『クラウド アトラス』:2012、ドイツ&香港&シンガポール&アメリカ

星空の下、初老のザックリーは焚き火を前にして「風は声を運んでくる。次から次へと、いにしえの話を。やがて声は、1つにまとまる。だが、1つだけ違う声がする。牙を剥く悪魔、オールド・ジョージーだ。悪魔の話を聞かせよう」と語る。アダム・ユーイングは浜辺へ赴き、後に主治医となるヘンリー・グースが砂を掘り起こしている様子を目撃する。ルイサ・レイは車を運転しながら、テープレコーダーに「シックススミスは報告書に何を書いて殺されたのか。その情報を守るため、私も殺す気か」と吹き込む。
ティモシー・カヴェンディッシュはタイプライターに向かい、「編集者としては感心しない、厄介な仕掛けのある小説だ。しかし我慢して読み続ければ、それが必要な技法だと分かる」とダーモットの小説について批評を執筆した。ロバート・フロビシャーはルーファス・シックススミス宛てに「ヴィヴィアンの銃で自殺する」と遺書を残し、浴槽に入って自らの口に拳銃を向けた。ソンミ451は統一国家の管理官から、最後の面談を受けた。
1849年、太平洋諸島。ユーイングはホロックス牧師と契約書を交わし、彼の妻やグースと共に会食を取る。黒人奴隷のクパカが給仕をする中、ホロックスとグースはユーイングの義父であるハスケル・ムーアの著書を絶賛する。ムーアは著書において、「文明社会には階級が必要だ」と主張していた。奴隷が扱き使われているホロックスの農園を刺殺したユーイングは、オトゥアという黒人奴隷がマオリ族に鞭で叩かれている現場を見ている最中に倒れて意識を失った。目を覚ました彼は、診察したグースに「ポリネシア寄生虫が犯人だ」と説明を受け、薬を与えられた。
1936年、ケンブリッジ。高級ホテルで恋人のシックススミスと過ごしていたフロビシャーは、ドアのノックと警備員の声を聞き、窓から逃亡した。フロビシャーはシックススミスに手紙を書き、エジンバラへ赴いて病気療養中のいる天才作曲家のエアズを訪ねること、採譜者として売り込むこと、勘当した父親を見返そうと目論んでいることを明かした。エアズはメロディーを口ずさみ、彼に採譜させた。エアズはピアノ演奏を指示するが、フロビシャーが弾くと「やめろ」と怒鳴って罵倒した。妻のジョカスタが来ると、エアズはフロビシャーを叩き出せと命じた。しかし改めてフロビシャーが演奏すると、「それが私の旋律だ」と認めた。
1973年、サンフランシスコ。ルイサとシックススミスは同じエレベーターに乗り、停電で閉じ込められた。シックススミスはルイサの父で従軍記者だったレスターを知っていた。彼は姪であるメーガンの写真を見せ、「私以上に生まれながらの物理学者だ」と述べた。ルイサの肩にホウキ星の痣を見つけたシックススミスは、「私の大切な人にもそっくりの痣があった」と口にした。「記事のために、どこまで犠牲を払える?」という彼の質問に、ルイサは「必要なら刑務所にも入る」と覚悟を示した。電気が復旧してエレベーターが動いた後、ルイサは名刺を渡してシックススミスと別れた。
2012年、ロンドン。レモン賞のパーティーに出席した編集者のティモシーは、作家ダーモット・ホギンズと出会った。彼は新作が全く売れておらず、書評家のフィンチが酷評したせいだと憤懣を吐露した。ダーモットは会場にいるフィンチに近付いて批判し、ビルから突き落として殺害した。刑務所に収監されたダーモットはカルト・ヒーローとなり、著書は売れた。ティモシーは大儲けするが、ダーモットの3人の弟たちが彼の元へ乗り込んで「兄貴が俺の金はどこだと言ってる」と凄んだ。ティモシーは「彼は著作権を譲渡した」と説明するが3人は耳を貸さず、「明日の午後、手始めに5万用意しろ」と要求した。
2144年、ネオ・ソウル。複製種のソンミ451は管理官から、店でのサイクルについて説明を求められた。ソンミのような給仕用クローンは朝4時に刺激物質で起こされ、ホールへ直行して5時には配置に就く。そこから19時間は、客の相手をする。判で押したような毎日が続く中、唯一の楽しみは年季明けだ。正月になると、ボスであるリー師が複製種の首輪に印を付ける。それが12個になれば契約満了で、店を出て行くことが出来るのだ。
ある夜、ソンミはユナ938に起こされた。ユナはリー師のセックスの相手をした後、彼を眠らせた。ユナはソンミに、「純血種の暮らしを知ってる?」と問い掛けた。ソンミが「戒律違反よ」と指摘すると、彼女は「知ってるわ」と軽く告げた。ユナはソンミに「秘密を見せてあげる」と言い、鍵を使って遺失物室へ連れて行く。そこで彼女は小型装置を使い、純血種の映画である『カヴェンディッシュの大災難』の1シーンをソンミに見せた。ソンミは管理官から、9月18日の事件について話すよう求められた。その日の仕事中、ユナはちょっかいを出してきた客を殴り付けた。彼女は「犯罪者の餌食にはならんぞ」と映画の主演俳優の台詞を喋り、エレベーターで逃亡しようとする。しかしリーがスイッチを押して首輪の小型爆弾を作動させ、ユナを殺害した。
崩壊後、106度目の冬。若きザックリーは妹の夫であるアダムと甥のジョナスの3人で市場へ出掛けた。帰り道、いつものようにアダムが先祖の墓参をする様子を見ていたザックリーの前に、オールド・ジョージーが現れた。彼はザックリーに、「困ったことになった。剣では退治できない物がある」と告げた。コナ族が来たので、ザックリーは慌てて隠れた。アダムが呼び掛けても、ザックリーは震えながら無視した。コナ族はアダムとジョナスを殺害し、その場を去った。
ザックリーは村人たちから、2人を見殺しにしたと噂された。しかし妹のローズと姪のキャットキンは、彼を庇った。ある日、船に乗ってプレシエント族のメロニムが島へやって来た。プレシエント族は進化した文明を持っており、村人たちは彼女を崇めて歓迎した。しかしザックリーだけは、露骨に嫌悪感を示した。ジョージーはザックリーに、「あの女は取り入って利用する気だ。心を許すな」と告げた。メロニムが注射を打つ様子を覗き見たザックリーは、大量の記憶が流れ込む夢にうなされた。祈祷師のアベスを訪ねた彼は、「ジョージーはお前の命を欲しがっている」と言う。彼女は預言者のソンミに祈りを捧げ、「橋が崩れたら下に隠れろ。血に濡れても手を離すな」という御告げをザックリーに伝えた。
深夜に目覚めたソンミは、リーの死体と何かを探している男を目にした。逃げようとするソンミに気付いた男は「ヘジュ・チャン」と自己紹介し、リーはソープの過剰摂取で死亡したのだと説明した。彼はソンミに、「そのせいで計画に支障が出た。当局とDNA鑑定士が君を探るだろう。ユナ938との繋がりがバレたら、君は処刑される。処刑されるリスクを承知でここに残るか、僕と来るか。どちらを選ぶ?」と選択を迫られた。
ユーイングは出航した船で、船倉に隔離された。フロビシャーはシックススミスに、「1949年に太平洋を渡った弁護士の航海日誌を書店で注文してほしい」と依頼する手紙を送った。老いたシックススミスは、ホテルで手紙を読み返した。彼がテレビを付けると、スワネキー原発のフックス社長が「石油依存の治療薬はスワネキー原発だ」と訴えていた。シックススミスはルイサに電話を掛け、助けてほしいと求めた。ティモシーは5万ポンドを工面できず、兄のデニーが妻のジョージェットと暮らす家を訪れた。デニーはティモシーに多額の金を貸しているため、最初は金の無心を拒絶した。しかし結局は6万ポンドの用意を約束し、手配した隠れ家へ行くよう指示した。
ユーイングは密航していたオトゥアから、「助けてほしい。自分は水夫として働ける。船長に言ってほしい」と頼まれた。ユーイングが「無理だ」と断ると、彼はナイフを握らせて自分の首に突き付け、「だったら死ぬだけだ。殺せ」と迫った。メロニムは通信装置を使って上官のデュオファイサイトに連絡を取り、「村の民は悪魔の山だと言って恐れています。途中にはコナ族の領地もあります」と話した。デュオファイサイトは「君の被爆線量は増加している。到達する前に命が危ない。それに地球外コロニーが現存するとは限らない」と反対するが、メロニムは通信を一方的に打ち切った。
老いたシックススミスはルイサをホテルに呼び、スワネキー原発の極秘資料を渡そうとする。しかしルイサが到着する前に、彼は殺し屋のビル・スモークに始末された。ホテルへ来たルイサは、部屋にあったフロビシャーの手紙を持ち出した。フロビシャーはシックススミスに、エアズと2人で作った『永遠の回帰』という曲をベルリンの名指揮者であるケッスルリングに見せたことを綴った手紙を送った。会食を取った際、フロビシャーはジョカスタとケッスルリングが過去に恋仲だったのではないかと感じた。そのことを質問されたエアズは苛立ち、「妻はユダヤ人だ。あの男とは結ばれない」と述べた。
メロニムはザックリーから村へ来た目的を問われ、「マウナソルへのガイド探しよ」と答えた。橋の一部が崩れた時、ザックリーは御告げを思い出した。彼はメロニムを連れて橋の下に隠れ、馬で走って来たコナ族をやり過ごした。ティモシーは列車で移動中、ハヴィエル・ゴメスという新人の小説『ルイサ・レイ事件』の原稿を読んだ。ある駅に列車が到着した時、ティモシーは若き日に愛するアーシュラを訪ねた時のことを思い出した。
ザックリーはアベスに、「御告げが当たった。メロニムは山へ行く気だ」と告げた。ソンミの預言書を開いたアベスは、「命は自分の物ではない。人は過去も未来も、他者と繋がる」という彼女の言葉を伝えた。ヘジュはソンミを連れて、ネオソウルの街へ出た。ユーイングはオトゥアに食事を与え、「友になれる目をしている」と告げられた。ルイサがアパートでフロビシャーの手紙を読んでいると、窓から仲の良いハヴィエル少年が入って来た。フロビシャーはジョカスタに誘われてセックスしたことを、手紙に綴った。
ルイサはレコード店へ赴き、フロビシャーの作曲した『クラウド・アトラス六重奏』について店員に質問した。たまたま店員が曲を流しており、ルイサは「聴き覚えがある」と口にした。店員は「気のせいですよ。アメリカでは数枚しか出回っていない」と言うが、ルイサは「間違いない」と確信していた。ティモシーはアーシュラと過ごした屋敷へ赴き、思い出にふける。彼女の両親がギリシャ旅行へ出掛けている4日間、2人だけで過ごそうと彼は考えていた。しかし急に両親が戻り、慌てた彼は窓から転落して怪我を負った。連絡を絶った彼女が今も屋敷で暮らしているのを知り、ティモシーは驚いた。
ザッカリーは村の少女から、キャットキンが死にそうだと知らされる。キャットキンはカサゴの毒で足先が腫れ上がり、手の施しようが無い状態だった。ヘジュはソンミを闇医者のオヴィッドの元へ連れて行き、首輪を切断してもらった。ザッカリーはメロニムに、「姪がカサゴの毒で死にそうだ。助けてくれ」と頼んだ。するとメロニムは困った表情を浮かべ、「議会に誓約したの。島民の運命を変えることはしないと」と述べた。ザッカリーは彼女に、「姪を助けてくれたら、悪魔の山へ案内する」と告げた。
ティモシーはデニーの手配した場所へ行き、そこがホテルだと思い込んで書類に署名した。ヘジュはソンミを自宅へ連れ帰り、動画チップを直して復元した『カヴェンディッシュの大災難』の全編を観賞させた。翌朝になって目を覚ましたティモシーは、ミークス看護師に鍵を奪われた。ティモシーが非難すると、彼女は平手打ちを浴びせて威嚇した。そこはデニーが出資している老人介護施設だった。ルイサはスワネキー原発本社へ赴き、取材と称してフックス社長と面会した。フックスは警備主任のジョーを紹介した後、ルイサに社内を案内した。ルイサはシックススミスの研究室を発見し、フックスの目を盗んで調べることにした。
ティモシーはジャッド看護師に、鍵を返せと要求した。ジャッドが「貴方はこの施設で暮らすのよ。署名もある」と言うと、彼は「君たちのやっていることは罪になるはずだ。犯罪者の餌食にはならんぞ」と声を荒らげた。ティモシーは施設を逃げ出そうとするが、ジェームズ看護師に捕まって連れ戻された。ヘジュは自由意志を持つ複製種を生み出したいと考え、ソンミに多くの知識を与えた。育てようとしていたユナが死んだため、ヘジュにとってソンミが唯一の希望となっていた。
ティモシーは深夜に看護師たちの目を盗んで電話を使い、デニーに電話を掛けた。ティモシーが激しく抗議すると、デニーは「自業自得だ。ジョージェットとの関係を知らないとでも思っていたのか。火遊びの罰だ」と告げた。フロビシャーはエアズに叩き起こされ、「夢に旋律が出て来た」と採譜を要求された。だが、すぐにエアズは浮かんだ旋律を忘れてしまった。シックススミスの部屋を探っていたルイサは、研究者のアイザックに見つかった。しかし彼はフックスに事実を伝えず、「彼女がトイレを探していた」と嘘をついた。
ユーイングはオトゥアの密航をモリヌー船長に明かし、水夫として雇ってほしいと告げた。モリヌーはオトゥアに帆を張る仕事を命じた上で、船員に狙撃させようとする。ユーイングは発砲を妨害し、モリヌーは見事な腕前を披露したオトゥアを雇うことにした。統一国家のメフィー評議員はソンミと会い、「この世には序列がある。序列は守られなければならない」と告げた。彼は部下に対し、処刑の準備をするよう指示した。
アイザックはルイサに、「報告書は、ほとんど廃棄された」と述べた。協力するかどうか悩んでいる様子を見せる彼に、ルイサは「良心に逆らわず、行動するしかない」と告げた。ザックリーの「オールド・ジョージーじゃなければ、誰が文明を崩壊させた?」という質問に、メロニムは「昔の人の果てなき欲望よ」と答えた。アイザックはルイサへの協力を決意するが、彼の乗った飛行機は爆破された。ルイサは運転中に車の衝突を受け、海に転落した。
フロビシャーが曲を書いて演奏していると、エアズが来て「夢に出て来た旋律だ」と告げた。フロビシャーは「僕の曲です。『クラウド・アトラス六重奏』です」と言うが、エアズは2人の曲として完成させるよう命じた。フロビシャーが「出て行きます」と言うと、エアズは「お前の男色趣味は調べ上げてある。醜聞を広めて、音楽の世界で生きていけなくしてやるぞ」と脅しを掛けた。ソンミは処刑場所へ連行されるが、生きていたヘジュが救出に駆け付けた。ティムは施設で暮らす老人のアーニー、ミークス、ヴェロニカと共に、脱走計画を練った。グースはユーイングの金品を奪うため、薬と称して毒を飲ませた…。

脚本&監督はラナ・ウォシャウスキー&トム・ティクヴァ&アンディー・ウォシャウスキー、原作はデイヴィッド・ミッチェル、製作はグラント・ヒル&シュテファン・アルント&ラナ・ウォシャウスキー&トム・ティクヴァ&アンディー・ウォシャウスキー、共同製作はロベルト・マレーバ&マーカス・ロッジュ&ピーター・ラム&アレクサンダー・ヴァン・デュルメン&トニー・テオ、製作協力はジジ・オエリ&ローラ・ケネディー&ピーター・グロスマン、製作総指揮はフィリップ・リー&ウーヴェ・ショット&ウィルソン・チウ、撮影はジョン・トール&フランク・グリーベ、美術はウリ・ハニッシュ&ヒュー・ベイトアップ、衣装はキム・バレット&ピエール=イヴ・ゲロー、編集はアレクサンダー・バーナー、シニア視覚効果監修はダン・グラス、視覚効果監修はステファン・セレッティー、音楽はトム・ティクヴァ&ジョニー・クリメック&ラインホルト・ハイル。
出演はトム・ハンクス、ハル・ベリー、ジム・ブロードベント、ヒュー・グラント、スーザン・サランドン、ヒューゴ・ウィーヴィング、ジム・スタージェス、ペ・ドゥナ、ベン・ウィショー、キース・デヴィッド、ジェームズ・ダーシー、ジョウ・シュン、デヴィッド・ジャーシー、ロバート・ファイフ、マルティン・ヴトケ、ロビン・モリッシー、ブロディー・リー、イアン・ヴァン・テンパーレー、アマンダ・ウォーカー、ラルフ・ライアック、アンドリュー・ハヴィル、タニア・デ・ウェント他。


デイヴィッド・ミッチェルの同名小説を基にした作品。タイトルは一柳慧の曲『雲の表情(Cloud Atlas)』から取られている。
6つの時代の物語によって構成される原作は、映像化不可能な作品と言われていた。
『マトリックス』『スピード・レーサー』のラナ&アンディー・ウォシャウスキー姉弟と、『パフューム ある人殺しの物語』『ザ・バンク 堕ちた巨像』のトム・ティクヴァが共同で脚本と監督を務めている。
配給はワーナー・ブラザーズが担当しているが、出資はしていない。

ウォシャウスキー姉弟の前作『スピード・レーサー』が大コケしたこと、莫大な製作費が掛かることなど様々な事情が影響したのか、ハリウッドの大手映画会社は本作品に手を出さなかった。
そのため、ドイツ、香港、シンガポールの映画会社が大半の製作費を出資している(アメリカからもアナーコス・プロダクションズという会社が出資した)。
製作費は1億ドルの大作映画だが、アメリカでの興行は惨敗に終わり、タイム誌が2012年のワースト映画1位に選定した。

多くの出演者が、それぞれの時代で異なる役を演じ分けている。
順番に表記すると、まずトム・ハンクスは1849年のグース、1936年の安ホテル支配人、1973年のアイザック、2012年のダーモット、2144年は映画の主演俳優、2321年のザックリー。ハル・ベリーは1849年の農園で働くマオリ族、1936年のジョカスタ、1973年のルイサ、2012年はパーティーの女性客、2144年のオヴィッド、2321年のメロニム。
ジム・ブロードベントは1849年のモリヌー、1936年のエアズ、1973年は登場せず、2012年のティモシー、2144年の路上の二胡弾き、2321年のプレシエント族を演じている。ヒュー・グラントは1849年にホロックス、1936年に高級ホテルの警備員、1973年にフックス、2012年にカヴェンディッシュ、2144年にリー、2321年にコナ族の族長を担当。
スーザン・サランドンは1849年にホロックスの妻、1931年と1973年は登場せず、2012年はアーシュラ、2144年はスレイマン、2321年はアベスを担当。ヒューゴ・ウィーヴィングは1849年のムーア、1936年のケッスルリング、1973年のスモーク、2012年のノークス、2144年のメフィー、2321年のジョージー。
ジム・スタージェスは1849年のユーイング、1936年の安ホテルを追い出される客、1973年はメーガンの父(写真)、2012年はサッカーファンのスコットランド人、2144年のヘジュ、2321年のアダム。ペ・ドゥナは1849年のティルダ、1936年は登場せず、1973年はメーガンの母(写真)と工場のメキシコ人女性、2144年はソンミ、2012年と2321年は未登場。

ベン・ウィショーは1849年に船の給仕係、1936年にフロビシャー、1973年のレコード店店員、2012年のジョージェット、2144年は登場せず、2321年は部族の男を演じている。キース・デヴィッドは1849年にクパカ、1931年は休み、1973年はジョー、2012年はアピス将軍、2321年はプレシエント族を担当。
ジェームズ・ダーシーは1849年が休みで、1936年と1973年のシックススミス、2012年のジェームズ、2144年の記録官、2321年は登場しない。ジョウ・シュンは1973年に死体を発見するホテルの男性従業員、2144年にユナ、2321年にザックリーの妹ローズを担当し、他の年代は登場しない。
デヴィッド・ジャーシーは1849年にオトゥア、1973年にレスター(写真)、2321年にデュオファイサイトを担当し、他の年代は登場しない。
それ以外にも、異なる年代で複数の役柄を演じている面々が何人もいる。

そのように1人が年代ごとに別の役柄を演じていることには、ちゃんとした意味がある。それは、この作品のテーマが「輪廻転生」であることに関係している。
つまり、グースは安ホテル支配人、アイザック、ダーモット、映画の主演俳優、ザックリーという順番で転生している設定なのだ。
他の面々も同じことだ。男優が女性を演じていたり、逆に女優が男性を演じていたりするのは、前世と異なる性別に生まれ変わったことを意味しているのだ。
年代が変わると場所や景色も大きく変わるので、同じ人物が違う役柄を演じていても、そこで混同してしまうことは無いだろう。そもそも、1人が複数の役柄を演じ分けていることが分かりにくいほどメイクで別人になっているし、それと年代によってはチョイ役だったりして目立たないケースもある。
トム・ハンクスなんかは、どの役柄も本人ってことが分かりやすいけど、明らかに異なるメイクだし、あと場所や絡むメンツも違うので、混同することは無いと思う。

ちょっと調べてみたら、映画版は原作と大きく異なる構成になっているようだ。
原作小説は各年代を前後半に分けて、まず前半を時系列順に処理し、後半は逆から配置するという構成になっているらしい。
それに対して映画版は、もっと細かく分割しているし、各年代を順番に同じバランスで並べているわけでもない。2321年の次に2012年で、また2321年に戻ったりするような箇所もある。
まあ、ようするに各年代を同時進行で進めているという構成にしてあるわけだ。

原作と異なる構成にした理由については、情報が無いので分からない。
あくまでも推測だが、「原作通りにしたら、後半を始める頃には前半の内容を忘れてしまっている」ということを懸念したのかもしれない。
上映時間は172分だがオープニングやエンドロールを考慮して、本編を162分としておこう。6つの年代があるので、単純に考えると1つにつき27分。1849年の前半が終わってから後半が開始されるまでに、2時間半ほど経過してしまうわけだ。
もはや通常の長編映画1本分を越える時間が経過しているわけで、そりゃあ前半の内容を忘れてしまったとしても仕方が無い。

並行して同時にエピソードを進めれば、その年代の前のシーンを忘却してしまうリスクは軽減される。その一方で構成としては明らかに原作よりも複雑化するわけで、ゴチャゴチャして分かりにくくなってしまうリスクは生じる。
ただし不幸中の幸いで(もう「不幸中」って書いちゃってるけど)、意外に分かりにくさは生じていない。
で、それなら構成の変更は大正解じゃないかと思うかもしれない。
ただ、そこでの大きなマイナスは感じないけど、大きなプラスも感じないんだよね。むしろ、やはりブツ切り感覚があるなど、差し引きで考えるとマイナスが生じている印象は否めない。

前述した「原作と同じ構成だと、前半部分を忘れる可能性が高い」という問題があるんだけど、「別にいいんじゃねえの」と思ってしまう。
なぜ「別にいいんじゃねえの」と思うかといえば、見終わった時に何も残らない作品だからだ。
「頭をすっかり空っぽにして、見ている間だけ楽しいと感じればいい」という類の映画ではない。むしろ重厚なテーマやメッセージを掲げた、深みや厚みのある映画として作られているはずなのだ。
でも見終わった時に、「だから何なのか」という感想になってしまう。

色んな人が輪廻転生しているのだが、ずっと善人が続くケースもあれば、善人と悪人を行ったり来たりするケースもある。
どうやら輪廻転生で善人になるかどうかは「愛の有無」に左右されているようだが、ぶっちゃけ「どうでもいい」と思ってしまうのは、そこに興味を抱かせてくれないからだ。
ちなみに、前世のカルマに転生後の人間が苦しめられるようなこともないし、全ての輪廻転生が因果応報に該当するわけでもない。

フロビシャーがエアズの元を逃げようと決めるシーンの後、ソンミがヘジュに救出されて逃げようとする様子を描き、次にティモシーが仲間と逃げ出す計画を語り合う様子が配置されるという箇所があるが、それは「脱走」というキーワードで複数の年代を繋げているわけだ。
そのように何か1つのキーワードによって、複数の年代を繋げている箇所は何度も出て来る。
シックススミスが1936年と1973年の両方に登場するとか、2144年のソンミが2321年に予言者として崇められているとか、そういう繋がりも用意されている。
ただ、そういった要素によって得られる連動性というのは、ほんのわずかだ。

そもそも、それぞれのエピソードがそんなに面白くないし、色々と引っ掛かる点も多い。
例えば1973年のエピソードでは、石油会社の利権を握るロビイストがエネルギー政策を覆すために原発事故を引き起こそうと企んでいる設定だが、その時点で違和感がある。
そして、そのために殺し屋を雇ってシックススミスを始末するのはともかく、アイザックが乗った飛行機を爆破するってのは、さらに大きな違和感を抱かせる。
多くの目撃者が出ることは確実な街中で銃撃戦を繰り広げるのも同様。

2144年のエピソードでは、複製種をエサにして複製種がリサイクルされている設定がある(ちなみに2012年のエピソードでティモシーが『ソイレント・グリーン』のネタバレを喋っており、それが2144年のエピソードに繋がる形となっている)。
だが、そうまでして複製種のリサイクルが行われる意味が全く分からない。
「ソンミが革命への参加を決意する」という展開に繋げるための、下手な段取りでしかない。
ちなみにネオ・ソウルの風景には既視感しか沸かず、映像的な面白味は無い。

この映画は、クライマックスらしいクライマックスにも欠けている。どのエピソードにもクライマックスが無いってわけではないが、盛り上がりはイマイチだ。
そんなこともあって、作品が終わった時、172分という上映時間に見合うような満足感を味わうことが出来ない。
むしろ、「えっ、これで終わりなの」と肩透かしを食らったような気持ちにさせられる。
壮大に盛り上がるクライマックスを期待させる構成なのに、「ただダラダラと長いだけ」という印象になってしまう。

おまけに、ちよっと矛盾するようだが、「時間が足りていないんじゃないか」と思わせる。
前述したように、1つのエピソードに使っている時間は約27分。
しかし、それぞれが1本の長編映画に仕立て上げた方がいいような話なので、どうしても薄っぺらくなっているのだ。
ただしティモシーを主人公とする話のように、そもそも短編であっても要らないと思うエピソードも含まれているんだよな。ティモシーが主人公になっている2012年のエピソードは、ホントに心底から要らんわ。

各年代でジャンルや目的が異なるエピソードを進めているので統一感が見えず、バラバラの話を並行して配置しているだけという印象になってしまう。
並行して進めても、それによって相乗効果や連動性が出ているとは感じない。全てのエピソードが終盤に来て1つに集約されるといった、六重奏としての響きが聞こえて来ないのである。
「映像化不可能と言われた小説を映像化しました」という段階で、ほぼ仕事が終わっているような印象を受ける。
実験的で挑戦的な野心作であることは痛いほど伝わって来るのだが、「ウォシャウスキーズとトム・ティクヴァが『イントレランス』を目指したら、完全に失敗した」ってな感じだ。

(観賞日:2015年7月27日)

 

*ポンコツ映画愛護協会