『オープン・ウォーター』:2003、アメリカ

スーザンとダニエルはワーカホリックの中毒で、なかなか休暇を取ることも出来ない。それでも何とか7ヶ月遅れの休暇を取り、カリブ海 へのバカンスに出掛けた。だが、宿泊している部屋でも、携帯には仕事の電話が掛かってくる。夜になってベッドに入ったダニエルは、 スーザンとセックスをしようとする。だが、その気に見えたスーザンは「気持ちが乗らない」と口にした。
翌朝、スーザンとダニエルは他のツアー客と共に、ダイビングのツアーボート“リーフ・エクスプローラー号”に乗り込んだ。ガイドの デイヴィス、操縦士リンダ、助手のジュニアの引率で、マジックキングダムへ向かうのだ。午前9時45分、ボートは目的地に到着し、客は 次々に海へ飛び込んでダイビングを楽しみ始めた。スーザンとダニエルも、一緒に海へ潜ってウツボや魚に見入った。だが、まだ2人が 潜っている間に、デイヴィスは全員がボートに戻って来たと勘違いし、ボートを岸へ向かわせた。
午前10時25分、スーザンとダニエルが海面に上がると、そこにボートは無かった。視線の先にボートがあったので手を振るが、何の反応も 無い。そこまで泳ごうかとスーザンは考えるが、ダニエルは「移動したら捜索隊に見つけてもらえない」と反対した。浮かんでいる間に、 2人は潮に流された。ボートを通り掛かったので手を振るが、やはり気付いてもらえない。鮫が出現したので、ダニエルはナイフを手に 取った。だが、鮫は遠ざかっていった。
午後1時30分、2人はクラゲに噛まれたため、場所を移動した。またボートが見えるが、手を振っても気付いてもらえない。波に揺られ 続けたことで、スーザンは気分が悪くなった。ダニエルは「脱水症状かも」と言い、海水を飲まないよう注意する。だが、スーザンは既に 、少しだけ飲んでいた。ダニエルは、海水を飲むと下痢になり、脱水が酷くなることを説明した。
午後4時40分、いつしか2人は眠り込んでいた。スーザンは鮫に体を突かれ、目を覚ました。周囲を見回した彼女は、ダニエルとはぐれた ことに気付いた。ダニエルも目を覚まし、慌てて2人は合流した。スーザンは足に痛みを感じ、ダニエルが調べると切り傷があった。 スーザンが嘔吐したため、2人は場所を移動した。ダニエルの足が吊った直後、鮫が出現したが、また消えた。
スーザンとダニエルは苛立ちを募らせ、言い争いになった。そんな2人の足元を、複数匹の鮫が回遊していた。大きな船が視線に入るが、 やはり手を振っても気付いてもらえなかった。午後6時45分、ダニエルが鮫に襲われ、足に大怪我を負った。ダニエルがパニックに陥った ため、スーザンは傷口を縛って落ち着かせる。だが、ダニエルはどんどん衰弱していく…。

監督&脚本&編集はクリス・ケンティス、製作はローラ・ラウ、製作協力はエステル・ラウ、撮影はクリス・ケンティス&ローラ・ラウ、 音楽はグレーム・レヴェル。
出演はブランチャード・ライアン、ダニエル・トラヴィス、ソウル・スタイン、マイケル・ウィリアムソン、クリスティーナ・ゼナロ、 ジョン・チャールズ。


2004年のサンダンス映画祭で注目を集め、1館当たりの興収では公開3日間でナンバー1となった作品。
当初は47館の限定公開だったが、低予算のインディペンデント映画としては異例の全米2709館での拡大公開となった。
監督&脚本&編集のクリス・ケンティスと妻でプロデューサーのローラ・ラウは、どちらもスキューバ・ダイバー。

ケンティスは6日間で草稿を書き上げ、13万ドルの製作費で映画を仕上げた。
製作費の半分は、鮫の調教師を2日間雇うために使われた。
CGやスタントは一切使用せず、スーザン役のブランチャード・ライアンとダニエル役のダニエル・トラヴィスは、本物の鮫がいる海で 芝居をしている。
撮影のために、2人は120時間以上も海に浮かんで過ごしたらしい。

冒頭、「この映画は事実に基づいている」というテロップが表示される。
映画のモチーフとなったのは、1998年にオーストラリアのグレート・バリア・リーフでトムとアイリーンのローナガン夫妻が失踪した事件 だ。
夫妻はスキューバダイビング中にツアー仲間とはぐれ、ボートは2人が乗っていないことに気付かず去ってしまった。
2日後に捜索が行われたが、夫妻は発見されなかった。
後になって、事故ではなく心中や偽装工作ではないかという疑惑も生じたが、真実は明らかになっていない。

「この映画は事実に基づいている」という冒頭のテロップは、リアリティーを持たせて恐怖を煽ったり、話に入り込ませたりするための 戦略だ。
実話がベースになっていることを説得力として用いるのは、映画の世界では珍しくない。
ただ、この作品に関しては、やや卑怯な手口と言っていいかもしれない。
と言うのも、ベースになった事件では夫妻が失踪しており、そこで何があったかは誰にも分からない。
つまり、この映画は事件に着想は得ているが、中身は完全オリジナルなのだ。

「事実に基づいている」というのを拠り所にするにしても、しないにしても、とにかく見ていてツラい作品だ。
怖くて見ていられないという意味ではない。あまりに退屈でツラいという意味だ。
まずスーザンとダニエルがツアーに出るまでは、特に何も起きず、淡々と時間が過ぎていく。
セックスをしようとするがスーザンの気が乗らず取り止めになるというエピソードも、後に繋がってくるわけでもないし、ただの時間稼ぎ にしか感じない。

スキューバダイビングが始まると、みんなが次々に飛び込んでいく様子をダラダラと見せる。
海面スレスレでのアングルや、水中から見上げるアングルなど、緊迫感を煽る効用があるので後に取っておいても良さそうなアングルを、 無頓着に使う。
鮫も無造作に出て来る。
その時は「人を襲わないので心配いらない」タイプの鮫として悠々と泳いでいるので、後になって、取り残された夫妻の近くに鮫が出現 する時の恐怖感が弱まる。

ツアーガイドは名簿も作らず、点呼も取らず、棒を書いて人数をチェックしただけで、夫妻を忘れて去ってしまう。
夫妻が乗っていないことに、他のツアー客もまるで気付かない。
「そんなバカなことが有り得るのか」と言いたくなったが、それに関しては、ベースになった事件でも、ガイドも一緒にいたツアー客も、 ローナガン夫妻を置き去りにしたことに気付かず陸に戻っているんだよな。
なので、そこは納得するしか仕方が無い。

アイデア一発勝負の作品で、そのままだと30分の短編がせいぜいだろう。
それを長編にするための肉付け作業が雑。ただ時間稼ぎをして、とにかく引き延ばそうとするばかり。
スーザンとダニエルが取り残されると、すぐに「鮫の恐怖」に頼る。
海で取り残された時の恐ろしさは、鮫だけじゃないはず。
なぜ安易に、鮫パニック物のジャンルに走ってしまうのか。

ボートが通り掛かっても気付いてもらえないことへの焦燥感、広大な海に取り残されたことの孤独感(まあ2人だけど)などは、全く表現 されていない。
クラゲに噛まれても、それが緊迫感に全く繋がらない。後の展開に影響を及ぼすことも無い。噛まれた痛みで思うように動けないとか、 そんな風に話が広がることは無い。
脱水症状になっても、それに関する不安や恐怖で話を膨らませることは無い。
他の要素はその場だけで、とにかく恐怖の対象は鮫オンリー。

この映画は、観客の経験値と想像力に頼りすぎている。
日頃から海に良く親しんでいる人なら、海の恐ろしさは分かるだろう。また、想像力が豊かな人も、その恐ろしさを頭に思い描くことが 出来るだろう。
だが、それほど想像力がたくましいわけではなく、あまり海に行かない人は、この映画を見ているだけでは、「海の何が怖いのか。鮫 だけでしょ」と思ってしまうのではないか。
っていうか実際、見ていても恐怖の対象は鮫だけだからね。「太平洋ふたりぼっち」としての恐怖は、まるで伝わってこない。
捜索隊が出動しているんだから、鮫さえいなけりゃ助かってるだろうし。
「鮫の怖さ」じゃなくて、もっと「海の怖さ」を描写して欲しかった。

(観賞日:2009年7月14日)

 

*ポンコツ映画愛護協会