『ヴィジット』:2015、アメリカ

15歳のベッカ・ジェイミソンと弟で13歳のタイラーは、ママと3人で暮らしている。ママは高校卒業前に代替教師のコリンと結婚し、両親と険悪になった。19歳で家を出て以来、ママは両親と全く話していない。ママはコリンと10年間暮らして、ベッカとタイラーを産んだ。しかしコリンは他の女と駆け落ちし、ママや子供たちと縁を切った。最近になって、ネットでママを見つけた祖父母が連絡を寄越し、孫と1週間過ごしたいと言って来た。ベッカとタイラーが行きたがるので、最初は反対したママも承知した。
ベッカは記録映画を撮るため、カメラを回した。ベッカにはミゲルという恋人がおり、ベッカとタイラーはカリビアン・クルーズに行くよう勧めた。月曜日、ベッカとタイラーはペンシルバニア州メイソンビルに到着し、祖父母のフレデリック・スペンサーとマリア・ベラに会った。祖父母の家に着いたタイラーは、得意のラップを披露した。祖父は2人に、「地下室はカビだらけなので入らないように」と告げた。電波は圏外で、スマホが使えなかった。
ベッカはタイラーをB班のカメラマンに指名し、安価で手に入れたカメラを渡した。外に出たタイラーは、祖父が納屋に入って出て来る姿を目撃した。タイラーは遠くから呼び掛けるが、祖父は何の反応もしなかった。夜、ベッカがノートパソコンで作業をしていると、祖父が来て「我々は年寄りだ。9時半にはベッドに入ってくれ」と述べた。ベッカは消灯が早すぎて眠れず、クッキーを取りに行こうとする。しかし廊下で激しく嘔吐する祖母を見た彼女は、慌てて寝室に戻った。
火曜日、ベッカとタイラーは床下に潜り込み、かくれんぼを始めた。すると祖母が現れ、唸り声を発しながら勢い良く追い掛けて来た。ベッカとタイラーが急いで床下から脱出すると、祖母は笑いながら「チキンポットパイを作るわよ」と告げた。祖父母の外出中、に医師のサムが訪ねて来た。ベッカが応対すると、サムは祖父母が相談員のボランティアを無断欠席したことを話した。「祖父母は元気です」とベッカが語ると、サムは「良かった。病院で騒動があったと伝えて」と言って立ち去った。
タイラーは祖父が出て行くのを確認し、納屋に忍び込んだ。大量の使用済みオムツが置いてあるのを見つけたタイラーは、慌てて納屋から飛び出した。そこに祖母が現れ、祖父は失禁症なのだと説明した。彼女はタイラーに、「オムツを納屋に隠して、後で燃やすのよ。きっと恥てるんだわ」と述べた。ベッカとタイラーは祖父の運転する車に乗り、街へ出掛けた。祖父はメイプル・シェイド病院の前を通った時、火曜日と木曜日に相談員をしていることを話した。
車を降りた祖父は、急に「あの男がずっと見てる」と言い出した。タイラーは「見てないよ」と否定するが祖父は受け入れず、いきなり男に「尾行しやがって」と襲い掛かった。ベッカが慌てて止めに入ると、祖父は「勘違いだ」と口にした。夜、ベッカとタイラーは祖母が全裸で壁を引っ掻く姿を目撃した。水曜日、祖父はベッカから昨晩の出来事を聞かされ、祖母は日没症候群という認知症で夜に症状が出ると説明した。彼が「9時半以降は部屋を出ない決まりにしよう」と提案すると、ベッカは承諾した。
ベッカは祖母から、「パソコンにバターをこぼしたのでクリーナーで拭き取った」と謝罪される。カメラが使えなくなったが、タイラーが「変だと思わないか」と疑問を呈してもベッカは「ただの事故よ」と軽く受け流した。ベッカとタイラーはクルーズ中のママとビデオ通話し、祖父母が変な行動を取ることを語った。ママは「年なのよ」と言い、さらに「昔から変人夫婦なの」と述べた。祖母はインタビューをベッカに求められ、オーブンを掃除させた後で承諾した。最初は質問に答えていた祖母だが、ママについて問われた途端、異常に嫌がって「もう映画には出ない」と言い出した。夜、ベッカとタイラーは、祖母が両手を後ろに組んで走り回ったり、床を這って近付いて来たりする様子を目撃した。
木曜日、タイラーはベッカに、「この家は変だ。地下室に何か隠されてるかもしれない」と話す。彼は地下室の捜索を主張するが、ベッカは却下した。祖父母の外出中、ステイシーという女性が訪ねて来た。彼女は更生施設の相談員として祖父母の世話になった話し、手作りのパイをベッカに渡した。ベッカは祖母がスカーフで自分の口を塞ぐのを見て、慌てて止めた。彼女は納屋へ行き、祖父に「おばあちゃんが変なの」と訴える。祖父は銃の手入れをしており、淡々と「後で様子を見る」と告げた。
ベッカはタイラーの提案を受け入れ、リビングにカメラを隠して撮影することにした。深夜、徘徊していた祖母はカメラを発見し、それを持ったまま包丁を握った。途中でカメラを捨てた彼女は、ベッカとタイラーの寝室のドアを激しく叩いた。金曜日、ベッカはタイラーに「滞在は今夜で終わり。2人を避けるのよ」と告げた。しかし彼女は祖父母に声を掛け、インタビューを申し込んだ。祖父はベッカに、「工場勤務の頃、白い物が走り回るのを見た。皆に話したが信じてもらえず、クビになった」と語った。
ベッカはタイラーに、祖父は遅発性統合失調症だと述べた。彼女は祖母にインタビューするが、やはりママに関する質問は避けられた。ベッカとタイラーはママとのビデオ通話で、祖父母が変だから今日中に迎えに来てほしいと頼んだ。タイラーが祖父母の様子を見せると、ママは顔を強張らせて「あれは両親じゃなくて別人よ」と口にした。彼女は警察署に連絡するが、留守電になっていた。ママは子供たちに、「車で向かうから近所の家に行って」と指示した…。

脚本&監督はM・ナイト・シャマラン、製作はマーク・ビエンストック&M・ナイト・シャマラン&ジェイソン・ブラム、製作総指揮はスティーヴン・シュナイダー&アシュウィン・ラジャン、撮影はマリス・アルベルティー、美術はナーマン・マーシャル、編集はルーク・シアオキ、衣装はエイミー・ウエストコット、音楽監修はスーザン・ジェイコブス。
出演はオリヴィア・デヨング、エド・オクセンボウルド、ディアナ・ダナガン、ピーター・マクロビー、キャスリン・ハーン、セリア・キーナン=ボルガー、サミュエル・ストリクレン、パッチ・ダラー、ホルヘ・コルドヴァ、スティーヴ・アナン、ベンジャミン・ケインズ、オーシャン・ジェームズ、シーマス・モロニー。


『エアベンダー』『アフター・アース』のM・ナイト・シャマランが脚本&監督を務めた作品。
ベッカをオリヴィア・デヨング、タイラーをエド・オクセンボウルド、祖母をディアナ・ダナガン、祖父をピーター・マクロビー、ママをキャスリン・ハーン、ステイシーをセリア・キーナン=ボルガー、列車の車掌をサミュエル・ストリクレン、サムをパッチ・ダラー、ミゲルをホルヘ・コルドヴァ、路上で祖父に襲われる男性をスティーヴ・アナンが演じている。

1999年の『シックス・センス』が世界的にヒットして注目を浴びたM・ナイト・シャマランだが、その後のキャリアが順調とは言えない。
むしろ新しい映画を撮る度、順調に評価を下げて来たと言ってもいいぐらいだ。
2006年の『レディ・イン・ザ・ウォーター』では酷評を浴びただけでなく、興行的にも大失敗に終わった。
さらに、それまでオリジナル脚本でサスペンスやスリラー系映画を撮ってきた彼が初めて冒険ファンタジーに挑んだ『エアベンダー』も、SF映画『アフター・アース』も、どちらも酷評を浴びてコケた。

そんな風に長きに渡る低迷期が続いていたM・ナイト・シャマランだが、久々にスリラー映画に戻って来た本作品は「復活の狼煙」ってな感じで、高く評価する批評家も決して少なくなかった。
だけどねえ、これも普通にポンコツだと思うぞ。
あまりにもドイヒーな出来栄えだった『エアベンダー』と『アフター・アース』がメジャー会社の大作だったのに対し、これは小規模なスリラー映画だったので査定のハードルが下がっただけじゃないかと。

粗筋を読んだだけでは分かりにくいかしれないが、これはPOVの手法を採用している。
もうPOV映画という時点で「ついにそのジャンルに手を出してしまったのね」と。
どんどん評価が下がる中で焦りはあっただろうし、ギミックに頼りたくなるのは分からんでもない。でもPOVって、「頼みの綱」に出来るようなギミックじゃないんだよね。
むしろ、POVを使ってホントに面白い映画を撮った監督って今までに存在したかなあ。ちょっと考えてみたけど、私は1人もパッと思い浮かばないなあ。

POV映画の批評では何度も書いて来たので自分でもウンザリするぐらいだが、「どんな状況でもあろうと撮影者がカメラを回し続けるのは不自然」という問題がある。この問題を綺麗に解消できている作品を、記憶している限りでは、私は今までに見たことが無い。
もちろん説明不要だろうけど、この映画でも全く解消できていない。そう感じる箇所は幾つもあるけど、例えば祖母がスカーフで口を塞いだ時でも、ベッカは止めながらカメラを回し続ける。地下室で祖父に襲われる時も、やはりカメラを回し続ける。
全力で助けようとするべき状況、全力で逃亡を図る状況においても撮影を続行するって、どんだけジャーナリスト精神の強いガキなんだよ。

POV映画の場合、「カメラを回している撮影者は基本的に画面に映らない」という問題がある。たまに自撮りをすることもあるけど、基本は誰か他の人物や別の場所を撮ることを目的としているからね。
なので、この作品だとベッカがほとんど画面に映らないことになる。それは避けたかったのか、シャマラン監督はベッカの出番を増やすために2つの方法を用意している。
1つ目は、タイラーにもカメラを担当させるという方法だ。カメラが2台になればベッカを映すことも出来るのだが、途中でカットが切り替わることが何度も起きている。
これはPOV映画という仕掛けの意味が薄れることに繋がる。

もう1つは、ベッカがカメラを近くに置いて撮影する箇所を増やすという方法だ。こうすればベッカも映り込むことが可能になる。
しかし、こちらにも「その位置にカメラを置いて撮っているのは不自然だと感じるケースか何度もある」という問題が起きている。
例えば自分とタイラーの背後にカメラを置き、背中越しに自分たちとパソコンの画面に映るママを捉えるカット。
そこまでアングルにこだわって、この状況をカメラに収める必要が本当にあるのかと。

「撮影する必要性」を感じる箇所は、ホントに幾つもあるんだよね。ベッカは記録映画を撮影している設定なのだが、どういうテーマを持って臨んでいるのかと。
「記録映画を撮っているから」ってのを免罪符にして、なんでもかんでも撮っていることを納得するのは難しい。
例えば、窓から夜空を捉えるカットが入り、その後に10時23分を示すデジタル時計を映しながらベッカが喋るカットを入れる。でも、そこで夜空の挿入は、どう考えても不自然でしょ。最初から「夜空から入って」という構成を描いていたってことなのか。
っていうか、そもそもクッキーを取りに行く一部始終を撮ろうとしている時点で不自然だし。

「カメラを2台使っているから」ってのを抜きにしても、この映画は「POVなのにやたらとカットを割っている」という問題がある。会話の流れからすると1カット長回しじゃないと変なのに、途中でカットが切り替わる箇所もある。
これはPOV映画として、かなり不自然だと言わざるを得ない。
とは言え、「後からベッカが編集した映像を観客は見ている」と解釈すれば、その謎は解ける(っていうかネタバレになるが、実際にそうなのだ)。
だが、それによって別の問題が生じる。それは「つまり何があろうとベッカとタイラーは無事に生き残る」ってのが最初から分かり切っているという問題だ。
それはスリラー映画として、致命的な欠点と言ってもいいだろう。

ベッカとタイラーが祖父母の家に滞在している間、何度も恐ろしい出来事は起きているはずだ。
祖母が包丁を握って自分たちの部屋に押し入ろうとする様子も、映像で確認できたはずだ。
にも関わらず、姉弟はママに「早く迎えに来て」と訴えることも無ければ、そこから逃亡を図ることも無いまま、滞在予定の最終日まで過ごしている。
しかも、祖父母に怯えながら過ごしている様子も薄く、落ち着いて冷静に同居している。

ひょっとしてベッカたちは、祖父母がボケているだけで、自分たちに危害を加えることは無いだろうとでも思っているのか。
だけど、あれだけの出来事が起きているのに、そんな風に楽観視できるかね。危機感が欠如していて、恐怖に対して鈍感すぎるだろうに。
あと、ベッカとタイラーが怯えないと、観客が恐怖を感じにくいって部分にも繋がるのよね。
そういう意味でもマイナスだし、子供たちを落ち着いて行動させていることのメリットって何も無いでしょ。

しかも、ママの証言で「祖父母が偽者」と判明し、近所の家へ逃げるよう指示された後も、その通りにしないんだよね。
偽者の祖父母からボードゲームに誘われるという展開はあるけど、その後には逃げるチャンスもありそうなのよ。
だけどベッカは「本物の祖父母がいるかもしれない」ってことで、地下室へ行くんだよね。どんだけ余裕があるんだよ。
本物の祖父母の遺体を発見した直後に偽者の祖父が現れると、ようやくベッカは怯えた様子を見せるけど、前述したようにカメラを回す様子はあるし。

全てが終わった後、「記録映画のエンディング」という設定で、タイラーがノリノリで軽快なラップを披露する様子がエンドロールとして使われている。
偽者の祖父母に殺されそうになる出来事を体験した後なのに、何も無かったかのように明るく元気なのよね。どういう神経をしているんだよ、この姉弟は。
あとさ、偽者カップルが本物のを殺して祖父母に成り済まし、ベッカとタイラーを騙して呼び寄せた理由って何だったのよ。
殺すつもりがあったのなら、滞在の最終日まで生かしておく意味もサッパリ分からんし。

(観賞日:2024年12月2日)

 

*ポンコツ映画愛護協会