『ウォルター少年と、夏の休日』:2003、アメリカ

1960年代初頭のアメリカ。母子家庭の14歳の少年ウォルターは、母親のメイに連れられ、大叔父のハブとガース兄弟が暮らすテキサスの 片田舎へとやって来た。メイはウォルターに、自分がフォート・ワースの速記専門学校に通う間、そこで暮らすよう告げる。しかし、 ウォルターは母が本当に速記学校に通うのかどうかさえ疑っている。
メイが面識の乏しい大叔父兄弟の元にウォルターを預けることにしたのは、彼らが大金を隠し持っていると知ったからだ。ウォルターが 気に入られれば、その金が貰えるという算段だ。「大事なのは金のありかを見つけること」と、メイはウォルターに言い聞かせる。 ハブとガースはウォルターを預かることに拒否反応を示すが、メイが説得して半ば強引に置いていった。
ハブとガースは、かなり変わり者の兄弟だった。大金目当てで多くのセールスマンが2人の家を訪れるが、その度にライフルを発砲して 追い払うのだ。夜、ウォルターは若い女性が写った古い写真を発見する。その直後、彼はハブがフラフラと湖畔へと歩いていき、そこで 剣を振るうような動きをするのを目にした。どうやら、夢遊病らしい。
週末、金目当ての親戚ラルフとヘレンが、子供たちを連れてやって来た。ラルフたちはハブとガースに、「メイは金目当てだからウォルターを 引き取りに来ない。すぐに施設へ入れるべき」と主張する。それを聞いたウォルターはメイと話をするため、速記学校に電話を掛ける。 だが、メイは速記学校には入学していなかった。ウォルターは母との連絡を諦め、大叔父兄弟の家を出て行こうとする。ハブとガースは ウォルターを慰め、「ラルフたちを追い払うためにも、ここにいてくれ」と告げる。
週末が終わり、ラルフたちは去って行った。夜、またウォルターはハブが夢遊病で湖畔へ行くのを目にした。声を掛けようとしたウォルター は、後を付けてきたガースに止められる。ガースによれば、ハブは今も昔の冒険を、そしてジャスミンという女性の影を追い求めて いるのだという。ウォルターにせがまれ、ガースはハブとジャスミンのことを語り始めた。
1914年夏、ハブとガースはヨーロッパ旅行へ出掛けた。帰国する前日、2人は酒場で兵士たちと知り合い、強い酒を飲んだ。目を覚ますと、 2人は北アフリカ行きの船に乗せられていた。フランス軍の外人部隊に放り込まれたハブとガースは、戦地に赴いた。激しい戦いの続く 中、ガースの危機を何度もハブが救った。やがて戦争が終わり、ガースはサファリのガイドになった。ハブは北アフリカ新政府の委任を 受け、奴隷売買撲滅運動の先頭に立った。
そこまでガースが語ったところで、ハブが夢遊病から覚めた。そのため、話は中断されることになった。翌日、メイから「速記学校で 勉強に励んでいる」と書かれた手紙がウォルターに届くが、消印はラスベガスになっていた。ある日、動物輸送業者が来て、ハブが注文 していたライオンの入った木箱を届けた。ハブとガースは獰猛なライオンを放し、狩りを楽しむつもりだった。だが、届いたライオンが おとなしくしていたため、2人は銃を下ろした。
ウォルターは、その老いぼれのライオンを飼わせてほしいと頼み、面倒を見ることにした。ハブはライオンのエサ袋を運ぼうとして倒れ、 病院の厄介になるハメとなった。待合室で治療を待つ間、ウォルターはガースに昔話の続きをせがんだ。ガースは、また語り始めた。 ハブが奴隷にされた女性たちを助けた辺りからだ。
ハブが助けた女性の中に、ジャスミンという姫君の侍女がいた。侍女から話を聞いたジャスミンは関心を抱き、ハブに会いに行った。 出会った瞬間、2人は恋に落ちた。しかしジャスミンには、隣国アラブのシークという婚約者が定められていた。シークはジャスミンを 捕まえ、ハーレムに閉じ込める。ハブはハーレムに潜入し、ジャスミンを救い出した。だが、シークは黙っていなかった。ハブに賞金を 懸けたのだ。常に命を狙われることになったハブは、ガースと手を組んで逆襲に転じる…。

監督&脚本はティム・マッキャンリーズ、製作はデヴィッド・カーシュナー&スコット・ロス&コーリー・シエネガ、共同製作はエイミー ・セイレス、製作総指揮はジャニス・ロスバード・チャスキン&ケヴィン・クーパー&トビー・エメリッヒ&マーク・カウフマン&カレン ・ループ、撮影はジャック・N・グリーン、編集はデヴィッド・モリッツ、美術はデヴィッド・J・ボンバ、衣装はゲイリー・ジョーンズ 、音楽はパトリック・ドイル。
出演はマイケル・ケイン、ロバート・デュヴァル、ハーレイ・ジョエル・オスメント、キーラ・セジウィック、ニッキー・カット、 ジョシュ・ルーカス、マイケル・オニール、ディードル・オコンネル、エリック・バルフォー、クリスチャン・ケイン、ケヴィン・ ハバラー、エマニュエル・ヴォージア、アダム・オズトゥルク、ジェニファー・ストーン他。


MOVIELINE誌で「スクリーンで観たい良質な脚本No.1」に選出された脚本を映画化した作品。
ガースをマイケル・ケイン、ハブをロバート ・デュヴァル、ウォルターをハーレイ・ジョエル・オスメント、メイをキーラ・セジウィック、彼女が終盤に連れて来る恋人スタンを ニッキー・カット、成長したウォルターをジョシュ・ルーカスが演じている。

邦題だとウォルター少年が主役のようだが、実際にはハブとガースというジジイ2人が主役だ。
そもそも、ウォルターを演じるオスメント君が、すっかり子役俳優としての魅力を失っているのよ。
声変わりしちゃってるから、「イメージが違う」ってことなのか、セリフも少なくされてるし。
じゃあ配役を変えればいいと思うかもしれんが、まずオスメント君ありきということで企画が立ち上がってるもんだから、そこは変えよう が無いんだろうな。
子役の成長ってのは早いし、怖いね。
すっかり可愛らしさが薄れちゃってるんだもんな。

ザックリと言ってしまうと、「頑固じいちゃんたちも可愛い孫には弱い」という話だ。
最初は変わり者で取っ付きにくく見えたハブとガースが、孫にほだされて優しくなり、ジジイと孫の間に絆が芽生えるという話。
もちろん変わるのはジジイだけじゃなくて、「勇敢な男として生き抜く」というジジイたちの考えに影響されて、ウォルターも 変わるんだけどね。

そこでキーポイントとなるのが、原題になっている「Secondhand Lions」、「老いぼれライオン」という言葉だ。
ハブが注文した老いぼれライオンは終盤、ウォルターがスタンに殴られているところへ猛スピードで駆け付ける。
そしてスタンを襲ってウォルターを助けた直後、急な興奮による心臓麻痺で死亡する。
年老いても最後まで勇敢に戦った姿は、ハブとガースの生き方に通ずるものがある。

多くの人々は、老人になると残りの人生に張り合いを感じられなくなる。
しかしハブとガースは、その張り合いを今も追い求め続けている。
度が過ぎるぐらいに、やんちゃな日々を送っている。
そして、老いても元気でたくましいハブとガースとの交流の中で、おとなしかったウォルターが「男」としての生き方を教えられるという 筋書きだ。

ハブとガースは魅力的だが、それはキャラクターより何より、ロバート・デュヴァルとマイケル・ケインという役者の力が大きいような 気もしないでもない。
だけどキャラクター設定を考えると、デュヴァルはともかく、マイケル・ケインは違うよな。
幾ら芸達者とは言っても、「サー」の称号を持つイギリス人にテキサス人を演じさせるってのはね。

ただし、じゃあキャラは何も魅力が無いのかというと、それは違う。
個人的にキャラとしての魅力を最も感じたのは、酒場で若い男の4人組が絡んでくる場面。
ハブはナイフを取り出した連中を軽く捻り、ガースは余裕で模様眺め。
その後、ハブが彼らを家に連れ帰り、メシをご馳走するってのも憎い。
ただ、ちょっと説教臭いのは鼻につくけど。

ガースが語る昔話のシーンは、ずっと彼のナレーションで進行し、若い頃のハブやジャスミンがセリフを喋ってドラマが描かれるという 形は取っていない。
それゆえ動く紙芝居という感じで、どうにも薄っぺらい。
その回想シーンには、もっと華やかさが欲しい。もっとグラマラスであってほしい。
そこに魅力が乏しいのだ。

どうやら待合室の婦人やスタンが「ハブとガースはマフィアの一員だった」とか「凶悪な銀行強盗だった」とウォルターに吹き込むことで、 「ガースが語る昔話がウソかもしんない」ということでラストまで引っ張って生きたいようだが、たぶん失敗だろう。
少なくとも私は、その昔話が真っ赤なウソだという印象は微塵も受けなかった。何の疑念も無しに見ていた。
ガースの軽い語り口や、金目当てのメイやスタンが「昔話はウソだ」と言うことが、逆に昔話の真実味を持たせたんじゃないかという気も する(あとは「セオリーとして」ということもあるが)。
で、「ウソかもしんない」と思わせておくことで、(完全ネタバレだが)シークの孫が来るラストの仕掛けが機能するようになっている わけだから、あまり上手く機能しなかったと言うことになる。

(観賞日:2006年7月27日)

 

*ポンコツ映画愛護協会