『アザーマン -もう一人の男-』：2008、アメリカ＆イギリス
ソフトウェア開発会社を経営するピーターは、靴のデザイナーである妻のリサと円満な夫婦生活を送っている。一人娘であるアビゲイルとの関係も良好だ。アビゲイルの恋人であるジョージには不満もあったが、ピーターの人生は基本的に順調だ。あるファッションショーの後、ピーターはレストランでリサから「夫婦の絆って永遠？他の女を抱きたいと思わない？」と問われ、「思わないよ」と即答した。彼が「抱かないと約束する」と言うと、リサは「これは約束じゃなくて選択よ。誰かと出会って恋に落ちた時、選択するの」と述べた。
夜、リサはピーターとセックスしている最中、「伝えたいことがある。苦しまないでね」と口にした。翌朝、彼女は仕事でミラノへ出張した。しばらくして、ピーターはリサの服をまとめ、訪ねて来たアビゲイルに「持ってけ」と渡す。アビゲイルが「貰いたくない」と言っても、ピーターは無視した。アビゲイルは「昔からパパはそう。話を聞くフリもしない。ずっと黙ってるだけ」と告げ、リサから頼まれたというメモを見せた。そこには「コモ湖」とだけ書かれていた。
夜、ピーターはリサの携帯電話のメッセージを再生し、知らない男の「君の声が聞きたい。それだけだ。電話しないと約束したけど、声が聞きたくて」という録音を知った。リサのパソコンを調べた彼は、個人ファイルに「ラブ」というフォルダを見つけた。パスワードを要求されたピーターは自分や娘の名前を入れるが、フォルダは開かなかった。翌朝、新着メールを調べたピーターは、「愛こそ２人の人生。君に会いたい」という文面を目にした。送り主の名前は、ロンドンのショーでリサから紹介されたラルフだった。
ピーターはロンドンへ飛び、ラルフの元へ乗り込んで怒りをぶつける。ラルフは浮気を否定し、リサの友人であるエレノアが「彼女には親しい友人がいたわ。知ってるのはそれだけ」とピーターに告げた。ピーターがアビゲイルを訪ねると、「ママのことを聞き回るなんて、恥を知って」と激昂される。彼女はピーターに、「ママとイタリアへ行った時、コモ湖じゃなくてヴェニスへ行った」と告げた。帰宅したピーターは、ラルフを名乗る相手に「貴方が愛したリサは、ここにはいません」と返信を送った。
ピーターは部下のジョイを呼び出し、メールアドレスから身許を割り出してくれと依頼した。ジョイは「違法行為よ」と反対するが、結局は承諾した。ピーターが帰宅すると、ラルフを名乗る男から「僕への愛が消えたなんて有り得ない。楽しかった過去が蘇る」というメールが届いていた。ピーターは警備主任のエリックに、「元警官だったな。どこで銃を？」と尋ねた。エリックは「銃なんて、おやめなさい」と言うが、ピーターの怒りは募る一方だった。
ピーターは片っ端からパスワードを打ち込み、「コモ湖」でフォルダが開いた。すると、そのフォルダにはリサが知らない男とイタリアで過ごす楽しそうな写真が何枚も入っていた。その中には、ベッドで裸のリサが微笑む写真まで含まれていた。ジョイがメール相手の身許を割り出したので、ピーターは秘書のゲイルにホテルを予約させてミラノへ飛んだ。彼はリサの浮気相手であるレイフを見つけて尾行し、彼の行動を観察した。レイフがチェス・カフェに入るのを確認した後、ピーターはホテルへ戻った。
翌日、ピーターはレイフが来る前にチェス・カフェへ行き、彼の指定席で待ち受けた。ピーターは単なるチェス好きのイギリス人を装い、レイフと言葉を交わした。ピーターはチェスで彼と対決しながら、それとなく探りを入れる質問を投げ掛けた。レイフは名前こそ口にしなかったものの、靴デザイナーの女性とミラノで出会ったことを話す。レイフがリサと出会ったのは12年前で、最後は９ヶ月前だった。ピーターには心配するアビゲイルからメールが届いていたが、彼は無視した。アビゲイルはピーターの家を訪れ、リサの携帯に残されているレイフのメッセージを聞いた。
ピーターは次の日もカフェへ行き、レイフとチェスをしながらリサのことを質問した。何も知らないレイフは、熱烈なアプローチでリサの気持ちを掴んだことを話した。翌日以降もピーターはレイフと会い、彼とリサの深い関係を聞く。ある日、チェスの最中にレイフの携帯が鳴り、彼は「リサだ」と口にして店を出て行く。ピーターが急いで後を追うと、レイフは「返事してくれ。話してくれ」と呼び掛けていた。掛けていたのはアビゲイルで、彼女は母の浮気が事実だと知って電話を切った。
次の日、レイフはピーターに「靴のデザイナーから電話があった。今なら分かる。彼女こそ、僕が唯一愛せる女性だ」と話す。「女性は馬と同じで、優しく撫でることが大切だ」と彼は言い、駒を動かして「チェック」と告げた。ピーターが「貴様」と声を荒らげると、レイフは勝負に怒ったと誤解して「たかがチェスじゃないか」と軽く笑った。ピーターが店を出たレイフを追っていると、アビゲイルが現れた。その説明を聞いて、ピーターはレイフに電話を掛けて来たのが娘だと知った。ピーターがレイフへの怒りをぶちまけると、アビゲイルは「もうやめて」と泣いて抗議した。だが、ピーターは娘の忠告に従うつもりなど全く無かった…。監督はリチャード・エアー、原作はベルンハルト・シュリンク、脚本はリチャード・エアー＆チャールズ・ウッド、製作はフランク・ドールガー＆マイケル・ドライヤー＆トレイシー・スコフィールド、製作総指揮はリチャード・エアー＆ジャン・モイト＆メアリー・ベス・オコナー＆デヴィッド・リシェンテル、撮影はハリス・ザンバーラウコス、美術はジェマ・ジャクソン、編集はタリク・アンウォー、衣装はコンソラータ・ボイル＆フィービー・デ・ゲイ、音楽はスティーヴン・ウォーベック。
出演はリーアム・ニーソン、アントニオ・バンデラス、ローラ・リニー、ロモーラ・ガライ、クレイグ・パーキンソン、パターソン・ジョセフ、パム・フェリス、リチャード・グレアム、エマ・フィールディング、アマンダ・ドリュー、ポール・リッター、ローラ・ペプロー、ロモーロ・ブルーニ、プリヤンガ・バーフォード、アビゲイル・カントン、グイド・アドーニ、ニール・サヴェージ、リサ・マクドナルド、ソフィー・ウー、ジョセフ・ロング、ステファノ・チオダローリ他。
ベルンハルト・シュリンクの短編小説『もう一人の男』を基にした作品。
『アイリス』『あるスキャンダルの覚え書き』のリチャード・エアーが監督を務めている。
脚本はリチャード・エアーと『ナック』『アイリス』のチャールズ・ウッドによる共同。
ピーターをリーアム・ニーソン、レイフをアントニオ・バンデラス、リサをローラ・リニー、アビゲイルをロモーラ・ガライ、ジョージをクレイグ・パーキンソン、ラルフをパターソン・ジョセフ、ヴェラをパム・フェリスが演じている。この映画は、リサがミラノへ出張した後、「しばらく経過して」というシーンへ飛んでいる。その後、リサは登場しないのだが、どうなったのかは明かさないまま話を進める。
ピーターが「リサはどこへ行ったんだろう」と漏らすシーンがあるので、たぶん「リサは失踪した」というミスリードを狙っているんだろうと思われる。
でも、よっぽど鈍い人じゃなかったら、たぶん「リサは既に死んでいる」というのは早い段階で分かるはずだ。
ピーターがアビゲイルにリサの服を渡して「嫌なんだ」と言っている時点で、とても分かりやすいヒントになっているしね。そんなの、失踪しただけなら絶対に無い言動でしょ。で、そんな風に早い段階でバレバレになっているので、後半に入って「実を言うと、リサはとっくに死んでました」ってのを明かす手順が訪れても、「いや、とっくに分かってましたけど」と言いたくなる。
まるで「衝撃の事実」「意外な展開」みたいに描かれても、「だから何なのか」と言いたくなる。
っていうか、早い段階でバレバレか否かに関わらず、仮にバレずにドンデン返しを成功させられたとしても、やっぱりリサの死を隠したまま進める意味は無いと思う。
そうすることのメリットが、何も見えない。リサの死を知らないのは、レイフだけだ。当たり前だが、ピーターはリサが死んだ時点で事実を知っている。
つまり、そのサプライズは、レイフを驚かせるためのモノでしかない。
しかし、観客に最初から「リサは死んでいる」と明かしても、レイフが知らないという事実は変わらない。つまり、劇中のストーリー展開や登場人物の行動、心情変化には、何の影響も及ぼさないってことだ。
リサが死んでいようがいまいが、ピーターのレイフに対する怒りは変わらないし。観客に対してリサの死を隠したまま進めていることは、ドンデン返しのためのドンデン返しでしかない。 そして、それが全く効果的に作用していないんだから、「やめりゃいいのに」と思ってしまう。そもそも本作品の中身を考えると、ミステリーから遠いように感じるんだよね。
むしろ最初からリサの死を明かした上で、「リサが死んだ後、ピーターは知らない男から妻への謎めいたメールが届いているのを見つけ、気になって調べ始める」という展開にした方が、ピーターの心情を掘り下げることが出来たんじゃないかと。妻の浮気に対するピーターの苦悩、死んだ妻に何も聞けない焦燥、自分は愛されていなかったのかという悲しみ、そういった感情に、もっと切り込むことが出来たんじゃないかと。
レイフとの関係に関しても、「愛する女を失った同士」という部分でシンパシーが芽生える展開に満ち込むことが出来たんじゃないかと。
とにかく、リサの死を最初から明かした上で進めた方が、色んな意味でメリットがデカいように思えるんだよね。
で、そんな風に思って少し調べてみたら、原作は「最愛の妻を亡くした後、見知らぬ男から妻に届いた手紙の謎を探る」という内容なのね。
つまり最初からリサの死を明かしているわけで、それを映画化に際してミステリー仕立てに翻案したのが大失敗ってことだわな。気になるのは、レストランで会話を交わした時点で、ピーターはリサの病気を知っていたのかってことだ。
知っていたかどうかによって、受け取り方が大きく異なって来る。
でも、たぶん知らなかったんだろうなあ。そしてリサだけが知っていて、だから「夫婦の絆って永遠？他の女を抱きたいと思わない？」とか「これは約束じゃなくて選択よ。誰かと出会って恋に落ちた時、選択するの」と語ったんだろう。
でも、そういうのも、最初から「リサの余命が短い」と観客に明かした上で喋らせた方が、伝わるモノは大きいはずだ。「既にリサが死んでいる」というネタを最初に明かそうと後半まで引っ張ろうと、それとは別の部分で大きな問題を本作品は抱えている。
それは、「リサが浮気していたという事実は変わらない」ってことだ。その時点で、この話に救いを見出すことは難しいと言ってもいいだろう。
ただし、それでも「たまたまピーターが知ってしまった」ということなら、まだ何とかなったかもしれない。
ところがリサは娘にメモを託しており、ピーターに浮気の事実を教えたがっていたとしか思えないのだ。リサは末期癌だと分かっていたのだから、事前に浮気の証拠を全て消去したり、完全にレイフと手を切ったりすることも出来たはずだ。
ところが、なぜかリサは、裸でベッドに横たわる写真も含め、浮気の証拠となる写真を何枚もパソコンに保存したまま死んでいる。そして、そのフォルダを開くためのヒントとして、ピーターにメモを残している。
「何がしたいのか」と言いたくなる。
いや、そりゃあ答えは明白で、「浮気をピーターに知らせようとした」ってことなんだろう。
だけど、なぜ知らせるのかと。知らせることで、何を期待したのか、何を目的としていたのかと。ピーターがリサの浮気を知ったら、そりゃあ強いショックを受けることは分かり切っている。
妻が死んだだけでもショックなのに、さらに「実は浮気してた」ってのをバラして追い打ちを掛けるって、どういうつもりなのかと。
愛していた夫に対して、あまりに酷すぎる仕打ちじゃないかと。
ものすごく好意的に、「リサは自分の全てを夫に知ってもらいたかった」ということだと解釈しても、やっぱり「単なるエゴでしかない」と言いたくなるぞ。リサが単なる不愉快で身勝手な女にしか思えないぞ。リサがレイフと浮気してたってことは、ピーターへの愛が冷めていたのかというと、そうではないようだ。「ピーターも好きで、レイフも好きだった」ってことらしい。
でも、「同時に２人を好きになることもあるし、仕方が無いよね」という風に、好意的に捉えることは絶対に無理だわ。
二股を掛けていたのに、ただ開き直っているだけじゃねえか。
その上、浮気の事実を最後まで隠そうとせず、死んで自分が非難されない立場になってから旦那に暴露するんだから、酷い女だぜ。リサは末期癌と分かっていたのに、浮気相手であるレイフと手を切らないまま死去した。しかも彼女はレイフに末期癌のことを知らせず、だからレイフは生きていると思い込んだまま過ごしている。
そうなると、もちろん電話がメールが来る可能性はあるわけで、そこからピーターに浮気がバレる可能性も考えられる。
そういうのを放置しているリサが、酷い女しか思えない。
レイフに癌のことを知らせないままってのも、それはそれで愛する相手に対して不誠実で無責任だろ。急死したならともかく、死ぬまでの準備期間はあったはずなんだから、ちゃんと別れを言うべきじゃないかと。ピーターはミラノでレイフを見つけても、すぐには接触しない。あれだけ怒り爆発で「殺してやる」と息巻いていたのに、そこは冷静になっている。
その時点で少し引っ掛かる部分もあるが、まだ余裕で許容範囲だ。
しかし、何日も連続でレイフと会い、その度にリサの話を聞くという行動が続くのを見せられると、「モタモタしてんじゃねえよ」と言いたくなる。
これが例えば、「ピーターはレイフを殺したい気持ちがあるが、なかなか踏ん切りが付かない」ということなら、まだ分からんでもない。でも、そういう雰囲気は見えないので、「接触したのなら、その日の内に問題を片付けちゃえよ」と言いたくなる。
何日も連続で会い、レイフとリサの関係を小出しに回想しているのが、ただ単に「話が薄いので、長編映画の体裁を整えるために引き延ばしている」という都合にしか感じられないのよ。少しずつ情報を聞く中で意外な事実が明らかになっていくわけでもなければ、ピーターの心情が変化していくわけでもないんだから。あれだけレイフを憎んでいたピーターは彼を許し、リサがレイフと浮気していたことも受け入れるのだが、まるで腑に落ちない。
その直前にレイフから「お前は表面しか見ない」と罵られ、「彼女は僕の全てを愛してくれた」と暗に「リサはピーターの全てを愛したわけじゃなかった」と指摘されているのよ。
それなのにに、レイフの主催したパーティーにアビゲイルとジョージまで招いて参加し、「彼は心の美しい男だ」とか「母さんは私を愛してた」と微笑むんだから、ワケが分からんよ。
最初に着地点だけ決めてあって、そこへ向かう道筋をほとんど見せていないのに、ゴールしたシーンだけ急に見せられたよう気分だわ。（観賞日：2015年10月13日）