『インサイド・ミー』:2013、アメリカ
男は女を地下室の椅子に縛り付け、生き埋めにして殺害した。女の左手首には、「プラッシュ」という文字が彫られていた。人気バンド“プラッシュ”でボーカルを務めるヘイリーは、弟でギタリストのジャックと一緒に曲を書いてツアーを回っていた。2人はロサンゼルスに引っ越し、いつも一緒に過ごしていた。しかしヘイリーは19歳で記者のカーターと出会い、そこで姉弟の関係に変化が起きた。カーターは離婚しており、ライラという娘がいた。ヘイリーは双子を妊娠し、カーターと結婚した。
ヘイリーが育児に没頭している間に、カーターは薬物に溺れるようになった。カーターが薬の過剰摂取で亡くなり、ヘイリーは罪悪感から夫や子供たちと距離を置くようになった。数か月後に彼女が作詞を再開すると、弟に関する言葉が次から次へと湧き出てきた。ヘイリーはマネージャーのアニーに推薦され、エンゾという新しいギタリストをバンドに加入させた。プラッシュは新しいアルバムを発表してツアーを開催し、ヘイリーの地元であるオースティンでライブを行った。バンドはアルバムの新曲を披露するが、観客の反応は芳しくなかった。ヘイリーが落胆すると、アニーは「新しいスタイルに戸惑ってるだけよ」とフォローした。
楽屋を出たヘイリーは、ネクタイ男の異常なファンから黒いキスマークを求められて困惑する。ファンが強引に迫っていると、エンゾが駆け付けて「嫌がってるだろ」と告げる。彼はファンを突き飛ばし、ヘイリーを連れて逃げ出した。ホテルまで送ってもらったヘイリーは、エンゾを部屋に招き入れた。ネットで新曲やアルバムが酷評されていることをヘイリーが嘆くと、エンゾは「気にするな」と励ました。「マッサージしてあげる」と言われたヘイリーは、喜んで受け入れた。エンゾは「気持ちいいことは何でもしてあげる」と告げ、ヘイリーは彼と肉体関係を持った。
翌朝、ヘイリーがアルバムの売り上げを盛り返すための方法をアニーに尋ねると、「いい曲を書くのが一番ね」という答えが返って来た。ヘイリーはエンゾにギターを持たせて山へ連れ出し、アニーから新曲を書くよう言われたことを話す。エンゾはヘイリーに書き掛けの詞を見せてもらい、思い付いたメロディーをギターで弾いた。エンゾが抱き付くと、ヘイリーは「昨夜のは違うわ」と離れる。しかし彼女は「誰も傷付けたくない。ツアーの間だけにするの」と条件を付け、彼との浮気を続けることにした。
エンゾはヘイリーに、臀部に彫った彼女とジャックのタトゥーを見せた。ネクタイ男から楽屋にプレゼントと手紙が届くが、ヘイリーは不気味に感じて中身を確かめなかった。ツアーを終えたヘイリーが自宅に戻ると、庭で大きな音がした。玄関のドアは鍵が掛かっておらず、中に入って呼び掛けても誰も返事をしない。しかし子供部屋に行くと、双子が楽しく遊んでいた。そこへカミラという女が現れ、担当者が急用で今日は自分が子守りをしていると説明する。カーターから連絡が届いているはずだと言われたヘイリーは、「メールを確認していなかったから」と述べた。
子供たちに買ったオモチャが見つからずにヘイリーが探していると、エンゾから電話が入った。「オモチャが僕のバッグに入ってた」と言われ、ヘイリーは「いつ貰える?」と尋ねる。するとエンゾは「今すぐに」と答え、ヘイリーは彼が家に来ているのを目にした。外へ出た彼女が「どうやって入ったの?」と訊くと、エンゾは「脇の門が開いていた」と告げる。エンゾが「会いたくて」と言うと、ヘイリーは「家族が待ってるから、戻らなきゃ」と口にする。しかし双子が来てオモチャの使い方を知りたがり、エンゾを家に招き入れた。エンゾは子供たちと遊んだ後、カミラと共に家を去った。双子を寝かせたヘイリーは、エンゾとのセックスを思い出した。
次の日、ヘイリーはアニーから、予算が半分に削減されること、新曲のPV撮影が中止になったことを聞かされる。アニーは「新曲の費用は私が持つ。貴方と契約して以来、その実力を信じてる」と言い、ヘイリーは彼女に感謝した。ヘイリーが帰宅すると、エンゾとカーターが子供たちとバンドごっこをしていた。困惑したヘイリーは事情を尋ねると、エンゾは「カーターから電話があった」と言う。カーターはヘイリーに、「オモチャが壊れてさ。カミラがエンゾなら直せると言うから」と説明した。
カミラはヘイリーに、ネクタイ男からプレゼントが届いていることを知らせた。「なぜ住所を知ってるの?」とヘイリーは戸惑い、箱を開けると蛇の卵が入っていた。エンゾは家族と食事を取り、夜まで一緒に過ごした。エンゾが「そろそろ帰るよ」と言うと、カーターは「夜の運転は危ない」と泊まってもらうようヘイリーに提案した。ヘイリーは「タクシーを呼ぶわ」と反対するが、カーターが「他の仲間は泊まってもらうだろ」と告げるので仕方なく承諾した。ヘイリーはエンゾと2人になり、「こんな風に来ないで」と注意する。しかしエンゾが新曲を聴かせてセックスに誘うと、彼女は体を重ねた。
翌朝、エンゾは双子に感謝のメッセージを残し、家を去った。ヘイリーは彼のアパートを訪れ、「私の家にまで干渉しないで。踏み込み過ぎだわ」と注意する。しかしエンゾは全く悪びれず、自慢のカメラを見せて自分がPVを撮影すると告げる。彼は姉を撮ったビデオを見せ、「父のお気に入りだ。父は俺を軟弱者だって。母だけが理解者だった」と話す。姉は椅子に縛り付けられ、生き埋めにされていた。ヘイリーが「嫌な終わり方」と感想を口にすると、エンゾは「闇も受け入れないと」と告げた。
エンゾはPVの撮影を開始し、ヘイリーの自宅の敷地を使う。カーターはエンゾがゲイだと思い込んでいるため、ヘイリーとの関係を全く疑っていなかった。ヘイリーは常用している抗不安薬が切れたため、女医のロペスを訪ねて「あれが無いとよく眠れない。あと2ヶ月は処方してもらいたいの」と頼む。ロペスの質問を受けた彼女は、月経が6週間も来ていないことに気付いた。検査を受けたヘイリーは妊娠を知るが、カーターはパイプカットをしているため全く喜べなかった。ヘイリーはロペスに「パイプカットをしても完璧じゃないわ」と言われ、帰宅してパソコンで調べる。その画面を見たカーターに質問され、ヘイリーは妊娠を認めた。
カーターが「もう欲しくないと思ってた」と言うと、ヘイリーは「そう思い込んでパイプカットしたんでしょ」と返す。「迷ってると相談した」とカーターが言うと、ヘイリーは「相談だけね。でも奇跡だわ。授かった以上は受け入れないと」と語る。エンゾからベビーベッドが届き、ヘイリーは電話して「なぜ妊娠を知ってるの?」と問い詰める。「コンドームを使ったんでしょ?」と彼女が訊くと、エンゾは「破けることもある」と告げた。「離婚は確実だ」と言われたヘイリーは、「もうウチには来ないで。電話しないで」と声を荒らげた。彼女はアニーを呼び、事実を打ち明けて相談する。アニーは「次回作の目処が付いて、貴方が望めばエンゾを外す」と言い、彼と話すと約束する。しかしヘイリーと別れた後、アニーは自動車事故で死亡する…。監督はキャサリン・ハードウィック、脚本はキャサリン・ハードウィック&アーティー・ネルソン、製作はジェイソン・ブラム&キャサリン・ハードウィック&シェリー・クラーク&ジャネット・ヴォルトゥーノ・ブリル&ジェシカ・L・ホール&スチュアート・フォード&スティーヴ・スクイランテ&ディーパック・ナヤル、製作協力はチャールズ・M・バーサミアン&ベイリー・コンウェイ&ジェームズ・ギブ&フィリップ・モロス&ベン・レキヒ&アマンダ・ローク、撮影はダニー・モーダー、美術はケイティー・バイロン、編集はジュリア・ウォン、衣装はオリヴィア・マイルス、視覚効果監修はリチャード・キッド、音楽はニック・ローネイ&ミング・ヴァウズ、音楽監修はアンディー・ロス。
出演はエミリー・ブラウニング、ゼイヴィア・サミュエル、カム・ジガンデイ、ドーン・オリヴィエリ、フランシス・フィッシャー、トーマス・デッカー、エリザベス・ペーニャ、ブランドン・ジェイ・マクラーレン、マーリーン・オルティス、ブラッドリー・メトカーフ、ジャック・メトカーフ、トラヴィス・メトカーフ、ケネディー・ウェイト、スティーヴ・アスバリー、ジェームズ・カイソン、インディラ・G・ウィルソン、ケイシー・ラボウ他。
『トワイライト 初恋』『赤ずきん』のキャサリン・ハードウィックが監督を務めた作品。
脚本はキャサリン・ハードウィック監督とドキュメンタリー映画『ビューティフル・ルーザーズ』のアーティー・ネルソンによる共同。
ヘイリーをエミリー・ブラウニング、エンゾをゼイヴィア・サミュエル、カーターをカム・ジガンデイ、アニーをドーン・オリヴィエリ、カミラをフランシス・フィッシャー、ジャックをトーマス・デッカーが演じている。「ずっと一緒だった姉弟だが、姉が結婚して弟が薬物に溺れるようになる」ってのは、何となくカーペンターズを連想させる(あちらは兄妹の関係だけどね)。
それはともかく、そんな「ヘイリーとジャックの関係性」を上手く扱えていない。
弟が死んでヘイリーは罪悪感を抱くが、それが以降のドラマに上手く連動していない。
そして「捻りまくって凝ったことをやろうとしたら、完全に空回りして破綻してしまいました」という映画である。骨格となっている部分だけを見ると、これまでハリウッドで何度も使われてきたようなサスペンスだ。
なので、「これだけじゃダメだろ、つまらないだろ」と考えて、捻りを加えたり、変化を凝らしたりしたんだろう。
考え方としては、分からなくもない。実際、「ヒロインの惚れた相手がキチガイのストーカーでした」というプロットだけで上質なサスペンス映画を作ろうとするのは、かなり難しい作業になるだろう。
なので変化を加えようってのは理解できるが、そのセンスが著しく足りていなかったんだろう。「アルバムが酷評されて落ち込むヘイリーがエンゾに励まされて彼と浮気する」ってのは、別にジャックが死ななくても成立する展開だ。
「弟が死んだ心の隙間にエンゾが入り込む」という部分はあるんだろうけど、「ヘイリーが酷評に落ち込む」という部分からの浮気という流れが明確になっているため、「ジャックの死」という要素の影響力は弱くなっている。
弟じゃなくてメンバーの死でもいいし、それどころか死じゃなくて脱退でも別に構わないんじゃないかとさえ思ってしまう。オースティンのライブを終えたヘイリーが楽屋を出ると、薄暗い廊下が続いている。彼女がドアを開けようとすると閉まっており、廊下の照明は急に大きな音を立てて割れる。
なんかね、その辺りの演出は、まるで怪奇現象が起きるホラー映画みたいになっちゃってんのよね。例えば「ジャックの幽霊が現れる」とか、そういうことね。
でも実際には怪奇現象なんて出て来ないので、どういう意図か分かりかねる。
その後に異常なファンが出て来て恐怖を煽るけど、そいつが以降も絡んで来ることは無い。ただヘイリーとエンゾの距離を縮めるためだけに出て来ただけ。
だったら、もうちょっと他の方法を選んだ方がいい。変なトコで恐怖を高めるのは、得策ではない。ヘイリーはエンゾに助けられると部屋に招き入れ、マッサージを提案されると喜んで受けている。
でも、まだ出会ってから間もない相手なのに、そこまで急激に距離を縮めるかね。もう最初から惚れていたとしか思えないぐらい、かなり積極的に距離を近付けている。
実際、そのまま浮気に走っちゃってるしね。どんだけ尻軽なのかと。
まだ部屋に入れるだけなら「ゲイだと思い込んでいるから」という言い訳も出来るけど、そのままセックスしちやってるからね。カーターが悪い夫ってわけでもないし、ここは全面的にヘイリーに非がある。一応は罪悪感を抱いているけど、「だから浮気してもOK」ってわけではないからね。「弟が死んだから仕方ないよね」とも思わないし。
しかも、エンゾが自宅に来るようになっても、まだヘイリーは関係を続けるし。
「彼と一緒に居たら創作意欲が刺激されたから」と釈明しているけど、それで「クソだな」という印象が払拭されることなど皆無。
ヘイリーに同情できる要素、擁護すべき事情なんて、これっぽっちも感じない。ヘイリーとカーターの間には双子の子供がいて、ライラという連れ子もいる。
しかし子供たちの存在は、話に何の影響も及ぼさない。夫婦たけの関係に留めておいても、ストーリー展開はほとんど変わらない。
特に疑問なのがライラで、わざわざ「カーターの連れ子で、頻繁に実母の元へ行っている」という設定が用意されているのだが、それが何の役にも立っていないのだ。
そういう設定を用意するからには、「ヘイリーとの関係が良好とは言えない」ってことになるけど、そこが本筋と密接に絡み合うことなんて皆無だ。ヘイリーにネクタイ男から気持ち悪いプレゼントが届いているシーンがあるが、これも全く活用できていない。ネクタイ男がストーカー化していることを示しているけど、それ以上の恐怖体験にヘイリーが見舞われることは無いからね。
庭で急に大きな物音するとか、玄関のドアが開いているとか、そういうのがネクタイ男の仕業だなんて、たぶん誰も思わないでしょ。
だって、そんなことをしても、ネクタイ男にとって何の意味も無いんだからさ。
あと、ヘイリーが近所に住むイヴィーとポールに挨拶したら冷淡に拒絶されるシーンも、何の狙いなのかと。ミスリード的なことでも狙っているのか。ツアーを終えたヘイリーが自宅に戻ると急に大きな物音がして、玄関のドアは開いている。家に入ると真っ暗で、呼び掛けても応答は無い。しかし子供部屋に行くと、子供たちが普通に楽しく遊んでいる。
そこへカミラという見知らぬ女性が現れ、今日は自分が子守りをしていると説明する。
ここで不安を煽る演出をやっているんだけど、「どういう意図なのか」と首をかしげたくなる。
カミラに関しては、後で「実は」という種明かしがあるけど、「だから登場シーンで不安を煽っておく」と計算したつもりなら、明らかに間違い。むしろカミラは、何の疑問も抱かせずに登場させた方がいいでしょ。あと、本来のメイドが急用で来られなかったからカミラが派遣されたはずなのに、それ以降もヘイリーが彼女を起用して、元のメイドについて全く気にしないのは変だろ。
あと、そもそもカミラというキャラが上手く話に馴染んでいない。
完全ネタバレを書くと彼女はエンゾの母なのだが、それが明らかにされても嬉しい驚きは皆無で「不細工な絡ませ方だなあ」と感じる。エンゾは「母だけが理解者だった」と言っていた程度で、そんなの伏線とは言えないようなレベルの伏線だし。
「カミラがエンゾを溺愛している」ってのは全くアピールできていないんだし(そしてアピールするのは話の作りを考えると無理だし)、カミラなんて要らないのよ。エンゾだけを恐怖の発信源にしておけばいいのよ。エンゾがヘイリーに自分の撮影した映像を見せるシーンで、姉が椅子に縛り付けられて生き埋めにされる様子が映し出される。これは映画の冒頭で描かれていたシーンだ。
だからヘイリーは「全て作り物」と思っているが、こっちは同じ感覚になれない。「冒頭シーンはエンゾが姉を殺した時の様子だったのね」と理解することになる。
そこで「あれは芝居だったのね」と思える人は、たぶん皆無に等しいだろう。つまりエンゾが映像をヘイリーに見せた段階で「エンゾはヤバい殺人者」ってことが分かり、ってことはヘイリーに近付いて何かを企んでいるってのも見えて来る。
もう映画開始から1時間ほど経っているけど、「そろそろネタバレしてもいい頃」という計算とは思えない。単にヒントの出し方に失敗しているだけにしか思えない。
もし計算だったとしても、その計算は間違いだし。終盤、アニーが自動車事故で死んだ後、ヘイリーが浮気を知ったカーターに怯えて逃げ出す展開がある。
ここでは、なぜかカーターを恐怖の発信源として使っている。ヘイリーが「カーターがエンゾを殺して埋めたのかも」と思い込み、怖がるという設定になっているのだ。
でも、「なんでだよ」と呆れ果ててしまう。
「エンゾがヤバい奴」ってことが判明して、アニーの事故も「もしかして彼の仕業かも」と匂わせても良さそうなトコでしょうに。そんなタイミングで、なぜ急にカーターで怖がらせようとするのか。
それは欲張って失敗しているとかじゃなくて、根本的に恐怖映画の作り方が分かっていないと言わざるを得ないわ。ヘイリーは本性を現したエンゾと格闘になり、彼がジャックを殺したことを知る。ここでエンゾは「彼を愛していた。だが拒絶された」と言うが、ってことはヘイリーじゃなくてジャックに対する歪んだ愛の持ち主だったのかよ。
だったら、なぜヘイリーに固執し、彼女を妊娠させるのか。むしろジャックを欲しがっていた人間からすると、ヘイリーは邪魔な存在になるんじゃないのか。
まあ既にジャックを殺しているから、そういう問題じゃないけどさ。ただ、どっちにしても、エンゾの狙いや動機が良く分からん。
あと、完全ネタバレとして「姿を消していたカミラが病院のカーターを狙う」というトコで終わっているけど、そういう余韻って、この映画には邪魔なだけだから。ホラー映画で「まだ殺人鬼は生きている」みたいな終わり方をするケースは良くあるけど、これは全くタイプが違うぞ。
終幕後のバッドエンドを思わせるラストシーンは、「最後の最後まで間違っている」と強く感じるだけだ。(観賞日:2021年7月27日)