『オーバー・エベレスト 陰謀の氷壁』:2019、中国

世界最高峰のエベレストは、標高8848メートルの山である。山頂は気象が不安定で風速52メートル、気温はマイナス83度になることもある。285名が登山中に死亡し、120名の遺体が残される山頂付近は「デス・ゾーン」と呼ばれている。ジアン・ユエシュンが率いる山岳救助隊のチーム・ウィングスは、エベレストで遭難者の救助に当たっていた。ハン・ミンシャンがヘリコプターを操縦し、ジアンとジェームス、タシが搭乗している。臨時で雇われた女性のシャオタイズが、ロープを使って雪山に降下した。
シャオタイズは遭難している男性を発見し、ヘリコプターに引き上げた。ジアンが戻ろうとした時、男性が「まだ下に娘が」と漏らした。シャオタイズはジアンの命令を無視し、娘の救助に向かう。本部にいる通信員のスヤは、山頂付近で異常事態が発生したので退避するようジアンに伝えた。大規模な雪崩が発生する中、ジアンはハンに降下を指示した。シャオタイズは娘を発見し、走って雪崩から逃れようとする。ジアンはヘリコプターを接近させ、娘を引き上げた。彼はシャオタイズに手を伸ばすが、わずかに届かない。そこで彼はハンに上昇を命じ、雪山にダイブした。彼はシャオタイズを抱え込み、雪崩に飲み込まれた。
3日後。クビになったシャオタイズはウィングス・バーを訪ね、設置されているボルダリングウォールに挑んだ。ジアンはスヤから、今回の稼ぎで給料を払ったら一銭も残らないと聞かされた。スヤは金払いのいい客が来たから会ってくれと言い、ヴィクター・ホークと弟のマーカスを紹介してインド情報部の人間だと説明した。ヴィクターはジアンと隊員たちに、「数日前、軍の機密情報が盗まれた。3日前、それを積んだ飛行機がエベレストで墜落した」と話した。さらに彼は、65時間後には緊迫した関係の緩和を目的にカトマンズでサミットが開催され、ヒマラヤ周辺国の高官たちが集まることも語った。
墜落したのがデス・ゾーンだと聞いたハンは、ヘリコプターは標高6000メートルが限界であること、デス・ソーンでの活動限界が72時間であることから今回の仕事に反対する。ジアンは断ろうとすると、スヤが「今は借金まみれだぞ」と説得する。タシの負傷で人員が不足していることをジアンが話すと、ヴィクターは「救助の映像を見た。あの女性隊員は優秀だ」と述べた。スヤはジアンに「彼女はデス・ゾーンに慣れてる」と言い、シャオタイズの資料を見せた。シャオタイズは2014年にデス・ゾーンで遭難し、生き延びていた。
ジアンはバーテンダーから、ボルダリング・ウォールで自身が残した記録をシャオタイズが抜いたことを知らされた。彼女がエベレストへ戻ると話していたことを聞いたジアンは、空港へ赴いた。シャオタイズはジアンに声を掛けられ、無給でいいのでチームに戻りたいと懇願した。ジアンが「遭難した記事を読んだ。それを引きずってチーム入りを望んでる。誰を捜してるのか知らんが、もう5年前だぞ」と言うと、彼女は「馬鹿なことをしてるのは分かってる。だけど彼を残して行けない」と語った。ジアンはシャオタイズのチーム復帰を許可し、出発時間を伝えた。
翌朝、チーム・ウィングスはスヤとタシを本部に残し、ホーク兄弟と共にヘリコプターでエベレストへ向かった。ベースキャンプの上方5700メートルでヘリコプターは着陸し、ハンは離脱した。ジアンたちはキャンプ3に到着し、テントで休息を取った。ジアンはタシからの電話を受け、指示していた調査結果を聞かされた。タシはマーカスが吸っていた葉巻について、政府職員が買えるような物ではないと報告した。タシが「インド軍の知り合いに聞いたら、ヴィクターとマーカスという人物を派遣したのは事実らしい」と言うと、ジアンは調査の続行を指示した。
シャオタイズはジアンに、捜しているのは恋人のシャウェンだと明かした。2人はエベレストを登っていた時、天候の急変で遭難した。現場に駆け付けた救助隊は、もう助からないと判断してシャウェンを置き去りにした。最後にシャオタイズの手が離れた時、シャウェンの指の動きはモールス信号の2030を意味していた。シャオタイズは意味を調べたが、今も分からないままだった。ジアンは彼女に、「全てを失ったのは自分だけだと思うな。時が癒やしてくれる。受け入れるしかない」と語った。
ジアンがジェームスと準備に向かった後、シャオタイズは衛星電話が鳴っているのに気付いた。彼女が出ると相手はタシで、「ヴィクターたちは偽者だ。本物の遺体が見つかった。あの2人はヒマラヤ地域最大の武器商人の手下で、戦争のきっかけになる文書を狙ってる」と知らせた。ヴィクターは二台目の衛星電話を使い、タシの声を盗み聞きしていた。タシは刺客に殺害され、ヴィクターはシャオタイズを崖から突き落とした。彼はマーカスに、シャオタイズの荷物を始末するよう命じた。
チーム・ウィングスを裏切っていたスヤはヴィクターと連絡を取り、「仲間を殺すなんて契約してない」と抗議する。ヴィクターが「正体がバレたんだ」と言うと、スヤは報酬の値上げを要求した。ジェームスはシャオタイズの名前を呼び、周辺を捜索した。意識を取り戻したシャオタイズは声を発するが、ジェームスには届かなかった。ヴィクターはジアンに、先を急ぐよう要求した。ジアンはジェームスに携帯を預け、シャオタイズが見つかったら追い掛けて来るよう指示した。
ジアンとヴィクターはデス・ゾーンへ向かって歩き出し、ジェームスとマーカスはテントに戻って休息した。翌朝になってシャオタイズは崖から這い上がり、マーカスが寝ている間に携帯を盗んだ。しかしマーカスが目を覚ましたので彼女は殴り付け、テントから飛び出した。ジェームスに声を掛けられた彼女は必死で危機を伝えようとするが、上手く声が出せなかった。ジェームスは襲って来たマーカスと戦い、シャオタイズを逃がそうとする。ジェームスを殺したマーカスはマシンガンを発砲するが、シャオタイズは崖下の穴に隠れた。彼女はハンに連絡するが声が出せず、携帯を叩いてモールス信号を伝える。ハンは意味を理解し、「キャンプ2で落ち合おう」と告げた。そこ携帯の電池は切れ、ハンはスヤに「キャンプ2にシャオタイズを迎えに行く」と知らせた。
キャンプ2に着いたシャオタイズが待っていると、ハンがヘリコプターで現れた。しかしマーカスが来て銃撃し、ヘリコプターは墜落した。ジアンはシャオタイズたちと連絡が取れないため、任務を延期して下山しようとする。ヴィクターは始末しようとするが、ジアンはスヤが隊員を把握していると知って任務を続行することにした。マーカスは重傷のハンに止めを刺そうとするが、シャオタイズが駆け付けて攻撃する。シャオタイズとハンは協力し、マーカスを倒した。
洞窟に避難したハンは、シャオタイズに「スヤに連絡しておいた。異変に気付いて、救助隊を派遣してくれる」と話した。シャオタイズが「あの兄弟をスカウトしたのはスヤよ」と言うと、彼は「スヤを疑うのは。昔からの仲間だぞ」と反発した。ヴィクターはキャンプ4に着くと、ジアンに「俺たちはヒマラヤ生まれ、イギリス人でも地元民でもない雑種だ。ガキの頃から、この世は殺るか殺られるかだと思い知らされた」と語った。「アンタも同類だろ。目的のためなら手段を選ばない。人呼んでヒマラヤの鬼」と彼が言うと、ジアンは「その鬼は死んだ」と口にした。
ヴィクターが「娘さんの件でか。シャオタイズをチームに受け入れる前に、実の娘を鍛えていた」と語ると、ジアンは「間違いだった」と告げる。ヴィクターが話を続けようとすると、彼は「その話はするな。昔のことだ」と苛立った。ハンはシャオタイズに、ジアンが優秀な登山家だった娘を厳しく鍛えていたこと、その娘が単独登山で命を落としたことを教えた。彼は救助隊が来ないと確信し、シャオタイズに自分を置いて下山するよう促した。しかしシャオタイズは墜落機の信号を捉え、その無線を使って助けを呼ぼうと考える…。

脚本&監督はユー・フェイ、製作はLV・ジャンミン&ユー・フェイ&リン・ドーリン&安岡喜郎&ネイサン・ヤン&テレンス・チャン、製作総指揮はテレンス・チャン、共同製作はヤン・ユーミン&パン・グオフェン&ワン・ジャンチャン&チェン・ウェイ&フェン・ティアンキ&ジア・イーフェイ&チャイ・ヨンリャン&ウー・リーファイ、共同製作総指揮はデイジー・チャン&チャン・ジンチュー&ジェリー・レン&ツイ・ホンシャン&ユーノウ・チェン&古賀智盛、撮影はライ・イウフェイ&ダニー・ノワク、編集はデヴィッド・リチャードソン&ジョーダン・ディーゼルバーグ、視覚効果監修はスリ&ユー・ジャン、視覚効果プロデューサーはヴァネッサ・チョウ、美術はパク・イルヒュン&チー・シボー、音楽は川井憲次。
出演は役所広司、チャン・チンチュー、オースティン・リン(リン・ボーホン)、ヴィクター・ウェブスター、ノア・ダンビー、グラハム・シールズ、ババック・ハーキー、プブツニン、ヤン・イー、チェン・ハイリャン、ルー・ジンキ、沖原一生ら。


『フェイス/オフ』や『M:I−2』などハリウッド映画も手掛けたプロデューサーのテレンス・チャンが参加した中国映画。
ゲームのプロデューサーとして活動していたユー・フェイが、初めての映画監督を務めている。
ジアンを役所広司、シャオタイズをチャン・チンチュー、ハンをオースティン・リン(リン・ボーホン)、ヴィクターをヴィクター・ウェブスター、ジェームズをノア・ダンビー、マーカスをグラハム・シールズ、スヤをババック・ハーキー、タシをプブツニンが演じている。

ユー・フェイは自身もクライマーでエベレストに登頂した経験があるらしいのだが、それにしては「エベレストを舐め切ってないか」と言いたくなるぐらいの描写に満ち溢れている。
冒頭で説明されるように、エベレストは大勢の死者が出ている危険極まりない山だ。特に標高が高くなると、普通に歩いたり喋ったりするだけでも難しいような状況に置かれる。
そこで激しいアクションをやるとか、現実的には絶対に無理だ。
どれだけ体力や格闘能力が優れていても、そんなモノは屁の突っ張りにもならないような過酷な環境だ。

なので、この映画のようにジアンたちが激しい戦いを繰り広げるなんてのは、完全なるファンタジーである。
とは言え、あらゆる映画にリアリティーが必要不可欠なのかと問われたら、そういうわけではない。「現実的か否か」という判断基準など完全に度外視した荒唐無稽な作品なんて、世の中には幾らでもあるし、それで何の問題も無いケースもある。
でも本作品の場合、そこまで荒唐無稽に振り切っている方向性が明確に打ち出されているわけではない。
なので、そこでのリアリティー無視は、単純に「ダメな描写」と化している。

冒頭の救助シーンで、「ジアンは普通なら女性隊員は入れないが、臨時で新人を雇った」と説明されている。
でも、そんなシャオタイズに降下しての救助活動を任せて、正規の隊員は全員がヘリコプターで待機しているってのは、どういうつもりなのか。
臨時で新人を雇うにしても、実際に降下して遭難者を救助するのはジアンたちが担当すべきじゃないのか。
最も大事な仕事を初体験の新人だけに任せるとか、正気の沙汰とは思えないぞ。

冒頭で救助シーンを描いて、観客の気持ちを掴もうってのは分かる。ただ、普通に「ピンチに陥るが何とか無事に遭難者を助けて自分たちも脱出する」ってことでいいだろう。
ところが実際には、まるでジアンが死んだかのように見せかけるんだよね。
粗筋ではカットしたが、「ジアンがシャオタイズを抱え込んで雪崩に巻き込まれる」というシーンから3日後に切り替わった時、そこでジアンが死んだかのような表現があるのだ。
すぐに「生きている」とバラすけど、わずかな時間だけジアンが死んだと思わせるドッキリに何の意味があるのかと。それで誰が得をするんだよ。

ジアンはヴィクターの依頼を断るとカットが切り替わり、「店を出たホーク兄弟をジアンが窓から眺める」という様子が描かれる。
では仕事を断ったのかと思いきや、回想シーンが挿入され、「ジアンが断るとヴィクターが報酬の金額を告げ、スヤが説得する」という様子が描かれる。
でも、そこで時系列を入れ替えて、わずかな時間だけ「ジアンが断った」と思わせる意味なんて何も無いだろ。普通に「ジアンが断ろうとするが、スヤの説得で引き受けた」という流れを、そのまんま描けばいいだろ。
そこの順番に捻りを加えても、何の効果も期待できないぞ。

ジアンは仕事を引き受ける一方、ホーク兄弟の調査をタシに指示している。つまり怪しんでいるわけで、それでも仕事を受けるのは何なのかと。
借金の問題があるにしても、相手の素性を疑っているのなら引き受けちゃダメだろ。ホントにヤバい連中だったら、高額の報酬なんて割に合わないぐらいの事態に陥るリスクもあるんだから。
っていうか実際、そうなっちゃってるし。
ジアンは優秀なクライマーという設定だが、チームのリーダーとしては色々と軽率で脇が甘すぎるぞ。

ジアンたちはデス・ゾーンへ向かう時、2つの衛星電話を用意している。1台をジアン、もう1台をヴィクターが持つ。そしてヴィクターはキャンプ3で待機している時、自分の衛星電話を使ってタシの声を盗み聞きする。
そういうことが出来るのは、ジアンだって分かっていたはずだ。
にも関わらず、重要な情報を電話で伝えさせるってのは、あまりにも愚かしい行為だろう。
リーダーか否かということを抜きにしても、「やっぱりジアンはアホすぎる」と感じてしまうぞ。

ウィングスがキャンプ3に到着した後、シャオタイズが星空を眺めていると、星の結晶で出来たような不思議な鳥が飛来する。
この現象は、ただ邪魔なだけだ。VFXを見せたかったのかもしれないけど、そこだけ飛び込んで来る唐突なファンタジーは完全に浮いている。
たぶん実際の風景じゃなくて、シャオタイズが見た幻想という設定なんだろうとは思うよ。
でも、「幻想だったら理解できる」とか、そういう問題じゃないからね。

ヴィクターはジアンたちに仕事を任せるだけでなく、エベレストへ同行する。だけど、そんなの全く必要ない行動でしょ。
ジアンは疑いを抱いて調査させていたけど、ヴィクターは仕事を依頼する時、「相手が自分の目的を知らずに引き受けた」と思っているはず。だったら書類の入手はジアンたちに任せて、下山して戻って来たところを襲って奪い取ればいいでしょ。
もし「相手が怪しんでいるから、その場で書類を奪って始末しよう」という目論見だとすれば、そもそも疑われている時点でアウトじゃないのかと思うし。
っていうかホーク兄弟が同行する展開は、「そこでアクションをさせる」という都合のためなんだよね。
そういう作劇上の都合を隠すための言い訳が、何も用意されていないってことなのよ。

シャオタイズがキャンプ3でマーカスから逃亡を図るシーンでは、背後でマシンガンを構えるマーカスの姿が映る。カットが切り替わると、マシンガンを撃つマーカスがアップになる。
さらにカットが切り替わると休憩中のハンの様子が挿入され、戻って来るとマーカスが崖に近付いている。そこからカメラがグルッと回り込み、崖下の穴に隠れているシャオタイズの姿が映る。
マーカスがマシンガンを撃った時のシャオタイズの動きを描かない演出だが、そこをジャンプ・カットで処理するのは場面の繋ぎ方として明らかに間違いだ。
しかも、単純に「緊迫感や興奮を削いでいる」というだけでなく、どうやってシャオタイズが発砲を回避し、穴に避難できてたのかもサッパリ分からなくなるわけで、二重の意味でマイナスなのよ。

ジアンが任務を延期して下山すると言い出した時、ヴィクターは背後から襲い掛かろうとする。それは明らかに殺すための行動だが、アホ満開なのかと。
目的地へ到達して無事に書類を手に入れるため、ジアンたちを雇ったんだろうに。そこでジアンを殺したら、その作戦が台無しになるだろうに。
っていうか、ジアンたちがいなきゃホーク兄弟がエベレストでは何も出来ないのかというと、そんな感じも無いぞ。
なので、わざわざ部外者を雇うリスクを背負うより、最初からテメエらだけで行けば良かったんじゃないのかと言いたくなる。

実際、デス・ゾーンが近付くと、ヴィクターはジアンが同じ場所を回って時間稼ぎしていると決め付け、始末しようとするからね。ってことは、1人でも大丈夫ってことじゃねえか。
しかも銃が凍り付いて撃てないんだから諦めてジアンと一緒に行けばいいのに、なぜか襲い掛かるんだよね。ジアンが攻撃してくるから返り討ちにしようってことで戦うならともかく、そうじゃないのでアホにしか見えない。
無駄に時間を浪費している暇があったら、さっさと目的地を目指せよ。
サミットまで時間が無いから、マーカスの無事も確認せずに早く行くようジアンを急かしていたんだろうに。

(観賞日:2023年12月9日)

 

*ポンコツ映画愛護協会