片付けに行くアンタリアンに同行して、自分達も地球に戻ることを告げた。デヴィッドは母スーザンに話すが、信じてもらえない。だが、その直後、家にベンとメアリーが現れた。
老人バーニーは5年前に友人のアート達から宇宙行きを誘われたが、妻ローズを亡くした直後の彼は断っていた。バーニーは生きる意欲を失い、首吊り自殺を図ろうとしたが、そこへアート達がやって来る。彼らがずっと地球に留まると勘違いしたバーニーは、大喜びだ。その様子を見て、アート達は一時帰郷だという事実を言い出せない。
5年前にアンタリアンに協力した青年ジャックの前には、キティーが姿を現した。キティーはジャックに、海底に残したセンサーが地殻変動をキャッチしたため、コクーンの救出に来たことを告げる。キティー達は、4日後にはアンタリア星に戻ることになっていた。
アート達は地球に滞在する間、ルビーという老女の営むホテルに宿泊することにした。彼らはバーニーをルビーに引き合わせるが、彼は不機嫌になる。それでもバーニーは少しずつルビーに惹かれるようになるが、死んだローズの幻影を見てしまう。
ショッピングを楽しんでいたベスは、急に腹痛を訴えて病院に運ばれる。彼女は医者から妊娠していることを告げられ、アートと共に大喜びする。一方、ジョーは医者からガンが再発したことを宣告されるが、そのことをイルマには言い出せなかった。
ジャックはキティー達に協力して船を出すが、セント・ピータースバーグ海洋研究所の船がコクーンを引き揚げてしまう。研究所のセーラ達はコクーンを解体し、中にいたアンタリアンを発見する。だが、コクーンから出したため、アンタリアンは次第に衰弱していく。
ジャックやキティーはアート達の協力を得て、空軍への引き渡しが決まった研究所のアンタリアンを救出しようと考える。そんな中、保育所の手伝いをしていたイルマが、路上に飛び出した子供を助けて自動車にひかれ、重傷を負ってしまう…。

監督はダニエル・ペトリ、原案はスティーヴン・マクファーソン&エリザベス・ブラッドリー、脚本はスティーヴン・マクファーソン、製作はデヴィッド・ブラウン&リチャード・D・ザナック&リリ・フィニー・ザナック、製作協力はゲイリー・デイグラー、撮影はタク・フジモト、編集はマーク・ロイ・ワーナー、美術はローレンス・G・ポール、衣装はジェイ・ハーレイ、スペシャル・エイリアン・クリーチャーズ&エフェクツはグレッグ・キャノン、音楽はジェームズ・ホーナー。
出演はドン・アメチー、ウィルフォード・ブリムリー、コートニー・コックス、ヒューム・クローニン、ジャック・ギルフォード、スティーヴ・グッテンバーグ、ジェシカ・タンディ、グウェン・ヴァードン、ターニー・ウェルチ、バレット・オリヴァー、モーリーン・ステイプルトン、エレイン・ストリッチ、リンダ・ハリソン、タイロン・パワーJr.、マイク・ノマッド、ウェンディ・J・クック他。


1985年の作品『コクーン』の続編。
前作とは、監督も脚本家も入れ替わっている。
老人達やアンタリアンを演じる主要なキャストは前作から引き続いての出演で、そこにセーラ役のコートニー・コックス、ルビー役のエレイン・ストリッチが加わっている。

続編が作られるぐらいだから、前作は支出に見合うぐらいのヒットは記録したということになる。
しかし、私は前作を全く評価していない。
死と正面から向き合わずに現実逃避したまま終わるのも納得していないし、不老不死になれば老いても前向きに生きられるとでも言いたげな内容には、どこかの宗教のメッセージのような胡散臭さを感じた。

今回の続編では、「人生は続くのだから現実を見ろ」という、前作とは全く逆のようなメッセージがある。
そして、前作で不老不死の星に行くことを選んだ6人の老人の内、今回は2人しか再び星へ戻ることを選ぼうとはしない。
1人は死亡してしまうので除外するとして、3人は自らの意志で地球に留まることを最後に選択するのである。

だが、それは前作で彼らが取るべき行動だったのだ。
今になって、地球に留まるという選択を見せられても、もはや取り返しが付かない。
むしろ、「じゃあ前作の結末は何だったのか」ということになる。
私は前作の結末を全く賞賛しないが、それにしたって前作を台無しにしてしまうというのは、続編としていかがなものかと思うのだ。

ベンは、「自然の成り行きに任せてそれに対処していくことだ」というセリフを口にする。
前作で、自然の成り行きに逆らう行動を取った男がだ。
前作でベンとメアリーは、必死に付いて来ようとまでした孫のデヴィッドを置き去りにして、つまり家族の絆を捨てて不老不死になることを選んだ。
それが、今回は孫のために地球に留まることを選ぶ。

しかし、前作でそういう行動を取るべきだったのだ。
今になって地球に留まることを選ぶというのは、まるで不老不死の星が思ったほど居心地が良くなかったから、やっぱり地球に戻るという、かなり都合が良すぎる考え方にも取れる。

赤ん坊を妊娠したまま、アートとベスが不老不死の星に戻るのもどうなのか。
生まれた子供は、同年代の友達など存在しない場所で一生を過ごさねばならない。
そういう問題を考えたら、そもそも妊娠を避けようとするべきだと思ってしまうぞ。

例えば、原作者が「1作目では自分の言いたいことが描かれていなかった」と不満を持ち、それで自分の主張を伝えようとするのなら、そういう続編を作るのはまだ分かる。
しかし、この作品の場合、そうではない。
だから、ヒットした作品のパート2で再びのヒットを狙うのは構わないが、前作を台無しにする内容にするというのは理解し難い。

 

*ポンコツ映画愛護協会