『アップサイドダウン 重力の恋人』:2012、カナダ&フランス

アダムの住む惑星には、2つの重力がある。双子の惑星が太陽の周囲を公転し、それぞれが独自の重力を持っている。全ての物質は、それが所属する世界だけの重力を受ける。逆物質を使えば両方の世界を行き来することが出来るが、数時間で燃え始めてしまう。両世界の接触が禁じられていた時代、上の世界には富裕層が住み、下の世界には貧困層が住んでいた。2つの世界は、トランスワールド社という上の世界の巨大企業によって繋がっている。トランスワールド社は下の世界の石油を安く買い叩き、電力に替えて高く売却している。
アダムは両親をトランスワールド社の製油所で起きた事故によって失い、孤児院で暮らしていた。ある週末、アダムは唯一の身内である叔母のベッキーを訪ねた。ベッキーはパンケーキを作る時、いつもピンクパウダーを入れる。それを使うと重力が軽減され、パンケーキが空を浮遊するのだ。ピンクパウダーの秘密は、アダムの家に昔から伝わるものだった。ピンクパウダーの採取できる山には蜜蜂が生息しており、両方の世界の花粉を運んでいる。
アダムは上の世界を眺めるために、山へ登った。彼が紙飛行機を飛ばすと、上の世界に住むエデンという少女が拾った。アダムはエデンに声を掛け、こうして2人は知り合った。その後も2人は交流を続け、密会を繰り返して歳月が過ぎた。アダムはロープを使ってエデンを下の世界へ引っ張り、デートを楽しんだ。警備隊が迫っていることに気付いたアダムは、エデンを上の世界に戻そうとする。しかし警備隊の発砲を受けたアダムはロープから手を放してしまい、エデンは地面に落下した。ベッキーは家を焼かれ、警察に連行された。
10年後、アダムは仲間のアルバートやパブロの協力を得て、ピンクパウダーを使った美容クリームを開発していた。それを使えば弛んだ皮膚が元通りになるのだが、まだ完成には至っていなかった。そんな中、テレビではトランスワールド社で働く下世界の人間を決める最終選考の中継が放送される。その選考を担当するのがトランスワールド社の社員となったエデンだと知り、アダムは驚いた。死んだと思っていたエデンが生きていたので、アダムは喜んだ。
アダムは美容クリームをトランスワールド社に売り込み、新入社員として採用される。ただし上司のラガヴーリンからは、上世界の社員との接触が禁じられていることを聞かされる。さらにラガヴーリンは、上世界の物質を使うアダムが退社時に体重を検査され、持ち出しが発覚すれば刑務所行きになると警告した。アルバートがトランスワールド社への入社に反対するので、アダムは「ベッキーのパウダーを売るのに奴らを利用するのが目的だ」と助力を求めた。
アダムは知らなかったが、エデンは転落事故のせいで記憶を失っていた。たまに見る夢に過去の記憶らしき断片が混じるが、それが事実かどうかは分からなかった。アダムは上の世界の社員であるボブと親しくなり、喫煙室で2人きりになった。ボブは切手のコレクターで、下の世界の切手を欲しがった。アダムは手に入れることを約束し、エデンの情報を調べてほしいと依頼した。アダムは研究のために会社から与えられた逆物質を使い、エデンと会うための準備を密かに進めた。
アダムは逆物質を体に巻き付け、上の世界に侵入した。デザイン部を訪れたアダムはエデンを見つけ、笑顔で声を掛けた。初対面の反応だったのでアダムが困惑していると、エデンの同僚であるポーラが「彼女は記憶を失ってるのよ」と教えた。アダムはピンクパウダーの効力をエデンに披露し、会話を交わす。逆物質が熱を帯び始めたため、アダムはトイレへ駆け込んで水で冷やした。小便をすると天井へ放出され、警報器が鳴り響いたので、アダムは慌てて逃げ出した。
ラガヴーリンの秘書であるマグワイアは、臨床実験の対象者となる下世界の女性たちのリストをアダムに渡した。解雇者の通告が行われ、その中にはボブも含まれていた。ボブはアダムに餞別として自分のIDやボールペンを渡し、会社を去った。エデンはボブのデスクに電話を掛け、「どうしたの、急にいなくなって」と言う。受話器を取ったアダムが適当に誤魔化すと、エデンは「チャンスをあげるわ」と明日のランチに誘った。
アダムは上の世界へ行き、ボブのIDを使って会社の外へ出た。彼はカフェへ行き、エデンに「本当に覚えてない?付き合ってたんだ」と手を握る。するとエデンは顔を歪めて「やめて」と告げ、店を去ろうとする。アダムは慌てて「違うんだ、僕らはエレベーターで会って、君が落とした書類を僕が拾って」と釈明し、エデンは機嫌を直して一緒に食事を取った。ランチを終える頃には、アダムが靴に仕込んだ逆物質が燃え始めていた。エデンと別れた後、アダムは川へ飛び込んだ。彼は靴を捨て、下の世界へと移動した。
美容クリームの社内発表会が開催され、臨床実験の効果に出席者は拍手を送った。会場にエデンが現れたので、アダムは慌てて顔を隠そうとする。しかし気付いたエデンに質問され、本名を明かさざるを得なくなった。アダムは会場を走り去ったエデンを追い掛け、上の世界へ走った。ゲートを突破したために警報が鳴り響き、警備員に追われるが、アダムは何とか撒いた。一方、自宅に戻ったエデンは、少女時代にアダムと会ったことを思い出していた…。

監督はフアン・ソラナス、脚本はフアン・ソラナス、翻案&台詞はフアン・ソラナス&サンチャゴ・アミゴレーナ&ピエール・マニ、製作はクロード・レジェ&ジョナサン・ヴァンガー&アトン・スマーシュ&アレクシ・ヴォナール&ディミトリー・ラッサム、共同製作はフレデリック・デュマ&グリゴリー・メリン、製作総指揮はジェームズ・W・スコッチドープル&ジョルジュ・ダヤン&エミール・アムゼラグ&フィル・ホープ、撮影はピエール・ギル、編集はポール・ジュトラ、美術はアレックス・マクダウェル、VFXスーパーバイザーはフランソワ・デュムラン、音楽はブノワ・シャレスト、追加音楽はマーク・アイシャム。
出演はジム・スタージェス、キルステン・ダンスト、ティモシー・スポール、ブル・マンクマ、ニコラス・ローズ、ジェームズ・キドニー、ヴラスタ・ヴラナ、ケイト・トロッター、ホリー・オブライエン、エリオット・ラーソン、モラーヌ・アルカン、ジャニーン・セリオールト、ヴィンセント・メッシーナ、コール・K・ミッケンジー、ポール・アーマラニ、キャロリン・ギレ、パブロ・ヴェロン、ドン・ジョーダン、エドワード・ランガム、ホールデン・ウォン、キア・カトラー、アレックス・ビスピン、ジョージ・マンティス、ジェシー・シャーマン他。


2005年の『Nordeste』でシカゴ国際映画祭ニュー・ディレクターズ・コンペティションのゴールド・ヒューゴ(最優秀作品賞)候補になるなど高い評価を受けたフアン・ソラナスが、ドキュメンタリー作品を挟んで次に手掛けた2本目の長編劇映画。
ちなみにアン・ソラナスの父親は、『タンゴ ガルデルの亡命』でヴェネチア国際映画祭審査員特別大賞とイタリア批評家賞、『スール/その先は…愛』でカンヌ国際映画祭監督賞、『ラテン・アメリカ/光と影の詩』でカンヌ国際映画祭フランス映画高等技術委員会賞を獲得しているフェルナンド・E・ソラナスである。
アダムをジム・スタージェス、エデンをキルステン・ダンスト、ボブをティモシー・スポール、アルバートをブル・マンクマ、パブロをニコラス・ローズ、ラガヴーリンをジェームズ・キドニーが演じている。

まず観客に求められるのは、「考えるな、感じろ」の精神だ。
科学的なことを真面目に考え始めると、ツッコミ所は満載だ。
「それぞれの惑星は自転していないのか」「ぶつかることは無いのか」「ロープで引っ張れば反対の世界へ連れて来られる程度の重力しか無いのなら、両方の世界を行き来するのはそんなに難しくないんじゃないか」など、序盤から気になることは多い。
どうやら科学考証に関しては、マトモにやっていないようだ。

「全てはファンタジーの世界であり、本格SFではないので」ということで科学考証に固執しないのであれば、それはそれで別に構わない。
ただし、ファンタジーってのは「何をやっても許される」ということではない。ファンタジーとして構築するにしても、「ファンタジーとしてのルール」が必要なのだ。
しかし本作品は、その時の都合に応じてルールが無視されたりアバウトになっていたりする。
ちゃんと統一感を持たせることが出来ないのなら、中途半端にルールを設定しちゃダメでしょ。

例えば、アダムは逆物質を体に巻き付けることで上の世界の重力をコントロールするけど、ズボンに突っ込んでいたネクタイが出ると上に持ち上げられる。だったら、スーツの先端が重力によってヒラヒラしないのは何故なのか。髪の毛が逆立つことが無いのは何故なのか。ずっと逆さまでいたら頭に血が昇りそうなのに平然としているのも不可解だ。
また、上の世界で時間が来るとアダムの靴が燃え始めるけど、スーツやネクタイは全く燃えないし、彼の体も燃えない。アダムが上のカフェで食べた物も、後で燃えたりしない。逆物質が熱くなったら水を掛けて冷ましているが、その水だって上の世界の物質だから、後で熱に代わるはずでしょ。蒸発するから大丈夫ってことなのか。
そんな風に、色々と引っ掛かる点が多い。
「逆物質が熱を持つ」ってのが、「そのせいでアダムは長く上の世界にいられない」という状況を作り出すために用意された設定であることは百も承知だが、それでもルールが統一されていれば構わない。
しかし、あまりにもアバウトなので、受け入れることは難しい。

ハッキリ言って、設定だけで終わっている映画である。
つまり「逆さまに存在する2つの世界」という設定、その映像表現だけを堪能して下さいという映画だ。
しかも困ったことに、その設定や映像だけで「映像作品」としての面白さがあるのかというと、それも物足りなさを感じるレベルになっている。
世界観や映像で観客を引き付けたいはずなのに、導入部のインパクトが弱い。一応は双子惑星が描写されるが、そんなに強烈なインパクトや新鮮味を感じない。

アダムが働くトランスワールド社のオフィスは、「下の世界の面々は普通に働いていて、その天井は逆さま世界になっていて上の世界の社員たちが働いている」という状態になっている。
つまり、そのフロアは、ちょうど上世界と下世界の境界線に位置しているってことだ。
そういう「室内のシーンで、ものすごく近い距離なのに天井にも反対の重力が存在している」という描写が出て来た時に、ようやく「2つの重力が存在する世界」という映像的な面白さが感じられるんだよね。
導入部では全く感じなかった「絵としての強さ」を、そこで初めて感じることが出来るのだ。

ただし、アダムが働くフロアに2つの重力が存在しているのは理解できるんだけど、エデンが利用しているカフェ&ダンスホールの描写は良く分からない。
カクテルを飲むシーンでは、下向きに置かれたカクテルグラスをそのまま持ち上げ、そこに入っているカクテルを飲むが、それは「全て下の世界の材料で作られたカクテル」ということなのか。
だとしたら、それを飲んだら胃の中で発熱して燃え出すだろ。
それと、エデンがダンスホールでタンゴを踊るシーンでは、天上には逆さまの人々が踊っているんだよな。そこは上の世界なんだから、反対の重力は存在しないはずだけど。

一番の、っていうか唯一と言ってもいいセールスポイントである「2つの世界の映像表現」からして、導入部の力が弱いのだから、それ以外の要素に関しては言わずもがなだろう。
そんな双子惑星を使った恋愛劇が描かれているが、まあ引き付ける力の弱いことといったら。
根本的な問題として、「障害のある2人の恋愛」を応援する気持ちが湧かない。
まず、出会いのシーンがサラッと描かれた後、すぐに成長した2人に移ってしまうので、「何年にも渡って2人が禁断の恋を育んできた」という印象を受けない。
それなら、いっそのこと「既に何年も前から交際を続けている2人」ということで、成長した状態から始めても全く違いは無い。

わざわざ12歳のシーンから開始し、出会いを描くのであれば、そこに大きな意味を持たせるべきだ。
しかし実際には、出会いのシーンは単に「上の世界は逆さまだけど、下の世界から飛行機を飛ばしたら届く距離」ということを示すだけのモノになっている。
むしろ、10年後に移るのではなく、アダムとエデンが知り合ってから禁断の恋を育む経緯に時間を使って丁寧に描写し、事故が起きたら10年後に移らず、すぐに「アダムがエデンを云々」という展開にした方が良かったんじゃないか。
10年の時間経過を挟むこと自体、ほとんど意味が無いし、効果的でもないと感じるのだ。どうせ10年後に移った後、「エデンが死んだと思い込んでいるアダムが、そのことを今も引きずっている」という手順を挟まず、すぐに「エデンが生きていると知って喜ぶ」という展開に入っちゃうし。

だから、10年のスパンってのが「アダムがピンクパウダーの美容クリーム開発を始めている」というトコぐらいにしか意味合いを持っていないのだ。
それなら、最初から「アダムは美容クリームの開発をしている男で、エデンはトランスワールド社の社員」という関係として接触させて、そこから「2人が数ヶ月ぐらいの期間で愛を育むけどトラブルが起きて、アダムがエデンを救うため、もしくは再会するために危険を冒して上の世界へ向かう」みたいな展開にでもすればいい。
この映画における歳月の経過は、2人の恋愛劇を盛り上げるためには機能していない。
「10年も会っていなかった」というのは、アダムとエデンの恋に取って何の障害にもなっていない。

それと、アダムが警備隊に捕まった後、ベッキーの家が焼かれて彼女が連行されると、「アダムのせいじゃねえか」と言いたくなるのよね。実際、アダムのせいだし。
つまり、そこまでは説明が無かったけど、上の世界の住人と接触するのは大きな罪であり、本人だけでなく身内も罪に問われるってことなんでしょ。
だったら、アダムは「もしバレたらベッキーにも迷惑が掛かる」ってことを常に考えているべきだろうに、そういう意識が全く言及されていないんだよね。
後で「ベッキーのことは忘れていない。彼女のパウダーを売り込むために会社を利用する」と言ってるけど、そんなのは建前で、ホントはエデンに会いたいだけだし。ベッキーは完全に「無駄死に」だよ。

序盤でトランスワールド社が石油を高く売っていることがナレーションによって説明されるので、石油会社なのかと思いきや、複合企業という設定らしい。
だとしても、アダムが美容クリームのアイデアを売り込んで、即座に社員として採用されるってのは、あまりにも都合が良すぎる。
しかも、まだ仮契約のサインをしていない段階で、もう「新入社員」として普通に会社へ入ることが出来て、しかもデスクまで用意されているのは変だろ。
あと、両方の世界を牛耳るほどの巨大企業なのに、警備体制がユルすぎるだろ。

これといったきっかけがあったわけでもないのに、あっさりとエデンは記憶を取り戻す。「エデンが記憶を失っている」という要素も、やはり2人の恋愛劇を盛り上げるための要素としては有効活用されていない。
そして、何の前触れも無いリック・スタイナーの投げっ放しジャーマンのように、強引な形で恋愛劇を片付ける。
「2人の成し遂げたことは大きい。永遠の愛が世界を変えた」とナレーションで言っておきながら、具体的に何を変えたのかは「それはまた別の話」で終わらせてしまう。
そこを「ビリー・ワイルダーの『あなただけ今晩は』に対するオマージュなのね」ってことで、好意的に受け止めるのは無理だぜ。

(観賞日:2015年4月23日)

 

*ポンコツ映画愛護協会