『アラビアの女王 愛と宿命の日々』:2015、アメリカ&モロッコ

第一次世界大戦の勃発により、長きに渡って中東を支配してきたオスマン帝国の崩壊が早まった。これを受けて、植民地保有国は戦利品の分割を狙っていた。1914年、カイロの英国アラブ局では、チャーチル首相と軍の人間たちによる会合が開かれた。軍のマーク・サイクスが国土の分割案を説明すると、チャーチルは今すぐに国境線を決めるよう要求した。「難問はイブン・サウードです。彼はアラビア全土を欲しています。彼の部族は夏の牧草地へ。国境線は人の動きに応じるべきだと」と上級顧問のT・E・ロレンスが説明すると、「それは認められん。ベドウィン族に詳しく、全てを統括できる者は?」とチャーチルが尋ねる。ロレンスが「ガートルード・ベルです」と言うと、サイクスは嫌悪感を剥き出しにして「愚かなうぬぼれ女です」と吐き捨てた。
12年前、ロウントン屋敷。ガートルードは母のフローレンスに言われて舞踏会に出席するが、男たちの愚かしさに辟易する。ガートルードはオックスフォード大学で現代史を学び、最優秀の成績で卒業していた。彼女は父のヒューに、「息が詰まりそう。どこかへ行かせて。インドでもアラビアでも」と頼む。ヒューが「テヘランの大使館でいいか」と言うと、ガートルードは喜んだ。1ヶ月後、フローレンスの姉の夫であるペルシャ公使のフランクは、テヘラン大使館で関係者にガートルードを紹介した。彼はガートルードの案内役として、娘のフローとも仲良くしている三等書記官のヘンリー・カドガンを付けた。
テーブルのペルシア語が気になったガートルードが「読めます?」と訊くと、ヘンリーは内容を教えた。それはガートルードも知っている詩だった。ガートルードはペルシア語を学び始め、知的で読書家のヘンリーに好意を抱いた。ガートルードはヘンリーに誘われて遠乗りに行き、彼のお気に入りの場所を教えてもらった。大使館へ戻ったガートルードはフローから、ヘンリーに手紙を渡してほしいと頼まれる。フローはヘンリーへの恋心を打ち明け、「何百通も書いたけど、郵便で送ると噂になる」と涙をこぼした。
ガートルードはヘンリーの案内でバザールへ出掛けたり手品を見せてもらったりしながら、距離を縮めていく。ヘンリーは彼女を沈黙の塔へ連れて行き、キスを交わした。彼はカットしてもらったアレキサンダー大王のコインの半分をガートルードにプレゼントし、「2人で1つの存在だ。どちらかが死ねば、残った者が両方とも持つ」と言う。ガートルードはヘンリーにプロポーズされ、その場でOKした。彼女は父に手紙を書くが、返事は来なかった。そこで電報を打つが2日が経っても返信が無く、彼女は心配になった。
ガートルードはヒューからの手紙を受け取り、ヘンリーから「行かないでほしい」と頼まれるが帰国した。ヒューはヘンリーとの結婚を認めず、「将来の展望が甘すぎる」と口にした。ガートルードは屋敷に留まり、ヘンリーに手紙を書いた。そんな中、ヘンリーの遺体が渓谷で発見されたという知らせが届いた。ヒューはガートルードに、ヘンリーが残したコインの片割れと手紙を渡した。ガートルードは父の前で泣きながら、「事故じゃないわ」と漏らした。
3年後、1906年。アンマンの英国領事館を訪れたガートルードはサイクスと領事のリチャード・ワイリーに会い、来訪の目的を問われて考古学とベドウィンを研究するためだと答えた。サイクスは「揉め事は迷惑だ。ベドウィンのせいでトルコを刺激するな。彼らは敵対している」と注意するが、ガートルードは「貴方に私を止める権限など無い」と突っぱねた。トルコ当局の中尉がガートルードの逮捕に来ると、従者のファトゥーフが偽造した政府の許可証を見せた。
ガートルードの探検隊が渓谷を訪れた時、ファトゥーフが新石器時代の槍の穂先を発見した。ガートルードは戦いがあったと推測するが、ファトゥーフは「有り得ない。太古の昔、ここは楽園だった」と述べた。ペトラを訪ねた時には、発掘作業をしている英国隊のキャンベル・トンプソンとロレンスに出会った。ガートルードは2人に、「オスマン帝国は長続きしない。混乱と戦争が起きる」と話す。ロレンスが「大英帝国が全てを掌握する」と言うと、彼女は「いいえ、アラブの自治国家が出てくるはず。彼らこそ未来よ」と述べた。
3ヶ月後、ガートルードはダマスカスの英国領事館に赴いてリチャードと会い、ドルーズ山地へ行くことを告げる。「何十年も誰も行っていない。ドルーズ族を刺激することになるので、英国兵は同行できない」とリチャードが言うと、彼女は「消息が途絶えても捜さないで」と要請した。リチャードは妻のジュディスを紹介し、ガートルードを夕食に招く。彼は「ドルーズの手口は過激で、女子供も殺す」と警告し、自分の拳銃を護身用にプレゼントした。
ガートルードは探検隊を率いて、シリア南部のドルーズ山地へ向かった。従者のオマルがドルーズ族と険悪な関係にあるベニ・ハサル族だと知った彼女は、帰らせるべきかもしれないと考える。しかしオマルが同行を志願したので、ガートルードは連れて行く。ドルーズ族に包囲されたガートルードは「お前らを殺す」と脅されても臆さず、シャイフの元へ案内するよう要求した。シャイフから「スパイか?」と問われた彼女は、「物書きです」と答えた。
シャイフが古代ローマの詩人を知っていたので、ガートルードは驚いた。するとシャイフは、お忍びで世界各地を旅したことを明かした。ガートルードが拳銃をプレゼントすると、シャイフは客として歓迎した。3週間後にダマスカスへ戻ったガートルードはリチャードと会い、次はハーイルへ行くことを話す。そこはアラブ世界の中枢であり、彼女の目的は首長のイブン・ラシードに会うことだった。リチャードは彼女のために、トルコ当局を騙して手に入れたアラビアで一番の馬をプレゼントした。
サイクスはガートルードを呼び出し、開戦の機運が高まる状況を鑑みて政府のスパイになるよう持ち掛けた。しかしガートルードは「私は誰の手先にもならない」と言い、その要求を拒絶した。ガートルードはリチャードにキスされて動揺し、「無理よ。もう二度と男性と深い関係には」と告げ、かつて愛した男を亡くしたことを打ち明けた。リチャードが「私が愚かだった。許してくれ」と口にすると、彼女は笑顔で「もちろんよ」と告げた。
ガートルードは市場で旅に備えた物資を購入し、ファトゥーフは馬を売却してラクダ4頭を手に入れた。ネフド砂漠を渡るのは、馬では無理だからだ。リチャードはガートルードに、「行かないでくれ。君がいないと寂しい」と漏らす。ガートルードが「奥さんがいるわ」と言うと、彼は「不幸な結婚ほど孤独な物は無い」と述べた。ガートルードが「結婚は出来ないのよ」と話すと、彼は「ちゃんとする」と口にした。ガートルードは手紙を書くことを約束し、1915年の元日に出発する。ネフド砂漠に入ったガートルードの探検隊は、シャイフから招待を受ける…。

脚本&監督はヴェルナー・ヘルツォーク、製作はニック・ラスラン&マイケル・ベナローヤ&カシアン・エルウィズ、製作総指揮はジョナサン・デビン&キャシー・ジェズアルド&ジェームズ・レイセク&ベン・サックス&D・トッド・シェパード&シェリー・マディソン&スティーヴン・ヘイズ&ピーター・グレアム、撮影はペーター・ツァイトリンガー、美術はウルリッヒ・バーグフェルダー、編集はジョー・ビニ、衣装はミシェル・クラプトン、音楽はクラウス・バデルト。
主演はニコール・キッドマン、共演はジェームズ・フランコ、ロバート・パティンソン、ダミアン・ルイス、ジェイ・アブド、ジェニー・アガター、デヴィッド・コールダー、クリストファー・フルフォード、ニック・ウォーリング、ホリー・アール、ソフィー・リンフィールド、マーク・ルイス・ジョーンズ、ベス・ゴダード、マイケル・ジェン、ウィリアム・エリス、ジョン・ウォーク、リチャード・グールディング、チャーリー・ホルウェイ、ユーネス・ベンザクール、ハムザ・エル・ムスターティー、アブデラー・ベンサイディー、アブデラティフ・チャオキ、メーガン・サリヴァン他。


イラクの建国に大きく関わったイギリスの考古学者、ガートルード・ベルの実話を基にした伝記映画。
脚本&監督は『フィツカラルド』『神に選ばれし無敵の男』のヴェルナー・ヘルツォーク。
ガートルードをニコール・キッドマン、ヘンリーをジェームズ・フランコ、ロレンスをロバート・パティンソン、リチャードをダミアン・ルイス、ファトゥーフをジェイ・アブド、フローレンスをジェニー・アガター、ヒューをデヴィッド・コールダー、チャーチルをクリストファー・フルフォード、サイクスをニック・ウォーリング、フローをホリー・アール、ジュディスをソフィー・リンフィールドが演じている。

序盤のロウントン屋敷のシーンで、ガートルードが舞踏会の男たちにウンザリしていることや、そこでの暮らしに退屈を感じていることは伝わる。
ただ、だからと言って、なぜいきなり外国行きを望むのかは分からない。「その屋敷を出たい。自由になりたい」ってことなら、英国の別の場所じゃダメなのか。
あと「インドとかアラビアとか」と言うけど、その2つが例えとして出てくる理由は何なのか。それなりの背景があるはずだが、全く分からない。
あと、そこで何の説明も無いので、ヒューが鉄鋼王であることも、フローレンスが継母であることも全く分からないんだよね。そういうのって、意外に必要性の高い情報だと思うんだけど。

ヒューの台詞によって、ガートルードが幼い頃に岩山へよく登っていたこと、ランプシェードを担いで公園の木に登っていたことが説明される。それは「おてんば娘」ってことをアピールするための台詞だ。
なので、ガートルードは「お上品な暮らしに辟易しており、もっと自由気ままに動き回りたい」という考えなのかと思わされる。
しかしテヘレン大使館のシーンでは「いかにも上流階級」といったドレスに身を包み、上品なパーティーを喜んでいる。
どないやねんと。

ガートルードはフローからヘンリーの恋心や思い通りに手紙を届けられない辛さを打ち明けられると、同情心を見せて抱き締める。
しかし、それによって彼女の行動が影響を受けることなど微塵も無い。それどころか、今まで以上に積極的なアプローチでヘンリーとの距離をどんどん縮めていく。
フローの年齢を考えればヘンリーが本気で相手にすることは考えにくいし、ガートルードも自分の気持ちを大切にして行動すりゃいいとは思う。ただ、フローの気持ちを聞いたのなら、少しぐらい気遣いがあってもいいんじゃないかと。
っていうか、ガートルードの行動や考えに何の影響も出ないのなら、フローがヘンリーに惚れてる設定って要らなくないか。

ガートルードがヘンリーからの求婚をOKした後、「ヒューに手紙を送ったけど返事が無くて、2日前に電報を打ったけど返事が無いので心配になった。だから会うために帰国する」と話すシーンがある。
その直後、通信部が彼女にヒューからの手紙を渡すシーンがある。
だったら、「手紙を送って返事が無くて、電報を打っても返事が無くて」という手順、まるで要らなくないか。「手紙を書いたが結婚を認めてもらえないので説得のため帰国する」というトコへ、さっさと移ればいい。
いっそのこと、手紙なんて無しに「結婚を報告するため帰国する」という流れでもいいぐらいだし。

どうやらガートルードは父から結婚を認めてもらえなかった後、しばらく家に留まっていたらしい。
だけど、その理由が良く分からない。
「結婚を認めてもらおうと説得を試みるため」ってことなのかもしれないけど、ガートルードがヘンリーに手紙を書く様子しか描かれていないからね。その後に「雲が流れていく」ってのを早送りで描いて、日数の経過を示すだけなのよ。
あと、結婚するかどうかという人生の大事な問題なのに、そこで母親が全く登場しないままってのは違和感があるぞ。前述したように継母ってことで関係が良好とは言えないのかもしれないが、だとしても全く顔を出さずに終わるのは不自然。

ガートルードはヘンリーの死を知らされて、「事故じゃない」と断言する。ヘンリーは手紙を残しているし、たぶんガートルードの確信した通り自殺したってことなんだろう。
その理由としては、「結婚を認めてもらえないから」ということしか思い当たらない。
でも、結婚できないから自殺するって、心が弱すぎやしないか。
そもそも、まだ結婚できないと確定したわけでもなくて、しばらくガートルードが戻って来ないだけなのよ。それで死を選ぶのかと。
そもそも恋愛描写が薄いこともあって、そこの悲劇に全く心が動かない。

そこから3年後に飛ぶと、ガートルードが砂漠を移動する様子に「生まれて初めて私は自分自身を知った。私の心は砂漠にある」という心の声が重なる。だけど、そんなことを言われても「はあっ?」と思うだけ。
まず、そう感じるようになったのなら、原因はヘンリーの死しか思い当たらないので、だったらモノローグのタイミングは3年後に飛ぶ前の方がいいんじゃないかと。
あと、ヘンリーの死がきっかけだとしたら、「私の心はテヘランにある」ってことにならないか。テヘランにこだわるなら分かるが、なぜ砂漠なのかと。
ヘンリーの死と砂漠の関係性が、まるで見えない。

「砂漠の孤独は私の寂しさを癒してくれる」とガートルードが日記に書くシーンがあるので、「私の心は砂漠にある」ってことで砂漠にこだわるようになった理由は、そういうことなのかもしれない。
ただし、そうだとしたら、前述した「生まれて初めて」というモノローグなんて語らせず、3年後へ移った方がいい。
どっちにしろ、危険を承知でベドウィンの研究に没頭して砂漠を巡るモチベーションが良く分からないという問題は残るが、まだ少しはマシになるだろう。
「ヘンリーの死」と「ガートルードの砂漠探検」をリンクさせようとして、逆に遠くなっちゃってるぞ。

ガートルードはサイクスから砂漠のベドウィンに惹かれる理由を問われ、「貴方には理解できないわ。彼らの自由、彼らの尊厳、彼らの詩情溢れる生き方よ」と答える。
だけど、それはこっちも理解できないわ。
その台詞には、何の説得力も無いぞ。そういうことに惹かれてガートルードがベドウィンに興味を抱いたことなんて、まるで描かれていなかったでしょうに。
それに「自由で尊厳があって詩情溢れるベドウィンの生き方」ってのも、シャイフが古代ローマ詩人について言及するシーンぐらいしか無かったし。

ガートルードとヘンリーの恋愛劇に続いて、リチャードとの恋愛劇も、これまた弱い。
最初にガートルードがアンマンの領事館を訪ねた時にリチャードは登場するが、この時点では恋の予感など皆無。次に領事館を訪ねた時も、それは見えない。リチャードが拳銃を渡すのは、ただの親切心にしか見えない。
馬をプレゼントするシーンで、初めて「こいつ、ガートルードに惚れてるな」ってのがハッキリと見える。ただ、妻との関係が冷え切っているようには見えなかったので、そこが引っ掛かる。
ところが、後になって「不幸な結婚」と言うシーンがあって、「そうだったのかよ。まるで分からなかったぞ」と言いたくなる。

どっちにしろ、恋愛劇が弱いことは事実。そこに重点を置くのなら、もっと充実させないと。
っていうか、そもそも恋愛劇に重点を置くことが正しいのかということからして、疑問があるぞ。
ガートルードの女性としてのロマンスと、考古学者としてのベドウィンに対する熱情や探究心と、アラビアの風景の描写と、その3つを描こうとして、「二兎を追う者は」どころか「三兎を追う者は」という状態に陥っている。
終盤に入り、ガートルードはアブドゥラとファイサル兄弟に「ベドウィンを愛している」とまで言い出すが、そこまで燃え上がる彼女の心の動きが充分に描けているとは到底言い難い。

アブドゥラから「なぜ英国女性がベドウィンを愛するのか」と問われたガートルードは、「信頼するホムス出身の従者がいます」と話す。それはファトゥーフのことで、彼女は「何度も砂漠で命を救われました。彼の母親は年老いて息子が5人いますが、私を埋葬を託した息子と彼には言います。その思いだけでも、砂漠の民は私を掴むのです」と語る。
つまりガートルードがベドウィンに入れ込む理由として、ファトゥーフの存在を挙げているのだ。
だけど、そこで急に彼との関係を持ち出されても、唐突にしか思えんよ。
そりゃあファトゥーフはガートルードにずっと同行していたけど、その関係を軸にして話を進めていたわけじゃないし。

(観賞日:2018年9月7日)

 

*ポンコツ映画愛護協会