『悪魔のいけにえ』:1974、アメリカ

1973年8月18日、テキサスで墓荒らしの事件が起きた。未明に市民からの通報を受けて墓地へ駆け付けた保安官は、死体を使って作られたグロテスクなモニュメントを発見した。捜査の結果、消えた死体は12体を超えていた。頭部や手足を切断された死体も、無傷な死体もあった。墓荒らしが続発していることについて、保安官は多くを語らなかったが、他の州の事件との関与を裏付ける確証を得た。
サリー、ジェリー、フランクリン、カーク、パムの5人は、夏休みを利用してドライブに出掛けた。サリーの兄であるフランクリンは下半身が麻痺しており、車椅子を使っている。田舎道を走っているとがヒッチハイカーの若い男が現れたので、5人は同乗させることにした。薄汚い格好をした男は屠殺場で働いていたことを語り、殺害した家畜の写真を嬉しそうに見せた。彼はフランクリンのナイフを奪い取り、自分の掌を切り付けて笑った。
ヒッチハイカーは家まで送ってほしいと求めるが、サリーたちは気味悪がって「急ぐから」と断った。すると彼はカメラを取り出してフランクリンを撮影し、2ドルを請求した。フランクリンは渡された写真を返し、支払いを拒んだ。すると男は写真に粉を落として火を付け、フランクリンの腕にナイフで切り付けた。サリーたちは慌ててヒッチハイカーを車から追い出し、置き去りにして逃走した。
一行はガソリンスタンドに立ち寄るが、店主は「ガソリンは無い。届くのは夕方だ」と告げる。フランクリンは丘の上にある旧宅へ行こうと考えていたが、店主は「古い家には立ち寄るな。危ない目に遭うぞ」と警告した。一行はサリーとフランクリンが幼少時代を過ごした家を訪れた。今は誰も済んでおらず、廃屋となっている。小川で泳ぐために出掛けたカークとパムは民家を発見し、ガソリンを分けてもらおうと考えた。2人が近付くと、庭には自家発電機があった。
カークは玄関のドアをノックするが、返事が無かった。鍵が開いていたので、カークはパムを残して中に入った。突然、奥から皮の仮面を付けた大男が現れ、カークの頭を金槌で頭を殴り付けた。カークが戻って来ないので、心配になったパムは家に足を踏み入れた。屋内の異様な装飾に恐怖を覚えた彼女は、急いで外へ出ようとする。そこへ仮面の男が現れ、彼女を捕まえた。男はパムを食肉解体室に連れ込み、太い鉤針に彼女の背中を突き刺して吊り下げた。そしてチェーンソーのスイッチを入れ、カークの死体に向かった。
カークとパムの帰りが遅いため、ジェリーは2人を捜しに行く。民家に足を踏み入れた彼は、食肉解体室の貯蔵庫に閉じ込められているパムを発見した。その直後、仮面の男が現れ、金槌でジェリーを殴り倒した。日が暮れても3人が戻らないので、サリーは捜しに行くことにした。フランクリンは「やめた方がいい。もう少し待とう」と反対するが、サリーの考えが変わらないので同行することにした。
フランクリンは懐中電灯で前方を照らし、サリーが車椅子を押して移動していると、いきなり仮面の男が出現してチェーンソーで襲って来た。サリーは悲鳴を上げ、フランクリンを置き去りにして走り去る。フランクリンの体を切り刻んだ男は、チェーンソーを振り回してサリーを追い掛けた。民家に駆け込んだサリーが2階へ駆け上がると、男女のミイラが椅子に座っていた。窓から飛び出したサリーは、ガソリンスタンドに逃げ込んで店主に助けを求める。だが、店主はサリーを殴り倒して麻袋に入れ、あの民家に連れ込んだ…。

製作&監督はトビー・フーパー、原案&脚本はトビー・フーパー&キム・ヘンケル、製作総指揮はジェイ・パースレイ、製作協力はキム・ヘンケル&リチャード・サインズ、撮影はダニエル・パール、編集はサリー・リチャードソン&ラリー・キャロル、美術はロバート・A・バーンズ、音楽はトビー・フーパー&ウェイン・ベル。
出演はマリリン・バーンズ、アレン・ダンジガー、ポール・A・パーテイン、ウィリアム・ヴェイル、テリー・マクミン、エド・ニール、ジム・シードウ、ガンナー・ハンセン、ジョン・デュガン、ロバート・コーティン、ウィリアム・クリーマー、ジョン・ヘンリー・フォーク、ジェリー・グリーン、エド・グイン、ジョー・ビル・ホーガン、ペリー・ロレンツ他。
ナレーターはジョン・ラロケット。


トビー・フーパーの商業映画デビュー作にして代表作。
エド・ゲインによる殺人事件をモチーフにしたとも言われているが、トビー・フーパーはそういう意識で作ったわけではなかったらしい。
サリーをマリリン・バーンズ、ジェリーをアレン・ダンジガー、フランクリンをポール・A・パーテイン、カークをウィリアム・ヴェイル、パムをテリー・マクミン、ヒッチハイカーをエド・ニール、ガソリンスタンドの店主をジム・シードウ、レザーフェイスをガンナー・ハンセン、2階の老人をジョン・デュガンが演じている。

この映画では「レザーフェイス」というホラー・モンスターが有名だが、イカれているのは彼だけではない。最初は仮面の怪人だけが恐怖の殺人鬼なのかと思わせておいて、次から次へと狂った仲間たちが現れる。
そいつらが全員、家族と来たもんだ。
しかも、狂っているのは「レザーフェイスと家族たち」だけではない。
襲われてヒステリックに泣き叫ぶヒロインでさえ、狂気の世界に入り込んでしまう。

行き過ぎると「ただ分かりにくいだけ」になってしまうところを、絶妙な塩梅で盛り込まれる不条理。凄惨でありながら、グロテスクに成り過ぎない巧妙な残酷描写。
紙一重の辺りで上手く散りばめられている、滑稽なエッセンス。明らかに虚構の世界でありながら、不思議と醸し出されるリアリズム。
薄汚くて下品な存在で満ちているのに、目を引き付けてしまう乾いた映像。視覚だけに頼るのではなく、聴覚と想像力に訴え掛けて恐怖を煽る定石破りの演出。
それらが組み合わさり、スラッシャー映画の金字塔が出来上がった。

「滑稽なエッセンス」と上述したが、実は本作品、良く考えると喜劇チックな描写が色々と盛り込まれている。
例えば、レザーフェイスがサリーを追い掛け回すシーン。「なげえよ」とツッコミを入れたくなるぐらい、かなり長く続く。
ガソリンスタンドの店主がサリーを麻袋に入れて運ぶシーン。車に麻袋を乗せて、そのまま出発するのかと思いきや、わざわざ電気を消しに戻る。
ほぼミイラ化したジジイを2階から連れて来て家族全員で夕食を取るのも、そのジジイに金槌でサリーを殺させようとするけどヘロヘロで役立たずなのも、ちょっと滑稽なテイストが含まれている。

「これより怖い映画は他にある」「同じような内容で、もっと優れた映画が他にある」という意見を持つ人もいるだろうし、それを否定するつもりは無い。
ただし、考えてほしいのは「それは『悪魔のいけにえ』よりも前に作られた映画でしょうか?」ってことだ。
これを模倣したスラッシャー映画、影響を受けたホラー映画で、もっと洗練された作品、優勝な作品はあるかもしれない。
だが、どんなジャンルにおいても、先にやった奴ってのは文句無しに偉いのである。
ちなみに、この映画の公開は1974年だが、『ハロウィン』シリーズ第1作は1978年、『13日の金曜日』シリーズの第1作は1980年の公開だ。

トビー・フーパーは映画界のFrankie Goes To Hollywood(『 Relax (Don't Do It) 』)である。
もしくはThe Knack(『My Sharona』)やThe Buggles(『Video Killed The Radio Star 』)である。
洋楽の例えが分かりにくければ、久保田早紀(『異邦人』)や堀江淳(『メモリーグラス』)と言い換えてもいい。
音楽業界の例えが分かりにくければ、映画界のダンディ坂野と言い換えてもいいだろう。
ただし、小梅太夫やムーディ勝山、波田陽区やジョイマンではダメだ。そこはレベルが違う。

この映画を一言で表現するなら、そのキーワードは「狂っている」という言葉がベストだろう。
「狂乱の出来事を描く」とか、「イカれた人間を俳優が演じる」とか、そんな映画は世の中に山ほど転がっている。それらの作品群と大きく異なるのは、これが「映画そのものが狂っている」と感じさせることだ。
とは言っても、「全てがキチガイじみていてデタラメでメチャクチャ」ということなら、まるで面白くない映画になるだろう。
この作品は狂っているが、しかし整っているのだ。その相反する2つの要素が、見事に調和しているのだ。

ただし、トビー・フーパーが全てを緻密に計算していたとは思えない。それほど優れた計算能力を持ち合わせているのであれば、その後も評価の高い映画を作り続けているはずだ。
彼のフィルモグラフィーを見ると、このデビュー作がピークであり、その後は評価を落とす一方である(『ポルターガイスト』はヒットしたが、あれは実質的にプロデューサーのスティーヴン・スピルバーグが監督だったし)。
ザラついた粗い画像は効果的に作用しているが、それは意図的ではなく、「予算が少ないから16mmフィルムで撮影した映像をスクリーンに合わせて大きくした」という結果だったことは明らかになっている。たぶん他の部分でも、「たまたま上手く行った」ということが多いのではないか。
ってことは、『悪魔のいけにえ』という作品は、一生に一度だけトビー・フーパーの元に舞い降りた奇跡の産物だったのではないだろうか。

しかし、これ以降はパッとしないからと言って、トビー・フーパーを「てんでダメな映画人」とするつもりは毛頭無い。
この映画を撮っただけでも、トビー・フーパーは映画の歴史に名を遺す人物と言っていい。
何の代表作も無い監督や、駄作を1本撮っただけでキャリアを終える人もいる中で、マスターフィルムがニューヨーク近代美術館に永久保存されるほどの作品を手掛けたのだから、それは凄いことだ。
トビー・フーパーは、偉大なる一発屋なのである。

(観賞日:2014年2月11日)

 

*ポンコツ映画愛護協会